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三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
判例などを解説したものです。事実関係は,報道された範囲を前提にしており、関係者の
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2009年12月から、このページは休止とさせていただきました。
同名での記事を、当事務所メールマガジンにて毎月発刊しています。
ご関心のある方は、そちらをご覧ください。

ニュース六法目次
曽我さん家族の再会ジャカルタで実現(2004年07月09日) 日米地位協定
  〜ジェンキンス氏との仮想法律相談★ 
○北朝鮮による拉致被害者の曽我ひとみさん(45)は9日夕(日本時間同日夜)、滞在先のインドネシアの首都ジャカルタで、夫のチャールズ・ジェンキンス氏(64)と長女美花さん(21)、二女ブリンダさん(18)の3人と再会した。家族全員がそろうのは、曽我さんら拉致被害者5人が日本に帰国した2002年10月以降、1年9カ月ぶり。

曽我さんは3人の日本永住を強く希望しているが、ジェンキンス氏は米政府から脱走兵として訴追されることを恐れ、来日に難色を示している。一家はジャカルタ中心部のホテルに当面滞在し、曽我さんがジェンキンス氏の説得に当たる。

平壌でジェンキンス氏らを乗せた日本政府のチャーター機は同日午後5時(日本時間同7時)、ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港に到着。前日に現地入りした曽我さんは空港で出迎え、タラップ下で夫や娘と抱き合い、涙を流した。

同行筋によると、機内でのジェンキンス氏はリラックスした様子で、訴追問題についての話は出ず、「家族とよく話し合いたい」と語ったという。北朝鮮から身の回りの世話係とされる3人が同行し、同じホテルに宿泊した。 [時事通信社]

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★仮想法律相談室★
私は、この晩、ジェンキンス(Charles Robert Jenkins)氏から法律相談を受ける夢を見た。
彼との質疑は次の通り。以下夢の中の三木がMiki。
なぜか、彼の言葉は日本語でだが、ご愛嬌としてお許しを。

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Mr.Jenkins
はじめまして。私は、在韓米軍時代に北朝鮮に脱走したということで、長年北朝鮮で過ごし、その間、日本人の曽我ひとみと結婚して、娘二人を設けました。いま、事情があってジャカルタでいます。

Miki
よく知っていますよ。ジャカルタでの曽我ひとみさんとの再会シーンは見ました。熱いキスと抱擁は感動的でした。ただ、何度もキスシーンが流されたのには、少し参りましたが。

Mr.Jenkins
ありゃ、そうですか。ところで、私の妻ひとみから、「日本に来て一緒に住もう」と言われて迷っています。私は、日本に行って、祖国アメリカに捕まらないか心配しているのです。日本の総理大臣は「保証する」と言っていたが、本当でしょうか。

Miki 
うかつに「大丈夫」とは言えませんね。私は「保証する」とは、よう言わん。
ご存知のように、日本と米国との間には「日米地位協定」、正式名称を「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」といものうがあります。また、日本は米国との間で、「日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引渡しに関する条約」を締結しており、国内法として、逃亡犯罪人引渡法があり、外国から犯罪人引渡しの請求があった際の処理に関する手続きも定められているし。
この2つの内容の詳しくは、ニュース六法(2004年03月29日版)「遺伝子スパイ事件で引き渡し認めず/逃亡犯罪人引渡法」と、ニュース六法(2004年05日22日版)「首相再訪朝ジェンキンス氏来日拒否/犯罪人引渡し条約」を読んでいただければ、おおよそ分かると思います。

Mr.Jenkins
読もうと思うが、残念ながら日本語が読めないのですが。

Miki 
そりゃ、失礼しました。

Mr.Jenkins
日米地位協定でストレートに捕まるのでしょうか。

Miki
あなたが、もし来日すれば、アメリカ政府は、軍法会議にかけるため、米兵に対する米軍の裁判権を認めた日米地位協定にもとづき、裁判権を行使する第一次の権利を有するものとして、身柄を直接に拘束することも可能でしょう。ただ、さすがに日本政府の庇護下にあれば、身柄の引渡しを求める形を取ると思いますが。 

