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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
「韋駄天」事件での拉致3人を無事保護(2005年03月21日)海賊行為と国際 
○在クアラルンプール日本大使館などによると、マレーシアとインドネシアを隔てるマラッカ海峡で14日夜、日本籍のタグボートが海賊に襲われ、日本人の井上信男船長と黒田俊司機関長、フィリピン人乗組員の3人が拉致された。ボートは北九州市の近藤海事に所属する「韋駄天(いだてん)」。 国際海事局(IMB)によると、海賊船は3隻で、銃で武装していた。3人を拉致するとインドネシア海域方向に逃走した。 (2005.3.15読売新聞)

○社長が3人と再会、無事確認
マレーシア・ペナン島沖のマラッカ海峡で海賊に襲撃され、拉致された日本船籍のタグボート「韋駄天」(498トン)の井上信男船長(56)と黒田俊司機関長(50)、フィリピン人機関士の3人は21日午前9時(日本時間同11時)前、タイ南部サトゥン県サトゥン市内で、船主の「近藤海事」の近藤観司社長と再会、最終的に無事が確認された。(2005.03.21毎日新聞)

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○東南アジアのマラッカ海峡で、日本のタグボートが海賊に襲われ、三人が拉致された事件は、無事3人の保護がなされてほっとした。マラッカ海峡は、中東と東アジアを結ぶ海の大動脈で、大型タンカーや貨物船などがひしめき合うようにして通航している。国際海事局(IMB)の発表によれば、2004年の世界での海賊発生事件は325件で、マラッカ海峡では37件とのこと。最近は身代金要求型の人質事件が多発していて、国際的犯罪組織の影もちらついているようである。マラッカ海峡で日本人が被害にあったのは、最近では1999年にに積み荷ごと行方不明になった貨物船「アロンドラ・レインボー号」事件以来ではないか。このときは、日本人船員らが襲われたあと救命ボートに乗せられて海上で放置され、10日間も漂流して救出され命を取りとめた。

海賊は有史以前から存在する古典的な犯罪である。しかし、船舶による自衛策にも限界がある。本来ならば、海賊の本拠地を探し出して、攻撃用ヘリなどで壊滅させるのがいいのであろうが、マラッカ海峡は、マレーシア、インドネシア、シンガポールの3国の領海が入り組んでおり、沿岸国の主権が複雑に絡むため、海賊の取り締まりが難しいと言われている。2004年11月には、マレーシア、インドネシア、シンガポールを含む東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国と、日本、中国、韓国などが「アジア海賊対策地域協力協定」を採択して、この問題への協力体制を整えつつあるが、課題は多いようである。 
  
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○海賊問題に対する外務省の対応
「海賊問題の現状と我が国の取り組み」(外務省ホームページ)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/pirate/index.html

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○海賊行為と国際法
「海賊行為」については、国際法の分野で昔から定義がなされている。国連海洋法条約101条においては次のように明記されている。公海条約でも定義がされている。

海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)
第101条 海賊行為の定義
海賊行為とは、次の行為をいう。
(a)私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為であって次のものに対して行われるもの
  (i)公海における他の船舶若しくは航空機又はこれらの内にある人若しくは財産 
  (ii)いずれの国の管轄権にも服さない場所にある船舶、航空機、人又は財産
(b)いずれかの船舶又は航空機を海賊船舶又は海賊航空機とする事実を知って当該船舶又は航空機の運航に自発的に参加するすべての行為
(c)(a)又は(b)に規定する行為を扇動し又は故意に助長するすべての行

○分かりやすく言えば、「私有の船舶又は航空機の乗組員又は乗客が私的目的のために行う不法な略奪行為」であり、公海上又はいずれの国の管轄権にも服さない場所にある他の船舶・航空機,その中の人・財産に対して行われるものである。

○海賊は、古くから「人類共通の敵」とされ、「国際犯罪」とみなされてきた。このため、公海においては原則として船舶の旗国が管轄権を行使することで秩序が維持される。また、国際慣習法上においては、海賊に対しては、すべての国の立法・執行.裁判の管轄権の行使が認められている。
 
