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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
ライブドアが新株予約権差止仮処分(2005年02月24日)     新株予約
○ニッポン放送は23日、フジテレビジョンを引受先として新株予約権を発行することを決めたと発表した。予約権の行使でフジは最大60%の議決権を上積みできることになり、同放送の子会社化を確実にする。買収戦を展開するライブドアは既存株主の不利益になる発行だとして法的手段に訴える方針で、同放送の経営権を巡る争いは、舞台が法廷に移る可能性が出てきた。フジは新株予約権を購入することを機関決定していないが、日枝久会長は「個人的に賛同する」と語り、フジとしても予約権の購入に前向きな姿勢をみせた。購入代金は158億円にのぼる。この新株予約権を持つと、1株当たり5950円を払い込めば、フジはニッポン放送の新株を総額約2800億円で最大4720万株買える。新株予約権の発行日は株式公開買い付け(TOB)期限後の3月24日で、権利行使の期間は3月25日から6月24日まで。同放送の発行済み株式数3280万株を大幅に上回る新株を手に入れ、TOBの結果にかかわらず議決権の66%以上を得られる。(日経新聞02月24日)

○フジサンケイグループとインターネット関連会社ライブドアによるニッポン放送の経営支配を巡る駆け引きが激しくなる中、ライブドアは24日夜、ニッポン放送がフジテレビジョンに対して与えた最大4720万のニッポン放送株を新たに取得できる権利(新株予約権)が商法違反に当たるとして、新株予約権の発行差し止めを求め、東京地裁に仮処分を申請した。ライブドアは仮処分を申し立てた理由として、「新株予約権の発行は、フジテレビのニッポン放送に対する支配権を維持するためのもので、著しく不公正な方法だ」と主張している。ニッポン放送を巡るフジテレビとライブドアの買収合戦は、法廷闘争に持ち込まれる異例の展開となった。(読売新聞02月25日)

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○ニッポン放送を巡るライブドアとフジテレビの争いは、いよいよ法廷闘争に入った。ニッポン放送が、24日に、発行済み株式数の1・4倍に当たる新株予約権をフジテレビに発行することを決めた。これによって、フジテレビがこの権利をすべて行使すれば、ニッポン放送の株の過半数を確保し、子会社化できる一方で、ライブドアの株式比率は一挙に低下し、今回の目的達成が不可能となる。このため、ライブドアが、この新株予約権の発行を差し止める仮処分申請をした。

報道で知る限りでの申し立て根拠は、この発行は「違法」、 「不公正」であり無効というもので、その理由として、@発行価額は、今年1月までの3か月の平均株価を基準にしており、その後の株価高騰を反映していない、Aニッポン放送は新株予約権で資金調達する必要性がない、B新株予約権発行を公表することでニッポン放送の株価下落を意図した、などとのことである。

今後、新株予約権の発行理由に正当性があるかどうかが、主要な争点となろう。この問題を、商法の観点から少し整理してみた。

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○新株予約権とは何か
新株予約権とは,株式会社に対して一定期間内に、あらかじめ定められた価格によって新株の発行または自己株式の交付を受けることのできる権利をいう。株式のコール・オプション(あるものを将来のある時期までに、そのときの市場価格に関係なく、予め決められた特定の価格で買う権利の取引をいう)であって、平成13年の商法改正により、公正な対価と引換えであれば誰に対しても賦与できることとされた(商法280条ノ19@、280の39B)。行使期間内に価額全額の払込みをすることで、払込時に株主となるため、その法的性質は形成権と解されている(商法280の38@)。

新株予約権を発行した会社は、新株予約権を有する者(新株予約権者)が会社に対してこれを行使した場合、会社は新株予約権者に対しあらかじめ定められた価格で新株を発行するか、これに代えて会社の有する自己株式を移転する義務を負うことになる。

