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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
イラクの日本人人質事件なお安否不明(2004年04月13日)  在外邦人保護
○イラクの日本人人質事件は、2004年4月12日、日本人3人の解放時期などをめぐって情報が錯綜(さくそう)し、膠着(こうちゃく)状態が続いた。カタールの衛星テレビ局アルジャジーラは日本時間11日未明、「24時間以内に人質を解放する」とする武装グループの声明を伝えたが、「解放期限」とされた12日午前3時を過ぎても、3人の安否は確認できていない。解決のために政府は米英両国やアラブ諸国などとの連携強化をめざしており、小泉首相は12日、来日中のチェイニー米副大統領に支援を要請。副大統領は「全面的な協力」を約束した。 人質にされているのはフリーカメラマン郡山総一郎さん(32)=東京都杉並区在住=、フリーライター今井紀明さん(18)=札幌市西区在住=、高遠菜穂子さん(34)=北海道千歳市出身。 (asahi.comより)

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○自国民が他国によってその身体や財産を侵害され、損害をこうむった場合に、その者の本国が加害国に対して適切な救済を与えるよう要求することを、「外交的保護」といい、国際法上認められたものとなっている。この権利は、外国人の本国の権利となっている。

イラクの国家領域には日本の主権は及ばない。当然、日本政府は在外邦人の保護について責任を有しているが、日本の主権が及ばないため、その保護に限界がある。本来ならば、イラクは、自らの主権に基づいて在留している日本人の保護について、更には治安について責任を負うというのが国際法上の原則である。その意味で、基本的には、外国において日本人の安全についての第一義的な権能を有しているのは当該国家である。(ちなみに、日本国のパスポートには、日本の外務大臣が相手国に対して、「パスポートを持っている日本人があなたの国において安全であることを要請します」と記載されているのはその趣旨を意味する)。それを踏まえた上で、日本政府は、外国に滞在する日本人の保護に全力を尽くす責任が存在している。

まず、在外邦人の保護は、政府が負うべき最重要な責務のうちの一つであり、外務省設置法第4条9号でも明確に外務省の役割として明記されている。これは、日本国籍を有する者が保護を要する事態に至った場合に全て適用になるものであり、その者が、たとえ政府の意図に沿う人物であったかどうかなどは一切問うべきものではない。この点は、その地域が退避勧告の出ている地域であっても、政府はその義務を免れるものではない。

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○外務省設置法
(所掌事務)
第四条  外務省は、前条の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。
(中略)
九  海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること。 

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○今回人質になった3人が、外務省の退避勧告を無視して、退避どころか積極的にイラクに入国したことを指差して、このような軽率な行動を取った者を政府が救出する必要は無いという発言が、随所でなされている。有識者なるものがテレビで発言をしているケースも多い。しかし、これには、上記の外務省設置法の規定とその精神を忘れた議論である。

○また、そもそも、以下の理由で、退避勧告が出ているイラクに入国しようとした3人について、その行動を頭から非難すべきではない。

もちろん、軽率な判断での入国であったことはいうまでもなく、単純な賞賛や英雄視もすべきではないとも考える。NGOや個人の活動においても、政府とは独自に活動していく場合の慎重さと重い自覚は欠かせないものと考えるからである。それがしっかりしないと、NGO活動全体に悪影響を与えることになるからである。

ただ、彼らにおいてどの程度の危険判断が行われたか、日本のテレビの前で傍観者として眺めていた者が、全てを知っている顔をした評論家のように真顔であれこれ言うのも、どうかとは思うが。少なくとも、彼らは、一般の国民よりははるかに状況を知っていたことも事実であろうから。

○3人を非難すべきでないという点は、これを理解されない方に理解を求めるのは非常に難しい点ではあるが、日本の政府や自衛隊関係者以外の純粋民間人が、イラクに入国して報道のための取材活動やイラク国民のための援助活動を行うこと自体は、単なる国益を超えた大きな重要性がある。

その理由は、ひとつには、民間援助活動の重要性である。海外援助には、国家間援助が多くなされているが(今回の自衛隊派遣はそのひとつとも言える)、これとは別に国家政府とは異なる立場で、市民が市民のために市民の目線で行う民間援助活動は、国家政府の価値観とは異なる価値観での援助の「存在自体の価値」があると考えるからである。政府の行う援助活動には、当然に国民の多数意思を背景に行われるものであるが、それ自体が唯一絶対のものではなく、ひとつの選択肢として行われているものである。その選択肢とは異なる観点での援助活動は、それ自体が、ある部分では現地のニーズに合致するところもありえ、また、多数の意見のみでは吸い上げれないニーズや知識なども、これによって知りえることは、大きな観点で公益性が認められるからである。また、取材活動に関して言えば、イラクの現地で行われている多くの生の事態を直接に見て記録としてとどめ、これをひろく日本国民や世界中の人々に知らせることは、非常に重要だからである。軍隊に守られた従軍記者や一部マスコミの特派員の限られた範囲での取材活動だけでは読み取れない草の根的な事実報道は、人々の知る権利につながり、さまざまな情報チャンネルを得ることになり、正しい判断を導く手がかりになるといえるからである。もし、従軍記者のみの情報であった場合、外部やイラク国民の目から見た情報に欠けることになる可能性があり、極端な話、非人道的行動がそこで行われても知りえないことも生じうる。いまこそ、イラク内部では外国人としての第3者の複数の目、特に自衛隊を送った日本の国民の草の根的な目は非常に貴重なものである。

