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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
ヤマト運輸が郵政公社を提訴(2004年09月28日)    独禁法の私訴制度
○ヤマトが郵政公社を提訴 ローソンとの取引停止要求
宅配便最大手のヤマト運輸は28日、日本郵政公社が大手コンビニエンスストアのローソンで郵便小包「ゆうパック」を取り扱うことは「不公平・不公正な競争条件での参入だ」などとして、郵政公社に対し独占禁止法に基づきローソンとの取引停止などを求める訴えを東京地裁に起こした。

公社は2007年4月に郵政事業を民営化する政府方針に基づき、事業基盤を強化しているが、事業拡大には民間企業から「民業圧迫」の指摘が起きていた。ヤマト運輸との対立が訴訟に発展したことで、さらに民業圧迫への批判が高まり、民営化議論へ影響する可能性もある。(共同通信) 

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○ヤマト運輸は、2004年9月28日、「日本郵政公社が宅配便市場での公平・公正な競争を妨げている」と主張して、独占禁止法の私訴制度に基づき、不公正取引の差し止めを求める訴訟を東京地裁に起こした。

ヤマト運輸の主張は、詳細なことは入手しえていないが、各種報道や同社のホームページでの記載から推測し整理すると、次のようである。

@ローソンが郵便局内で運営しているコンビニ「ポスタルローソン」に対して、郵政公社が市場実勢より著しく低い不動産賃料を設定しているが、これは不当利益を供与しているものである。
Aローソンがコンビニ店頭に設けた郵便ポストから公社が手紙などを無料回収していることについても、ヤマト運輸は、郵政公社が本来ローソンから受け取るべき取集料を免除しているが、これも当利益を供与しているものである。
Bゆうパックの値下げの原資は税金の免除や独占的な郵便事業、特に信書事業の利益を回しており「不当廉売」にあたる。
C郵政公社が、こうした「不公正な取引方法」で、ローソンを郵便小包「ゆうパック」の取扱窓口に勧誘した。

○このヤマト運輸の提訴に対し、郵政公社は強く反発し、「ゆうパックの価格設定は公正だ」「賃料は周辺の相場と同じ水準だ」と反論している。 

いずれにせよ、郵政公社による民業圧迫問題が、いよいよ司法の場で争われることになった。その勝敗はこれからの法廷で戦われるが、郵政民営化論議においては、このヤマト運輸の問題提起は大きな意味を持つであろう。

○ゴルフ宅配サービスなどニーズと便利さを追求した宅配便は、ヤマトなどの民間業者が涙ぐましい営業努力で切り開いてきたものであるが、そこへ郵政公社が「殴り込み」(ヤマトの訴状)をかけてきたわけで、ヤマトが反発するのも当然のような気もする。

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○政府の基本方針では、2007年に郵政事業を民営化し、2017年までに完全民営化する。2007年の時点では国が株式をもつ「国営企業」で、その後、段階的に株を放出するようである。 完全民営化されるまでの間は、国の関与による有利な立場が維持されるが、その間に事業の黒字化をしていかなければならない事実もある。特に郵便事業は、民営化時点で5000億円の累積債務を抱える最大の経営課題である。

このため、新しい民間会社はその間に、金融など多くの分野に業務を広げることが予想されている。このため、ヤマトが今回提起したのと同じような問題が、郵便貯金や簡易保険と競合する銀行や生命保険業界にも起こってくるのではないか。すでに簡保の「定期付き終身保険」という新製品が、生保業界の猛反対にもかかわらず認可された事実もある。今後、ヤマト運輸と同様の訴訟が、郵政公社と競合するこれらの業界から起こされることもあるのではないか。

○ヤマト運輸の主張の中で、「税制上の優遇など官業の特権を得ている事業とは同じ土俵での競争にはならない」、と言っている点が大きく目を引く。 競争条件の不平等が解消されないまま民間企業との競争分野を拡大することは、公正な競争とはいえない。

民営化は賛成であるが、郵政が完全な民間会社になるまでの途中期間に、郵政公社がやれることと、すべきでないことのルール作りを至急にしないといけないのではなかろうか。「民がしていることを官が奪う」ことになってしまえば、本末転倒である。

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○独占禁止法による「私訴制度」とは

平成12年に、電気事業、ガス事業等に対する独占禁止法の適用除外規定の廃止とともに、新たに、不公正な取引方法を用いた事業者等に対する差止請求を行うことができる制度の導入等を内容とする独占禁止法の改正が行われた。

