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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
カルーセル麻紀さんの性別変更(2004年10月04日) 性同一性障害特例法 
○カルーセル麻紀さん女性に 家裁が性別変更を認める
タレントのカルーセル麻紀さん(61)が性同一性障害を理由に戸籍の性別変更を求めた審判で、東京家裁が男性から女性への変更を認めたことが4日分かった。麻紀さんの所属事務所が明らかにした。戸籍の変更に伴い、本名も「平原徹男」から「平原麻紀」に改名される。

事務所によると、先月28日に、担当の弁護士から電話で戸籍変更が認められたとの連絡があり、麻紀さんは「うれしい」と喜んでいたという。戸籍変更には約2週間かかり、パスポートや健康保険証などを書き換えた上で、本人が今月下旬に会見する予定。麻紀さんは30歳の時にモロッコで性転換手術を受けた。性同一性障害特例法が施行された7月16日に東京家裁に変更を申し立てていた。 (共同通信) 

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○「性同一性障害の性別の取扱いの特例に関する法律」が制定され、2004年7月16日から、性同一性障害をもつ人の戸籍の性別変更が一定の条件のもとに認められることになった。今回のカルーセル麻紀さんの件は、この特例法に基づいた決定である。

○カルーセル麻紀さんは、15歳で高校を中退し、札幌の「クラブ・ベラミ」で働きだし、北海道から九州まで、全国のクラブを転々としていたが、日劇ミュージックホールのオーディションに「女」として受け、女性顔負けの美しさで、一発で合格をしたらしい。 舞台などのほかに、石原裕次郎監督「影狩り・ほえろ大砲」や、平凡な生活を願う成熟した女と彼女を取り巻く男たちの愛欲を描いた日活ロマンポルノ「カルーセル麻紀・夜は私を濡らす」、「刺青」、「くノ一忍法観音開き」、「俺は田舎のプレスリー」、「火の鳥」、「道頓堀川 」などの映画に出ていた。(出演映画一覧)

女性以上に女性らしいと思っていたが、モロッコで性転換手術を受けた時は、私を含め世間を大いに驚かせた。92年には、「女になって20歳+50歳+芸歴30歳+ゲイ歴35歳=135歳」などと謳う 「35周年記念パーティー」を開催していた。本名が「平原徹男」という、いかにも男っぽい名前であったが、無事に女の「平原麻紀」 になれて、よかったのではないか。

○カルーセル麻紀さん以前に報道された特例法に基づく認容例は次の通り。
@戸籍の性別変更を認める/法施行後初か/那覇家裁
性同一性障害を抱える沖縄県内の人が、男性から女性への戸籍の性別変更を求めた審判で、那覇家裁は29日までに変更を認めた。性同一性障害者の団体「gid・jp」によると、戸籍変更を認める性同一性障害特例法が16日に施行されて以降、今回のケース以外に変更が認められたとの連絡はないといい、全国で初の審判例とみられる。(共同通信7月29日) 

A広島でも戸籍の性別変更/性同一性障害で家裁認める
心理的な性別と身体的な性別が一致しない性同一性障害を抱える広島県の人が、戸籍の性別を男性から女性にするよう変更を求めた審判で、広島家裁は17日までに変更を認めた。最高裁によると、7月末時点で、申し立ては全国で24件に上っている。(共同通信8月17日) 

B2人に性別変更認める/性同一性障害で東京家裁
心理的な性別と身体的な性別が一致しない性同一性障害を抱える東京都在住の2人について東京家裁は31日までに、審判で戸籍の性別の変更を認めた。同家裁は性別や年齢は明らかにしていない。東京家裁管内では、7月16日の性同一性障害特例法施行以来、8月16日までに13件の申し立てがあり、認められたのは2人が初めて。(共同通信8月31日)

C虎井さんの性別変更認める
「同じ暮らしが望み」性同一性障害を理由に戸籍の性別変更を求める運動を主導してきた作家虎井まさ衛さん(40)=東京都在住=に対し、東京家裁は9月10日、女性から男性への変更を認める審判をした。心と体の性別の食い違いに苦しんだ虎井さんは1989年、米国で性別適合手術(性転換手術)を受けた。だが「体が変わっても、戸籍がそのままでは結婚も就職もできない」。埼玉医大で医学界公認の手術を終えた知人らと、戸籍の性別変更を申し立てた。これが最高裁で棄却されると、国会に立法を要請。今年7月、性同一性障害者の戸籍の性別変更を許可する特例法が施行されたのと同時に、あらためて申し立てを行っていた。(共同通信9月10日)

