ニュース六法(倉庫)
2009年11月までの保管庫
ニュースから見る法律
三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
判例などを解説したものです。事実関係は,報道された範囲を前提にしており、関係者の
いずれをも擁護したり非難する目的で記述したものではありません。もし、訂正その他の
ご意見感想をお持ちの方は、メールにてご一報くだされば幸いです。
なお、内容についての法的責任は負いかねます。引用は自由にして頂いても構いません
が必ず。当サイトの表示をお願いいたします。引用表示なき無断転載はお断りいたします。

【お知らせ】
2009年12月から、このページは休止とさせていただきました。
同名での記事を、当事務所メールマガジンにて毎月発刊しています。
ご関心のある方は、そちらをご覧ください。

ニュース六法目次
「愛の流刑地」がブログ検索で1位(2005年08月30日) 傷害致死・過失致死
○日本経済新聞で連載中の小説「愛の流刑地」が30日午前、ブログ検索のテクノラティで最も検索されたテーマになった。愛の流刑地は渡辺淳一作の中高年の愛と性を描いた作品。濃密な性行為の描写が続き、「朝から経済紙が…」と中高年を中心に話題を呼んでいたが、8月下旬になり、主人公が性行為中に愛人を殺すというとんでもない展開に陥り、ネット界でも話題が沸騰したとみられる。検索2位は田中康夫長野県知事に関する取材メモにねつ造が発覚した新聞「朝日新聞」だった。(【デジタルメディア局】毎日新聞2005年8月30日) 

@@@@@@@@@@

○今回は、ある筋からのリクエストで、このテーマを取り上げることにした。
あのお堅い日本経済新聞の連載小説といえば、あの渡辺淳一作「失楽園」。連載中からサラリーマンなど日経読者から話題沸騰になり、映画化までなった。かく言う私も、日経新聞は愛読していて、経済面はもちろん、「私の履歴書」や文化面まで、くまなく読んでいるが、今は、渡辺淳一作「愛の流刑地」には目がどうしても行ってしまっていた。ただ、延々と濃密な性行為の描写が続くのと、しかも、どんなに割り引いて考えても男の身勝手な観点でしか書いていないと思うようなストーリーにややうんざりしていた。そうしたら、8月下旬になり、突然に主人公が性行為中に愛人を殺してしまった。とんでもない展開で、ネットで騒然としているらしいとの毎日新聞の記事。

あの慎み深い人妻が、主人公に願ってあの行為中に首を絞めてくれと願い、それを嬉しがって本当に締め続けた結果、『げおっ』っと窒息したり『ごわっ』と断末魔の声をあげたりして、本当に「死んでしまった」のである。首締めプレイが行き過ぎた最後と言えばそれまでだが、何もそこまでせんでも、と思うのは私だけではないやろうし。いや、まて、そんなに人間て簡単には死なないはずやで、と思うが。いずれにせよ、身勝手な解釈ばかりして一向に救命措置をしたり、救急車を呼んだりせず、本当に死なせてしまうこの主人公のふがいなさにあきれたり。その後に続く死体を横にしたままでの追想で、さらに身勝手で自己満足な解釈を続ける様子に、うんざりしたり。果たして、この話は今後どうなっていくのやら。死体は隠すのか。それよりも、主人公は刑事裁判にかかるのか。小説だし、どうでもいいといえばそれまでだが、まあ渡辺文学がどう展開するのか、楽しみするとして、ここは文学を離れて、刑法ではどう解釈するか。