この制度は、取締役や従業員に対するインセンティブ報酬たるストック・オプションとして与えられる場合が多い。しかし、その場合に限らず、ベンチャー企業が一定の取引対価として現金に代えて取引先に交付したり、「敵対的買収」に備えて味方の株主に交付したりするなどの利用方法がある。

○発行手続について
新株予約権の発行は、会社の定款において「株主総会での決議事項」とする旨の定めがないときは、取締役会でその発行を決定することができる(商法280の20A)。(委員会等設置会社においては、執行役にこの決定を委任できる(商特21の7B))

発行に際しては、新株予約権の目的となる株式の種類・数、複数に分割して発行するときは発行する新株予約権の総数、発行価額、払込期日、権利行使価額、行使期間、株主以外の者に特に有利な条件をもって発行するときはその旨と受ける者・数・発行条件などを決定しなければならない。

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○有利発行について
株主以外の者に特に新株予約権を有利な条件をもって発行するときは、株主総会の「特別決議」(総株主の議決権の過半数を有する株主が出席してその議決権の3分の2以上に当る多数の議決)を要する(商法280の21)。株主総会では,有利発行を必要とする理由を開示しなければならない。

新株予約権の発行手続は取締役会の決議によるが、第三者に対する新株予約権の発行により、既存の株主の経済的利益を害してはならない。このため、第三者に対して、「特に有利な条件」をもって新株予約権を発行する場合には、さらに、「株主総会の特別決議」が必要として、株主の権利が不当に害されないような手当てがなされている。したがって、3分の1を超える株主が反対すればこの決議は成立しないこととなる。

「特に有利な条件」でもって発行するとは、権利の取得に公正な対価が支払われるか否かという観点から、発行時点における新株予約権の金銭的評価を著しく下回る対価による発行をいう。また、特別決議をなすに際し、取締役は株主以外の者に対し、「有利発行することを必要とする理由」を開示しなければならず、これに該当するか否かは、株主総会が判断することとなる。

ちなみに、定款による株式譲渡制限がなされている閉鎖会社については、株主は新株予約権の引受権を有するから、株主以外の者に対し新株予約権を付与する場合は、特に有利な条件であるか否かにかかわらず、すべて特別決議を必要とする。

最近の宮入バルブ事件、ベルシステム24事件、イチヤ事件などで生じた新株や新株予約権の発行の差止請求仮処分事件でも、この「有利発行」か否かが論点となった。

ここでいう「有利条件」とは、「新株予約権の発行時点」における当該新株予約権の金銭的評価額を「著しく下回る対価」で発行する場合をいう。ここで問題となるのは、単なる「有利な価格」ではなく「特に有利な価格」である。そのため公正な価格より10%から15%程度下げたからといっても、「特に」有利には当たらないとされている。

日本証券業協会の指針では、「発行価額は、当該増資に係る取締役会決議の直前日の価額(直前日における売買がない場合は、当該直前日からさかのぼった直近日)に0.9を乗じた額以上の価額であること。ただし、直近日又は直近日までの価額又は売買高の状況等を勘案し、当該決議の日から発行価額を決定するために適当な期間(最長6ヶ月)をさかのぼった日から当該決議の直前日までの間の平均の価額に0.9を乗じた額以上の価額とすることができる」としている。

しかし、実際に問題となるケースでは、株の買占めなどで市場が大幅に上下している場合が多く、判断に困難なことが多い。特に買い占め等で、株価が異常に高くなっている場合などのように一時的に形成された株価は公正な価格ではないとされている。

この点で常に引用される「秀和対いなげや・忠実屋事件」では、株価の高騰は単なる一時的現象ではないとされ、実際の市場価格を下回る発行価額が特に有利な発行価額であるとされた(後掲 東京地裁平成元年7月25日決定)

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○新株予約権の敵対的買収への対抗策としての使用法
平成13年の商法改正前においては、新株予約権は、取締役・使用人に対して発行するストック・オプションや転換社債の転換権、新株引受権付社債の新株引受権として限定的に認められていた。