Mr.Jenkins
もう少し詳細に説明して欲しいのですが。

Miki 
日米の裁判権を定めた同協定17条1項によると、「米国の軍当局は、合衆国の軍法に服するすべての者に対し、合衆国の法令により与えられたすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本国において行使する権利を有する」としています。したがって、その範囲で米国は日本国内といえど直接の裁判権行使が可能になります。その中には、逮捕も含まれます。

さらに同協定17条2項 (a) によれば、合衆国の軍当局は、「合衆国の軍法に服する者に対し、合衆国の法令によって罰することができる罪で日本国の法令によっては罰することができないもの(合衆国の安全に関する罪を含む。)についての専属的裁判権を有する」と定めている。さらに、同条2項 (c) において、ここでいう「国の安全に関する罪」については、特に、「国に対する反逆 、妨害行為(サボタージュ)、諜報行為又は当該国の公務上若しくは国防上の秘密に関する法令の違反」を指定しています。

今回、米国が訴追内容に掲げている統一軍事司法法典(Uniform Code of Military Justice)(統一軍事裁判法ともいう)にもとづく罪名を見ると、(1)他の兵士への脱走教唆、(2)脱走、(3)敵への支援、(4)忠誠放棄の奨励、の四つの罪となっていますね。いずれも、その内容だけ見れば、まさに同協定17条2項 (a) にいう専属的裁判権に属する事項と言えるのかもしれません。

この訴追事項の刑罰を個別に見れば、つぎのとおりです。
(1)他の兵士への脱走教唆は、統一軍事司法法典82条に基づくもので、教唆を受けた兵士が実行実行犯と同罪、実行無ければそれ以外の罪
(2)脱走は、同法典85条に基づくもので、戦時脱走の場合は最高刑が死刑、平時脱走の場合は3年以下の拘禁
(3)敵への支援は、同法典104条に基づくもので、最高刑が死刑
(4)忠誠放棄の奨励は、同法典134条11項の「規律・忠誠心を損なう不忠の発言」違反に基づくもので、3年以下の拘禁か不名誉除隊

また、同協定17条3項では、日米の裁判権が競合する場合においても、合衆国の軍当局は、公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪などについて、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有するものと定めています。つまり、これに該当する場合は、日本は一歩下がり、米国に優先権を認めなければならないのです。いずれにせよ、訴追内容を前提にする限り、米国に裁判権がないとは言いがたいことになります。

Mr.Jenkins
そうか・・。日本政府が私の身柄を守ってくれないのでしょうか。

Miki 
日米地位協定を前提にする場合は、難しいかもしれないですね。それは、同協定17条5項で、日米当局は、日本国の領域内における合衆国軍隊の構成員の逮捕の規定に従って裁判権を行使すべき米国当局への引渡しについて、相互に援助するべき義務を定めていますし。 

Mr.Jenkins
私は韓国での勤務中に居なくなったのですが、その私が日米地位協定の対象となるのでしょうか。

Miki 
先ほどの専属的裁判権の対象者は「合衆国の軍法に服するすべての者」となっています。その意味で、「在韓米軍軍人であったか」または「在日米軍軍人であったか」は関係ないこととなります。
ただ、同協定17条4項に、「前諸項の規定は、合衆国の軍当局が日本国民又は日本国に通常居住する者に対し裁判権を行使する権利を有することを意味するものではない。ただし、それらの者が合衆国軍隊の構成員であるときは、この限りではない。 」という規定があります。
その意味は、よく分からないところもありますが、まず、原則として、Mr.Jenkinsが、「日本国に通常居住する者」ということになれば、原則的に例外扱いということになります。日本人の妻と一緒に永住するのであれば、これに該当しないか検討の余地はあるのではないでしょうか。ただし、この第4項の但し書きが問題になりますが。

Mr.Jenkins
なるほど。同協定17条4項ただし書にある「それらの者が合衆国軍隊の構成員であるときはこの限りではない。」というのは、確かに気になります。私はそれに該当するのでしょうか。