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○性同一性障害をもつ人々は、日本において数千人は存在すると言われている。小さい頃から自分の性に違和感を持ち、特に第2次性徴を受け入れることができず、悩んだ挙句に自傷行為までしてしまうこともあると言われている。

○今から7年前に、日本精神神経学会が「性同一性障害に関する答申と提言」を発表し、性別適合手術などの治療指針を示して、性同一性障害に対する医学的救済の道が開かれ、医学面での解決が進んだ。

しかし、この障害をもった人々が、治療によって自分の認識と一致した外観を得たとしても、戸籍の変更ができず、日常生活においてさまざまな不都合が生じていた。例えば、選挙の際の本人確認で外見と性別記載が食い違っているためにストップされ選挙権を行使できなかったりしていた。そのため、性同一性障害当事者団体などが中心となって、戸籍中の続柄の記載に錯誤があるという理由で、戸籍法113条を根拠として家庭裁判所に戸籍訂正許可の申立てをしたりした。

戸籍法113条は、戸籍に法律上許されない記載、錯誤の記載、記載の遺漏がある場合には、利害関係人は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正の申請をすることができる、と規定している。右訂正の対象については、右のほか特別に限定する規定がないから、男女の性別に関する訂正の申請ももちろん許される。

しかし認められることは、あまりなかった。その理由は「錯誤があったとは言えない」ということや、「現行制度がかかる理由による戸籍訂正を認めておらずこれを認めると各種の不都合が生じ、立法により解決されるべきである」といった点などからであった。

⇒名古屋高裁昭和54年11月8日決定(末尾に要旨を引用)〜人間の性別の決定基準について判示

⇒札幌高裁平成3年3月13日決定(末尾に要旨を引用)〜本件は,、抗告人の性別は,医師により純粋に医療上の見地から女性と判定されたものとであって,その間に抗告人あるいはその父母の恣意が働く余地は全くなかったものであるとし、いわば「性別が未確定」の段階であるのにもかかわらず、医療上の誤った報告に基づいてなした出生届出事項を後日判明した正しい性別に訂正したとする事案。

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○こうした中、自民党が2000年にこの問題に関する勉強会を発足させ、南野知恵子参議院議員が中心となって法案をまとめ、2003年7月に参議院法務委員会に提出、2003年7月10日に衆参とも全会一致で「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成15年法律第111号)」として可決成立し、1年の周知期間を経て2004年7月16日に施行された。

○これによって、一定の要件のもとで家庭裁判所の決定により、戸籍変更の道が開かれ、性同一性障害者は、初めて法的にも内心の性に適合する扱いを受けられることになった。この法律には、まだいくつかの解決すべき問題は残されてはいるが、性同一性障害者の生活改善は大きく進んだと言えよう。 

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○要件
性同一性障害者が戸籍上の性別を変更することのできる要件は次の通り。

@「性同一性障害者」の定義(同法第2条)。
この法律において「性同一性障害者」とは、次のように定義されている。
(1)生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、
(2)かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、
(3)そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。 
 
A認容条件
性同一性障害者が、次の(1)〜(5)の条件を満たせば、家庭裁判所に「性別取扱いの変更審判」を請求すれば、戸籍上の性別を変更することが可能(同法第3条1項)。
(1)20歳以上であること。 
(2)現に婚姻をしていないこと。 
(3)現に子がいないこと。 
(4)生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。 
(5)その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。 

なお、この請求をするには、性同一性障害者に係る診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない(同法第3条2項)。

○効果
(1)性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなされる(同法第4条1項)。したがって、変更後の性別で、法律上の正式に婚姻をしたり、その配偶者の子供を養子にするなど養子縁組も可能となる。
(2)この場合でも、法律に別段の定めがある場合を除き、性別の取扱いの変更の審判前に生じた身分関係及び権利義務に影響を及ぼさない(同法第4条2項)。
(3)この審判が認められた場合、戸籍の続柄の記載が変更される。
(4)戸籍に当該者以外の記載(除籍者を含む)があるときは、その者だけの新戸籍が作られる(附則4項)。