(参考)
日経新聞ホームページの「『愛の流刑地』のあらすじ」
「村尾菊治は55歳。かつて恋愛小説の旗手として脚光を浴びたが、今は新作が書けずにくすぶっていた。そんな菊治がある日、女友達の紹介で、自分の作品のファンだという関西在住の人妻、入江冬香と京都で出会う。北陸・富山の生まれで、すき透るような白い肌が美しい。その細い手に、以前見たなまめかしいおはら風の盆の踊りを思い出し、菊治は強く心惹かれる。 東京に住む菊治は別の日、冬香を京都のホテルに誘いだし、いきなりその唇を奪う。2度目の密会で、ふたりはとうとう結ばれる。互いに惹かれあい、その後京都で密会を重ねるふたり。冬香には夫と小さな子供が3人いて、逢えるのは決まって午前中だけだった。年が明けて正月2日、冬香は富山の実家に子供と夫を残し、東京に住む菊治に逢いに来る。そんな彼女を菊治が激しく愛すると、冬香は、夫からも得られなかった深いエクスタシーへと導かれる。 心も躰も離れられなくなった2人に、製薬会社に勤める冬香の夫の東京転勤という、またとない幸運が舞い込む。東京近郊の新百合ヶ丘に3月に移り住んできた冬香は、菊治の住む千駄ケ谷の部屋に通い始め、逢瀬の機会がますます増えていく。・・・」 

@@@@@@@@@@

○殺人の成否
この「事件」に殺人罪は成立するか。まあ、この小説を前提にするならば、主人公村尾菊治には、殺人罪は成立しない。なぜなら、殺人罪は「故意犯」であって、犯人に故意が無いと殺人罪にならないからである。「故意」とは、犯罪事実を認識してその内容を実現する意思をいう。この主人公には、そこに至るまでの話の流れからして、入江冬香の首を絞めて殺してやろうという意図(確定的殺意)はなかったことは確実であろうし、また「死ぬかもしれないが死んでも構わない」という「未必の故意」も無かったと思われるからである。未必の故意とは、犯罪結果の実現は不確実だが、それが実現されるかもしれないことを表象し、かつ、実現されることを認容した場合をいう。この主人公に「入江冬香が死んでもいい」なんて考えていたわけが無い。

上記の「未必の故意」というのは、結果の発生を確定的なものとして認識する「確定故意」に対して、これを不確定なものとして認識するにすぎない「不確定故意」に属する。これと、いわゆる「認識ある過失」との相違が法律解釈で議論となる。この点についての、判例・ 通説は、結果の発生を認容する場合が故意(未必の故意)であり、この認容を欠く場合が過失(認識ある過失)であるとしている。

つまり、殺人罪というのは、「殺すことを意図して殺した場合」に成立するが、殺すことを意図していないが結果として死んでしまった場合は成立しない。その意味で、今回の主人公に「殺人鬼」とか「人殺し」と呼ぶのは、間違いとなる。殺すつもりはなかったが、暴行や傷害によって人を死に至らしめた場合には、「傷害致死罪」となる。また、殺人の意図も、暴行・傷害の意図もないものの、過失によって人を死に至らしめた場合は「過失致死罪」となる。

(故意)
刑法第38条  罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
(殺人)
第199条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

@@@@@@@@@@

○過失致死・傷害致死
ということで、まあ、考えられるとしたら、この罪責のいずれかではないか。

過失致死とは、「過失により人を死亡させ」た行為であり、故意はなく、注意義務に反して過って人を死亡させてしまった場合がこれに当たる。「死ぬとは思っていなかったが死んでしまった」場合や、「死ぬかも知れないと思ったが大丈夫と思っていた」場合がこれに当たる。罰則は殺人に比べて各段に低くて、「50万円以下の罰金」のみである。
(過失致死)
第210条  過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。

ただし、首を絞める行為の最中に怪我をさせてしまい、その怪我が原因で死亡したならば、傷害致死ということになる。傷害致死なら3年以上の有期懲役となる。ただ、殺意をもって殺した場合の殺人罪に比すれば軽い罪である。
(傷害致死)
第205条  身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。