これは、独禁法に、独禁法違反行為によって著しい損害を受ける、もしくは、受けるおそれのある個々の事業者や一般消費者が自らを救済するため、当該独禁法違反行為の差止めを裁判所に求めることができるいわゆる「私訴制度」を導入したものである。つまり、それまでは 独禁法に違反する行為によって被害が生じても、公正取引委員会に申告しして、調査を頼むしかなかつた。公正取引委員会は、違反事実があると判断すれば、違反者に差し止めを命じる仕組みになっている。しかし、申告件数は、年に2000件以上あるのに、公取側の人数は約550人程度と、その全てにはとても対応しきれない状態であった。その大きな対策の一つとしての「私訴制度」の導入によって、被害者が裁判所に 違反行為の差し止めを直接請求できるようになったものである。
 
その対象は、不当廉売、差別対価、差別取り扱いなどの「不公正な取引方法」である。

差止め訴訟を起こせるのは、独占禁止法違反行為(不公正な取引方法に係るもの)によって著しい損害を受け、又は受けるおそれがある消費者、事業者等である(独占禁止法24条)。つまり、独禁法で被害をうけた消費者.事業者なら、誰でも、違反事実の証拠があれば裁判所に差し止め請求が出せる。

なお、第三者である消費者団体などが訴えを起こすことは認められておらず、団体訴権の導入が議論されている。
   
申立てができる裁判所は、次のいずれか(84条の2)
(1)被告の住所地又は所在地を管轄している裁判所
(2)被害の発生地を管轄している裁判所
(3)(1)又は(2)の地方裁判所所在地を管轄する高等裁判所所在地の地方裁判所
(4)東京地方裁判所

裁判所が相当と認めるときは、これらの裁判所に訴訟を移送することができる。(87条の2)

差止請求訴訟の濫用防止のため、提訴が不正の目的によることを被告が疎明した場合は、裁判所が、原告に相当の担保を提供することを命じることができる(83条の2)。

差止請求訴訟が提起されたときは、裁判所は、その旨を公正取引委員会に通知するとともに、公正取引委員会に対し、その事件に関する独占禁止法の適用等について意見を求めることができる。

また、公正取引委員会は、裁判所の許可を得て、裁判所に対し、その事件に関する独占禁止法の適用等について意見を述べることができる(83条の3)。

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○「不公正な取引方法」とは
独占禁止法は、公正な競争を阻害するおそれのある行為を「不公正な取引方法」として禁止している。これは、競争が国民経済の効率を高めるよう機能するためには、良質・廉価な商品やサービスの提供を手段とする公正な競争が行われることが必要なことからきている。

不公正な取引方法とは、「公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの」をいうとされている(同法2条9項)。

この指定には、すべての業種に適用される「一般指定」と、特定の業種にだけ適用される「特殊指定」とがある。

 「一般指定」では、16の行為類型が不公正な取引方法として指定されている。「特殊指定」は、現在は、百貨店・スーパー業、新聞業、海運業、教科書業、食品かん詰業の5業種と、広告における懸賞の最高額を対象に指定が行われている。 

一般指定の16の行為類型は、大きく3つの種類に区分できる。
@自由な競争が制限されるおそれがあるような行為。
共同の取引拒絶、その他の取引拒絶、差別対価、取引条件等の差別取扱い、事業者団体における差別取扱い等
A競争手段そのものが公正とはいえない行為。
不当廉売、不当高価購入、ぎまん的顧客誘引、不当な利益による顧客誘引、抱き合わせ販売等
B自由な競争の基盤を侵害するおそれがあるような行為。
排他条件付取引、再販売価格の拘束、拘束条件付取引、優越的地位の濫用、競争者に対する取引妨害、競争会社に対する内部干渉
これらは、行為の形態から直ちに違法となるのではなく、それが不当なとき(公正な競争を阻害するおそれがあるとき)に違法となる。

○公正取引委員会指定の「不公正な取引方法」
昭和五十七年六月十八日
公正取引委員会告示第十五号

私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)第二条第九項の規定により、不公正な取引方法(昭和二十八年公正取引委員会告示第十一号)の全部を次のように改正し、昭和五十七年九月一日から施行する。

