ニュース六法(倉庫)
2009年11月までの保管庫
ニュースから見る法律
三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
判例などを解説したものです。事実関係は,報道された範囲を前提にしており、関係者の
いずれをも擁護したり非難する目的で記述したものではありません。もし、訂正その他の
ご意見感想をお持ちの方は、メールにてご一報くだされば幸いです。
なお、内容についての法的責任は負いかねます。引用は自由にして頂いても構いません
が必ず。当サイトの表示をお願いいたします。引用表示なき無断転載はお断りいたします。

【お知らせ】
2009年12月から、このページは休止とさせていただきました。
同名での記事を、当事務所メールマガジンにて毎月発刊しています。
ご関心のある方は、そちらをご覧ください。

ニュース六法目次
パソコン価格誤表示に注文1億台(2004年04月23日)   電子商取引契約
○ヤフージャパンが運営する「Yahoo!コンピュータショッピング」に、パソコンの価格が実売価格の約40分の1で表示され、約2万人から1億台以上の注文が殺到したことがわかった。本来販売するはずのデジタル多用途ディスク(DVD)の価格と誤って表示されたのが原因で、販売元は「一切契約に応じることはできない」としている。誤表示されたのは、アップルコンピュータ製の「eMac M9461J/A(17型ディスプレー搭載)」で、販売元はIT関連企業「カテナ」。

大手量販店によると、同機種は約11万5000円で店頭販売されているが、「Yahoo!コンピュータショッピング」のネット上で21日午後2時過ぎから22日午前11時ごろまでの間、税込み価格2787円と表示された。このサイトに商品を掲示するには、販売元が商品固有の数字(JANコード)をヤフーのシステムに打ち込んで送信する仕組みになっている。カテナは「正しい数字を入力した。その後の過程で何らかの誤りが発生したと思われる」と説明。その上で「承諾メールも送信していないので一切契約に応じられない」とし、自社のホームページでも理解を求めている。
ただ、1人で大量に注文した人もおり、同社には「取り消しで済むのか」と言った抗議が殺到しているという。ヤフージャパン広報担当は「カテナから商品コードの情報を受けた段階で誤りはなかった。コードを入力する会社が誤って入力したのが原因」と話している。(読売新聞)

○カテナの説明          http://www.catena.co.jp/   
○ヤフーショッピングの説明  http://shopping.yahoo.co.jp/info/info20040422.html

@@@@@@@@@@

○この件に関する以下の記述は、今回の事件について報道された内容や個別に知りえた範囲の事実関係をもとに記載したものである。把握する事実関係には不明な点もあるため、これを読まれる方は、それを前提にして読まれたい。その意味で、ここでの見解は、契約成立の有無を断定したり保証したりするものではない。

○契約は、「申込」と「承諾」という二つの意思表示が合致することで成立する。この場合、白菜を値段表示を付けて店頭に並べておくのは、「この白菜を△△円で売りまっせ」という「契約の申し込みの誘引」をしていることになり、顧客はこれを見て買おうと考え、購入の「申込」をし、店側が「承諾」して契約成立に至る。通常、八百屋の店先で、「この白菜1個ちょうだい」「よっしゃ」というような対面販売の場合は、口頭でこの購入の申込と店側の承諾が一瞬で合致し、契約成立となる。

○通信販売や今回のようなインターネットによる販売の場合はどうか。このような契約当事者が離れている場合は、対面販売と異なり、隔地者間契約として、契約成立時期に関しては異なる扱いになる。

インターネットによる販売の場合、通常は
@サイト上で商品と代金や販売条件が記載した「契約の申し込みの誘引」があり、
Aサイトを見た購入希望者は申込の電子メールを送信するなどして「契約の申込」を行い、
B販売者側はメールなどで「承諾」の通知を出す。

この場合、いつ契約が成立するのかが、今回の事件の処理をとく鍵になる。

○隔地者に対する意思表示は、民法97条1項で、通知が相手方に到達したときに効力を生じるとする「到達主義」の原則をとっている。しかし、契約の場合は、例外を定めていて、契約の成立時期については、八百屋の店先のような対面販売ではないいわゆる「隔地者間」での契約は、承諾の通知が発せられたときに契約が成立するとしている(民法526条1項)。(つまり、民法526条は、97条1項の特則)

○民法第九十七条1項
隔地者ニ対スル意思表示ハ其ノ通知ノ相手方ニ到達シタル時ヨリ其ノ効力ヲ生ス
○民法第五百二十六条1項
隔地者間ノ契約ハ承諾ノ通知ヲ発シタル時ニ成立ス

○したがって、通常の隔地者間売買においては、原則として、民法526条1項により、購入希望者が文書等で注文を出した場合は、販売者が承諾の文書等を出した時点で売買契約は成立する。つまり、購入希望者にその承諾文書が着く前であっても契約は成立している。このため、承諾文書発送後に販売者が販売を止めようとする場合は、購入者の承諾か、錯誤(民法95条)による無効の主張か、詐欺・強迫等の意思表示の瑕疵、その他法的に契約を一方的に解消する事由でもない限り、契約の効力は失われない。

○しかし、インターネット通販の場合は、この例外の例外が定められいる。つまり、電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律第4条(後記参照)で、契約の承諾通知が電子的な方法で行われる場合(これを「電子承諾通知」という)には、承諾の通知が相手方(申込者)に「到達したときに成立」するものとされている。

この点について、いわゆる「自動返信メール」の場合であっても、その内容が「承諾の通知」と考えられる場合には契約成立となる。また返信メールが無くても、申込後のウェブ画面に、販売社名で「お申し込みをお受けしました」と表示が出たのであれば、これはその時点で「承諾通知が着いた」ということになり、その画面が注文者のモニター上に表示された時点で契約成立となりうる。
ただ、このような場合であっても、そのウェブ上にて、予め、自動返信のメールを受信しただけではまだ契約は成立していない旨の表示があり、さらに自動返信メールにも、そのメールでも未だ契約が成立していないことを明記していた場合は、承諾通知ではないこととなろう。