Miki 
「合衆国軍隊の構成員」とは、同協定1条に定めるとおり、「日本国の領域にある間におけるアメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍に属する人員で現に服役中のもの」となっています。あなたは、米国によれば「在韓米軍から脱走した者」と言っています。このような「在日米軍以外」に勤務していた米兵が日米地位協定での対象となる「合衆国軍隊の構成員」に含まれるのか、疑問があります。
ただ、この点は、解釈が分かれているようですが、日本の立場としては、「合衆国軍隊の構成員」について、在韓米軍は対象外と言い切ってしまい、断固としてMr.Jenkinsは専属的裁判権の対象者とは言えないから、「これは相互に援助するべき義務ではない」と言って、日本において保護すべき方法が考えられるのではないでしょうか。

ただ、日米間での政治的均衡からして、本当に日本政府が最後まで、このような強弁でがんばるかは大いに疑問もありますね。小泉首相が「保証する」と言った以上、小泉首相在任中は、さすがに何とかはするかとは思いますが・・・。

Mr.Jenkins
ぜひそう期待したいね。
仮に米国が日米地位協定での身柄引き渡しを求めず、日米犯罪人引渡し条約に基づいて引渡しを求めてきたら、どうなるのでしょうか。

Miki 
日本の逃亡犯罪人引渡法によれば、逃亡犯罪人引渡の請求は、次のように進められます。
@請求国である米国政府から日本の外務大臣に対して引渡の請求がなされる。
A外務大臣は、その方式が引渡条約に適合している限り、必ず関係書類を法務大臣に送付しなければならない(逃亡犯罪人引渡法3条1号)。
B法務大臣は、明らかに逃亡犯罪人を引渡すことができない場合に該当すると判断できる場合等以外には、東京高検検事長に東京高裁に対し引渡しができる場合に該当するかどうかについて審査の請求をすべきことを命ずる(同法4条)。
C右命令に基づいてなされた東京高検検事長からの審査請求(同法8条)をうけた東京高裁は、同法5条、6条に基づいて逃亡犯罪人が拘禁許可状によって拘禁されているとき、同法25条に基づいて引渡請求に先だって予め発せられた仮拘禁許可状によって拘禁されているときは、おそくも拘禁をうけた日から2ケ月以内に決定しなければならない。決定をするについては、その逃亡犯罪人に対し意見を述べる機会を与えなければならず、逃亡犯罪人は右の審査に関し弁護士の補佐をうけることができる(同法9条)。
D裁判所は、同法2条にいう引渡制限事由がないかどうか、引渡しの請求が引渡条約に基づくものであるときは、引渡条約において引渡しが可能とされている犯罪に該当するかどうかを審査し、引渡しができる場合に該当するときはその旨の決定をする(同法10条)。
E引渡し可能な場合に該当するとされた場合でも、法務大臣は、さらに引渡すことが相当であるかどうかを審査し、引渡すことが相当であると認めてはじめて引渡しが行なわれる。

Mr.Jenkins
なるほど。日本国の外務大臣が、まず関係書類を法務大臣に送付しなければ、そのまま手続きが進まないのではないでしょうか。

Miki 
いや。外務大臣は、逃亡犯罪人引渡法3条1号で、その方式が引渡条約に適合しているときは、必ず関係書類を法務大臣に送付しなければならないとなっているので、そこで放置してしまうのは困難でしょう。まずは、手続きを始めないといけないと思います。

Mr.Jenkins
うーん。それじゃあ、その次の段階で、日本国の法務大臣が、東京高検検事長に東京高裁に対し引渡しが可能かどうかの審査請求を命じず、そのまま放置してしまうことが可能でしょうか。