共同の取引拒絶
1 正当な理由がないのに、自己と競争関係にある他の事業者(以下「競争者」という。)と共同して、次の各号のいずれかに掲げる行為をすること。
一 ある事業者に対し取引を拒絶し又は取引に係る商品若しくは役務の数量若しくは内容を制限すること。
二 他の事業者に前号に該当する行為をさせること。
その他の取引拒絶
2 不当に、ある事業者に対し取引を拒絶し若しくは取引に係る商品若しくは役務の数量若しくは内容を制限し、又は他の事業者にこれらに該当する行為をさせること。
差別対価
3 不当に、地域又は相手方により差別的な対価をもつて、商品若しくは役務を供給し、又はこれらの供給を受けること。
取引条件等の差別取扱い
4 不当に、ある事業者に対し取引の条件又は実施について有利な又は不利な取扱いをすること。
事業者団体における差別取扱い等
5 事業者団体若しくは共同行為からある事業者を不当に排斥し、又は事業者団体の内部若しくは共同行為においてある事業者を不当に差別的に取り扱い、その事業者の事業活動を困難にさせること。
不当廉売
6 正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。
不当高価購入
7 不当に商品又は役務を高い対価で購入し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。
ぎまん的顧客誘引
8 自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること。
不当な利益による顧客誘引
9 正常な商慣習に照らして不当な利益をもつて、競争者の顧客を自己と取引するように誘引すること。
抱き合わせ販売等
10 相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制すること。
排他条件付取引
11 不当に、相手方が競争者と取引しないことを条件として当該相手方と取引し、競争者の取引の機会を減少させるおそれがあること。
再販売価格の拘束
12 自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、次の各号のいずれかに掲げる拘束の条件をつけて、当該商品を供給すること。
一 相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。
二 相手方の販売する当該商品を購入する事業者の当該商品の販売価格を定めて相手方をして当該事業者にこれを維持させることその他相手方をして当該事業者の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束させること。
拘束条件付取引
13 前二項に該当する行為のほか、相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。
優越的地位の濫用
14 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次の各号のいずれかに掲げる行為をすること。
一 継続して取引する相手方に対し、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
二 継続して取引する相手方に対し、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
三 相手方に不利益となるように取引条件を設定し、又は変更すること。
四 前三号に該当する行為のほか、取引の条件又は実施について相手方に不利益を与えること。
五 取引の相手方である会社に対し、当該会社の役員(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)第二条第三項の役員をいう。以下同じ。)の選任についてあらかじめ自己の指示に従わせ、又は自己の承認を受けさせること。
競争者に対する取引妨害
15 自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について、契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもつてするかを問わず、その取引を不当に妨害すること。
競争会社に対する内部干渉
16 自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある会社の株主又は役員に対し、株主権の行使、株式の譲渡、秘密の漏えいその他いかなる方法をもつてするかを問わず、その会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、そそのかし、又は強制すること。

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○文書提出命令と独禁法
なお、被害者が、この規定に基づいて差止請求を行う場合、不当廉売や差別対価等の「不公正な取引方法」の違反事実を立証しなければならない。しかし、現行の民事訴訟法の手続きにおいては、その限界が指摘されている。例えば、不当廉売を立証するためには、廉売行為者の販売価格が仕入価格を下回っていることを示す仕入伝票等の書類が必要となるが、相手方にこれらの書類の提出を裁判所の文書提出命令として求めても、相手方は「自己使用文書」や「技術又は職業の秘密」に当たる書類として拒める。このため、結果的にこれを立証することが困難となる。

このため、独占禁止法違反行為についての被害者の立証負担を軽減するため、独占禁止法にも、特許法に規定されている民事訴訟法の文書提出命令の特則規定を設けるべきとの意見がある。つまり、特許法では「自己使用文書」や「技術又は職業の秘密」に当たる書類であっても、提出を拒む正当な理由が必要で、正当な理由があるかどうかを判断するため裁判所がその書類の提示を求めることができることになっているが、独占禁止法違反行為についても、特許法に規定された文書提出命令の特則規定を設けるべき、というものである。早期の導入が望まれる。

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○ヤマト運輸の主張(同社ホームページより)

平成16年9月28日
日本郵政公社に対する不公正取引差止めの提訴について

ヤマト運輸(株)(本社:東京都中央区、代表取締役社長 山崎 篤)は、平成16年9月28日、当社顧問弁護士有賀正明氏および弁護士桑村竹則氏を訴訟代理人として、日本郵政公社に対する、独占禁止法第24条に基づいた不公正取引差止めの提訴を、東京地方裁判所に行ったことをお知らせします。
 