○いずれにせよ、電子商取引の場合、購入申込者が購入の申込を発信したとしても、これはまだ「契約の申込」をしただけで、販売者側の「承諾通知」が申込者に着いていない場合は、契約はまだ成立していないことになる。したがって、インターネット通販の場合、販売者側が、商品や代金などの販売条件を明示した「契約の申し込みの誘引」の内容に誤記があったとしても、承諾の通知が相手方(申込者)に「到達する以前であれば、まだ契約は成立していないことになる。その場合は、「ごめんなさい」として、販売を断っても、法的に問題はないということになる。

○今回の事件であるが、購入申込者からの注文メールに対して販売者が承諾の通知を出し、それが購入申込者に到達したかどうかで、契約成立の有無が決まることになる。この点について、カテナは「承諾メールも送信していないので一切契約に応じられない」との対応をしているとのことであるが、仮に同社が何らの通知も出していなかったならばまさにその通りであろう。

○この点に関し、寄せられた情報で知りえた範囲では、購入申込者に対して下記のような通知が届いていたとのことである。

⇒「オンラインストア「CatWorks」でご注文いただきました商品につきましての受注確認メールです。ご注文頂きました商品は、日通のペリカン便(代引の場合)にてお送りさせていただきます。(メーカー直送等の場合を除く) 尚、配達日につきましては、別途 E-mail にてご連絡申し上げます。ご利用ありがとうございました。」としたうえでご、これに続いて、注文日時、届け先住所氏名、電話番号、請求先、カード名義人氏名生年月日、メールアドレス、お届け方法(宅配便など)、支払方法(商品代引かどうかなど)に続いて、商品名(アップルコンピュータ株式会社 eMac M9461J/A(17型ディスプレイ搭載))、商品コード、数量、価格(税込)などが表示されていた。

○これに関しては、カテナ社はホームページで、「ヤフー株式会社よりお客様に対して受注確認の自動メールが届いていると思われますが、これは「ヤフー」からの「受注確認」であり、「カテナ」からの「承諾」の通知ではございません。」と述べている。したがって、カテナは、購入申込者からの申込に対して承諾の通知を発しておらず、従って、売買契約は成立していないという立場にたっている。

○結局、ここでのポイントは、上記の通知が販売者(カテナ社)からの通知か否か、に関わってくる。これがカテナ社なら、契約成立となるし、そうでなければ、契約は未成立ということになる。

○いずれにせよ、このような販売方法をとる会社は、今回のような誤表示といったようなトラブルも念頭に置いて、予め十分な対応が求められるところであろう。

○なお、経済産業省が「電子商取引等に関する準則」を公表している(2003年6月13日に改定公表)。
そこで電子商取引の解釈についての解釈指針が示されているので、参考にされたい。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@

○電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律
(平成十三年六月二十九日法律第九十五号)
(趣旨)
第一条  この法律は、消費者が行う電子消費者契約の要素に特定の錯誤があった場合及び隔地者間の契約において電子承諾通知を発する場合に関し民法(明治二十九年法律第八十九号)の特例を定めるものとする。
(定義)
第二条  この法律において「電子消費者契約」とは、消費者と事業者との間で電磁的方法により電子計算機の映像面を介して締結される契約であって、事業者又はその委託を受けた者が当該映像面に表示する手続に従って消費者がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込み又はその承諾の意思表示を行うものをいう。
2 この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいい、「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。
3 この法律において「電磁的方法」とは、電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法をいう。
4 この法律において「電子承諾通知」とは、契約の申込みに対する承諾の通知であって、電磁的方法のうち契約の申込みに対する承諾をしようとする者が使用する電子計算機等(電子計算機、ファクシミリ装置、テレックス又は電話機をいう。以下同じ。)と当該契約の申込みをした者が使用する電子計算機等とを接続する電気通信回線を通じて送信する方法により行うものをいう。
(電子消費者契約に関する民法の特例)
第三条(省略)
(電子承諾通知に関する民法の特例)
第四条  民法第五百二十六条第1項及び第五百二十七条の規定は、隔地者間の契約において電子承諾通知を発する場合については、適用しない。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@

○今回、1人で大量に注文した人もおり、販売社に「取り消しで済むのか」といった抗議があったとのことであるが、もし契約が成立していないならば、「取り消し」という問題ではない。取り消しというのは、一旦契約が成立してからの問題であり、契約が成立していない場合は、主張自体が成り立たない。その場合は「儲けそこなった」と、残念がるしかない。

○もし、今回、販売者が承諾通知を出してしまっていたとか、もしくは自動的に承諾通知を出すようになっていたという場合は、どうなるか。考えられるのは、そもそも意思表示に錯誤があって意思表示自体が無効のため契約も無効(民法95条本文)という主張も成り立ちうる。

ただ、最も重要な要素である販売価格でのミスは、同条但書きの「重大な過失」に当たると解釈される可能性もある。その場合は販売者は錯誤無効の主張ができないことになる。

しかし申込者において表示価格が誤表示であると認識していた場合は、販売者は錯誤による無効の主張ができる。11万程度のパソコンが2787円で売りに出る事態について、容易に誤表示と判断しうるならば、誤表示を認識していたと解しうる余地もあろう。

○民法第九十五条  
意思表示ハ法律行為ノ要素ニ錯誤アリタルトキハ無効トス
但表意者ニ重大ナル過失アリタルトキハ表意者自ラ其無効ヲ主張スルコトヲ得ス
                                            弁護士 三木秀夫

ニュース六法目次