改正法は、新株予約権の発行目的を上記の範囲に限定されなくなっただけでなく、対象者の限定もなく、誰にでも付与できることとなった。このため、「敵対的買収」への対策として使用することが可能ともなった。つまり、敵対的買収にさらされた会社は、新株予約権を発行して、敵対的買収が迫った際に権利者にその権利を行使させ、新株を発行しその議決権を敵対的買収に対する対抗手段として用いるというものである。その発行手続も、取締役会の決議でできることから、機動的でもある。今回のニッポン放送は、まさにこの使用方法を選択したことになる。
 
○新株予約権の違法発行がなされる場合の対抗措置について
新株発行の場合と同様に、違法発行への規定が設けられている。すなわち、「法令・定款の違反」、または「著しく不公正な方法による発行」により株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は発行差止請求権を有する(商法280の39C、280の10)。

しかし、これを通常の訴訟手続きで進めていては、結論が出るまでに発行されてしまうため、その実効性を確保するために、差止仮処分という方法を取らなければならない。今回のライブドアの仮処分申し立てはまさにこれに当たる。

また、不公正な発行価額で引き受けた者の民事責任もあり、取締役と通じて著しく不公正なる発行価額をもって株式を引受けたる者は、会社に対して公正なる発行価額との差額に相当する金額賠償義務を負う(商法280の39C、280の11)。

○差し止め対象となるのは、@法令違反、A定款違反、B著しい不公正発行、である。(商法280の10)。
@の法令違反の発行とは、取締役会の決議を欠くなどの手続き違反や、第三者に対する有利発行であるのに株主総会の特別決議を欠いた場合などが該当する。
Aの定款違反の発行とは、定款所定の株主の引受権を無視した発行である。具体的には、発行することを予定していない種類の株式についての新株予約権の発行や、定款で定めた所定の発行株式総数を超えることになる新株予約権の発行などである。
Bの著しい不公正発行とは、例えば会社に支配権争いがある場合において、取締役が議決権の過半数を確保する方法として、自分の味方に立つ第三者に対して発行するような場合である。

○今回のライブドアによる差し止め仮処分で、ニッポン放送による今回の新株予約権発行が、まさに上記の「著しい不公正発行」に当たらないかどうかが最大争点となる。報道されている限りでのライブドアの主張である@発行価額は株価高騰を反映していない、Aニッポン放送は新株予約権で資金調達する必要性がない、B新株予約権発行を公表することでニッポン放送の株価下落を意図した、という各主張は、@は本来株主総会の特別決議を要する有利発行になるのにその手続きを踏んでいないという法令違反を、ABは「発行が不公正」であることを裏付ける理由となる。

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○著しい不公正発行をめぐる解釈
この解釈については、最近は「主流目的論」が支配的である。これは、取締役会が新株の第三者割当決議をした動機のうち、「支配関係上の争いに介入する動機が他の動機に優越し、それが主要なものであるとき、不公正発行になる」とする見解である。さらに、仮に主要な目的が支配権獲得にになくても、「その新株発行によって特定の株主の持株比率が著しく低下することを認識しつつ発行した場合も、そうでない合理的理由の疎明がない限りは不公正発行に当たる」とされている。(いなげや・忠実屋事件、東京地決平元7.25)

分かりやすくいえば、特定の株主の持ち株比率が著しく低下することを認識しながらなされた新株発行の場合は、原則として不正発行にあたるのであり、これを否定する「合理的な理由」の立証責任は、会社側にある。

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○双方の主張についての感想
新株予約権の発行目的は制限がされていないことからして、仮に、ニッポン放送が、平時に安定株主づくりやグループ加入目的で、フジテレビに新株予約権を発行することは、よほどの特殊な事情がない限りは、不公正発行とはいえないと思われる。

