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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
米軍イラク人虐待事件公聴会(2004年5月13日)        ジュネーブ条
○米軍によるイラク人虐待事件で、ウルフォウィッツ米国防副長官は13日、イラク駐留米軍のサンチェス司令官が昨年10月に許可した収容者に対する尋問方法の一部が、戦争捕虜の保護などを規定したジュネーブ条約に違反していることを上院軍事委員会の公聴会で初めて認めた。

ラムズフェルド国防長官らはこれまで、イラクでの収容者にはジュネーブ条約が適用されると明言していた。この日の証言で、条約に違反する尋問方法を駐留米軍が認めていたことが明確になり、条約違反の尋問許可が激しい虐待の下地になったとの見方が強まった。

軍が議会に提出した資料によると、サンチェス司令官は、許容される尋問方法の一覧を示した「尋問規定」を承認。その中には、72時間にわたって睡眠を妨害することのほか、45分間、腕を上げたまましゃがむ姿勢を取らせることや、軍用犬をけしかけることなどが含まれていた。
【ワシントン13日共同】(共同通信)

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○イラクのアブグレイブ刑務所で暴かれはじめた虐待は、大変な問題に発展しつつある。ここで焦点となってきたのがジュネーブ条約である。

○ジュネーブ条約は、戦争犠牲者保護条約、または赤十字条約ともいわれ、広くは「国際人道法」の一群の法規の一つである。国際人道法という言葉は、1960年代から赤十字国際委員会を中心に使われ始めたものである。

○ジュネーブ条約は次の4つの条約と2つの追加議定書からなっている。条約は1949年、追加議書は1977年に締結された。日本は1953年にジュネーブ条約に加入したが、追加議定書には加入していない。

ジュネーブ四条約
(1)戦地における軍隊に傷病者及び病者の状態の改善に関する条約(第一条約)
(2)海上にある軍隊の傷者、病者及び難船者の状態に関する条約(第二条約)
(3)捕虜の待遇に関する条約(第三条約)
(4)戦時における文民の保護に関する条約(第四条約)

追加議定書
(1)国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(第一議定書)
(2)非国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(第二議定書)
 
○今回、問題になっているのは、第三条約の捕虜の待遇に関する条約である。末尾に、該当部分を引用した。

○米軍は、ベトナム戦争中、ミライ村(ソンミ)大虐殺を起こし、世界を驚愕させた。アフガニスタン戦争後にも、米軍グアンタナモ刑務所で、捕虜虐待がたびたびメディアに報道され、多くの非難を浴びている。だが米国国防総省の考えは、その収容者を戦争捕虜と認めず、ジュネーブ条約を守る必要はないというものであった。「戦争捕虜」の定義が、不明確なところもあり、米国の基準での解釈がなされる傾向にある。しかし、その米国は、今回のイラク戦争では、中東の放送局アルジャジーラが捕虜米兵の映像を放送した際、ジュネーブ条約を持ち出して抗議を行っている。

○報道によれば、アブグレイブ刑務所には、当初こそ戦時捕虜が多く入れられたようであるが、その後には多くの一般市民も拘束されているようである。容疑は、テロ以外に一般犯罪などもあると思われるが、確証もなく、しかも弁護人はおろか裁判もかけられずに、さらには家族にさえ知らされずに拘束されているケースが多いと聞くと、明らかな人権侵害と言わざるを得ない。

○捕虜とは、「戦争ないしは武力紛争において敵に捕らえられた戦闘員に与えられる法的地位」をいう。非戦闘員はその者として保護され、「戦闘員」は捕虜としての扱いを受ける。かつては軍隊を正規軍と不正規軍に区分して、正規軍は軍医・看護兵などの非戦闘員以外を戦闘員とし、不正規軍は一定の条件を満たす民兵・義勇兵・レジスタンス構成員・群民蜂起構成員を戦闘員としていた(陸戦規則)。しかし、近時の戦闘行為においては、正規軍といえど非戦闘員かどうかの区別が相対的に分かりにくくなってきたことや、不正規軍もゲリラ戦が一般化して区別化が難しくなってきたことを受け、ジュネーブ条約の追加議定書では、正規軍・不正規軍含めて軍隊と考え、不正規軍の構成員も同じ戦闘員と認めるようになっている。

○なお、戦時捕虜とそうでない場合の関係で言えば、戦時捕虜か一般人の拘束かの区別は、難しい点がある。後者には、米軍や占領政策そのものに反対していたり、その疑いがあること自体が拘束理由になっているようであるからである。

