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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
ピンクレディー未唯さんの口座引出被害(2004年05月10日)    スキミン
○元ピンクレディーで歌手の未唯さんが、銀行口座から約1700万円を引き出される被害に遭っていたことが10日、分かった。警視庁麻布署は何者かがキャッシュカードから個人情報を写し取る「スキミング」で、未唯さんの銀行口座から現金を引き出したとみて、窃盗容疑で捜査している。
(毎日新聞社5月10日)

報道によれば、昨秋以降、未唯さんの口座から、1回当たり数百万円ずつ数回にわたって覚えのない現金の引き出しがあり、都内のATMからキャッシュカードで引き出されていたとのこと。4月になってはじめて気が付き、届け出たが、未唯さんはその口座のキャッシュカードや通帳は紛失したことはないという。

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○大変である。あのピンクレディー未唯さんの一大事。ペッパー警部は頑張らねばならない。そこで、警部のために刑法および民事法の検討を加えておこう。

○スキミング(skimming)とは、IT用語辞典e-Words によれば、
「他人のクレジットカードやキャッシュカードの磁気記録情報を不正に読み出してコピーを作成し、使用する犯罪行為。『スキマー』と呼ばれるカード情報を読み取る装置を用いて情報を複製する。手口としては、飲食店などで他の客の上着に入ったままのクレジットカードから情報を盗み出したり、空巣に入ってカードは盗まず情報だけを取り出したり、クレジットカード取扱店のCAT端末(加盟店信用照会端末)に細工をしてスキマーを仕掛けるなどと言った手法がある。商店などで店主や店員自身がスキミングを行なっていた例もある。スキミングはカードの盗難と違って、カード自体が「無事」であるため、被害者が被害に気づきにくい(請求があって初めて気づく)という特徴があり、より巧妙であると言える。現在では、クレジットカード業界団体と経済産業省が共同でクレジットカードのICカード化を進めており、容易にスキミングできない環境を目指している。2000年から開始された検討作業により、2002年7月からフィールドテストが行われており、2003年内の実用化が予定されている。」
とのことである。

○この用語辞典がクレジットカードを中心に記載されているように、これまでスキミングはクレジットカードの話しで、銀行のキャッシュカードでは生じないと思われてきた。それはキャッシュカードには暗証番号の情報が入っておらずに銀行のホストコンピュータの方に保管されているため、カード表面の磁気情報を読み取っても無駄であると思われていたからである。つまり、預金者はATMで暗証番号を打ち込むと、それが銀行のホストコンピュータにつながり、そこに保管されている暗証番号と照合され、一致した時点で現金を引き出せるという仕組みのようである。

ただ、10年以上前(1994年より以前)に発行されたキャッシュカードでは、暗証番号がそのままカードに入っているものがあるようで、この場合は、スキミングされると暗証番号も入手され、簡単に預金を引き出すことができる。

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刑事罰について
○支払い用カード電磁的記録不正作出罪(刑法163条の2〜5)
キャッシュカードの偽造をした上で、それを用いて他人の預金口座から預金を不正に引き出した場合、支払い用カード電磁的記録不正作出罪が成立する。

この犯罪(クレジットカード等の偽造罪)は、2001年6月に刑法の一部改正として第151回通常国会で成立し新設されたものである(7月4日公布)。

@これにより、クレジットカードやキャッシュカード自体やその電磁的データを不正に作出することが犯罪となる(同条の2) 【10年以下の懲役又は100万円以下の罰金】、Aこれらのカードを所持するだけでも犯罪となる(同条の3) 【5年以下の懲役又は50万円以下の罰金】、Bクレジットカード等の偽造目的で情報を取得すること(スキミング)自体も犯罪となる(同条の4)【3年以下の懲役又は50万円以下の罰金】

以前は、この種の犯罪については、次の窃盗罪や詐欺罪に問う以外に手立てがなく、その前段階のスキミング行為の処罰規定がなかった。この改正では偽造カードの所持、磁気情報の読み取り、その準備までを犯罪としたものである。