ちなみに、「過失致死」のより重い罪として、「業務上過失致死傷罪」というのがある。そこでいう「業務」とは、人がその社会生活上の地位に基づいて反復継続して行う行為で、他人の生命、身体に危害を加える恐れのあるものをいう。そして公私を問わず、また収入や利益をともなうかどうかを問わないとされている。典型例は、自動車の運転の場合で、車を運転で人を死傷させると業務上過失致死罪や業務上過失傷害罪が成立するが、これは自動車の運転に反復継続性があり、また他人に危害を与える可能性があるものであるから業務に当たるのである。ただ、今回の主人公の「首絞め」に「業務性」を見出すのは困難であろう。
(業務上過失致死傷等)
第211条  業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。

@@@@@@@@@@

○やや気になるのは、「自殺関与・承諾殺人」罪である。 
この主人公は、たしか、入江冬香が「このまま死んでしまいたい」なんて言ったものだから、軽率にも(本当に軽率にも)首を絞めすぎたのである。これは「自殺幇助?」「承諾殺人?」。これが成立するためには、まず入江冬香自身が本当に死を望んでいたのか、が問題となろう。ただ、まあ、たぶんこの冬香の言葉は「ベッドでの戯れ」で、これを本気にするほうがおかしい、ということになって、この論点は没になるであろう。

(自殺関与・同意殺人)
第202条  人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。

@@@@@@@@@@

○遺棄等致死傷の成否
今回の話において、この主人公は、かなり早い段階で入江冬香を「死亡した」と即断している。「おい、おい、本当にそれでいいのか。」と思った人は多かったのではないか。この場合、まだ死亡していなくて、救急車を呼んで救命措置を早期にしていれば、救命できていたとしたらどうか。

これは難しい問題であるが、保護責任者遺棄致死罪が成立しうるのではないか。保護責任者遺棄致死罪の典型は親が幼児に食事を与えずに死なせた場合である。問題は、今回の主人公のような「戯れで首を絞めていたら・・・」という関係で、瀕死の状態になった女性を救護するべき作為義務が生じるかであろう。作為義務を負うのは、法益が侵害されないことを法的に保障すべき地位にあるからである。作為義務の発生根拠としては、親子・夫婦間のなどの扶助義務、契約から保護する義務が生じる場合、失火した場合や交通事故等の先行行為から生じるといった、いわゆる「条理・慣習」から生じる場合である。

今回のケースは、ひき逃げ犯において、被害者を直ちに病院に運んでいれば助かったが、逃げたためにこれが遅れ、その結果被害者が死亡したという場合が参考となる。交通事故(首絞め)という先行行為があり、救急車を呼んで病院へ連れて行こうと一旦は思いながら、その後勝手な妄想を繰り返して、結果として部屋に置き放しにして、死なせてしまったとしたら、条理上の救護義務を尽くさなかったと言えるのではないか。路上で苦しんでいる人を見つけたものの、放置していた単なる通行人と一緒にはできないと思うからである。まあ、この点で、意見がある方、ぜひ、論じてください。

(遺棄)
第217条  老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の懲役に処する。
(保護責任者遺棄等)
第218条  老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の懲役に処する。
(遺棄等致死傷)
第219条  前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

@@@@@@@@@@

○死体遺棄罪
これから主人公は行動に移るのか分からないが、死体をどこかに捨てたら「死体遺棄罪」(刑法190条)である。まあ、殺人や過失致死で疑われる人物を検挙する際の最初の逮捕容疑になることが多い。