○テロ組織と戦時ルールの適用
アメリカは、アフガニスタンやイラクとの戦争を、9.11に発する対テロ戦争と呼ぶことで、平時に許されることと戦時であれば容赦されることの区別のラインを取り払っている。そもそも、平時の場合は、法による手続保障が厳格に要求される。例えば、官憲が武器使用が可能になるのは正当防衛などの場合だけであり、また、拘束された容疑者も弁護人の弁護を受けつつ、起訴を経て裁判を受ける権利を持つ。しかし、戦時になると、戦時ルールとなり、平時とは違って、比較的軽い要件で警告なしに敵兵士を殺害できるし、捕虜を裁判なしで終戦まで拘束することができる。 
この戦時と平時の二つのルールが、いつどのような場合に区別されるかは、実際のところ明確な定めがない(赤十字国際委員会の解説書でいくつかの基準を示してはいる)。そもそも、武力紛争に適用されるジュネーブ条約でも、そもそも「武力紛争」が何であるかの定義はされていない。このため、イラク内部で抗争する相手方が、戦時ルールが適用される相手なのか否かも不分明なままで刑務所に収容されている。このため、テロ組織とつながっているかもしれないという可能性だけで、厳格な手続き保障もないまま、長期間拘束されること自体に、何らかの歯止めが必要であろう。

○なお、日本は、サンフランシスコ平和条約に署名した際にジュネーブ諸条約に加入することを宣言し、国内法制を後日整備するという前提で批准された。しかし、その後、捕虜の扱い、文民の保護等に関する国内法が整備されずに今日まで至っている。これは、日本が国際紛争に巻き込まれることがなく、国内法制定の必要が無かったためであるが、ジュネーブ諸条約の義務を遵守できない状態であることに変わりはない。今回、いわゆる有事関連法案の整備として、武力紛争時の負傷者や捕虜の処遇、文民等の保護などが上程されている。

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○捕虜の待遇に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約(第三条約)(抄)
昭和二十八年十月二十一日条約第二十五号(防衛庁ホームページ)

第一編 総則
第四条〔捕虜〕
A この条約において捕虜とは、次の部類の一に属する者で敵の権力内に陥ったものをいう。
(1) 紛争当事国の軍隊の構成員及びその軍隊の一部をなす民兵隊又は義勇隊の構成員 (2) 紛争当事国に属するその他の民兵隊及び義勇隊の構成員(組織的抵抗運動団体の構成員を含む。)で、その領域が占領されているかどうかを問わず、その領域の内外で行動するもの。但し、それらの民兵隊又は義勇隊(組織的抵抗運動団体を含む。)は、次の条件を満たすものでなければならない。  
 (a) 部下について責任を負う一人の者が指揮していること。  
 (b) 遠方から認識することができる固着の特殊標章を有すること。  
 (c) 公然と武器を携行していること。  
 (d) 戦争の法規及び慣例に従って行動していること。
(3) 正規の軍隊の構成員で、抑留国が承認していない政府又は当局に忠誠を誓ったもの (4) 実際には軍隊の構成員でないが軍隊に随伴する者、たとえば、文民たる軍用航空機の乗組員従軍記者、需品供給者、労務隊員又は軍隊の福利機関の構成員等。但し、それらの者がその随伴する軍隊の認可を受けている場合に限る。このため、当該軍隊は、それらの者に附属書のひな型と同様の身分証明書を発給しなければならない。
(5) 紛争当事国の商船の乗組員(船長、水先人及び見習員を含む。)及び民間航空機の乗組員で、国際法の他のいかなる規定によっても一層有利な待遇の利益を享有することがないもの
(6) 占領されていない領域の住民で、敵の接近に当り、正規の軍隊を編成する時日がなく、侵入する軍隊に抵抗するために自発的に武器を執るもの。但し、それらの者が公然と武器を携行し、且つ、戦争の法規及び慣例を尊重する場合に限る。

B 次の者も、また、この条約に基いて捕虜として待遇しなければならない。
(1) 被占領国の軍隊に所属する者又は当該軍隊に所属していた者で、特に戦闘に従事している所属軍隊に復帰しようとして失敗した場合又は抑留の目的でされる召喚に応じなかった場合に当該軍隊への所属を理由として占領国が抑留することを必要と認めるもの。その占領国が、その者を捕虜とした後、その占領する領域外で敵対行為が行われていた間にその者を解放したかどうかを問わない。
(2) 本条に掲げる部類の一に属する者で、中立国又は非交戦国が自国の領域内に収容しており、且つ、その国が国際法に基いて抑留することを要求されるもの。但し、それらの者に対しては、その国がそれらの者に与えることを適当と認める一層有利な待遇を与えることを妨げるものではなく、また、第八条、第十条、第十五条、第三十条第五項、第五十八条から第六十七条まで、第九十二条及び第百二十六条の規定並びに、紛争当事国と前記の中立国又は非交戦国との間に外交関係があるときは、この条約の利益保護国に関する規定を適用しないものとする。前記の外交関係がある場合には、それらの者が属する紛争当事国は、それらの者に対し、この条約で規定する利益保護国の任務を行うことを認められる。但し、当該紛争当事国が外交上及び領事業務上の慣習及び条約に従って通常行う任務を行うことを妨げない。

