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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
花田勝氏が相続放棄したと発表(2005年07月04日)  相続放棄の申述手続
○兄弟確執騒動の渦中にある元横綱3代目若乃花の花田勝氏(34=タレント)の代理人弁護士が4日、花田氏が東京家庭裁判所で父の故二子山親方(元大関貴ノ花、享年55)の財産について相続放棄の手続きをしたと発表した。生前に親方と花田氏が話し合って決めていたが、同弁護士は花田氏からの要請を受け、3日の三十五日法要を終えるまで公表を控えていたという。騒動の大きな要因の1つだった遺産問題に突然の終止符。弟の貴乃花親方(32=元横綱)は「あまりにも唐突」と戸惑いをみせた。(2005年7月5日ニッカンスポーツ)

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○花田家騒動が、予想外の展開である。兄の花田勝氏が、亡き父の財産の一切を放棄したとのことである。報道によれば、東京家裁に代理人弁護士が放棄申述書を提出したのは6月29日。これにより弟の貴乃花親方が唯一の法定相続人として、故二子山親方の全財産を相続する。
  
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○相続放棄とは
相続放棄とは、相続が開始(被相続人の死亡や失踪宣告)した後に相続人が相続の効果を拒否する意思表示をいう(民法938条から940条)。もう少し分かりやすく言えば、被相続人の全ての相続財産を受け継がないという手続きのこという。相続放棄手続きをすると、その者は、最初から相続人でなかったものとみなされる。その結果、本来は受け継ぐはずであった相続財産は、他の相続人が受け継ぐことになる。

本来、この制度は、相続財産が債務超過であるなどで、相続人が意に反して債務を負わされることの無いように、そういったことが回避できるようにした制度である。しかし、実態としては、これ以外に、共同相続人が「家業」を承継する者を除いて相続を放棄し、相続財産を一人に集中させ、農業やのれん等の家産の分割散逸を防止するために用いられてきた傾向がある。

ちなみに、被相続人の生前に相続放棄をすることはできない。

○相続放棄をした場合の法的効果
相続放棄をした者は、相続開始の初めから相続人とならなかったものとみなされる(民法939条)。このため、共同相続の場合は、他の相続人の相続分が増加する。相続放棄をした者は、代襲相続は認められない(民法887条)。

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○花田家の場合
花田家の場合、故二子山親方(父)の法定相続人は、花田勝(長男)と貴乃花親方(次男)の二人である。本来は、財産はこの二人の法定相続人に承継されるが、その場合の相続割合は各二分の一である。今回の長男花田勝氏の相続放棄で、次男の貴乃花親方が唯一の相続人となる。

離婚した元夫人には当然に相続権はない。また、故人を最後まで看病したと言う女性も、内縁としても籍が入っていない以上は相続権は一切無い。

今回の花田勝氏が、故二子山親方(父)の遺産の相続を放棄する場合は、父の死亡および自分が相続人であることを知ったとき(今回の事例では死亡した当日)から3ヶ月以内に、相続放棄の申述書を東京家庭裁判所に出すことになる(民法915条1項)。この3ヶ月という期間を熟慮期間という。今回は、父親の35日法要が近づいた時点で放棄したことになる。

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【相続放棄の基礎知識】

○相続のときの選択
相続が開始した場合、相続人は次のいずれかを選択できる。
@単純承認 相続人が被相続人の財産(プラスの財産もマイナスの財産も)の全部を受け継ぐ。
A相続放棄 相続人が被相続人の財産(プラスの財産もマイナスの財産も)の全部を受け継がない。
B限定承認 被相続人の債務がどの程度あるかが不明なために、清算後に財産が残る可能性もある場合などに、相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐ。

○家庭裁判所での手続き
上記のA相続放棄またはB限定承認をする際は、家庭裁判所にその旨の「申述」をしなければならない。@の単純承認は、特段の手続きをする必要はない。

○相続放棄は誰が手続きをするか
・ 相続人が行う。
・ 相続人が未成年者または成年被後見人である場合には,その法定代理人(親権者、成年後見人など)が代理して申述する。
・ 未成年者と法定代理人(親権者など)が共同相続人であって未成年者のみが申述するとき(法定代理人が先に申述している場合を例外)や、複数の未成年者の法定代理人(親権者など)が一部の未成年者を代理して申述するときは、当該未成年者本人の利益を守るために裁判所による特別代理人の選任が必要となる。