ところが、今回のライブドアとフジテレビとの買収合戦の渦中において、突然になされた、一方当事者への新株予約権の発行は、それが、ニッポン放送の取締役による会社支配権維持が主目的であるかどうかが一番の問題となろう。もし、これが主な目的でなされたものであるとなるならば、不公正発行として差止の対象になりうる。

そもそも、ニッポン放送の取締役は、その株主(ライブドアは大口の株主である)から経営を託された者である。したがって、本来ならば、自己の取締役としての立場を利用して、ライブドアとフジテレビという株主間の支配権争いに介入すべきではない。取締役が、自己の支配権を維持する目的で、株買占めへの対抗措置をとることは許されない。この場合の取締役は、会社との関係では特別な利害関係があり、本来は「会社のことを考えて行動し、決して自己の利益のことを優先してはならない」からである。このことを考えずに、自分や自分の味方の側の株主の利益のみを考えて対抗措置を取れば、場合によっては、取締役としての「忠実義務違反」の問題まで生ずる。取締役が、自己の地位を維持保全するために、会社の資金を利用して対抗手段を講じたならば、取締役の重大な義務違反となり忠実義務違反の責任を免れないばかりか、特別背任罪まで問題になる。

この観点から言って、敵対的買収を成功させ、取締役を交代させるかどうかや、友好的買収の側に任せるかどうかは、本来は、株主が判断すべき点である。今回の件で、ニッポン放送の取締役が積極的に片方に肩入れして介入したことについて、株主不在の判断であると非難されたのも一理ある。

この点について、ニッポン放送も、ちゃんと検討をしていたようで、理論構成を済ませている。代表取締役によれば、新株予約権を発行した目的を、「企業価値の維持」と「公共性の確保」の2点と説明した。ニッポン放送がライブドアの子会社となり支配下となった場合には、フジテレビおよびフジサンケイグループ各社が取引を中止する意向の申し入れがあったことを公表し、フジサンケイグループからの離脱を余儀なくされた場合にはニッポン放送の企業価値に甚大な悪影響があると判断したため、としている。

ニッポン放送の取締役において、自己の経営支配権の維持確保目的もあるという点は否定はしがたいであろう。しかし、ニッポン放送の代表者が言う目的が主であって、支配権維持が副次的なものであったならば、、今回の対抗措置に正当性も生じることになるのであろう。いずれが主要目的であるかを明白に区別できない点が、実はこの問題を複雑にしている点ではないか。
 
いずれにしても、ニッポン放送の取締役としては、自己の経営支配権の維持目的で対抗措置をとったのではなく、対抗措置がニッポン放送にとって合理的であることについて、誰もが納得できるだけの客観的資料により証明しなければならないと考えるべきではなかろうか。

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○参考判例について
今回のような「新株予約権に対する発行差し止め仮処分」についての判例は、制度自体が新しいこともあって存在していないが、新株発行禁止仮処分に関して注目される裁判例がいくつかある。

@「秀和」対「忠実屋いなげや」事件(新株発行禁止仮処分申請事件)
平成元年7月25日東京地方裁判所決定(平成元年(ヨ)第2068号)
判例タイムズ704号84頁、判例時報1317号28頁

これは、新株の発行が時価より著しく有利な価額によるものであり、かつ著しく不公正な方法によるものであるとして、その発行が仮に差し止められた事例である。

この事件の発端は、秀和株式会社が、中堅スーパーである株式会社忠実屋と株式会社いなげやの株式を買い集めて筆頭株主となったことから始まった。忠実屋については発行済株式総数の33.34パーセント、いなげやについては21.44パーセントまで買い集めていた。それが判明したときに、忠実屋といなげやが、両社間で業務・資本提携を行うとして、互いに発行済株式総数の19.5パーセントにあたる新株を発行し合う第三者割当増資を行う旨の取締役会決議をした。これに対して、秀和が両社のそれぞれの新株発行の差し止めを求めて仮処分の申請を行ったのがこの事件である。この申請に対して、東京地裁は、秀和の申請を認めて差し止めの仮処分決定をした。

