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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
性犯罪者の情報(2005年01月07日)  メーガン法/知る権利とプライバシー
○警察庁の漆間巌長官は6日の記者会見で、奈良市の女児誘拐殺人事件に関連して性犯罪者の再犯防止策について「前歴者が服役後どこにいるか、警察署単位で把握できるシステムが必要だ」と述べ、法務省に情報提供などの協力を求める方針を明らかにした。加害者の出所予定時期や出所後の居住地などを必要に応じて被害者に事前に通知する制度は、2001年10月から始まっているが、現状では警察が同様の情報を得ることはできないという。会見で漆間長官は、米国や韓国で実施されている性犯罪者の氏名や居住地を住民に公表する制度については「地域住民に情報提供するところまで進めるかどうか議論のあるところだ。法制化も含め慎重に検討していきたい」と述べるにとどまった。 
(2004年01月07日共同通信) 

○警察庁の漆間巌長官が、性犯罪の前歴者の住所を把握するシステムが必要と発言したことについて、南野知恵子法相は7日の閣議後会見で「プライバシーや、出所後の円滑な社会復帰への支障がないか考えると、大変に難しい問題」と慎重な姿勢を示した。一方、村田吉隆国家公安委員長は会見で「有識者も加えた意見を聞いて、最もいい方法を検討してもいい」と理解を示したが「法務省の協力を得られるか。警察が(前歴者の)情報を持つことを国民世論がいいと考えるかどうか、意見を聞いてみないといけない」と問題点も指摘した。南野法相は「(警察庁から協議の)申し入れがあれば、真剣に検討しないといけない」としながら「(出所者の)社会生活の基盤を作っていくのも大きな役割。それが達成できるかどうか、もう少し詰めていかなければ」と指摘。氏名や居住地を公表する制度も「再出発の姿勢が崩されるような道は矯正の観点からは望んでいない。格別の慎重さが要求される」とした。(2004年01月07日共同通信)

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○奈良市で小学1年の女児が誘拐殺害された事件は、年末に容疑者が逮捕され、不安と憤りを抱く周辺住民をホッとさせた。マスコミによるさまざまな報道がなされているが、無罪推定の原則から事実の確定は裁判を待たないといけない。ただ、小さな女児への性犯罪があった事実はあり、同種の犯罪が後を絶たない今日、この種の犯罪を起こさせない対策と、地域ぐるみで子供を守る取り組みが、急務といえよう。

○性犯罪者の再犯を防ぐにはどうしたらいいのか。警察庁は、前歴者の居住地を警察が把握できる制度を新設する方針との報道がなされた。警察庁長官が、奈良市の女児誘拐殺人事件に関連して、性犯罪者の再犯防止策として「前歴者が服役後どこにいるか、警察署単位で把握できるシステムが必要だ」と述べ、法務省に情報提供などの協力を求めることにしたとのことである。性犯罪者の情報を地域住民に知らせるべきだとの意見もある。今後、前歴者情報をめぐる議論が高まりそうな気配である。村田吉隆国家公安委員長は警察庁の方針に「最も良い方法を検討してもいい」と理解を示したが、南野知恵子法相は「警察庁から協議の申し入れがあれば慎重に検討しなければならない。氏名、居住地の公表制度については、矯正の観点から望んでいない」と慎重な立場をとっている。

○この警察庁長官の発言と、南野知恵子法相の発言を対立構造で捉える報道もあったが、議論は2つあり、区別すべきであろう。1つ目は、警察自体が性犯罪者の居場所を把握する制度を確立するかどうかで、2つ目は、性犯罪者の居場所を一般市民にまで公開する制度を導入するかである。この後者の制度は、アメリカの「メーガン法(Megan's Law)」の日本導入に他ならない。

○このうち、一つ目の警察が性犯罪者の居場所を把握する制度については積極的な導入を図るべきであろう。この程度の不利益については、この種の犯罪暦者の不利益と、犯罪抑止および「早期の犯罪解決」という目的のためにはやむをえないのではないかと思う。ただ、二つ目の「日本版メーガン法(ミーガン法ともいう)」(性犯罪者の居場所を一般市民にまで公開する制度)については、法相の指摘するとおり、多くの問題を抱えており、性急な議論は問題であろう。

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○この米国のメーガン法については、昨年(2004年)の司法試験の憲法の論文問題(第1問)で取り上げられていたようである。米国の制度について、プライバシーなどの人権と絡めて論じさせる問題である。

【2004年司法試験第二次試験・憲法・論文問題第1問】
13歳未満の子供の親権者が請求した場合には、国は,子供に対する一定の性的犯罪を常習的に犯して有罪判決が確定した者で、請求者の居住する市町村内に住むものの氏名、住所及び顔写真を、請求者に開示しなけれぱならないという趣旨の法律が制定されたとする。この法律に含まれる憲法上の問題点を論ぜよ。