Miki 
難問ですね。法務大臣は、「明らかに逃亡犯罪人を引渡すことができない場合に該当すると判断できる場合等」は例外的にそこで手続きを中止するかとが可能ですね。今回のMr.Jenkinsが、これに該当するかどうかは、いくつか判断が必要でしょう。
そのポイントは、私が今考える限り、Mr.Jenkinsが「本当に逃亡犯なのか」「その他の米国主張の犯罪があったのか」をまず問題にして、慎重に検討がされるべきでしょう。また、引渡し条約は、「相互主義の保証を定めているため、引き渡し理由となる犯罪が日本では罪にならない場合は、引き渡しができないことから、その判断が必要になります。
ちなみにMr.Jenkinsの母親は、自分に当てたとされる手紙について「筆跡が違う。失跡の1カ月前に会った時は幸せそうだった」と話していますね。米軍関係者の中には「彼は数週間後に帰国予定だった。この時期、他に数人の米兵も消えており、拉致の可能性もある」というのもいるそうですし、「米兵を亡命と称し、拉致することは、米軍内部の情報を得たり、北朝鮮の方が米国より素晴らしい国だという宣伝になる」と解説していた専門家もいるようです。
そもそも、裁判も行われないまま脱走兵として扱われていること自体、憂慮すべき点でしょう。

Mr.Jenkins
私が「本当に逃亡犯なのか」「その他の米国主張の犯罪があったのか」については、今ははっきり言えないので、話をしません。ただ、日本は「軍隊を持たない」と憲法に書いてるというが、その日本国に、「軍隊からの脱走罪」にあたる罪はないのではないでしょうか。

Miki 
おっしゃるとおり、日本国憲法は9条で軍隊の保有を禁じています。ただ、日本には自衛隊というものがあり、実質的に「軍隊」を持っています。その自衛隊のことを定めた自衛隊法には、隊からの脱走に関する処罰規定があります。
もう少し具体的に言えば、同法119条には、出動待機命令を受けた隊員で、正当な理由がなくて職務の場所を離れ七日を過ぎた者は三年以下の懲役又は禁錮、同123条によれば、防衛出動命令を受けた隊員で、正当な理由がなくて職務の場所を離れ3日を過ぎた者は、七年以下の懲役又は禁錮に処するといった規定があります。 
解釈によっては、これらの規定が「米兵の脱走罪」に相当するものとなる余地はある。しかし、そもそも、建前上は軍隊といえない自衛隊の規定が、軍隊規定である米軍の規定と相当性があると言えるのであろうか、疑問がないではない。
そもそも、Mr.Jenkinsが脱走罪に当たるのかどうかの事実確認も日本政府らの側で必要であり、それには相当の時間を要するのではないかと思います。

Mr.Jenkins
その疑問を根拠にして日本政府は米国からの引き渡し請求を拒否し得ないでしょうか。

Miki 
可能性はないではないですね。日本政府が米国政府に強行に出れば、強弁しうるかもしれない。少なくとも明確に言えることは、これ自体でかなりの時間稼ぎは可能かもしれませんね。
ちなみに、今から1年前の2003年7月31日、アルベルト・フジモリ元ペルー大統領に対する引渡請求書が、在日ペルー大使より日本政府に提出されたが、これについての日本政府の方針は未決定の状態であり、いつ結論が出るか不明でもある。少なくとも、結論を出す期限の明確な規定はありませんね。

Mr.Jenkins
時間切れで、やはりどうしようもなくなって、法務大臣が東京高検検事長に東京高裁への審査請求をした場合はどうなりますか。

Miki 
法務大臣の命令に基づいてなされた東京高検検事長は、まずMr.Jenkinsを拘禁許可状によって拘禁するかどうかを決めないといけなくなります。

Mr.Jenkins
ええ・・!そんな馬鹿な。また、ひとみと別離になる。娘も泣く。

Miki 
というのは、逃亡犯罪人引渡法5条で、東京高等検察庁検事長は、法務大臣の命令を受けたときは、原則として、東京高等検察庁の検察官をして、東京高等裁判所の裁判官のあらかじめ発する拘禁許可状により、逃亡犯罪人を拘禁させなければならないとしているからです。
ただし、安心してください。これにはちゃんと例外があって、その者が「定まつた住居を有する場合であつて、東京高等検察庁検事長においてその者が逃亡するおそれがないと認めるとき」は、拘禁しなくてよいとなっています。
日本国民の大多数の気持ちからして、さすがに拘禁はなされないと、個人的には信じますが。