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○残る問題点
(1)「婚姻していないこと」や「子のいないこと」の要件について、性同一性障害を言いだせないまま結婚し、子供を持つ人も多くおり、また、発症が遅れたために結婚・出産後に性同一性障害の症状が現れたケースも存在するため、再考が必要との意見がある。欧米では、このような要件は定められたものはなく、こういうケースについても性の変更が認められている。この要件は、これをはずせば、子にとっては母親(あるいは父親)が2人存在することになり、子どもの地位が混乱することを防止するためと言われているが、本人の人権的配慮から考えれば、再考の余地もあろう。例えば、「現に子がいる場合には、子の福祉に反しないこと」としてもいいのではないか。
(2)「20歳以上」の要件は、成人として扱われることを重視して設けられた年齢要件であるが、 18歳が妥当というる意見や、民法の改氏や遺言年齢が15歳以上とされていることから15歳が妥当という意見もある。 
(3)手続きにおいて、身体的・経済的負担の大きい性別適合手術を受ける必要がある点が改善点とも言われている。特に「健康上・経済的理由に基づき手術不可能である当事者の道を閉ざす」という批判が存在している。

○このほか、いくつかの課題が残っていることから、施行後3年を目途に、施行の状況や社会的環境の変化等を考慮して再検討し、必要に応じて所要の措置を講じることとなっている(附則2項)。この法律により十分な救済が図られるかどうか、不備はないか等をさらに調査し、必要な見直しを行っていくべきであろう。さらには、性同一性障害を有する人々が、雇用や社会保障その他生活全般の局面に亘り不利益・差別を受けることのないよう、社会全体で検討されるべきである。

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○参考資料
日本精神神経学会「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第2版)」
英国ジェンダー公認法Gender Recognition Act 2004 

Trans-Net Japan(TSとTGを支える人々の会)
性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会をめざす会(gid.jp)
性同一性障害についての法的整備を求める当事者団体連絡協議会
Transgender.jp (トランスジェンダージャパン)
家族と共に生きるGIDの会(TransFamilyNet)
nao の会
精神科医杏野丈の Gender Euphoria Clinic 

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性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律
(平成十五年七月十六日法律第百十一号)

(趣旨)
第一条  この法律は、性同一性障害者に関する法令上の性別の取扱いの特例について定めるものとする。 
(定義)
第二条  この法律において「性同一性障害者」とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。 
(性別の取扱いの変更の審判)
第三条  家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 
一  二十歳以上であること。 
二  現に婚姻をしていないこと。 
三  現に子がいないこと。 
四  生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。 
五  その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。 
2  前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。 
(性別の取扱いの変更の審判を受けた者に関する法令上の取扱い)
第四条  性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす。 
2  前項の規定は、法律に別段の定めがある場合を除き、性別の取扱いの変更の審判前に生じた身分関係及び権利義務に影響を及ぼすものではない。 
(家事審判法の適用)
第五条  性別の取扱いの変更の審判は、家事審判法(昭和二十二年法律第百五十二号)の適用については、同法第九条第一項甲類に掲げる事項とみなす。 

附則  
(施行期日)
1  この法律は、公布の日から起算して一年を経過した日から施行する。 
(検討)
2  性別の取扱いの変更の審判の請求をすることができる性同一性障害者の範囲その他性別の取扱いの変更の審判の制度については、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行の状況、性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする。 
(性別の取扱いの変更の審判を受けた者に係る老齢基礎年金等の支給要件等の特例に関する措置)
3  国民年金法等の一部を改正する法律(昭和六十年法律第三十四号)附則第十二条第一項第四号及び他の法令の規定で同号を引用するものに規定する女子には、性別の取扱いの変更の審判を受けた者で当該性別の取扱いの変更の審判前において女子であったものを含むものとし、性別の取扱いの変更の審判を受けた者で第四条第一項の規定により女子に変わったものとみなされるものを含まないものとする。 
(戸籍法の一部改正)
4 戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の一部を次のように改正する。
第二十条の三の次に次の一条を加える。
第二十条の四 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成十五年法律第百十一号)第三条第一項の規定による性別の取扱いの変更の審判があつた場合において、当該性別の取扱いの変更の審判を受けた者の戸籍に在る者又は在つた者が他にあるときは、当該性別の取扱いの変更の審判を受けた者について新戸籍を編製する。