1.背景
当社では、従来より宅配便市場における不公平・不公正な競争状態が続いていることを憂慮し、法的手段も視野に入れて、その対策を検討してまいりました。今回、ローソンとの取引停止など、一連の問題をこれ以上放置することなく、不公平・不公正な競争条件の是非を司法の場で明らかにするため、提訴しました。 
2.請求の概要
(1)日本郵政公社は、ヤマト運輸の宅急便取扱店であるコンビニエンスストアに対し、不当な利益をもって日本郵政公社の一般小包郵便物(ゆうパック)サービスの取次所となるよう誘引してはならない。 
(2)日本郵政公社は、株式会社ローソンの直営店又は加盟店店舗を取次所として、日本郵政公社の一般小包郵便物(ゆうパック)サービスを提供してはならない。また委託締結の撤回を求める。
(3)日本郵政公社は、一般小包郵便物(ゆうパック)サービスについて、国土交通省に届け出た民間宅配便業者規定の料金未満で、サービスを提供してはならない。

3.参考条文

(1)独占禁止法第19条(不公正な取引方法の禁止)
事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。
(2)独占禁止法第24条(差止請求)
第8条第1項第5号叉は第19条の規定に違反する行為によってその利益を侵害され、叉は侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、叉は生ずるおそれがあるときは、その利益を侵害する事業者若しくは事業者団体又は侵害するおそれがある事業者若しくは事業者団体に対し、その侵害の停止叉は予防を請求することができる。
(3)不公正な取引方法
[1] 第6項(不当廉売)
正当な理由がないのに商品叉は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品叉は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。
[2] 第9項(不当な利益による顧客誘引)
正常な商習慣に照らして不当な利益をもって、競争者の顧客を自己と取引するように誘引すること。

以上

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○日本」郵政公社の見解(同公社ホームページより)

発表日:2004年 9月28日(火)
タイトル:ヤマト運輸の提訴に対する公社の見解について

本日ヤマト運輸(株)は、公社に対し、独占禁止法第24条に基づいた不公正取引差し止めの提訴を東京地方裁判所に行ったと公表されました。公社は、郵便法に基づき、お客様の利便性向上に資するため、ゆうパックに関するサービス改善と公正な料金改定に努めてきており、これは公社の責務とも考えております。今後は、司法の場において法に基づき主張させていただくことになると思います
が、公社としては、独占禁止法に抵触するような行為は行っているとは考えておりません。

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○参考判例 1 東京弁護士会調査命令差止請求事件判決(判例時報1776号108頁)
(独禁法24条に関する公刊された初の判例)

原告(東京弁護士会会員)は、「弁護士会である被告が、被告の所属の弁護士である原告について弁護士法二七条違反(非弁護士との提携の禁止)の非行事実が疑われるとして、弁護士法五八条二項に基づく調査を被告の綱紀委員会に対して命じた調査命令について、本件調査命令は、原告が受任した全事件の解任、辞任を意図する懲戒権を濫用する取引妨害行為として私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)八条及び一九条に違反するので、独占禁止法二四条に基づきその差止めを求める。」として、その行為の差し止めを東京弁護士会に提起したものである。被告東京弁護士会の主張は、「綱紀委員会の調査は、不公正な取引方法として類型化される行為に該当しないばかりか、同行為とは全く関係のない手続であって、綱紀委員会の調査は、いかなる意味においても不公正な取引方法等の行為類型に該当しない」と主張した。裁判所は、下記の通り、「本件調査命令について、これを不公正な取引方法に該当する行為であると認めることはできない」として差止請求を棄却した。

私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第二四条に基づく差止請求事件
東京地方裁判所平成13年7月12日判決/平成13年(ワ)第8845号
弁護士である原告が、弁護士会の調査命令を独占禁止法に違反するとして求めた差止請求が棄却された事例
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 事案の概要
原告(注:東京弁護士会会員)は、請求の趣旨及び原因として、別紙訴状及び準備書面(1)、(2)のとおり主張した。原告の主張は、要するに「弁護士会である被告が、被告の所属の弁護士である原告について弁護士法二七条違反(非弁護士との提携の禁止)の非行事実が疑われるとして、弁護士法五八条二項に基づく調査を被告の綱紀委員会に対して命じた別紙調査命令書のとおりの調査命令(平成一三年東綱第四九号)について、本件調査命令は、原告が受任した全事件の解任、辞任を意図する懲戒権を濫用する取引妨害行為として私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)八条及び一九条に違反するので、独占禁止法二四条に基づきその差止めを求める。」というものである。