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○なお、自衛隊の派遣の問題と、政府の在外邦人保護とは、区別して論ずべきであるにもかかわらず、残念ながら、3人の救出と自衛隊撤退論が、全く対立構造で議論されている。撤退に賛成する側も、また絶対に撤退はしないという側も、どちらも、まさに3人を人質にして、国内政争の具にしている。ましてや、この時点において、撤退を拒否する小泉首相の辞任論を持ち出すのは、まさに政争そのものである。ここは、このような政策論争よりも、今の事態を冷静に眺めて、イラク特措法に沿った判断を行っていくのが肝要ではないか。

○イラク特措法2条3項には、
「3  対応措置については、我が国領域及び現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる次に掲げる地域において実施するものとする。 
一  外国の領域(当該対応措置が行われることについて当該外国の同意がある場合に限る。ただし、イラクにあっては、国際連合安全保障理事会決議第千四百八十三号その他の政令で定める国際連合の総会又は安全保障理事会の決議に従ってイラクにおいて施政を行う機関の同意によることができる。)」
とある。

そもそも派遣前から、イラク各地で米兵に対する抵抗勢力の攻撃が継続しており、サマワ周辺も果たして非戦闘地域にあたるかどうかが大きな議論となっていた。この4月に入って自衛隊宿営地付近に迫撃砲弾らしいものが着弾した時点で、イラク特措法8条5項が該当する事態になったと解されるのではないか。

すなわち、イラク特措法8条5項では、
「5  対応措置のうち公海若しくはその上空又は外国の領域における活動の実施を命ぜられた自衛隊の部隊等の長又はその指定する者は、当該活動を実施している場所の近傍において、戦闘行為が行われるに至った場合又は付近の状況等に照らして戦闘行為が行われることが予測される場合には、当該活動の実施を一時休止し又は避難するなどして当該戦闘行為による危険を回避しつつ、前項の規定による措置を待つものとする。 」
となっている。

その上で、イラク特措法8条4項により、
「防衛庁長官は、実施区域の全部又は一部がこの法律又は基本計画に定められた要件を満たさないものとなった場合には、速やかに、その指定を変更し、又はそこで実施されている活動の中断を命じなければならない。」 となっている。

今回は、自衛隊派遣の可否といった「そもそも派遣が良かったか悪かったか論」よりも、現在のサマワでの現状を踏まえれば、今回の人質事件とはまったく別の展開を受けた新たな独自判断で、現地の自衛隊はイラク特措法8条5項でその活動の中断し、防衛庁長官は、指定の変更または活動の中断をするというのが、現実的な処置ではないか。

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○イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法
(平成十五年八月一日法律第百三十七号)

(基本原則)
第二条  政府は、この法律に基づく人道復興支援活動又は安全確保支援活動(以下「対応措置」という。)を適切かつ迅速に実施することにより、前条に規定する国際社会の取組に我が国として主体的かつ積極的に寄与し、もってイラクの国家の再建を通じて我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に努めるものとする。
2  対応措置の実施は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない。
3  対応措置については、我が国領域及び現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる次に掲げる地域において実施するものとする。
一  外国の領域(当該対応措置が行われることについて当該外国の同意がある場合に限る。ただし、イラクにあっては、国際連合安全保障理事会決議第千四百八十三号その他の政令で定める国際連合の総会又は安全保障理事会の決議に従ってイラクにおいて施政を行う機関の同意によることができる。)
二  公海(海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的経済水域を含む。第八条第五項及び第十 四条第一項において同じ。)及びその上空
4  内閣総理大臣は、対応措置の実施に当たり、第四条第一項に規定する基本計画に基づいて、内閣を代表して行政各部を指揮監督する。
5  関係行政機関の長は、前条の目的を達成するため、対応措置の実施に関し、内閣総理大臣及び防衛庁長官に協力するものとする。

(自衛隊による対応措置の実施)
第八条  内閣総理大臣又はその委任を受けた者は、基本計画に従い、対応措置として実施される業務としての物品の提供(自衛隊に属する物品の提供に限る。)を行うものとする。
2  防衛庁長官は、基本計画に従い、対応措置として実施される業務としての役務の提供(自衛隊による役務の提供に限る。)について実施要項を定め、これについて内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊等にその実施を命ずるものとする。
3  防衛庁長官は、前項の実施要項において、対応措置を実施する区域(以下この条において「実施区域」という。)を指定するものとする。
4  防衛庁長官は、実施区域の全部又は一部がこの法律又は基本計画に定められた要件を満たさないものとなった場合には、速やかに、その指定を変更し、又はそこで実施されている活動の中断を命じなければならない。
5  対応措置のうち公海若しくはその上空又は外国の領域における活動の実施を命ぜられた自衛隊の部隊等の長又はその指定する者は、当該活動を実施している場所の近傍において、戦闘行為が行われるに至った場合又は付近の状況等に照らして戦闘行為が行われることが予測される場合には、当該活動の実施を一時休止し又は避難するなどして当該戦闘行為による危険を回避しつつ、前項の規定による措置を待つものとする。
6  自衛隊の部隊等が対応措置として実施する業務には、次に掲げるものを含まないものとする。
一  武器(弾薬を含む。第十八条において同じ。)の提供
二  戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備
7  自衛隊の部隊等は、外国の領域において対応措置を実施するに当たり、外務大臣の指定する在外公館と密接に連絡を保つものとする。
8  外務大臣の指定する在外公館長は、外務大臣の命を受け、自衛隊による対応措置の実施のため必要な協力を行うものとする。
9  第二項の規定は、同項の実施要項の変更(第四項の規定により実施区域を縮小する変更を除く。)について準用する。
                                            弁護士 三木秀夫

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