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○性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律第三条第二項に規定する医師の診断書の記載事項を定める省令(平成十六年五月十八日厚生労働省令第九十九号)


性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律 (平成十五年法律第百十一号)第三条第二項 の規定に基づき、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律第三条第二項に規定する医師の診断書の記載事項を定める省令を次のように定める。

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律 (平成十五年法律第百十一号)第三条第二項 に規定する医師の診断書に記載すべき事項は、当該医師による診断を受けた者に係る次の各号に掲げる事項とし、当該医師は、これに記名押印又は署名しなければならない。 
一  住所、氏名及び生年月日 
二  生物学的な性別及びその判定の根拠 
三  家庭環境、生活歴及び現病歴 
四  生物学的な性別としての社会的な適合状況 
五  心理的には生物学的な性別とは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有すること並びにその判定の根拠 
六  医療機関における受診歴並びに治療の経過及び結果 
七  他の性別としての身体的及び社会的な適合状況 
八  診断書の作成年月日 
九  その他参考となる事項 

附 則 
この省令は、平成十六年七月十六日から施行する。 

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○名古屋高裁昭和54年11月8日決定〜人間の性別の決定基準について判示

戸籍訂正申立却下の審判に対する抗告事件
名古屋高等裁判所決定/昭和54年(ラ)第208号
関係条文 戸籍法113
判例時報955号77頁

「そこで審案するに、人間の性別は、性染色体の如何によつて決定されるべきものであるところ、記録中の鑑定人○○○○作成の鑑定書によれば、事件本人○○○夫の性染色体は正常男性型であるというのであるから、同本人を女と認める余地は全くない。抗告人の戸籍訂正申立を却下した原審判は、もとより正当である。よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。」

(事案の内容解説)
本件は、本人と身分上の利害関係を持つと思われるXが、本人は本来正常な男性であつたが、いわゆる性転換手術によつて、外型的にはもとより、内面的・機能的にも女性化したとして、戸籍法113条により、家庭裁判所に対し、戸籍中の続柄欄の「男」を「女」と訂正することの許可を求める申立をした事案であった。

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○札幌高裁平成3年3月13日決定
戸籍訂正許可申立却下審判に対する即時抗告申立事件

札幌高等裁判所決定/平成元年(ラ)第17号
関係条文 戸籍法113
家庭裁判月報43巻8号48頁
(氏名は仮名)

主 文
1 原審判を取り消す。
2 本籍○○市○△4丁目22番地,戸籍筆頭者中山利昭の戸籍中,和美の続柄欄に「二男」とあるのを「長女」と訂正することを
許可する。