万一、この女性への「想い」などと考えて、身体の一部でも切ったりしたら(げえ・・)、死体損壊罪

まあ、この事件が警察などの捜査機関に発覚する前に「自首」したときは、刑の減軽事由にもなるので、流刑地を早く免れたい時は、これに限る。

(死体損壊等)
第190条  死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。

(自首等)
第42条  罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができる。

@@@@@@@@@@

○今回の「冬香死亡事件に似たような判例もある。参考までに。

下記の判例の事案は、いわゆるSMブレーと称する加被虐性性行為を行なつていた夫婦の話で、SMプレーを連日長時間にわたつて反覆しているうち、首にかかったロープのため頚部絞搾により同女を急性窒息死させてしまった、という事案である。この事件での弁護人は、「右の有形力の行使は、同女の求めに応じ同女の性感を高めるためになされたものであるから、違法性がないのみならず暴行としての定型性を欠くので傷害致死罪にはあたらない」と主張したが、判決は、「相手方の嘱託ないし承諾の下になされた有形力の行使は、一般的には、違法性を欠き、そもそも「暴行」の定型性を有しないというべきであるが、右の有形力の行使が相手方の生命の危険や身体の重大な損傷の危険を包含しているような場合においては、相手方の嘱託ないし承諾により『暴行』の定型性あるいは違法性が阻却されるものではない」として、傷害致死罪の成立を認めた。

○昭和52年12月26日大阪地方裁判所判決(傷害致死、覚せい剤取締法違反被告事件)
(判例タイムズ359号309頁) 
 
主   文
被告人を懲役三年に処する。
本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。
押収してあるロープ一本(昭和五二年押第三三一号の3)、アイスピツク一本(同号の6)及び覚せい剤粉末二包(昭和五二年押第一〇六〇号の1)を没収する。
訴訟費用は被告人の負相とする。
 
理   由
 
(事実)一 本件犯行に至る経緯被告人は、昭和三三年ころ、当時アルサロのホステスをしていたS琴代(昭和一三年○月○○日生)と知り合い、その後間もなく同棲をはじめ、昭和三五年○月〇日同女と婚姻した、被告人夫婦は約一〇年位前からいわゆるSMブレーと称する加被虐性性行為を行なつていたものであるが、昭和五一年一〇月ころからは、被告人が琴代にさまざまな姿勢をとらせてロープで同女の手足、胴体、首などを縛つたうえ、アイスピック、包丁などを同女の身体各部に突きあてたり束ねたロープで同女を殴打したりして同女に肉体的苦痛を与えることにより互いの性感を高めて性交するようになり、琴代はロープの緊縛がゆるいと性感が高まらないとして被告人に対しできるだけ強く縛るよう要求し、被告人もこれに応じて思いきり強く同女を緊縛したうえ、緊縛したロープをつかんで同女の身体を持ちあげて上下にゆさぶつたり、タオルやロープで同女の首をしめて同女を失神させるなど次第に加被虐の度を強めていつた。さらに、同年一二月初ころからは、性行為の際に互いに覚せい剤を頻繁に使用することにより、一層興奮、絶頂感を高めるとともに、著しく長時間にわたつて右のような加被虐性性行為に耽溺するようになつた。被告人と琴代は、昭和五二年一月一四日の夜も、琴代の提案で吹田市(略)の自宅において右のようなSMプレーをすることになつたので、その邪魔になる子供二人を琴代の母S光子に預つてもらうようにするため同女の面前で夫婦喧嘩の芝居をしようということになり、同女方に赴き派手な夫婦喧嘩を演じて同女をして余儀なく右子供二人を預らしめたうえ、翌一月一五日午前〇時ころ自宅に帰つた。

ニ 罪となるべき事実第一
(1) 被告人は、同日午前一時すぎころから、SMプレーの際の性感を高めこれを長時間持続させるため、法定の除外事由がないのに、フエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末小匙一杯足らず位を水に溶かして、これを数回にわたり自己の腕に注射して使用した。
(2) 琴代も、被告人と同様に覚せい剤粉末を水に溶かして自己の腕に注射し、被告人はナイロン製ロープ(昭和五二年押第三三一号の3及び証拠等関係カード甲(10)の100)を用意し、全裸の琴代の両手を後手にとり、同女の前頸部から後ろに渡した右ロ−プでもつて同女の後手を強く緊縛したうえアイスピツク(同号の6)や包丁(同号の4又は5)を同女の身体各部に突きあてたりするなどの暴行を加え、長時間にわたつて連続的に加被虐的な性行為を行なつているうち、右暴行により、同日午後五時三〇分ころ、同所において頸部絞搾に上り同女を急性窒息死させるにいたつたが、被告人は、当時、生来の軽度の気分易変性、意志不定性精神病質的性格に、琴代との間に右のような常軌を著しく逸脱した加被虐性性行為を連日長時間にわたつて反覆しその加虐の程度も極限に近い状況にまで至つていたこと、さらに高濃度の覚せい剤溶液の連用によつて軽度の被害妄想、妄覚も生じていたことも加わつて、道義的羞恥心及び事理の判断能力が著しく減退しており、いわゆる心神耗弱の状態にあつたものである。

