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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
三菱自動車の虚偽報告事件(2004 年05年06日)企業の社会的責任(CSR)
○三菱自動車工業株式会社が、平成14年1月に横浜市で発生した同社製トラクタの脱輪による死傷事故の後、平成14年2月1日に、同社製大型車の脱輪が多発している原因に関して国土交通省に対し虚偽の報告をしたことから、道路運送車両法による罰則を適用するため、本日、同社並びに宇佐美隆取締役執行副社長兼最高執行責任者(当時)他4名を神奈川県警察本部へ告発した。(道路運送車両法第63条の4第1項違反による、道路運送車両法の一部を改正する法律(平成14年法律第89号)による改正前の道路運送車両法第110条第1項第3号及び第111条に係る罰則(20万円以下の罰金)) (国土交通省のホームページより)

○神奈川県警によると、同県警は、三菱ふそうトラック・バス(昨年1月に三菱自動車から分社)の元幹部7人を逮捕した。 各メディアによると、 宇佐美隆前会長ら5人が道路運送車両法(虚偽報告)容疑で、品質保証部門の元担当部長ら2人が業務上過失致死傷容疑で逮捕された。 これに先立ち、同県警ではきょう、同社の家宅捜索を行っていた。同県警は捜索理由を明らかにしなかったが、2002年1月に同社製大型車のタイヤが脱落し、母子3人が死傷した事故で、道路運送車両法違反の疑いが持たれていた。[東京6日 ロイター]

○三菱自動車は、大型車のタイヤ脱落死傷事故をめぐる不祥事を受け、社内に社長直属のCSR(企業の社会的責任)推進室を近く新設することを明らかにした。隠ぺい体質を見直すなどして、早期の信頼回復を目指す。CSR推進室設置は、同社が5月中旬にも発表する経営再建計画に盛り込む。 [東京6日 ロイター] 
 
○警告文書の交付
三菱自動車工業株式会社取締役社長及び三菱ふそうトラック・バス株式会社取締役社長に対し、厳重注意並びにリコール業務の適正化のために早急かつ抜本的な社内組織・業務処理体制の改善及び必要な措置の実施等に関する指示についての警告書を本日、手交した。 (国土交通省のホームページより)

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○まことに嘆かわしいとしか言いようのない事件である。
企業の社会的責任が大きくクローズアップされている中、今回の三菱自動車の行為が告発内容どおりとするならば、社会的責任以前の問題である。企業経営陣の個人的責任もさることながら、企業風土そのものの抜本的改善こそ求められる点と思う。国土を走り回る車がいつ凶器になるか分からないという意味では、国民全員にとっての生命の危機ともいえる。また、このままでは、企業そのものの存続まで脅かしかねないが、そうなると、毎日汗を流して勤務している善良な社員、その家族、下請け企業の社員・家族、取引先の社員・家族、ユーザー、株主その他の出資者など一切のステークホルダーに対して迷惑極まりないし、日本の経済にも大きな悪影響が生じることは必至であろう。

私は、三菱自の車には乗っていないが、個人的にはパリ・ダカールラリーで世界の覇者として進化を続けてきたパジェロなどは、その技術はすばらしいと思っていて、そういった伝統は守っていって欲しいと考える。そのためにも、この際、腐った部分は完全に切り取り、トップから末端の社員まで、悪しき慣習の完全打破に取り組み、真剣に再生に努めて欲しい。

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○今回の大型車のタイヤ脱落死傷事故をめぐる不祥事を受けて、三菱自動車は、社内に社長直属のCSR(企業の社会的責任)推進室を近く新設することを明らかにしたとのことであるが、誠に遅ればせながらの感がないではない。

○このCSRとは、Corporate Social Responsibilityの頭文字からなるもので、「企業の社会的責任」と一般的に言われている。1960年代の後半に拡大した公害問題が直接の契機となって、アメリカで生じてきたCorporate Social Responsibilityの議論が日本にも持ち込まれてきたのが、始まりと言われている。

○このCSRは、二つの側面を持つ。
@消極的側面として、企業が社会的に非難されるような行為をしてはならないという面。
A積極的側面として、企業は株主利益の最大化のためだけで行動すべきものではなく、株主・顧客・従業員・下請先・地域社会・国民その他地球人類・地球環境など全てのために行動すべきという面。

法令順守は前者の面、メセナ(文化支援)やフィランソロピー(社会貢献)は後者の面にあたる。
いまや、企業は、三菱自動車に限らず、雪印乳業事件、企業による不祥事が相次いだこともあり、企業は利益追求だけでなく、社会を構成する一員として一定の責任を果たすべきだというCSRの考えの重要性が高まっている。@倫理規範、A社内規範、B法規範の順番で語るならば、従来はBさえ守れば良いという考えがあったが、Aの重要性、さらには@自体が最も重要であるという考えになっているともいえる。CSR先進国の欧米では、投資先企業を決める指標の1つにもなっている。もはや、これを考えない企業は社会から締め出される時代にある。

法的な実務においては、近年、コーポレート・ガバナンスについてよく議論が行われている。特にバブル崩壊以降、企業不祥事に伴う企業倒産という事態への教訓から、健全な企業経営のためには、株式会社の経営統治組織をどのように規制するかが、そのテーマである。特に会社経営者の行動へのチェック機能をどのようにするかに関して、商法への反映が議論されている。