Mr.Jenkins
少しは安心したが、その後はどうなるのかな。

Miki 
その後、東京高検検事長は、東京高裁への審査を申し立てることになります。
東京高裁は、逃亡犯罪人引渡法2条にいう「引渡制限事由」がないかどうか、今回のような引渡しの請求が引渡条約に基づくものであるときは、引渡条約において引渡しが可能とされている犯罪に該当するかどうかを審査し、引渡しができる場合に該当するときは、引き渡す旨の決定をします。引渡しをしない場合もその旨の決定をします。

Mr.Jenkins
「引渡制限事由」とは何か、教えてください。

Miki 
これは、一定の事由があれば、引き渡さないということです。
その内容は、次の通りです。
@政治犯罪もしくは実質上それを処罰する目的とみられるとき、
A引渡犯罪が請求国の法令で死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑にあたるものでないとき、
B犯罪行為が日本国内において行なわれたとした場合において、日本国の法令により死刑・無期・長期3年以上の懲役若しくは禁錮に処すべき罪にあたるものでないとき(つまり、同じ罪が日本国の法律で罰則規定があることが必要)、
C引渡犯罪に係る行為が日本国内において行われ、又は引渡犯罪に係る裁判が日本国の裁判所において行われたとした場合において、日本国の法令により逃亡犯罪人に刑罰を科し、又はこれを執行することができないと認められるとき。 
D引渡犯罪について請求国の有罪の裁判がある場合を除き、逃亡犯罪人がその引渡犯罪に係る行為を行つたことを疑うに足りる相当な理由がないとき。 
E引渡犯罪に係る事件が日本国の裁判所に係属するとき、又はその事件について日本国の裁判所において確定判決を経たとき。 
F逃亡犯罪人の犯した引渡犯罪以外の罪に係る事件が日本国の裁判所に係属するとき、又はその事件について逃亡犯罪人が日本国の裁判所において刑に処せられ、その執行を終らず、若しくは執行を受けないこととなつていないとき。 
G逃亡犯罪人が日本国民であるとき。 

Mr.Jenkins
私はこれらに該当しないのでしょうか。

Miki 
いくつかは該当の余地があるかもしれない。
特に、上記のB(日本国法で罪に該当するか否か)、Dそもそも「犯罪行為の存在があると疑う相当な理由があるか否か)、G日本国民であること、の3点が特に話題になるでしょうね。
このうち、Bの問題点は、まさに「米国の脱走罪とは、衛隊法の脱走罪規定に該当するかどうか」がポイントとなるでしょう。かなり大きな問題点と言えますね。また、Dの問題は、Mr.Jenkinsの行為(米国から訴追されている行為)について、その事実認定がなされることになり、そこで「無罪」となれば、終わりです。
なお、@の政治犯だと言って、無理にこじつける方法もありうるかも知れないですね。北朝鮮に行ってからの敵への支援と忠誠放棄の奨励の罪は、政治犯ととらえて、日本に政治亡命したと考えてもいいかも知れませんね。

Mr.Jenkins
日本の裁判所で、「犯罪行為の存在があると疑う相当な理由があるか否か」といった事実の有無の判断までするのでしょうか。

Miki  
やります。実際にも、事実判断をした例として、「遺伝子スパイ事件」があります。これは、米司法当局が経済スパイ法違反などの罪で起訴した理化学研究所元チームリーダーの医師について、東京高裁は今年(2004年)3月29日に、米国に身柄を引き渡すことはできないとする決定をしました。その判決では、引き渡し審査について「人権保障の見地から引き渡される者が米国の裁判で有罪とされる見込みがあるかどうかを日本で審査し、有罪を証明する十分な証拠がなければ引き渡せない」と判示し、「持ち出した試料を渡した先の理研の利益を図る意図はなく、有罪とは認められない」と述べ、「無罪」と認定したのです。