第二 被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五二年六月二一日午前零時四〇分ころ、京都市(略)路上に停止中の普通乗用自動車内において、フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤粉末二包約〇・〇六グラムを所持したものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)(略)

(弁護人の主張する判断)
弁護人は、「判示第一の(2)の被告人の被害者に対する有形力の行使は、同女の求めに応じて同女の性感を高めるためになされたものであるから、違法性がないのみならず、そもそも暴行の定型性を欠くものであつて、右所為は傷害致死罪に該らないし、また、当時、被告人は、覚せい剤の連用の結果、是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行動する能力を喪失していたから心神喪失の状態にあつたものというべきである。」旨主張する。

たしかに、相手方の嘱託ないし承諾の下になされた有形力の行使は、一般的には、違法性を欠き、そもそも「暴行」の定型性を有しないというべきであるが、右の有形力の行使が相手方の生命の危険や身体の重大な損傷の危険を包含しているような場合においては、相手方の嘱託ないし承諾により「暴行」の定型性あるいは違法性が阻却されるものではないと解するを担当する。

被告人と被害者が行つていた性行為は、前判示のように、被告人が全裸の被害者にさまざまな姿勢をとらえて、同女を強く緊縛したうえ、刃物を同女の身体各部に突きあてたり、束ねたロープで同女を思いきり殴打したり、あるいは同を緊縛しているロ−プをつかんで同女の身体を持ちあげて強くゆさぶつたり、タオルやロ−プで同女の首をしめるなどして、しばしば同女を窒息死寸前の失神状態にするというこの種性行為としても極限的な態様のきわめて異常で危険なものであり、本件の場合、被告人らの性行為および被告人の被害者に対する有形力行使の具体的態様は、被告人が配慮がないとして十分な供述をしていないこともあつて必ずしも詳細な点まで明らかになつてはいないけれども、少なくとも、全裸の同女の前頸部から後ろに渡したロープでもつて後手にとつて同女の両手を緊縛した状態でさまざまな加被虐性性行為を行つていたことは明らかであり、当時被告人が覚せい剤を頻繁に使用することにより連日きわめて長時間にわたつて右のようなきわめて異常な性行為に反覆してゆく過程でその危険性に対する予見認識が次第に鈍麻し減退してきていたであろうことを併せ考えるとき、右のような行為はやはり同女の生命、身体に対する重大な危険をはらんでいたものという他なく、したがつて、右行為が暴行の定型性を十分に具備しており、また、違法性をも有するものといわなくてはならない。

また、被告人が当時覚せい剤の連用による軽度の被害妄想、妄覚等により是非善悪の判断能力が著しく減退していたことは前判示のとおりであるが、医師濱義雄作成の鑑定書によれば、覚せい剤乱用が通常意識の障害を惹起することはなく、また、連日の右のような性行為の反覆からくる睡眠不足や性的加虐という行為態様がもたらす心理状態が朦朧状態など高度な意識障害の状態とは質的に全く異なることは明らかであり、右認定の程度をこえて被告人が当時是非善悪を弁識し、これにしたがつて行動する能力を全く喪失した状況になかつたことは明らかである。したがつて、弁護人のこれらの主張は採用できない。
                                            弁護士 三木秀夫

ニュース六法目次