ここで最大の争点となったのは、忠実屋といなげやの第三者への新株発行が、「特ニ有利ナル発行価額」に該当するかどうかという点と、発行目的であった。

秀和の主張は、
@このときのそれぞれの新株発行価額は、忠実屋が直前の市場価格の22パーセント、いなげやが38パーセントという極めて低い価額であったのに対して、これは商法280条の2第2項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するために、それぞれの株主総での特別決議を経ないといけないのに、これを経ていないのは「法令違反」であること、
Aこれら新株発行は、もっぱら秀和の持株比率を低下させ、忠実屋といなげやの現経営陣の支配権を維持する目的でなされた「著しく不公平な方法」によるものであり違法、
というものであった。

@の主張に対しての忠実屋といなげやの反論は、株式の市場価格が秀和の買い占めで異常に高騰していたものであることを述べ、Aについての反論の骨子は本件新株発行は、両社の業務提携における相互の信頼関係確立を目的としたものであることを主張した。

これに対する東京地裁の決定内容は、
@の発行価額の点については、
まず一般論として「新株の公正な発行価額とは、取締役会が新株発行を決議した当時において、発行会社の株式を取得させるにはどれだけの金額を払い込ませることが新旧株主の間において公平であるかという観点から算定されるものである。本件のように、発行会社が上場会社の場合には、会社倒産の内容、収益力および将来の事業の見通し等を考慮した企業の客観的価値が市場価格に反映されてこれが形成されるものであるから、一般投資家が売買をできる株式市場において形成された株価が新株の公正な発行価額を算定するにあたっての基準になるというべきである。そして、株式が株式市場で投機の対象となり、株価が著しく高騰した場合にも、市場価格を基盤とし、それを修正して公正な発行価額を算定しなければならない。なぜなら株式市場での株価の形成には、株式を公開市場における取引の対象としている制度からみて、投機的要素を無視することはできないため、株式が投機の対象とされ、それによって株価が形成され高騰したからといって、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することはできないからである。もつとも。株式が市場においてきわめて異常な程度にまで投機の対象とされ、その市場価格が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、しかも、それが株式市場における一時的現象に止まるような場合に限つては、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することができるというべきである。」とした。

その上で、本件においては、「被申請人(忠実屋といなげや)の東京証券取引市場における株価の推移は・・・・3000円以上の状態が1年5か月間、4000円以上の状態が一年間と相当長期間にわたって続いており、しかもこのような株価の高騰は、申請人(秀和)が被申請人の株式を大量に取得したことにその原因の一があるとともに、被申請人の株式が投機の対象となっていることは否定できないところであると考えられる。しかし、本件においては、被申請人の株価の推移、特に一定額以上の株価が相当長期間にわたって維持されていることに照らすと、その価格を新株発行にあたっての公正な発行価額の算定基礎から排除することは相当ではない。したがって、本件新株発行において市場価格を無視してこれを基準とすることなく算定され決定された1120円という発行価額は、当時の市場価格からはるかに乖離したものであることからみて、商法280条の2第2項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するというべきである。よって、それにもかかわらず同条項所定の株主総会決議を経ていない本件新株発行は、その手続に法令違反があるといわなければならなない。」とした。

Aの発行目的の点については、
最初に一般論として「商法は、株主の新株引受権を排除し、割当自由の原則を認めているから、新株発行の目的に照らし第三者割当を必要とする場合には、授権資本制度のもとで取締役に認められた経営権限の行使として、取締役の判断のもとに第三者割当をすることが許され、その結果、従来の株主の持株比率が低下しても、それをもつてただちに不公正発行ということはできない。しかし、株式会社においてその支配権につき争いがある場合に、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され。それが第三者に割り当てられる場合、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたるというべきであり、また、新株発行の主要な目的が右のところにあるとはいえない場合であっても、その新株発行により特定の株主の持株比率が著しく低下されることを認識しつつ新株発行がされた場合は、その新株発行を正当化させるだけの合理的な理由がない限り、その新株発行もまた不公正発行にあたるというべきである。」と述べた。