Mr.Jenkins
ふーん。しかし、私には弁護人は付けれるのでしょうか。

Miki 
全く心配ないですね。逃亡犯罪人引渡法9条に、「決定をするについては、その逃亡犯罪人に対し意見を述べる機会を与えなければならず、逃亡犯罪人は右の審査に関し弁護士の補佐をうけることができる」としています。もし、あなたがそのような事態になった場合は、日本中の弁護士が協力するかもしれませんね。

Mr.Jenkins
ありがたいお話です。
ところで、私は、北朝鮮に行って来年1月で40年になるが、時効は成立しないのでしょうか。北朝鮮にいる間は、それを心の頼りにしていたのですが。

Miki
無理でしょうね。海外逃亡中は時効は停止しています。
一部報道では、時効成立の情報が流れてますが、米国防総省当局者は、今年の5月18日、「北朝鮮に滞在中は時効期間が停止している」と明確に指摘しています。

Mr.Jenkins
私が「日本国籍を取れば、それだけでセーフ」という話がありますが、可能性はあるのでしょうか。
Miki 
たしかに、「日本国民であるとき」は、引渡しの対象にそもそもならないので、もしそれができるなら、一番手っ取り早い方法かもしれませんね。
ただ、日本国籍を取るためには、国籍法という法律で帰化する必要がありますが、今の国籍法にはMr.Jenkinsがすぐに取れる方法は見当たらないですね。法務大臣が特別に許可する手続きもありますが、「日本国に特別な貢献をした者」という条件なので、これでいくのは無理がある思いますね。

Mr.Jenkins
私が北朝鮮でした手術がうまくいかず、日本の病院に行きたいとも考えているが、その場合はどうでしょうか。

Miki
その間は、人道的配慮で訴追猶予をするかどうか。その辺は、政治的配慮がなされるかは、不明なところですが、十分期待していいのではないでしょうか。多分、病気治療中は身柄拘束は無いと考えてもいいとは思いますが。米政府高官は、たびたびにわたって、本件の対応が日米両国間の「重大な問題」になっていると述べ、あらゆる可能性について検討していることを示唆していますし。 

Mr.Jenkins
訴追自体を大統領が免除してくれる余地は無いのでしょうか。

Miki
訴追自体を大統領が阻止できるのかという点は、法的には可能かもしれません。アメリカ大統領は軍の統帥権をもっていますから、軍の最高指揮官である大統領には、訴追免除の権限があるのではないでしょうか。ただ、聞くところでは、こういった対応は、特に退役軍人会や米軍の現役制服組に反対意見が根強いことと、11月の大統領選挙を控えて、ブッシュ大統領が訴追免除をした場合、敵陣営の格好の攻撃対象にされ、苦境に立たされかねないということで、こういった対応は難しいのではないかと言われてますね。

Mr.Jenkins
軍法会議はどこで行われるでしょうか。

Miki
おそらく米軍基地内ではないでしょうか。米国大使館内でもできますが、前例はないと聞いています。在日米陸軍司令部のあるキャンプ座間(神奈川県)などの可能性があるでしょう。

Mr.Jenkins
有罪後の大統領特赦ということは考えにくいでしょうか。

Miki
正直言って、私には分かりませんね。ただ、Japan Times で、ベトナム戦争当時の脱走兵はすべてフォード大統領とカーター大統領の時代に特赦がでており、法律的には正々堂々と米国で暮らしているとのことが載っていたそうです。これが本当なら、Mr.Jenkinsはそれよりずっと前のケースですから、特赦に問題は無いのではないかとも思いますが。ただ、これら前例は、休暇中に姿をくらまして軍隊に戻らなかったというケースばかりで、敵前逃亡をした上に、さらに北朝鮮陣営の策謀に加担したと言われているMr.Jenkinsには、当てはまらないとも言われていますね。

Mr.Jenkins
司法取引ができる可能性は無いのでしょうか。

Miki
米国司法制度上、その可能性は十分あると言えます。ただ、それがなされる前提には、Mr.Jenkinsが自ら出頭し、訴追されようとしている事実を認めて、積極的に北朝鮮の内部情報の提供を申し出るなどの条件提示があれば、の話ですが。この辺の詳細は、日本の国選弁護人に該当する特別法務官と相談たほうがいいでしょう。北朝鮮での情報を提供するなど、取引材料はお持ちでしょう。うまくいけば、名誉除隊程度で終わるかもしれません。いずれにせよ、あなたが罪状を認める場合は、この司法取引というのが最も現実的な解決方法かも知れません。

