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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
中国の反日デモが日本総領事館に投石(2005年04月16日)外国公館の保
○上海で反日デモ、2万人が参加・一部が暴徒化
中国の上海市と天津市、浙江省杭州市で16日、大規模な反日デモが実施された。上海では公安当局が破壊活動に厳正対処する方針を示していたが、デモ隊は2万人規模となり一部が暴徒化。日本総領事館に投石し窓ガラス十数枚を割ったほか、日本料理店や小売店など10軒以上の看板や店舗を破壊した。デモは今月2日から各地で始まったが、在留邦人が最も多い上海では初めて。(2005.04.16 NIKKEI NET)

○政府、中国政府に抗議、外相会談で謝罪と賠償を要求へ
政府は16日、中国の上海市で発生した反日デモで日本総領事館などに被害が出たことを受け、外交ルートを通じて中国政府に強く抗議した。町村信孝外相は同日、外務省内で記者団に「はなはだ遺憾な状態だ。十分な警備が行われなかったと判断せざるをえない」と中国政府の対応を厳しく批判。17日に北京で開く日中外相会談で、謝罪と被害の賠償を改めて要求する考えを強調した。外務省の高島肇久外務報道官は「破壊行為や暴力的な行為はいかなる理由があろうとも全く許容されるものではなく、これらの行為を厳しく非難する」との談話を発表。同時に、佐々江賢一郎アジア大洋州局長が電話で程永華駐日公使に(1)事態の沈静化と収拾(2)再発防止(3)被害の原状復帰(4)責任者の処分――などを申し入れた。(2005.04.16 NIKKEI NET)

○中国、破壊行為を謝罪せず・日中外相会談
町村信孝外相は17日夕、李肇星外相と約2時間会談し、反日デモによる破壊行為について「大変遺憾で、深く憂慮すべき状態だと受け止めている。中国政府は国際ルールにのっとって、誠実かつ迅速に対応してほしい」と謝罪と賠償を求めた。李外相は「中国政府はこれまで一度も日本国民に申し訳ないことをしたことはない。今重要な問題は日本政府が台湾、人権、歴史問題などで中国人民の感情を傷つけていることだ」として、謝罪には応じなかった。李外相は会談で「中国政府はいかなることを処理する際も法律に基づいて行う」との立場を表明。同時に「事実に基づいて根本的な原因をはっきり認識していきたい」と述べ、反日デモの原因は歴史問題などを巡る日本側の対応にあるとの認識を強調した。小泉純一郎首相の靖国神社参拝についても「中国、アジアの人民の感情を傷つけた」とあらためて批判した。 (2005.04.17 NIKKEI NET)

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○信じがたいことが中国で起こっている。理由の是非を問わず、不満のはけ口を暴力に求める行為は、断じて容認できない。謝罪と反省を求めたい。中国政府は、日本国の公館はもちろんのこと、日本人などの安全確保に向け、直ちに適切な措置を取るべきである。

○今回の騒動は、日本の国連安全保障理事会での常任理事国入りに反対する活動が発端となった感がある。さらに尖閣諸島の領有権問題、東シナ海の天然ガス田開発をめぐる日中の対立問題があり、中国にとって今年は「抗日戦争勝利六十周年」でもある。その上に、中学教科書の採択問題も導火線となったのであろう。こうした背景事情は、百歩譲って何とか理解しようと努めたとしても、その問題と乱暴な行動は全く別の話である。主張は、あくまで理性的に訴えるべきだ。中国が好きという日本人は多い。私もその一人である。しかし、今回の騒動を見た日本人の大半は、このような中国びいきを一挙に萎ませてしまうくらいの衝撃を与えている。暴徒は何を考えてやっているのか。これでは、中国人民の気持ちを考えていこうという理性的な日本人までもを敵に回しかねないことを、彼らは分かっているのであろうか。怒りよりも、悲しい気持ちが先にたつ。

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○もう少し、冷静にこの問題を考えてみたい。今回の問題を考えるに当たってまず抑えておくべきは、どの国でもデモを行う自由は認められるべきである、という点である。今回の各種意見の中で気になった点の一つに、「デモ活動自体を抑えるべきであった」という意見があるが、それは問題であろう。ただ、人権弾圧で、政府への批判が自由に言えない中国で、政府批判のデモ行進は許可されず抑圧されるのに、今回のようなデモが黙認されたこと自体が、中国政府の暗黙の支援があったと考えたくなる。

○その前提で、中国政府に大きな過ちがあるといえる点は、次の四点である。
一つは、日本の大使館あるいは大使公邸に対して破壊活動が行われた点。
二つ目は、日系の一般の企業であるとかあるいは日本食レストランなどへの破壊活動が行われた点。
三つ目は、相当数の武装警察あるいは公安関係者が列をつくっていたにも関わらず、テレビで見る限りはデモ隊からの投石などを全く阻止する動きが見られなかった点。
四つ目は、中国外交部の報道官が、日本の歴史認識への対応が悪いからと述べて、こうした破壊活動を含む行為を正当化するような発言をした点。