また、消費者法その他への法令順守(コンプライアンス)面なども、極めて重要になってきている。特に、消費者保護基本法の見直し、公益通報者保護制度の整備、消費者団体訴訟制度の導入、消費者保護会議の改革は、これからの法令順守への大きな後押し機能を果たすものとして、推進されるべきものといえよう。外部からの忠告機関としての顧問弁護士の活用も望まれるところである。また、CSRの積極的側面からは、NPOとの連携などもこれからの重要な役割を持つものと考える。

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○企業の法的な観点での社会的責任としては、民事責任・行政責任・刑事責任がある。
今回の三菱自動車のケースは、この3点がいずれも強く問われることになる。

まず民事責任とは、タイヤ事故に伴って死傷した被害者などへの損害賠償責任がこれである。

次に行政責任とは企業が行政上の規定や指導に違反した場合に、その違反した法人に対してなされる許認可などの取り消しや業務停止処分、業務改善命令などがこれに当たる。

更に刑事責任とは、行為者個人と法人企業が、国家から刑事罰(個人は懲役刑・罰金刑など、法人は罰金刑)を受ける。今回のケースは、道路運送車両法にもとづいて国土交通省が求めた事故原因の報告要求に対して、虚偽の報告を上げたことが刑事罰の対象となっている。また、横浜の死傷事故そのものへの業務上過失致死傷も捜査対象となっている。
この場合、従業員などが違法行為を行った場合、その者を処罰するほか、事業主たる法人も処罰する規定を両罰規定という。今回の道路運送車両法は、その形態であり、そののほかにも、法人税法、
外為法、証券取引法、薬事法、労働基準法、独占禁止法などに見られる。

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○今回の告発にかかる道路運送車両法第63条の4第1項違反による、道路運送車両法の一部を改正する法律(平成14年法律第89号)による改正前の道路運送車両法第110条第1項第3号及び第111条に係る罰則とは、下記の通り。111条は、いわゆる両罰規定である。

これは、三菱自が平成14年1月に横浜市で発生した同社製トラクタの脱輪による死傷事故の後、平成14年2月1日に、同社製大型車の脱輪が多発している原因に関して、国土交通省に対し虚偽の報告をしたことが、道路運送車両法第63条の4第1項の規定に違反するというもの。その罰則は、その時点での罰則規定が適用されるため、平成14年の法改正以前の罰則(20万円以下の罰金)(法人も)が告発根拠として挙げられている。
(ちなみに、改正後は、一年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科、法人は2億円以下の罰金刑 と大幅アップされている。)

○道路運送車両法
(報告及び検査)
第六十三条の四  国土交通大臣は、前二条の規定の施行に必要な限度において、基準不適合自動車を製作し、若しくは輸入した自動車製作者等若しくは基準不適合特定後付装置を製作し、若しくは輸入した装置製作者等又は前条第一項の規定による届出をした自動車製作者等若しくは同条第二項の規定による届出をした装置製作者等に対し、その業務に関し報告をさせ、又はその職員に、当該自動車製作者等若しくは装置製作者等の事務所その他の事業場に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させ、若しくは関係者に質問させることができる。

○改正前の道路運送車両法第110条第1項第3号及び第111条
第百十条 次の各号の一に該当する者は、二十万円以下の罰金に処する。
三 第三十条第一項、第五十二条、第六十三条の三第三項、第六十三条の四第一項、第八十一条(第九十四条の九において準用する場合を含む。)、第八十二条第二項(第八十三条第二項において準用する場合を含む。)、第九十四条の四第三項又は第百条第一項の規定に基づく届出若しくは報告をせず、又は虚偽の届出若しくは報告をした者

第百十一条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務又は所有し、若しくは使用する道路運送車両に関し、第百七条から前条まで(同条第一項第七号及び同条第二項を除く。)の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する。


○リコールとは、安全性や公害防止にかかわる欠陥が見つかった自動車について、メーカーが国に届け出たうえで回収し、修理する制度である。改正前はメーカーの自主的判断に任され、国には強制力がなかった。メーカーにとっては多大な修理費用が負担となり、またイメージのダウンを恐れて、国土交通省に届け出をせず隠密裏に修理する、リコール隠しが行われた。

平成14年の法改正によって、国はリコールが確実に行われるよう「命令」を出すことも可能にした(命令権の新設)。また、罰則についても、報告義務違反に対する罰金を法人に対して最高2億円(従来は20万円)として、大変厳しく変更した。(三菱自の虚偽報告に端を発した改正である。)

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○現在の道路運送車両法第106条の2第3号及び第111条
第百六条の二  次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
三  第六十三条の四第一項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、若しくは質問に対し陳述をせず、若しくは虚偽の陳述をした者
第百十一条  法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務又は所有し、若しくは使用する道路運送車両に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。
一  第百六条の二 二億円以下の罰金刑

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○従来、両罰規定における法人に対する刑罰は、他の法律と同様、その罰金額の上限は行為者と同じ金額であった。しかし、個人の資力と、法人の資力とは大きな違いがあるのに、それを一緒にする合理的な理由はないといえる。特に、今回のような会社ぐるみという疑いのあるケースでは、個人の罰金レベル(20万円以下)では、誰が考えてもあまりにも不相当といえる。そのため、道路運送車両法違反の法人の罰金額上限を個人のそれとは切り離して、かなり高額にしたのが平成14年の改正である。

○これと同じ発想での改正は、他に、独占禁止法95条1項1号や、証券取引法207条1項1号の両罰規定でも行われている(法人の罰金上限額5億円)。 
                                            弁護士 三木秀夫

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