Mr.Jenkins
訴追されて有罪でも「執行猶予」ということはないのでしょうか。

Miki
いろんな可能性はあるのでしょうが、軍法会議での判決では、日本で言うような判決時の執行猶予はないと聞いています。司法取引の一環で、かなり刑の減刑は可能でしょうが、判決自体は短期間の実刑ではないでしょうか。米国内の世論への配慮も必要でしょうし。ただ、その後に司令官に執行猶予措置をとるという可能性もあるのではないでしょうか。

Mr.Jenkins
そうですか。まあ、今日の法律相談をもとに、十分考えます。

Miki 
まあ、ぜひ家族でゆっくり考えてください。その間、日本国政府は、さらに続いて米国に特別配慮がなされるように働き掛けるべきですね。その際には、大統領恩赦というウルトラCはなかなか厳しいようですから、司法取引の場の設定も含めて、あらゆる方策を模索すべきでしょう。
Mr.Jenkinsと曽我ひとみさんとの熱いキスと抱擁がテレビで流れたあと、米国の政府関係者が「感動的だった」と人間的な言葉をいう一方で、「それでも訴追方針は変わらない」とも言っていましたし。いろりろと米国内部の問題もあるようですし、日本側としては、官民上げて、法的疑問点をぶつけて努力していきましょう。

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○以上は、勝手な「仮想法律相談」であったが、はたして今後の進展はいかになるのか。
これまで、マスコミ等の報道や評論では、あまり法制度の内容に突っ込んだ議論が無いので、少し突っ込んでの議論を整理してみた。

○法は「人間の幸せ」のためにあるべきではないのか。しかし、この家族は、この法に翻弄されていく。つくづく人間社会の複雑さが思いやられる。

せめて、この問題の解決に向けたキーワードは、「人間に対する愛」であって欲しい、と思う。
ただ、決して忘れてならないのは、米国は日本以上の「法治国家」です。きちんと法的な筋を通していくことで、全ての者が納得いく解決を図ること、これこそが本当の人間愛ではないか。

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[2004/11/3 追記]  
軍法会議結果(共同通信より)

拉致被害者曽我ひとみさん(45)の夫で、脱走など4つの罪で訴追されたチャールズ・ジェンキンスさん(64)の軍法会議が3日、在日米陸軍司令部のあるキャンプ座間(神奈川県)で開かれ、軍事裁判官は脱走と利敵行為について有罪と認定し、禁固30日と不名誉除隊を言い渡した。階級は軍曹から2等兵に降格された。

ジェンキンスさんは同日夜、在日米海軍横須賀基地に移送、収監された。ただ、軍法会議を招集した司令官の判断で刑期を短縮でき、裁判官も短縮するよう勧告した。

軍事裁判官はいったん重労働付きの禁固6月と不名誉除隊を宣告したが、司令官とジェンキンスさんとの間で「有罪を認める代わりに30日を超える刑にしない」との司法取引が成立していたため、最終的に禁固30日と不名誉除隊とした。

ジェンキンスさんは罪状認否で、脱走と利敵行為の罪を認め、脱走理由を「朝鮮半島の非武装地帯とベトナムでの危険な任務を回避するため」と説明。利敵行為は「米政府の利益に反すると思いながら、北朝鮮で英語を教えた」とした。

一方、兵士への脱走教唆と軍への背任奨励は無罪主張し、裁判官はいずれも訴追を棄却した。

ジェンキンスさんは軍服姿で出廷。在韓米軍の独立法務官ジェームズ・カルプ大尉が弁護人を務め、曽我さんと娘2人が傍聴した。曽我さんは情状証人として「1日も早く4人が一緒に暮らすことを願っていた。家族の小さな幸せをもっと大きな幸せにできるよう願っています」と訴えた。(共同) 
                                            弁護士 三木秀夫

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