反日暴動の参加者らは、「愛国無罪」と叫んでいた。北京でも上海でも大使館や総領事館は大きな損害を受けたが、警察官は制止せず、投石は愛国行動だから罪にならないという姿勢が見られた。しかし、こういった姿勢は明らかに国際法違反である。公館や在留邦人などの安全を確保するのは中国政府の国際法上の義務だからである。その意味で、町村外務大臣が、日本公館などに対する一連の破壊行為に抗議し、正式な謝罪と賠償、再発防止を強く求めたのは当然である。米国務省のバウチャー報道官も、「中国には在外公館に対する暴力を防ぐ責任がある」と述べたのも、こういう理由からである。中国が、国際法を順守するならば、日本側が要求している謝罪や賠償などに応じるべきである。

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○外交関係に関するウィーン条約22条では、「侵入」や「損壊」からの大使館の保護、大使館の「安寧の妨害」や「威厳の侵害」の防止に、接受国は「適切なすべての措置を執る特別の責務」を負うと定めている。
(ウィーン外交関係条約とは、外交関係についての慣習国際法を、成文化したもので、1964年に発効(日本の批准は1964年)。外交関係の開設や、外交官の地位、外交特権について扱っている。)

○領事関係に関するウィーン条約第31条では、領事機関の公館の不可侵が定められ、接受国は、領事機関の公館を侵入又は損壊から保護するため及び領事機関の安寧の妨害又は領事機関の威厳の侵害を防止するためすべての適当な措置をとる特別の責務を有する、とされている。

○これら条約でいう「特別な責務」というのは、秩序を維持する一般的の義務をはたすためのもの以上に特別な措置をとる義務である。

○もともと、接受国は、その領土で一般に秩序を維持し、国民や外国人に危害が加えられるのを防止する。しかし公館の保護のためには、このような一般的な秩序の維持に必要な措置だけでは十分でなく、それ以上の特別な措置をとらなければならないとされているのである。もし、公館などに危険が加えられるおそれのあるときは、特別に厳重な警戒を行ない、もし危害が加えられたならば、特別に厳重な処罰をしなければならない。実際の慣行としても、派遣国への謝罪、補償、将来に対する保障の行なわれた例は多く見られるところである。

○今回のように、暴徒が大使館に押し寄せて来ていることは中国当局は十分に知っていたのであり、むしろ意図的にこれを黙認していた様子があることから、およそこの責務を全うしたとは明らかに言いがたい。少なくとも損害に対する賠償義務は果たすべきである。

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○外交関係に関するウィーン条約
昭和三十九年六月二十六日条約第十四号
施行 昭和三十九年七月八日外務省告示第九十一号
第22条
1 使節団の公館は、不可侵とする。接受国の官吏は、使節団の長が同意した場合を除くほか、公館に立ち入ることができない。
2 接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する。


○領事関係に関するウィーン条約(1963年採択 67年発効)
第31条(領事機関の公館の不可侵)
1 領事機関の公館は、この条に定める限度において不可侵とする。
2 接受国の当局は、領事機関の長若しくはその指名した者又は派遣国の外交使節団の長の同意がある場合を除くほか、領事機関の公館で専ら領事機関の活動のために使用される部分に立ち入つてはならない。ただし、火災その他迅速な保護措置を必要とする災害の場合には、領事機関の長の同意があつたものとみなす。
3 接受国は、2の規定に従うことを条件として、領事機関の公館を侵入又は損壊から保護するため及び領事機関の安寧の妨害又は領事機関の威厳の侵害を防止するためすべての適当な措置をとる特別の責務を有する。
4 領事機関の公館及びその用具類並びに領事機関の財産及び輸送手段は、国防又は公益事業の目的のためのいかなる形式の徴発からも免除される。この目的のために収用を必要とする場合には、領事任務の遂行の妨げとならないようあらゆる可能な措置がとられるものとし、また、派遣国に対し、迅速、十分かつ有効な補償が行われる。

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○外交特権の性質について
ちなみに、ウィーン外交関係条約で定められている外交特権の性質に関しては、学説上で、派遣国の権利か、外交官の権利かということが争われていた。20世紀のはじめころまでは、派遣国の権利であるとされ、外交官は、派遣国の権利の反映として、事実上で特権の利益を受けるにすぎないとされた。最近では、特権そのものは外交官の権利であり、派遣国はそれを自国の外交官に与えることを接受国に要求する権利をもっとする学説が有力である。外交特権を外交官に認める理由の第一は、「威厳の維持」のためである。使節団の長は、その国家を代表するもので、国家の威厳を代表することになるから、これを維持するために特権を認めることが必要になる。第二は「任務の遂行」のためである。元首が外交の表舞台に立つことの多かった時代には、第一の理由が主要な地位を占めていたが、現在のように外交官などの実務者が活発に外交交渉を行う現代では、第二の理由が重要な地位を占めるようになっている。

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○領事館について
今回は領事館も被害にあっている。「大使」については「外交関係に関するウィーン条約」で規定されているが、「領事」については1963年採択(67年発効)の「領事関係に関するウィーン条約」で同様な保護がなされている。

○この領事官の特権は、最近までは比較的に制限されたものであったが、領事関係条約で、領事官の特権がいちじるしく拡張され、外交官とほとんど同じにされた。領事官にも特権が認められた理由は、その任務の執行のためである。外交官の場合には、威厳の維持も大きな根拠であるが、領事官の場合には、たんに任務の執行のためという点に重点が置かれている。

また、外交官の特権の多くが国際慣習法で定められていたのに対して、領事官の特権は、通商航海条約など、主として条約で個別に定められてきた。1963年になって、領事関係条約が結ばれ、詳しい規定が設けられたものである。
                                            弁護士 三木秀夫

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