ちなみに、この罪の被害者は、この犯罪がいわゆる社会的法益に対する罪と位置づけられていることや、キャッシュカードの電磁的記録をつくる権限がそのカード発行者にあることからして、銀行ということになり、預金者自身ではないと考えられる。

警察庁は、このキャッシュカードのスキミングで犯人を検挙した例はまだ無いとのことである。(平成16年3月31日第159回衆議院財務金融委員会質疑での栗本政府参考人)

○窃盗罪
ATMなどの機械に対してキャッシュカードを使って現金を引き出した場合は窃盗罪となる。
銀行のATMからキャッシュカードを使ってお金を引き出した場合の銀行の被害は、相手が人ではないため、現金という他人の財物を窃取したものとして窃盗罪ということになる。被害者は、そのATMの中の現金を占有管理している銀行が被害者ということになる。したがって、被害届けは原則として銀行が提出し、預金者は出せない。

ちなみに、詐欺にならないかという質問があるが、詐欺罪は人に対する欺網行為があって、それによってだまされた人物が財物を交付した場合のみに成立する。したがって、ATMという機械に対して偽造カードを使って金員を取っても、これは詐欺ではないということになる。ただし、偽造のクレジットカードを店舗などで店の担当者に提示して財物の交付を受けた場合は詐欺罪になる。)

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○刑法
第十八章の二 支払用カード電磁的記録に関する罪

(支払用カード電磁的記録不正作出等)
第百六十三条の二 人の財産上の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する電磁的記録であって、クレジットカードその他の代金又は料金の支払用のカードを構成するものを不正に作った者は、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。預貯金の引出用のカードを構成する電磁的記録を不正に作った者も、同様とする。
2  不正に作られた前項の電磁的記録を、同項の目的で、人の財産上の事務処理の用に供した者も、同項と同様とする。
3  不正に作られた第一項の電磁的記録をその構成部分とするカードを、同項の目的で、譲り渡し、貸し渡し、又は輸入した者も、同項と同様とする。

(不正電磁的記録カード所持)
第百六十三条の三 前条第一項の目的で、同条第三項のカードを所持した者は、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(支払用カード電磁的記録不正作出準備)
第百六十三条の四  第百六十三条の二第一項の犯罪行為の用に供する目的で、同項の電磁的記録の情報を取得した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。情を知って、その情報を提供した者も、同様とする。
2  不正に取得された第百六十三条の二第一項の電磁的記録の情報を、前項の目的で保管した者も、同項と同様とする。
3  第一項の目的で、器械又は原料を準備した者も、同項と同様とする。

(未遂罪)
第百六十三条の五  第百六十三条の二及び前条第一項の罪の未遂は、罰する。

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○民事問題について

偽造カードを用いて払い戻しがなされた場合、もしくは貸し付けがなされた場合、その場合の銀行と預金者の関係はどうなるのか。

その場合の責任に関しては、一応は銀行約款に定めがあり、その約款に定める事由が存在するかどうかが第一義的出発点となろう。そして、銀行約款に定めがないか、あるいは約款が法律上無効であると解釈しうる場合は、民法に従って判断すべきことになる。

○民法478条によれば、債権の準占有者に対する弁済で、かつ弁済者が善意無過失であれば、その弁済者が保護されることになっている。これは、真実の債権者(預金者)という外観を持つ者が現れた場合に、銀行がそれを信じて支払った場合であり、かつそう信じたことに過失が無かった場合には、その払い戻しという形での弁済は、有効となり、仮にその後に真実の債権者(預金者)が現れても、すでに有効な払い戻し(弁済)があったものとして扱えることができる(つまり預金者は払い戻しを受けられなくなる)ということになる。

○民法第四百七十八条 
債権ノ準占有者ニ為シタル弁済ハ弁済者ノ善意ナリシトキニ限リ其効力ヲ有

この問題は、真実の権利者でもないのに、通帳と届出印鑑を持って現れた者を、真実の預金者と判断して預金の払い戻しに応じた銀行は、その弁済を有効なものとして扱えるかという問題に共通する点がある。この場合は、まさに民法478条の適用が問題になる。