○この問題のポイントは、@プライバシー権の憲法上の位置、A知る権利の憲法上の位置、B両権利の調整、C二重処罰を禁じた憲法39条との関係、であろう(ただしCの点は派生的論点で、ここでは触れない)。

@プライバシー権の憲法上の位置について
プライバシー権とは、通常は、私生活をみだりに公開されない権利(「宴のあと」事件判決)や私生活を覗き見されない権利などのいわゆる静穏権、自己に関する情報を自らコントロールする権利(情報コントロール権)などをいう。この権利は、法では明文で規定はされていないが、13条の幸福追求権に含まれるものとして通説化している。

判例においても、「『宴のあと』事件」(東京地裁判決昭和39年9月28日)は、プライバシー権を「私生活をみだりに公開されない権利」と定義した上で、憲法13条で保障されると判示した。最高裁においても、「前科照会事件」(最判昭和56年4月14日)、「『逆転』事件」(最判平成6年2月8日)などで、プライバシー権という言葉は使わないものの、事実上前科前歴をプライバシー権の内容として、憲法13条の保障にあると判示した。憲法改正論議でも、この権利の明文化が唱えられている。

A知る権利の憲法上の位置について
これは、一般に「国民が自己の必要とする情報の取得を公権力から妨げられることなく、また、国に対してその有する情報の開示を請求できる権利」とされ、憲法21から導き出される権利とされている。

B両権利の調整(比較衡量論)
性犯罪者の居場所を一般市民にまで公開する制度を導入するかどうかは、まさに、このプライバシー権と、国民の知る権利とがぶつかり合う場面である。その両権利の調整が必要となる。このような場合は、国家的利益と私的な利益が対立する場合ではないことから、原則として、両利益の「比較衡量(等価値的利益衡量)によって判断すべきものとするのが有力な考え方である。つまり、「それを制限することによってもたらされる利益とそれを制限しない場合に維持される利益とを比較して、前者の価値が高いと判断される場合には、それによって人権を制限することができる。」(芦部教授)

【比較衡量における各事情】
この問題で、考えうる各判断事由は以下のものが代表的ではないか。
○性犯罪者のプライバシー権を制限することによってもたらされる利益とは
・子どもの性的な安全
・子どもの健全な育成
・どこに前歴者がいるかを知ることで被害防衛策として有益(社会安全)
・社会的な安心感
・性犯罪者に自覚を促すことでの再犯防止に有力
・地域警察による重点警備による犯罪防止に有効
・地域で見張ることによる再犯防止
・犯罪が発生した場合における早期検挙に有効
・早期検挙による二重被害の防止に有効
性犯罪者のプライバシー権を維持することによって得られる利益(生じる不利益)
・差別の助長につながる
・地域から排斥される
・居住地を定めること自体が困難になる
・職業に就くことすら困難になる
・その結果、更生すらできずに、むしろ再犯を助長する
・住民票などを動かさずに隠れ住む者が生じれば、むしろ弊害
・前歴者への予断が冤罪を生む可能性
・予断により真犯人が検挙されない危険性
・事件が発生した場合や噂の段階での地域でのリンチ行為の恐れ
・刑法56条が再犯加重を前刑終了後5年以内に制限していることとの矛盾
・刑法34条の2が刑執行の終了から10年の経過により刑の言渡の効力失効との矛盾

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○このように、この問題は、両利益の比較衡量からするならば、開示制度を取る場合であっても、これを無限定に認めるべきではなく、一定限度の制約のもとですべきであろう。その制約とは、例えば、刑の執行終了後一定期間(例えば5年)内の者に限るとか、開示請求者の要件を必要かつ合理的な範囲に限定して興味本位な場合は禁止するとか、マスコミなど第三者への流出を禁止するなどの措置である。

○今回の奈良市の事件は衝撃的だった。娘を抱える私の個人的な立場からしても、昨今の多発する性犯罪には、何らかの対応が必要という気持ちは強い。しかし、ムードだけでの対応だけは避けなければならない。このような制度導入は、上記のような明確な要件を定めるほか、乱用防止策などの社会的合意を築きあげることが不可欠であり、それなしでの導入は、かえって社会の混乱を招き、本当の安全な社会にならない可能性も強い。

○ちなみに、日本でも、すべての犯罪を対象として、受刑者の出所予定時期や出所後の住所地を知らせる「出所情報通知制度」が、2001年から導入されている。通知先は被害者本人やその家族などである。出所した加害者との接触を避けるために被害者に転居などの必要があると検察官が判断し、被害者側も通知を希望している場合に適用される。2004年に成立した犯罪被害者等基本法では、被害者に必要な情報提供を行うことを国に求めている。

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○メーガン法(ミーガン法)について
1994年、ニュージャージー州ハミルトンで、当時7歳の少女メーガン・カンカ (Megan Nicole Kanka) ちゃんが、一人で外出後、24時間後に、家から数キロ離れた公園で、遺体となって発見された。その後の捜査で、近所に住んでいたジェシー・ティメンデュカス (Jesse Timmendequas) という人物が、彼女を誘拐のうえ、強姦し、絞殺したものであったことが判明した。メーガンちゃんに「子犬を見せる」といって家に誘いこんだという。