理由
「1 本件申立てに至る経緯
(1) 抗告人は,昭和63年1月2日○○市立病院において父中山利昭,母中山恵理子間の第2子として出生した。出生時,抗告人は,外性器の形態が異常であったため,男女いずれとも性別判定が困難な状況であったが,重篤な鎖肛障害があり,早急にその改善を図る必要があったことから,出生に立ち会った産科医らは,抗告人の性別判定を留保したまま,抗告人を同病院の小児科に入院させ
た。
(2) 抗告人は,同病院小児科の小佐野医師らによって上記障害の治療を受けるとともに,治療期間中性染色体分析の検査を受けたところ,46XYとの検査結果が出たため,小佐野医師は,抗告人の性別は男性であると判断し,この旨担当産科医に連絡した。他方,抗告人の診療にあたっていた産科の木下医師らは,抗告人の外性器の形態からして,抗告人が今後男子として発育並びに社会
的な適応をなしていくことは困難で,女子として養育した方が適切であると考えていたが,小佐野医師から性染色体分析検査の結果抗告人の性別は男性と認められる旨の報告を受けたこと,当時出生届をなすべき期限が目前に迫っていたことや早急に出生届を出さないと抗告人が保険医療を受けられないといった事情があったほか,一旦出生届をなしても後日抗告人の性別を容易に変更できるものと誤信していた(木下医師は,これ以前性別判定困難な出生児を診察した経験がなかった。)ことから,抗告人の性別判定について泌尿器科の専門医との打ち合わせをしないまま,抗告人の出生証明書の性別欄に「男」と記載し,これを抗告人の父利昭に渡した。
(3) 抗告人の父利昭は,木下医師らに説明されるまま将来抗告人の性別が変更することがあっても,戸籍訂正は容易にできるものと誤信し,ただ,抗告人の名については男女いずれでも通用する「和美」という名を命名したうえ,昭和63年1月16日出生の届出をした。
(4) その後,抗告人は排尿障害があったため,○○大学医学部付属病院泌尿器科の佐々木医師の診察を受けたところ,同医師は,抗告人について,外性器の形態からは男女いずれとも判定し難い外性器異常であること(生殖隆起は女性型で男児が有する尿道海綿体が欠如している。),内性器の両側性腺は精巣で,明らかな子宮,膣は認められないが,会陰部には膣前庭,膣遺残があり(膣形成の際の開口部となりうる。),尿道は女児としての長さを有すること,右腹部に巨大な膀胱があるとともに,外尿道口狭窄が認められ,そのため排尿障害を起こしていること,これらの外性器異常,排尿障害及び前記鎖肛の原因は,抗告人の脊椎管内に脂肪腫があり,その部位の神経が圧迫されて癒着し,そこから先に伸びる神経が正常に機能していないためであると考えられること,抗告人の排尿障害は相当重度で,自力排尿は困難で,人工的間欠的にカテーテルを外尿道口から膀胱へ通して導尿をする必要があり(導尿をしない場合,腎不全等に陥り,生命にかかわる恐れがある。),そのためには抗告人の外性器を女性型に形成したうえ,現在の抗告人の女児としての長さを有する尿道を生かすことが最適であること(カテーテルを形成尿道に通すことは困難である。),他方,抗告人の外性器を男性型に形成することは現在の医療水準からすると極めて困難であるうえ,仮に形成できたとしても,性交機能を有する男性型外性器は形成できないこと,さらに,そもそもカテーテルを形成された尿道に通すことは困難であるため,導尿作業自体に支障が生ずること,従って,抗告人の生命を維持するためには,抗告人に女性型の外性器を形成したうえ,女性として養育することが必要不可欠であるとの診断を下した。
そこで,佐々木医師は,以上の医学的な所見に基づき抗告人の父母と相談した結果,抗告人を女性として養育していくとの合意に達し,すでに抗告人の精巣を摘除するとともに,今後の診療方針として,抗告人に対し膣形成術,女性ホルモン補充療法等を段階的に行うことになっている。
(5) また,抗告人の父母においては,佐々木医師の上記診断結果に基づき,抗告人を女性として養育することを決意し,そのような養育をなすとともに,戸籍上の記載を養育の実態と合致させるため,同医師の勧めに従い本件戸籍訂正許可の申立てをなしたものである。
 
2 医学上の性別判定の基準について
(1) 現在の医学上,性分化のプロセスについては,性染色体がXX(女性型),XY(男性型)のうちどちらの構成をとるかが決定されると,それぞれ性染色体の構成に応じて未分化性腺が卵巣あるいは睾丸へと分化を開始し,分化の完了した性腺の働きにより内性器,外性器がそれぞれ女性型あるいは男性型へと分化するという経過をたどることが知られている。従って,正常な性分化が行われる場合(ほとんどの場合正常な性分化が行われる。),(1)性染色体,(2)内性器の形態,(3)外性器の形態,(4)ホルモンの分泌について,男性はいずれについても男性型を示し,女性はいずれについても女性型を示すものであって,性別判定について特段問題が生ずることはない(外性器の形態から容易に性別判定が可能である。)。

