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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
不倫相手の妻殺害をネット依頼(2005年09月14日) 暴力行為等処罰法違反
○インターネットの"殺人請け負いサイト"を通じて不倫相手の妻の殺害を依頼したとして、警視庁捜査1課は14日、東京消防庁渋谷消防署救急隊員K容疑者(32)を暴力行為等処罰法違反の容疑で逮捕。殺害依頼を受けた自称探偵業T容疑者(40)も同法違反容疑で逮捕した。不倫相手の妻は無事という。 
 
調べによると、K容疑者は昨年11月、「殺人」や「復讐(ふくしゅう)」を請け負うとうたっているサイトに掲載されたT容疑者の電話番号に連絡し、不倫相手の妻(32)を殺害するよう依頼、今年1月24日ごろ、「調査費用」名目でT容疑者に現金100万円を支払った疑い。T容疑者は、殺害依頼に応じて現金を受け取った疑い。 
 
T容疑者は1月中旬、K容疑者と立川市内で落ち合った際、「バイクに二人乗りし、トンネルで追い越し際に(不倫相手の妻に)細菌スプレーを散布する」などと持ち掛けていたという。K容疑者はT容疑者に、「尾行代」「薬品購入代」などの名目で約10回にわたり計約1500万円を渡していた。 

K容疑者は独身で、調べに対し、「不倫相手の奥さんに子供ができ、裏切られた気持ちになったので(殺害を)依頼した」などと容疑を認めている。殺害計画が実行されないことを不審に思ったK容疑者が7月上旬、多摩中央署に「だまされているかも」と相談に訪れ、事件が発覚した。T容疑者らが、実際に薬品などを用意していれば殺人予備容疑などに問えるが、そうした事実は確認されておらず、捜査1課は、金品を供与して犯罪を依頼した者と、それを請け負った者を処罰する暴力行為等処罰法を適用した。
(読売オンライン:2005.9.14)(原文実名であるがイニシャルとし、住所は削除した)

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○最高裁判所による在外選挙制度違憲判決と同じ日に、まあ、それとはかけ離れた誠に超世俗的レベルの事件ではあり、まるでテレビのサスペンス劇場も真っ青な話である。K容疑者が警察に相談するという、まぬけな行動に出たことでこの事件は発覚した。「そんなことで、警察に相談すんなよ」と思った方、多いのでは。しかし、1500万円を取られ、不倫相手も妻との間で子供をもうけ、我慢ならなかったのでは。これからしばらくは、週刊誌やワイドショーを賑わしそうな事件である。

ただ、最初に聞いたときの直感で、これは法律を学ぶ者にすれば興味深い事件でもある。まるで、大学法学部での試験にでも出されそうな話である。そこで、これを題材にした試験問題を作ってみた。

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○(A大学法学部3年次後期・刑法&民法 架空試験問題)
甲女は、かねてから殺人請負業を標榜していた乙男に対して、甲女の不倫相手の妻である丙女を殺害するよう依頼し、乙男から「尾行代」「殺害用薬品購入代」などを求められるままに1500万円を渡した。ところが、乙男は全く殺害の準備をしなかった。
(1)この場合の甲女と乙男の罪責を論じよ。
(2)甲女は乙男に対して1500万円の返還を求めて訴訟を起こした場合にその請求は認められるか。

○(B大学文学部心理学科「人生相談学」(?)架空試験問題)
甲女は、かねてから殺人請負業を標榜していた乙男に対して、甲女の不倫相手の妻である丙女を殺害するよう依頼し、乙男から「尾行代」「殺害用薬品購入代」などを求められるままに1500万円を渡した。ところが、乙男は全く殺害の準備をしなかった。この甲女から、「私はどうしたらいいのでしょうか」と相談を受けた場合、どのようなアドバイスをすべきか。

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○今回の事件のような、インターネット上には、殺人や復讐を請け負うとするサイトが多数あるようで、今回の件もそこからの発展事件のようである。

2005年4月には、名古屋市で会社員が自宅で刺殺された事件では、妻がネットの出会い系サイトに「何でもします」と書き込まれているのをみて夫の殺害を依頼して、書き込んだ男が殺害に及んだ事件をはじめ、過去には実際に犯罪へ発展した事件もあった。このような件では、単純な「殺人罪」であり、依頼した側は「殺人教唆もしくは殺人の共謀共同正犯」であるが、今回の事件では、(報道されている範囲では)殺害の実行行為は全くなされていないうえに、実際に薬品などの殺害の用意すらされていないために殺人予備罪にも当たらない。そこで、暴力行為等処罰法違反の容疑で逮捕となったようである。

○このような殺害請負サイトの氾濫は、現代における悩ましい問題で、何らかの対策が必要であろうが、警視庁ハイテク犯罪対策総合センターでも、無数にあるホームページをすべて確認するのは極めて難しいと、お手上げのようである。