その上で本件新株発行については、「前記認定事実によると、被申請人といなげやとの業務提携の機運は従来からまつたくなかつたわけではないものの、右両者間でそれが真剣に話し合われたことはなく、本件業務提携は、被申請人、いなげや、ライフストアの三社合併を申請人から提案されたことにより、被申請人といなげやが、申請人の要求を許否し、対抗するため具体化したものであるところ、本件業務提携にあたり被申請人がいなげやに対し従来の発行済株式総数の一九・五パーセントもの多量の株式を割り当てることが業務提携上必要不可欠であると認めることのできる充分な疎明はなく、しかも、本件新株発行によって調達された資金の大半は、実質的には、いなげやが発行する新株の払込金にあてられるものであつて、差額として被申請人のもとに留保される約50億円についても、特定の業務上の資金としてこれを使用するために本件新株発行がされたわけではないこと、また、申請人が被申請人の経営に参加することが被申請人の業務にただちに重大な不利益をもたらすことの疎明もないことからみると、被申請人がした本件新株発行は、申請人の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的とするものであり、又は少なくともこれにより申請人の持株比率が著しく低下されることを認識しつつされたものであるのに、本件のような多量の新株発行を正当化させるだけの合理的な理由があつたとは認められないから、本件新株発行は著しく不公正な方法による新株発行にあたるというべきである。」とした。

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A平成元年9月5日東京地方裁判所決定
平成元年(ヨ)第2080号 新株発行禁止仮処分申請事件
判例タイムズ711号256頁

この事件は、逆に差し止めを却下した事例である。被申請人は東京証券取引所第二部上場の株式会社であり、申請人は昭和62年ころから被申請人の株式を買い集めたうえで、申請人の経営する会社との業務提携、役員派遣等を要求したのが始まりである。被申請人は、対抗して第三者割当て新株発行を行ったため、申請人は、右新株発行が不公正発行にあたるとして新株発行禁止の仮処分を申請したが、右申請は却下された。その後、申請人は被申請人の株式を買い増しし、その発行済株式総数の約47パーセントの株式を取得した。すると、被申請人が再び第三者割当ての方法で250万株の新株を発行することとしたため、再び申請人がその差止めを求めたが、却下されたのが本件である。

このときの申請人の主張理由は、次の点であった。
@本件新株発行価額は、取締役会において発行を決議した日の直前日の終値に比較して42.5パーセントも低いから、「特に有利な発行価額」に該当するところ、本件新株発行については商法280条の2第2項所定の株主総会の特別決議がないから、新株発行手続が法律に違反している。
A本件新株発行は、何ら資金需要がないのに、申請人の持株割合を低下させることを目的としてされるものであるから、商法280条の10にいう「著しく不公正な方法」による新株発行に該当する。

@の主張に対する裁判所の判断は、
まず一般論として、「新株の更生な発行価額とは、取締役会が新株発行を決議した当時において、発行会社の株式を取得させるにはどれだけの金額を払い込ませるのが新旧両株主の間において公平であるかという観点から算定されるべきものである。そして、本件のように、発行会社が上場会社の場合には、会社資産の内容、収益力及び将来の事業の見通しなどを考慮した企業の客観的価値が市場価格に反映されてこれが形成されるものであるから、一般投資家が売買をできる株式市場において形成された株価すなわち市場価格が新株の更生な発行価額を算定するに当たっての基準となるが、新株発行決議以前に投機等により株価が急騰し、かつ急騰後決議時までに短期間しか経過していないような場合には、右株価は当該株式の客観的価値を反映したものとはいいがたいから、株価急騰前の期間を含む相当期間の平均株価をもつて発行価額とすることも許されるというべきである。」とした。