○「国際犯罪」とは、個人の国際犯罪と国家の国際犯罪とに分かれる。個人の国際犯罪とは、各国国内法共通の犯罪であって渉外的要素を有するものと、国際社会の一般法益を害する国際法違反の犯罪とに分かれる。前者の典型例としては殺人犯が国外に逃亡した場合などが当たるが、このような場合は犯罪人引渡しや司法共助の形で国際協力が図られる。後者の犯罪の典型例として挙げられるのが、古くから人類共通の敵とされている「海賊行為」である。これは国際犯罪とみなされる。国際犯罪としては、最近は、ハイジャック、航空機爆破、ジェノサイド、アパルトヘイト、戦争犯罪なども含まれるようになった。

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○海賊船の臨検・拿捕・処罰について
海賊行為の嫌疑のある船舶は、どの国の軍艦でも臨検することができ、嫌疑に根拠のあることが証明されたときは、傘捕し、処罰することができるとされている。このようなことが出来るのは、警察権を持つ軍艦や、それに準ずる国家主権を持った船舶、日本で言えば海上保安庁の巡視船や、米国なら沿岸警備隊などがこれにあたる。

@臨検について
どの国の軍艦でも、公海で外国商船に遭遇した場合に、その船舶が海賊行為を行なっていることを疑うにたりる十分な根拠があるときは、臨検することができる(公海条約22条1項)。

A拿捕について
海賊船舶、海賊航空機、海賊行為によって奪取され、海賊の支配下にある船舶は、どの国も、公海その他どの国の管轄権にも服さない場所で、拿捕することができる。また、その船舶または航空機内の人を逮捕し、財産を押収することができる(公海条約19条)。
海賊行為を理由とする拿捕は、軍艦、軍用航空機、この拿捕のための権限を与えられた政府の公務に使用されている船舶または航空機によってのみ行なうことができる(公海条約21条)。なお、海賊船舶にまって攻撃された船舶は、これに抵抗し、反撃を加え、海賊船舶を捕えることができる。このことは、国際慣習法上で、一般に認められたことである。公海条約は、このことを明示的に規定していないが、否定はしていない。                                                              
B処罰について
すべての国は、可能な最大限度まで、海賊行為の抑止に協力する義務を持つ(20条)。傘捕を行なった国の裁判所は、課すべき刑罰を決定することができる。また、傘捕した船舶、航空機、財産について執るべき措置を決定することができる。例えば、海賊船を没収し、その中にあった財産のうちで、善意の第三者のものは返還し、海賊行為を行なった人のものは没収するなどである。この処罰と措置は、海賊行為を行なった人や海賊船舶がどの国のものであっても、拿捕した国の裁判所が行なうことができる。海賊行為が国際的犯罪であることからくるものである。

○海賊と似て非なるものに、領海内で商船を襲撃する武装強盗がある。これらの者は、その領海国が国内犯罪として取り締まり処罰する。

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○上記のように、公海上ならば、何処の国の船舶であってもこれを取り締まってもよい。しかし、上述のとおり、国連海洋法条約では、海賊行為と言えるためには、それが「いずれの国の管轄権にも属さない公海」で行われる不法な暴力行為とされているため、マラッカ海峡のようにインドネシアやマレーシアそれにシンガポールの領海が入り組んでいるよう場所では「公海」と呼べる部分がほとんどない。このために、マラッカ海峡では、海賊行為に対しては、これら領海国以外の国は取り締まりができないのが現状である。

また、「海賊に対する罪」も日本も含めてほとんどの国で国内法が制定されていない。このため、対応する機関が海軍なのか、海上保安庁なのか、水上警察なのか、税関なのか、漁業取締船なのかも明確ではない国が大半である。ましてや、日本の場合は、海上自衛隊の護衛艦は「軍艦」として海賊行為に対する臨検・拿捕の権利を行使する国内法上の権限が明記されていない。このために、海上警備行動命令でも出ない限り、これを行うことは困難である。自衛隊の国際活動を積極的に位置付ける法案が今国会に提出される予定ではあるが、こういった海賊行為についても、きちんとした国内法整備とともに、関係各国とも連携した「海賊行為防止協力法」のようなものを制定しなければならないであろう。

