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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
倉田参院議長による散会宣言取り消し(2004年06月05日)   参議院規則
○年金改革法が成立へ 議長が散会宣言取り消し。
徹夜国会となった年金制度改革関連法案をめぐる与野党攻防は5日早朝、倉田寛之参院議長に対する不信任決議案審議の際、民主党出身の本岡昭次副議長が散会を宣言したが、倉田議長が同宣言を無効とするなど憲政史上例のない異常事態となった。与党は議長不信任案を早急に否決、与党公明党から副議長を新たに選び直して、同日中に年金法案を成立させる方針だが、国民生活にかかわる年金改革は大きな汚点を背負う形となった。

野党は5日未明、倉田議長や坂口力厚生労働相、国民年金保険料未納閣僚ら11人の問責・不信任決議案を提出した。倉田議長、坂口厚労相以外は取り下げたが、午前4時20分すぎに開会した参院本会議では、倉田議長に代わって議長席に座った本岡副議長が直ちに散会を宣言し退席した。

参議院規則第82条では「議事が終わったときは、議長が散会を宣告できる」と規定。この後、倉田議長が議事日程に上っている年金法案の採決が終了していないことから同規則に基づき散会宣言を無効とした上で、本岡副議長は「事故」があったとして仮議長選任のため休憩に入った。(共同通信)
 
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○憲政史上初めてのことが生じた。議長に代わって就任した副議長が、散会を宣言したものである。しかも、それを議長が無効宣言した。事実関係を再度整理すれば、5日午前4時20分に再開された参院本会議の冒頭、不信任決議案を提出された倉田議長に代わって民主党出身の本岡昭次副議長が議長席についた。ところが、突然、本岡昭次副議長が「散会」を宣言して、「休憩しかできない」との参院事務総長の制止を振り切って退席した。あわせて野党議員も退席。倉田議長は、事態を収拾するため、本岡副議長の散会宣言を「無効」としてこれを取り消したというものである。

○この事件(?)は、民主党の「秘策」として出されたものであろうが、秘策ならぬ「失策」と言えるのではなかろうか。それは、次の述べるような各規定での処理から明白であり、そのために、民主党はあとの年金法案の審議に何らの意見を述べる間もないままに、採決されていったからである。

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○まず、本岡副議長が直ちに散会を宣言したが、これは間違っている。議事日程に記載した案件の採決が終了しない限り、「散会」はできないからである(参議院規則第82条)。(なお延会を宣言する方法はあったかも。)

参議院規則(昭和二十二年六月二十八日参議院議決)
第八十二条 議事日程に記載した案件の議事を終つたときは、議長は、散会を宣告することができる。議事を終らない場合でも、議長は、必要と認めたときは議院に諮り、午後四時を過ぎたときは議院に諮らないで、延会を宣告することができる。

したがって不信任決議案や年金法案など議事日程に記載した案件の採決が終了していない今回の流れでは、散会は原則できないものといえる。

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○そこで、国会法第19条によって「議院の秩序を保持し、議事を整理」する権限を持つ倉田議長が、混乱した事態を収拾するため、議長席に戻り、本岡副議長の散会宣言を「無効」としてこれを取り消したものといえる。

国会法
第十九条  各議院の議長は、その議院の秩序を保持し、議事を整理し、議院の事務を監督し、議院を代表する。

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○その後、本会議はいったん休憩となった。数時間後の再開時に、副議長に代わって議事進行を進める仮議長を選出。これは、国会法第22条によるもので、副議長の議事進行に「事故」(間違い)があり、その結果、議長・副議長ともに事故があったという前提でなされたものと解される。その仮議長のもとで、議長不信任決議案を否決している。

国会法
第二十二条  各議院において、議長及び副議長に共に事故があるときは、仮議長を選挙し議長の職務を行わせる。
2  前項の選挙の場合には、事務総長が、議長の職務を行う。
3  議院は、仮議長の選任を議長に委任することができる。

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○参議院は、議長不信任決議案を否決後、倉田議長が坂口厚労相問責決議案を採決し、否決。その後民主、社民の野党が欠席するなか、与党が審議を続行、年金改革関連法も5日午前の参院本会議で自民、公明の与党などの賛成多数で可決、成立した。

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○なお、民主党に一部からは、この「散会取り消し手続き」の無効を主張して訴訟も辞さないとの発言があったが、前記の流れからしてこの主張は法的に無理と考えられる上に、そもそも国会内の審議手続きの瑕疵を理由とする訴訟については、裁判所の法令審査権が、国会の両院における法律制定の議事手続の適否には及ばないという、国会の自主性を尊重した昭和37年03月07日最高裁大法廷判決に反するものであり、認められない。

○昭和37年03月07日最高裁大法廷判決(地方自治法に基く警察予算支出禁止事件)
(裁判所の法令審査権は、国会の両院における法律制定の議事手続の適否には及ばないと解すべきであるとしたもの。)
「よつて記録に基き、上告人が本件支出を違法と主張する理由を見るに、上告人は、昭和二九年法律一六二号警察法が無効である旨を主張し、無効な法律に基く支出なるが故に違法である旨を主張するのである。そして上告人が右警察法を無効と主張する理由は、同法を議決した参議院の議決は無効であつて同法は法律としての効力を生ぜず、また、同法は、その内容において、憲法九二条にいう地方自治の本旨に反し無効であるというのである。しかしながら、同法は両院において議決を経たものとされ適法な手続によつて公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべく同法制定の議事手続に関する所論のような事実を審理してその有効無効を判断すべきでない。従つて所論のような理由によつて同法を無効とすることはできない。」
                                            弁護士 三木秀夫

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