そして、本件について裁判所は、「被申請人の株価が、・・・のとおり推移しているという事情のもとでは、被申請人が証券業界の自主ルールに従い本件新株発行価額を平成元年2月20日から同年8月18日までの終値平均に0.9を乗じて算出した価格としたことに合理性がないとはいえない。そうすると、本件新株の発行価額は特に有利な価額とはいえず、この点に関する申請人らの主張は理由がない。」とした。

次にAの主張に対する裁判所の判断は、
「新隆の買収、鉄鋼弁生産設備の自動化、コンピユーターシステムの改善に要する費用が合計で約21億と見込まれていることは・・・・に認定のとおりであり、これを覆すに足りるほどの疎明はないから、被申請人には右目的のために資金を調達する必要があるということができる。また、右資金の調達方法についてみても、金利の支払いを必要としない新株発行の方法によることには合理性がある。これらの認定事実等に鑑みると、本件新株発行が、被申請人が昭和63年12月15日、280万株を増資してから8か月余りしか経過していないのに発行されたこと及び被申請人が申請人らから自社の株式を買い占められ平成元年7月14日開催の被申請人の臨時株主総会で被申請人の現代表者らが僅差で切り抜けたこと(これらの事実は一件記録上明らかである。)を考慮しても、本件新株発行の主要な目的が申請人らの持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することにあるとまでは断定できず、むしろ、本件新株発行の主要目的は前記認定のとおり資金調達のためのものといわざるを得ないし、また、第三者割当の方法についてもそれが著しく合理性を欠くとすることはできないというべきである。そうすると、本件新株発行が「著しく不公正な方法」によるものとまでいうことはできないから、この点に関する申請人らの主張も理由がない。」とした。

この決定は、「秀和」対「忠実屋いなげや」事件(以下「秀和事件」という)と同じ東京地裁での2ヶ月違いでの決定であるところ、「著しく不公正な方法」による新株発行について、秀和事件の決定では、「従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され。それが第三者に割り当てられる場合、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたるというべきであり、また、新株発行の主要な目的が右のところにあるとはいえない場合であっても、その新株発行により特定の株主の持株比率が著しく低下されることを認識しつつ新株発行がされた場合は、その新株発行を正当化させるだけの合理的な理由がない限り、その新株発行もまた不公正発行にあたる」としたが、本件決定でも、基本的にはこれとほぼ同じ見解をとっているようである。しかしながら、本件においては、このいずれの場合にもあたらないとして差し止め申請を却下し、結論の部分で別の結果となった。一般論は同じでも、実際のケースによって結論が異なる好事例である。

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B東京地裁平成16年6月1日決定(宮入バルブ新株発行差し止め仮処分事件)
新株の発行価額が「特ニ有利ナル発行価額」に該当し、株主総会の特別決議を経ないで行われた場合、商法280条の2第2項に違反するものとして、新株発行の差止めが認められた事例

この事件で、裁判所は、一般論として
商法280条の2第2項にいう「特ニ有利ナル発行価額」とは、公正な発行価額よりも特に低い価額をいうところ、株式会社が普通株式を発行し、当該株式が証券取引所に上場され証券市場において流通している場合において、新株の公正な発行価額は、旧株主の利益を保護する観点から本来は旧株の時価と等しくなければならないが、新株を消化し資本調達の目的を達成する見地からは、原則として発行価額を時価より多少引き下げる必要もある。そこで、この場合における公正な発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、上記株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行済株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。もっとも、上記の公正な発行価額の趣旨に照らすと、公正な発行価額というには、その価額が、原則として、発行価額決定直前の株価に近接していることが必要であると解すべきである(最高裁判所昭和五〇年四月八日第三小法廷判決・民集二九巻四号三五〇頁参照)。」
とした。そのうえで、
「本件において、公正な発行価額を決定するに当たって、本件新株発行決議の直前日である平成16年5月17日の株価、又は本件新株発行決議以前の相当期間内における株価を排除すべき理由は見出しがたい。」
とし、本件発行価額393円は、発行決議直前日の市場価格の39%、直近6ヶ月の平均終値の約60%であり、これは公正な発行価額より特に低い価額すなわち「特ニ有利ナル発行価額」といわざるを得ないとして、株主総会の特別決議を経ないで行われた本件新株発行は、商法280条の2第2項に違反する、として、差し止めを認めた。 