C 本条は、この条約の第三十三条に規定する衛生要員及び宗教要員の地位に何らの影響を及ぼすものではない。

第二編 捕虜の一般的保護
第十二条〔捕虜の待遇の責任〕 
捕虜は、敵国の権力内にあるものとし、これを捕えた個人又は部隊の権力内にあるものではない。抑留国は、個人の責任があるかどうかを問わず、捕虜に与える待遇について責任を負う。
A 捕虜は、抑留国が、この条約の締約国に対し、当該締約国がこの条約を適用する意思及び能力を有することを確認した後にのみ、移送することができる。捕虜が前記により移送されたときは、捕虜を受け入れた国は、捕虜を自国に抑留している間、この条約を適用する責任を負う。
B もっとも、捕虜を受け入れた国がいずれかの重要な点についてこの条約の規定を実施しなかった場合には、捕虜を移送した国は、利益保護国の通告に基いて、その状態を改善するために有効な措置を執り、又は捕虜の返還を要請しなければならない。この要請には、従わなければならない。

第十三条〔捕虜の人道的待遇〕 
捕虜は常に人道的に待遇しなければならない。抑留国の不法の作為又は不作為で、抑留している捕虜を死に至らしめ、又はその健康に重大な危険を及ぼすものは、禁止し、且つ、この条約の重大な違反と認める。特に、捕虜に対しては、身体の切断又はあらゆる種類の医学的若しくは科学的実験で、その者の医療上正当と認められず、且つ、その者の利益のために行われるものでないものを行ってはならない。
A また、捕虜は、常に保護しなければならず、特に、暴行又は脅迫並びに侮辱及び公衆の好奇心から保護しなければならない。
B 捕虜に対する報復措置は、禁止する。

第十四条〔捕虜の身体の尊重〕
捕虜は、すべての場合において、その身体及び名誉を尊重される権利を有する。
A 女子は、女性に対して払うべきすべての考慮をもって待遇されるものとし、いかなる場合にも、男子に与える待遇と同等に有利な待遇の利益を受けるものとする。
B 捕虜は、捕虜とされた時に有していた完全な私法上の行為能力を保持する。抑留国は、捕虜たる身分のためやむを得ない場合を除く外、当該国の領域の内外においてその行為能力に基く権利の行使を制限してはならない。


第三編 捕虜たる身分
第一部 捕虜たる身分の開始
第十七条〔捕虜の尋問〕 
各捕虜は、尋問を受けた場合には、その氏名、階級及び生年月日並びに軍の番号、連隊の番号、個人番号又は登録番号(それらの番号がないときは、それに相当する事項)については答えなければならない。
A 捕虜は、故意に前記の規定に違反したときは、その階級又は地位に応じて与えられる特権に制限を受けることがあるものとする。
B 各紛争当事国は、その管轄の下にある者で捕虜となることがあるもののすべてに対し、その氏名、階級、軍の番号、連隊の番号、個人番号若しくは登録番号又はそれらの番号に相当する事項及び生年月日を示す身分証明書を発給しなければならない。身分証明書には、更に、本人の署名若しくは指紋又はその双方及び紛争当事国が自国の軍隊に属する者に関し追加することを希望するその他の事項を掲げることができる。身分証明書は、できる限り、縦横がそれぞれ六・五センチメートル及び十センチメートルの規格で二部作成するものとする。捕虜は、要求があった場合には、身分証明書を呈示しなければならない。但し身分証明書は、いかなる場合にも、取り上げてはならない。
C 捕虜からいかなる種類の情報を得るためにも、これに肉体的又は精神的拷問その他の強制を加えてはならない。回答を拒む捕虜に対しては、脅迫し、侮辱し、又は種類のいかんを問わず不快若しくは不利益な待遇を与えてはならない。
D 肉体的又は精神的状態によって自己が何者であるかを述べることができない捕虜は、衛生機関に引き渡さなければならない。それらの捕虜が何者であるかは、前項の規定に従うことを留保して、すべての可能な力法によって識別して置かなければならない。
E 捕虜に対する尋問は、その者が理解する言語で行わなければならない。

第六章 紀律
第三十九条〔管理、敬礼〕 
各捕虜収容所は、抑留国の正規の軍隊に属する責任のある将校の直接の指揮下に置かなければならない。その将校は、この条約の謄本を所持し、収容所職員及び警備員がこの条約の規定を確実に知っているようにし、並びに自国の政府の指示の下でこの条約の適用について責任を負わなければならない。
                                            弁護士 三木秀夫

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