○しかし、この民法478条が、偽造キャッシュカードのケースに当てはまるかどうかは、その偽造カードを用いた人物がいわゆる債権の準占有者として、取引観念の上から見て真実の債権者と信じさせるような外観を有しているかどうかといえるかが、問題となろう。

さらに、銀行側が善意無過失であったかどうかという点も問題となる。特にATMという機械で処理しているが、そのような機械払いシステムの設置管理の全体について、可能な限度で無権原者による払い戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたと言えるかどうかが問われるべきではないかと考える。

先述の通帳持参の偽権利者への弁済に関する裁判で、単に暗証番号等を確認したというだけでは足りないというのが判例の流れであることからしても、銀行の善意無過失による弁済の有効主張には疑義があるというべきである。(末尾の判例参照)

○なお、貸し付けの場合については、弁済ではないため、貸し付けに関して表見代理(民法109〜112条)が成立するかどうかが問題となろう。つまり、そういった外観の作出自体に名義人に過失があるかどうか、またそれを信頼した銀行が善意無過失と言えるかどうである。その場合、預金者に落ち度が無ければ保護されることとなる。

○ちなみに、現時点での被害銀行の対応の状況は、聞くところでは、全く預金者の要求には応じない方針を貫いているようである。その根拠としては、おそらく暗証番号を確認したから免責されるとの約款が引用されていると思われるが、約款に書いてあったとしても、一方的に他方に有利な消費者との契約は無効であるし、銀行法でも預金者保護を目的にうたっていることから、主張自体に疑問がある。また、そもそも、簡単に偽造されるようなキャッシュカードをつくって放置している銀行に、むしろ責任があると考えるのが筋ではないか。

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○預金払戻無効確認請求事件
(平成14年2月26日大阪地方裁判所判決/平成12年(ワ)第13485号)
銀行預金通帳が窃取され、通帳の副印鑑を利用して偽造された疑いのある払戻請求書による預金払戻しにつき、担当者の印鑑照合事務の過失を認めた事例
(判例タイムズ1127号177頁)
 
「預金の払戻しをした銀行が民法四七八条類推適用により免責されるには、銀行において、払戻請求を行った者か正当な権利者であると信じたことに過失かなかったことを要するものと解すべきてある。そして、銀行の印鑑照合担当者が、払戻請求書に押捺された印影と、預金通帳の届出印により顕出された印影(副印鑑)とを照合するに当たっては、特段の事情のない限り、重ね折りによる照合等をするまでの必要はなく、肉眼による平面照合の方法をもってすれば足りるとしても、銀行の印鑑照合者として社会通念上一般に期待される業務上の相当の注意をもって照合を行うことを要し、通常の事務処理の過程で限られた時間内にてはあるか相当の注意を払って照合するならば、肉眼をもって異別の印章による印影であることを発見し得るのに、そのような印影の相違を見過ごした場合には、銀行に過失があり、民法四七八条の類推適用はないというべきである。」
 
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○預金返還請求控訴事件
(平成14年12月17日東京高等裁判所判決/平成14年(ネ)第1511号)
盗まれた預金通帳と届出印を使用してなされた団体名義の預金の払戻しについて銀行の預金払戻担当者に過失がなかったとして銀行の免責が認められた事例
(判例時報1813号78頁)

「銀行の預金払戻担当者が、預金者本人と異なる者が払戻しを請求していると認識した場合、通帳と届出印を確認した上、払戻請求者に生年月日と資金の使途について質問し、とくに不審な態度が見られなかったときは、氏名や住所を尋ねたり、身分証明証の提示を求めるなどしなっかたとしても、右預金の払戻しについて過失はなかったと認められ、銀行は、民法四七八条の適用により免責されるというべきである。 」
                                            弁護士 三木秀夫

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