実は、被害者宅の向かいに住んでいた3人の男たちは、他の少女に対する猥褻行為と殺人未遂の前科があり、性犯罪者を収容する州施設「エイブネル」に収容されていたことも判明した。加害者ティメンデュカスは、そのうちの一人であった。しかし、このことは周囲の居住者の誰もが知らなかった。米国ではこれより以前にも性犯罪者の登録を義務づける法律はあった。しかし、この情報は一般に公開されていなかった。(ちなみに加害者ティメンデュカスは、裁判で死刑判決が言い渡された。同州では長い間死刑判決はなかったが、この事件は死刑再開を促す結果ともなった。当時の現地での動揺が目に浮かぶようである。)

この事件のあと、全州で「性暴力加害者の情報公開」を求める運動が起きた。そして事件の翌月には、同州議会で、性犯罪者の情報公開を積極的に進める州法「メーガン法(Megan's Law)」が、圧倒的多数の賛成で制定された。その2年後の1996年には、全米各州で同様の内容の州法を作ることを促す連邦法(Chapter 908, Stats. of 1996)も、やはり圧倒的多数で成立し、クリントン大統領がその法律施行に署名した。

○94年のニュージャージー州法の内容
同州法では、有罪になって15年間は登録が義務付けられる(裁判所に申請し、危険がないことを示せば登録義務が免除される道は留保されている)。情報は点数化された危険度によって3つのレベルに分類される。この危険性の認定の際には、開示対象者にヒヤリングもし、反論の機会は保障されているようである。この法律施行前の犯罪も対象とされている。釈放後10年間は定期的に監視、地域社会に戻るときは州政府が警察に警告することを義務づけた。性犯罪歴をもつ者は、その居住地を当局に届け出をしなければならず、市民もそうした性犯罪者の氏名、住所などの情報を得る権利が認められた。

○96年の連邦法の内容
連邦法では、ニュージャージー州法の内容に加え、州の裁量にしつつ、警察による住民への通告も規定した。

○各州の内容
連邦法の制定を受けて、ほぼ全州でメーガン法の制定が完了した。開示の具体的な内容は、各州によって少しずつ異なっているようである。登録の方法については、一定以上の刑罰を受けた者を自動的に登録制度や、個別に危険性を審査して登録を義務づける州もある。性犯罪者の「名前・住所・写真」を、警察が積極的に学校や病院など特定の公的施設に開示して注意を促す州、報道機関向けに告知して扱いをメディアに委ねる州、知りたい人が警察所に出向くと前科者のリストを見せてもらえる州などがある。インターネットで被対象者の住所や顔写真などの情報を載せて、誰でも閲覧可能にしている州も多く、運用費用が比較的安くて済むこの方法は、過半数の州に広まっているとのことである。すごいところでは、病院に収容し、性ホルモン抑制剤を強制投与する場合もあるようである。

○訴訟
このメーガン法に対しては、いくつかの訴訟も起こっている。ニュージャージー州などでは、同法が実質的に一事不再理を定める合衆国憲法違反だとして違憲無効が訴えられたが、1998年2月の連邦最高裁で合憲判断が出ている。

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○韓国や英国での動き
韓国では、2001年、性犯罪の有罪確定者の中から、判決の量刑や被害者の年齢などを総合的に考慮して、対象者を決め、その者の情報公開を始めている。公開されるのは、氏名や住所、犯罪内容などで、インターネットと官報で告示される。顔写真の公開もすべきとの議論もあるようである。

英国にもSexoffenders' Register Actという法律で、性犯罪前歴者の監視制度が存在している。しかし、米国や韓国と違い、やや制限的で、一定の性犯罪前歴者は、住所・氏名の変更や、一定期間以上の旅行などについては、警察への届出義務を課しているが、これら性犯罪者の現住所は、警察関係者にのみ公開されている。対象者は、子供にかかわる仕事やチャリティーに参加できなくなる。登録期間は5年間。日本でもこのレベルの制度の導入は検討されてもいいかもしれない。

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【参考】
○カリフォルニアの司法長官のホームページ(http://ag.ca.gov/)
上記のホームページのうち、CRIMINAL JUSTICE とある部分の下から6行目のMegan's Lawとあるところをクリックする。直接に入るなら、ここ(http://meganslaw.ca.gov/ )
(カリフォルニア司法省のインターネットウェブサイト ( カリフォルニアで示された登録された性犯罪者をリスト)

○太田和敬氏「ミーガン法の研究」が、米国のメーガン法に詳しい。
http://www.bunkyo.ac.jp/faculty/lib/klib/kiyo/hum/h21/h2105.pdf 
                                            弁護士 三木秀夫

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