○相続放棄の期間(熟慮期間)
相続放棄の申述手続きは、「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内」にしなければならない(民法938条、915条1項)。

○裁判所
相続放棄の申述手続きは、「被相続人の最後の住所地」の家庭裁判所に行う。
例えば、被相続人が最後に住んでいたのが大阪市内であった場合は、放棄をしようとする人が東京に住んでいたとしても、大阪家庭裁判所に対して行輪なければならない。

○相続放棄の際に提出する書類
@相続放棄の申述書(1通)
A申述人の戸籍謄本(1通)
C被相続人の除籍(戸籍)謄本(1通)
D被相続人の住民票の除票(1通)
Eその他(事案によってこれ以外の資料提出が求められる場合がある)

○相続放棄申述受理・受理証明書
相続放棄の申述書を出したあと、家庭裁判所はその申述が本人の意思でなされたかどうかなどを慎重に判断した後、正式に受理をして、受理証明書が交付される。

○相続放棄に必要な費用
相続放棄の申述手続きは、申述人1人につき、家庭裁判所に収入印紙800円と、裁判所からの連絡用の郵便切手を納付しなければならない。郵便切手については家庭裁判所によって違いがある。弁護士に代理手続きを依頼することはできるが、その場合は別途に手数料が必要となる。

○相続放棄期間の延長
相続人が自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内には、相続財産の状況を調査しても、相続の承認または相続放棄のいずれを取るかの判断資料が得られないような場合には、家庭裁判所への申立てによって、家庭裁判所はその期間を伸ばすことができる。

○撤回・取消
相続放棄を撤回することは許されない。ただし、一定期間内ならば、制限能力や詐欺・強迫などを理由として「取消」をすることはでき、その場合は、家庭裁判所に申述しなければならない(民法919条)。

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○民法
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第915条
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2  相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

第916条
相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第一項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。

第917条
相続人が未成年者又は成年被後見人であるときは、第915条第1項の期間は、その法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する。

(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
第919条
相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない。
2  前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3  前項の取消権は、追認をすることができる時から6箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときも、同様とする。
4  第2項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

(相続の放棄の方式)
第938条
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

(相続の放棄の効力)
第939条
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。 

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【相続放棄のさらなる知識〜応用編】

1 相続放棄をした後に借金などの請求がきた場合の対応策
例えば父が借金を抱えて死亡したため、相続放棄をしたが、その後に債権者から請求がくることもある。相続放棄の手続きをとり、相続放棄が家庭裁判所で受理されれば、相続人でないとして借金などの請求に対しても対抗できる。

相続放棄をしたことを証明するためには、「相続放棄申述受理証明書」が家庭裁判所から送達されるので、これで証明可能。

2 3ヶ月を経過した後に、債権者から請求があった場合はどうか。
相続放棄をすることなく3ヶ月を経過すると、原則として相続放棄ができない。しかし、負債も無いと思い込んでいた場合まで、この規定を厳格に解釈すると過酷な結果となる。

このような場合、これを緩やかに解釈して、3ヶ月という熟慮期間は、相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、「相続財産が全く存在しないと信じたため」であり、かつ、「このように信ずるについて相当な理由がある場合」には、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当とした下記の最高裁判所判例があり、実務ではよく利用される。

この最高裁判決は、熟慮期間の起算日は、原則として「相続開始の事実」と「自己が相続人となった事実」を知れば足り、遺産の存在の認識までは必要がないが、例外的に「債務が全くないと誤信していたため」に相続放棄の手続をとる必要がないと考えて熟慮期間を徒過した場合には、その誤信につき過失がないことを条件に、起算日を遺産の認識時に繰り下げることができるとしたものである。

これでいくと、債権者から請求書が届いた時点で初めて起算するという対応が可能となる場合がある。こういうケースは直ちに弁護士に相談することをお勧めする。

○最高裁判所昭和59年4月27日第2小法廷判決/昭和57年(オ)第82
(最高裁判所民事判例集38巻6号698頁、判例タイムズ528号81頁、判例時報1116号29頁)
「民法915条1項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて3か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から3か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。」
                                            弁護士 三木秀夫

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