被告(注:東京弁護士会)の主張は、「本件調査命令は被告が内部機関である綱紀委員会に対して発したものであり、既にその効力は発生している以上差止めの余地はないから、本件請求は訴えの利益がない不適法な訴えである。仮に、本件請求の趣旨が、本件調査命令に基づいて実施される綱紀委員会の調査を差し止める趣旨としても、独占禁止法二四条が定める差止請求の対象は、「不公正な取引方法」(同法一九条)及び「事業者団体による事業者への不公正な取引方法の誘引行為」(同法八条一項五号)であるが、綱紀委員会の調査は、不公正な取引方法として類型化される行為に該当しないばかりか、同行為とは全く関係のない手続であって、綱紀委員会の調査は、いかなる意味においても不公正な取引方法等の行為類型に該当せず、したがって、本件請求は、差止請求の対象適格を欠く不適法な訴えとして却下され、又は理由がないとして棄却されるべきである。」というものである。
第二 裁判所の判断
(略)
次に、被告は、弁護士会の綱紀委員会の調査は、独占禁止法二四条による差止めの対象となる不公正な取引方法等の行為類型に該当しない、と主張するので、以下においては、まず、独占禁止法二四条による差止めの対象となる不公正な取引方法等の行為類型とは何か、次に、弁護士法の綱紀委員会の調査はいかなる性質の行為か、について順次検討する。
独占禁止法二四条は「八条第一項第五号又は第一九条の規定に違反する行為によってその利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがあるときは、その利益を侵害する事業者若しくは事業者団体又は侵害するおそれがある事業者若しくは事業者団体に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と規定し、同法八条一項本文及び五号は「事業者団体は、事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるようにすることをしてはならない。」と規定し、同法一九条は「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」と規定する。
独占禁止法八条一項五号及び一九条にいう「不公正な取引方法」とは、「独占禁止法二条九項各号に規定する行為のいずれかに該当する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの」(独占禁止法二条九項)であって、同項各号に規定する行為とは、(1)不当に他の事業者を差別的に取り扱うこと(一号)、(2)不当な対価をもって取引すること(二号)、(3)不当に競争者の顧客を自己と取引するように誘引し、又は強制すること(三号)、(4)相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引すること(四号)、(5)自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること(五号)、(6)自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引を不当に妨害し、又は当該事業者が会社である場合において、その会社の株主若しくは役員をその会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、そそのかし、若しくは強制すること(六号)、以上の六類型とされ、これに基づき公正取引委員会が指定した不公正な取引方法には、すべての業種に適用されるものと特定の業種のみに適用されるものとがあるが、被告である弁護士会に関するものとしては、「不公正な取引方法」(昭和五七年公正取引委員会告示第一五号。一般指定)による指定がある。一般指定により指定されている行為は、(略)、以上の一六項目の事項が指定されている。
(略)
このような弁護士の職責や懲戒制度の重要性とその中での綱紀委員会の調査の性質ないし効力を踏まえて検討すると、弁護士会の網記委員会による調査により、その調査の対象となった弁護士に対して何らかの事実上の不利益がもたらされるとしても、そのような不利益は、弁護士がその重要な職責を果たしていくために負担すべき責任の一端にすぎないのであって、また、仮に綱記委員会が懲戒を相当として懲戒委員会の審査がされて懲戒処分がされたとしても、懲戒処分に対して審査請求をし、取消しの訴えを提起して争うことは法律専門家である弁護士にとっては容易なことであると判断すべきであるから、特段の事情がない限り、調査の対象とされることによって弁護士が受ける不利益を独占禁止法二四条にいう「著しい損害」であると評価することはできないし、また、その程度の不利益を与えるにすぎない行為を独占禁止法二条九項が不公正な取引方法の要件として規定する「公正な競争を阻害するおそれがある行為」に当たると評価することもできないとすべきである。そして、調査による不利益を弁護士がその職制上負担すべき責任の範囲を超えて独占禁止法二四条の「著しい損害」に当たるとし、また、そのような不利益を与える行為を「公正な競争を阻害するおそれがある行為」に当たるとすることができる特段の事情がある場合とは、弁護士会の懲戒処分が弁護士の品位を保持する上で果たすべき重要な機能を考慮すると、調査対象の非行事実が懲戒事由に当たらないことが明らかであるとか、調査対象の非行事実を根拠づける証拠が全くないなど、所属の弁護士に懲戒の事由があると思料すべき事由が存在しないにもかかわらず、弁護士会がその弁護士の事業活動を妨害することを目的としてあえて調査を行っていることか明白であるような極めて例外的な場合に限られるというべきである。
(略)
そうであるとすると、本件において、被告東京弁護士会が所属弁護 である原告に対して本件調査命令に基づく調査を行うことによって原告が何らかの不利益を受けるとしても、それを独占禁止法二四条にいう「著しい損害」に当たるということはできないし、その調査をもって「公正な競争を阻害するおそれがある行為」に当たるということもできない。また、本件調査をもって、被告東京弁護士会が、事業者団体として事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるようにし(独占禁止法八条一項五号)、又は事業者として不公正な取引方法を用いるために(独占禁止法一九条)、その目的の一環として行っている、原告が受任した全事件の解任、辞任を意図する懲戒権を濫用する取引妨害行為である、とする原告の主張に関していえば、本件調査命令の対象となった非行事実に関して懲戒の事由があると思料すべき事情が一応認められる前記の事実関係からみて、前記一般指定に定める不公正な取引方法の事業者団体における差別的取扱い等(第五項)、あるいは競争者に対する取引妨害(第一五項)、あるいはそのほかのいずれの類型の不公正な取引方法についてみても、本件調査命令について、これを不公正な取引方法に該当する行為であると認めることはできないというべきである。
以上のとおりであるから、本件調査命令について独占禁止法二四条に基づいて差止めを求める原告の請求は、そのほかの点について判断するまでもなく理由がない。なお、被告は、本件調査命令はいかなる意味においても不公正な取引方法等の行為類型に該当せず、したがって、本件請求は、差止請求の対象適格を欠く不適法な訴えとして却下されるべきであると主張するが、弁護士会の綱紀委員会が行う調査について、それがおよそ独占禁止法二四条による差止請求の対象とならないと解すべき根拠はないから、原告の請求を不適法とすべき理由はない。よって、原告の請求は理由がないので棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林久起 裁判官 河本晶子 新田和憲)
 