このような状況下ではあるが、マラッカ海峡の海賊取締は、日本においても何十年も前から議論されてきた。中東から日本に伸びる石油のシーレーンは、まさに日本経済の生命線であるためである。2000年には、アジア地域の15の国と地域から、26の海上警備機関が参加して、「海賊対策国際会議」が東京で開催された。そこで採択された「アジア海賊対策チャレンジ2000 」は、海賊事件に対する今後の取り組みについての指針となっている。このもとで、海上保安庁は、東アジア各国との相互協力及び連携の推進・強化等を進めている。つまり、アジアの地域に巡視船・航空機を派遣し、寄港国の海上警備機関との連携訓練や職員相互の意見交換を行っている。また、沿岸国の取り締まり能力を高めるために、海上保安大学校等への留学生の受入れや海上犯罪取締り研修の開催なども積極的にしているようである。さらには、巡視船・航空機により公海上のしょう戒活動を行うとともに日本関係船舶との官民連携訓練も行っている。

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海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)
【法令番号 】平成八年七月十二日条約第六号
【施行年月日】平成八年七月二十日外務省告示第三百九号
 
第101条 海賊行為の定義 
海賊行為とは、次の行為をいう。
(a)私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為であって次のものに対して行われるもの
 (i)公海における他の船舶若しくは航空機又はこれらの内にある人若しくは財産
 (ii)いずれの国の管轄権にも服さない場所にある船舶、航空機、人又は財
(b)いずれかの船舶又は航空機を海賊船舶又は海賊航空機とする事実を知って当該船舶又は航空機の運航に自発的に参加するすべての行為
(c)(a)又は(b)に規定する行為を扇動し又は故意に助長するすべての行


第105条 海賊船舶又は海賊航空機の拿捕 
いずれの国も、公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所において、海賊船舶、海賊航空機又は海賊行為によって奪取され、かつ、海賊の支配下にある船舶又は航空機を拿捕し及び当該船舶又は航空機内の人を逮捕し又は財産を押収することができる、拿捕を行った国の裁判所は、科すべき刑罰を決定することができるものとし、また、善意の第三者の権利を尊重することを条件として、当該船舶、航空機又は財産についてとるべき措置を決定することができる。

第107条 海賊行為を理由とする拿捕を行うことが認められる船舶及び航空機
海賊行為を理由とする拿捕は、軍艦、軍用航空機その他政府の公務に使用されていることが明らかに表示されておりかつ識別されることのできる船舶又は航空機でそのための権限を与えられているものによってのみ行うことができる。

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○公海条約
東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室
[文書名] 公海に関する条約(公海条約)
[年月日] 1958年4月29日作成,1962年9月30日効力発生,1968年4月26日国会承認
[出典] 外務省条約局,主要条約集(昭和52年版),1019−1040頁.


第十五条
海賊行為とは、次の行為をいう。
(1) 私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行なうすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為であつて次のものに対して行なわれるもの
(a) 公海における他の船舶若しくは航空機又はこれらの内にある人若しくは財産
(b) いずれの国の管轄権にも服さない場所にある船舶、航空機、人又は財
(2) 当該船舶又は航空機を海賊船舶又は海賊航空機とするような事実を知つてその船舶又は航空機の運航に自発的に参加するすべての行為
(3) (1)又は(2)に規定する行為を扇動し又は故意に助長するすべての行

第十九条
いずれの国も、公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所において、海賊船舶、海賊航空機又は海賊行為によつて奪取され、かつ、海賊の支配下にある船舶を拿捕し、及び当該船舶又は航空機内の人又は財産を逮捕し又は押収することができる。拿捕を行なつた国の裁判所は、課すべき刑罰を決定することができ、また、善意の第三者の権利を尊重することを条件として、当該船舶、航空機又は財産について執るべき措置を決定することができる。

第二十条
海賊行為の嫌疑に基づく船舶又は航空機の拿捕が十分な根拠なしに行なわれた場合には、拿捕を行なつた国は、その船舶又は航空機がその国籍を有する国に対し、その拿捕によつて生じたいかなる損失又は損害についても責任を負う。