(2) しかし,性染色体の異常,ホルモンの異常,発生障害その他の原因により性分化に異常をきたした場合,上記(1)ないし(4)について,あるものは男性型を示すが,他のものは女性型を示すという場合が起こりうる。例えば,性染色体自体がXX,あるいはXYの構成をとらないターナー症候群(性染色体としてX染色体1本しか有しないため,外性器は女性型でありながら,内性器に卵巣をもたず,あるいは卵巣が顕著に萎縮しているもの)やクラインフェルター症候群(性染色体がXXYの構成となっていて,外性器は男性型となるが,思春期以降乳房が発達するなど女性型の体型となるもの)といった性染色体自体の異常のほか,性染色体は女性型のXXでありながら,内外性器はともに男性型であるもの(逆性),同一人でありながら,精巣と卵巣の性腺組織を有するもの(真正半陰陽),性染色体が男性型のXYで,性腺も精巣でありながら,外性器が女性型,あるいは男女どちらとも判定困難なもの(男性仮性半陰陽)などが性分化異常の例として広く知られている。
このような典型的な男性にも女性にも属さない場合(医学上は「間性」」と呼ぱれる。),その性別を何を基準として決定するかについては,かつては医学上においても性染色体の構成を唯一の基準として決していたが,次第に性分化の異常に関する症例報告が増え,研究が進展するに従い,性染色体のいかんは唯一,絶対の基準ではないとされるようになり,現在の医療の実践においては,外性器異
常を伴う新生児が出生した場合,異常の原因,内性器,外性器の状態,性染色体の構成のほか,外性器の外科的修復の可能性,将来の性的機能の予測等(これらの要素を考慮するのは,外性器異常を生涯にわたってもつことのハンディキャップ及び劣等感が甚大なものであるからである。)を慎重に勘案し,将来においてどちらの性別を選択した方が当該新生児にとってより幸福かといった予測も加えたうえで性別を決定し,その決定に基づいて外性器の形成,ホルモンの投与その他必要な医療上の措置がなされるという扱いが定着するようになってきている。
そして,このような医療の実践が社会通念,国民感情に照らして容認し難いほど不相当であると断ずることはできない。

(3) 前記1認定の事実によると,抗告人は,性分化の過程で異常を生じ,性染色体は男性型のXYで,精巣を有するけれども,外性器は尿道海綿体が欠如する男女中間型のいわゆる男性仮性半陰陽であったものと認められる。抗告人の診療を担当した前記佐々木医師は,抗告人の性染色体はXYの男性型であるけれども,外性器異常を伴う抗告人については,(1)抗告人が尿道海綿体を欠如しているため,外性器を男性型に形成することは極めて困難であること,それにもかかわらず抗告人を男性として養育した場合,抗告人が外性器の形態の異常及び機能障害を有することによって受けるハンディキャップ,劣等感は甚大なものであること,(2)他方,抗告人の会陰部には膣前庭,膣遺残が認められ,女性型の外性器を形成する際の開口部になりうること,(3)そして何よりも,抗告人は生命にもかかわりかねない重篤な排尿障害を負っており,その治療としては,カテーテルを外尿道口から膀胱に通して間欠的に導尿することが必要であるが,そのためにはカテーテルを形成された尿道に通すことは困難で,抗告人の現在の女児の長さを有する尿道を維持することが必要であることなどの事情があるため,抗告人を男性ではなく,女性と判断したものである(佐々木医師は,このような判断に基づき,その後抗告人の父母の同意のもとに抗告人の精巣を摘除した。従って,今後抗告人の外形が男性化することはない。)。そして,抗告人の性別判定に関する上記佐々木医師の医療上の判断が不相当であるということはできない。

第3 結論
以上説示したところによると,抗告人は女性でありながら,その戸籍には筆頭者との続柄が「二男」と表示されていることが認められるから,本件戸籍訂正許可の申立ては相当として認容されるべきである。(付言するに,当裁判所の上記見解は決して恣意的な性転換による戸籍訂正を認めるものと解されてはならない。本件においては,抗告人の性別は,医師により純粋に医療上の見地から女性と判定されたものというべきであって,その間に抗告人あるいはその父母の恣意が働く余地は全くなかったものであるうえ,本件は確定した性別を他のものに故意に転換するというものではなく,いわば「性別が未確定」の段階であるのにもかかわらず,医療上の誤った報告に基づいてなした出生届出事項を後日判明した正しい性別に訂正するというのにすぎないものである。なお,出生届に関する戸籍実務においては,外性器の異常等により男女いずれとも判定困難な場合,その旨及び後日性別が決定したときに追完する旨を明記したうえ,戸籍筆頭者との続柄欄の記載を空欄として留保したままの出生届を受理する扱いになっているが,本件においても,このような手続をとれば何ら問題はなかったものである。)
よって,原審判を取り消したうえ,本件申立てを認容することとして,主文のとおり決定する。」 
                                            弁護士 三木秀夫

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