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○今回のライブドア申請の仮処分も、新株発行と新株予約権発行という違いはあるものの、基本的な考え方は共通するものがあるので、これらは大いに参考となる判例と言える。ポイントとしては、@発行価格が妥当か(特に有利な発行価格となっていないか)、A発行目的が正当か、B特定の株主の持ち株比率が著しく低下することを認識しながらなされた新株発行の場合は、原則として不正発行にあたることとなるも、これを否定する「合理的な理由」の立証責任をニッポン放送ができるかどうか、であろう。

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○商法
第280条の19
新株予約権トハ之ヲ有スル者(以下新株予約権者ト称ス)ガ会社ニ対シ之ヲ行使シタルトキニ会社ガ新株予約権者ニ対シ新株ヲ発行シ又ハ之ニ代ヘテ会社ノ有スル自己ノ株式ヲ移転スル義務ヲ負フモノヲ謂フ

第280条の20
会社ハ新株予約権ヲ発行スルコトヲ得
2 前項ノ場合ニ於テハ左ノ事項ハ取締役会之ヲ決ス 但シ定款ヲ以テ株主総会ガ之ヲ決スル旨ヲ定メタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
一  其ノ決議ニ基キ発行スル新株予約権ノ目的タル株式ノ種類及数
二  (以下略)

第280条の21
株主以外ノ者ニ対シ特ニ有利ナル条件ヲ以テ新株予約権ヲ発行スルニハ款ニ之ニ関スル定アルトキト雖モ其ノ新株予約権ニ付テノ前条第2項第1号、第2号及第4号乃至第8号ニ掲グル事項並ニ各新株予約権ノ最低発行価額(無償ニテ発行スル場合ニハ其ノ旨)ニ付第343条ニ定ムル決議アルコトヲ要ス 
此ノ場合ニ於テハ取締役ハ株主総会ニ於テ株主以外ノ者ニ対シ特ニ有利ナル条件ヲ以テ新株予約権ヲ発行スルコトヲ必要トスル理由ヲ開示スルコトヲ要ス
2 前項ノ決議ハ新株予約権ニシテ決議ノ日ヨリ1年内ニ発行価額ノ払込(無償ニテ新株予約権ヲ発行スル場合ニハ発行)ヲ為スベキモノニ付テノミ其ノ効力ヲ有ス
3 第280条の2第3項ノ規定ハ第1項ノ決議ニ之ヲ準用ス

第289条の39
4 第222条の2第3項、第280条の10及第280条の11ノ規定ハ新株予約権ヲ発行スル場合ニ之ヲ準用ス

第280条の10
会社ガ法令若ハ定款ニ違反シ又ハ著シク不公正ナル方法ニ依リテ株式ヲ発行シ之ニ因リ株主ガ不利益ヲ受クル虞アル場合ニ於テハ其ノ株主ハ会社ニ対シ其ノ発行ヲ止ムベキコトヲ請求スルコトヲ得

第280条の11
取締役ト通ジテ著シク不公正ナル発行価額ヲ以テ株式ヲ引受ケタル者ハ会社ニ対シ公正ナル発行価額トノ差額ニ相当スル金額ノ支払ヲ為ス義務ヲ負
                                            弁護士 三木秀夫

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