第二十一条
海賊行為を理由とする拿捕は、軍艦若しくは軍用航空機により、又は政府の公務に使用されているその他の船舶若しくは航空機でこのための権限を与えられたものによつてのみ行なうことができる。

第二十二条
1 条約上の権限に基づく干渉行為の場合を除き、公海において外国商船に遭遇した軍艦がその商船を臨検することは、次のいずれかのことを疑うに足りる十分な根拠がない限り、正当と認められない。
(a) その船舶が海賊行為を行なつていること。
(b) その船舶が奴隷取引に従事していること。
(c) その船舶が外国の旗を掲げているか又はその船舶の旗を示すことを拒否したが、実際にはその軍艦と同一の国籍を有すること。
2 軍艦は、1(a)、(b)又は(c)に定める場合において、当該船舶がその旗を掲げる権利を確認することができる。このため、軍艦は、嫌疑がある船舶に対し士官の指揮の下にボートを派遣することができる。書類を検閲した後もなお嫌疑があるときは、軍艦は、その船舶内においてさらに検査を行なうことができるが、その検査は、できる限り慎重に行なわなければならない。
3 嫌疑に根拠がないことが証明され、かつ、臨検を受けた船舶が嫌疑を正当とするいかなる行為をも行なつていなかつた場合には、その船舶は、被つた損失又は損害に対する補償を受けるものとする。

第二十三条
1 沿岸国の権限のある当局は、外国船舶が自国の法令に違反したと信ずるに足りる十分な理由があるときは、その外国船舶の追跡を行なうことができる。この追跡は、外国船舶又はそのボートが追跡国の内水、領海又は接続水域にある時に開始しなければならず、また、中断されない限り、領海又は接続水域の外において引き続き行なうことができる。領海又は接続水域にある外国船舶が停船命令を受ける時に、その命令を発する船舶も同様に領海又は接続水域にあることは、必要でない。外国船舶が領海及び接続水域に関する条約第二十四条に定める接続水域にあるときは、追跡は、当該接続水域の設定によつて保護しようとする権利の侵害があつた場合に限り、行なうことができる。
2 追跡権は、被追跡船舶がその旗国又は第三国の領海に入ると同時に消滅する。
3 追跡は、被追跡船舶又はそのボート若しくは被追跡船舶を母船としてこれと一団となつて作業する舟艇が領海又は場合により接続水域にあることを追跡船舶がその場における実行可能な手段により確認しない限り、開始されたものとみなされない。追跡は、視覚的又は聴覚的停止信号を当該外国船舶が視認し又は聞くことができる距離から発した後にのみ、開始することができる。
4 追跡権は、軍艦若しくは軍用航空機又は政府の公務に使用されているその他の船舶若しくは航空機で特にこのための権限を与えられたもののみが行使することができる。
5 追跡が航空機によつて行なわれる場合には、
(a) 1から3までの規定を準用する。
(b) 停船命令を発した航空機は、船舶を自ら拿捕することができる場合を除き、自己が呼び寄せた沿岸国の船舶又は航空機が到着して追跡を引き継ぐまで、その船舶を自ら積極的に迫跡しなければならない。当該船舶が停船命令を受け、かつ、当該航空機又は追跡を中断することなく引き続き行なう他の航空機若しくは船舶によつて追跡されたのでない限り、当該航空機がその船舶を違反を犯したもの又は違反の疑いがあるものとして発見しただけでは、公海における拿捕を正当とするために十分ではない。
6 いずれかの国の管轄区域内で拿捕され、かつ、権限のある当局の審理を受けるためその国の港に護送される船舶は、事情により護送の途中において公海の一部を航行することが必要である場合に、そのような公海の航行のみを理由として釈放を要求することができない。
7 追跡権の行使が正当とされない状況の下に公海において船舶が停止され、又は拿捕されたときは、その船舶は、これにより被つた損失又は損害に対する補償を受けるものとする。
                                            弁護士 三木秀夫

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