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○参考判例2 三光丸事件東京地裁判決(平成16年4月15日)

配置薬メーカーの取引先配置業者に対する取引拒絶について、独禁法に基づく差止請求が認められず、民事上の地位確認請求が認められた事例

この事例は、配置薬メーカーである被告において、被告から家庭用配置薬(健胃消化薬である「三光丸」等)の仕入をしている配置販売業者である原告らに対し、既存の商品供給契約に代えて、その顧客台帳(いわゆる懸場帳)上の情報を提供すること、原告らの営業活動範囲についての地域指定をして制限すること及び得意先の譲渡を制限することを内容とする商品供給契約の締結を求めたところ、原告Fを除く原告らがこれに応じなかったため、既存の商品供給契約を解約したことから、また、原告Fについては、既存の商品供給契約に代えていったんは新規の商品供給契約を締結した後にこれを解約したことから、原告らが被告に対し、既存の商品供給契約の有効な存在を前提として、
@前記解約について、独占禁止法2条9項に基づく昭和57年6月18日公正取引委員会告示15号「不公正な取引方法」(以下「不公正な取引方法(一般指定)」という。)2項にいう単独の取引拒絶にあたるとして、前記解約に伴う商品の出荷停止の禁止及び必要数量の商品の引渡しを独占禁止法24条の差止請求として求めるとともに、A前記解約の効力を争い、原告らの既存の商品供給契約上の地位を確認のうえ、原告らの注文に応じた売買契約の承諾意思表示をなすこと及び必要数量の商品の引渡しを求めた事案である。

被告は、原告らとの間の既存の商品供給契約については、原告らが被告の申し入れた新規の商品供給契約の締結に応じなかったため、相当期間を定めて解約の申入れをしたもので、解約により終了しているし、また、この解約の申入れは、新規の商品供給契約の内容に照らしても、何ら独占禁止法に違反するものではないとして争った。

裁判所は、@については、取引拒絶についての公正競争阻害性の存在を認めることはできず、独占禁止法24条に規定されている著しい損害の有無及び差止めの必要性の有無について判断するまでもなく、原告らの独占禁止法に基づく差止請求は理由がない、と判断した。

Aについては、原告Xを除く原告らが、既存契約に基づく買主の地位を有することの確認を求める請求については認容し、原告らの三光丸を入手する権利の実現を確実なものとするのであれば、端的に被告に対する三光丸の直接の給付請求を認めることで足りるのであり、意思表示の強制までも認める必要はないとし、原告らの被告に対する承諾請求は、その必要性が認められないから不適法であるとし、原告らの主張する将来の引渡請求をあらかじめ行う必要性は認められないから、原告らの被告に対する将来の給付の訴えとしての引渡請求はその必要性が認められないとした。 
                                            弁護士 三木秀夫

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