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○今回の事件で、警視庁が容疑とした罪名は、暴力行為等処罰法3条の「集団的犯罪等の請託罪」のようである。暴力行為等処罰法の正式名称は、暴力行為等処罰ニ関スル法律(大正十五年法律第六十号)という。漢字カナ交じりの古い法律である。
 
○この暴力行為等処罰法という法律は、全部で3条しかない短い法律である。

よく使用されるのは、
@第1条の、団体もしくは多衆の威力を示し、団体もしくは多衆を仮装して威力を示し又は兇器を示しもしくは数人共同して「暴行」「脅迫」「器物損壊等」の罪(示凶器脅迫罪)を犯した場合(3年以下の懲役又は30万円以下の罰金)
A第1条の2の、銃砲又は刀剣類を用いて人の身体を傷害したる場合(1年以上15年以下の懲役)

である。暴力団同士の抗争や、暴走族同士の乱闘事件は、これで検挙されることが多い。刑法の脅迫罪よりも、この犯罪類型のほうが法定刑が重い。

これ以外にも、
B第2条の、財産上不正の利益を得又は得しめる目的をもって第1条の方法により面会を強請し又は強談威迫の行為を為したる場合(1年以下の懲役又は10万円以下の罰金)も 、集団での企業恐喝には有効である。

○今回の事件は、同法3条の「集団的犯罪等の請託罪」が適用された。
この罪は、第一条の方法(つまり、団体もしくは多衆の威力を示し、団体もしくは多衆を仮装して威力を示し又は兇器を示しもしくは数人共同して)「公務執行妨害及び職務強要」「殺人」「傷害」「暴行」「脅迫」「強要」「威力業務妨害」「建造物等損壊及び同致死傷」「器物損壊等」の罪を犯さしめる目的をもって、金品等を供与し、又はその申込もしくは約束をなした場合、及び情を知って供与を受け又はその要求もしくは約束をなした場合である。
法定刑は、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金(「公務執行妨害及び職務強要罪」にはこれに加えて6月以下の禁固刑もあり。)である。 

分かりにくいので、簡単に言えば、数人が共同して「殺人」「傷害」「暴行」「脅迫」「強要」罪等を犯す目的で、申し込みや約束をしたり、金品を受け取ったりした場合に成立する。 6ヶ月以下の懲役または10万円以下の罰金と、法定刑は低い。

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殺人未遂罪とはならないのか。
未遂罪とは、「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった」ことをいう。したがって、実行犯が、「殺人の実行行為」に着手したが、殺害に至らなかった場合でなければならない。今回の事件では、狙われた不倫相手の妻は無事であり、どうも、T容疑者らは実際に殺害の手段たる薬品なども用意していなかったようであり、「殺害の実行行為」はなかったのであろう。したがって、報道の範囲内では殺人未遂罪は成立しない。

殺人予備罪はどうか。
殺人予備罪は、刑法第201条で定められた罪であるが、その要件は「殺人罪を犯す目的でその予備をした者」である(2年以下の懲役)。ここでいう「殺人予備」とは、殺人の実行の着手以前の準備行為をいうが、準備行為ならば何でもいいのではなく、客観的に殺人の危険性が顕在化する程度の行為であり、例えば、殺人を犯す目的で凶器や毒物を用意して現場の下見を行う場合などがこれにあたる。今回の事件では、どこまでの準備をしたのかが不明な点が多いが、警視庁の判断としては、現段階の証拠で「予備行為」をしたとまで断定できるだけの準備行為を立証するのは難しいとしたのであろう。(ただ、今後の捜査内容によっては、殺人予備罪としての立件も可能性はあろうが。)

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○K容疑者から1500万円もの金をふんだくったT容疑者に「詐欺罪」は成立しないか。
T容疑者は、最初からKをだまして金を奪うだけで、実際には依頼内容の殺害行為をするつもりがなかったとしたら、詐欺罪が明らかに成立しそうである。ただし、これも考えるややこしい話であるが、KからTに渡された金は、殺人依頼という不法な原因のために給付されたものである。こういった金は、不法原因給付といって、民法上返還請求がめられない(民法708条)。したがって、そもそもこういった金を騙取する行為が、本当に詐欺罪になるかが問題となろう。

これについては、Tが最初からKより金を騙し取る意思があった場合は、たとえその金が不法なものであっても、詐欺罪(刑法246条)が成立すると考えていいのであろう。

というのは、詐欺による騙取が既遂に達するまでは、不法原因での給付完了までは、依頼した者に(お金の)所有権があり、その(お金の)所有権自体は刑法上保護に値するものである。欺罔行為によって、初めてその(お金の)所有権が侵害されたものとなる。また、詐欺罪においては被害者の財産処分行為の動機が何であるかは問題とならないし、欺罔がなければ財物を交付しなかったという事情があれば成立するはずである。

今回の事件では、K容疑者が警察に相談したのは、まさにTのかかる詐欺を摘発して欲しかったからであろうが、自分の行為が犯罪になるという思慮分別は無かったのであろうか。今後、T容疑者を詐欺で立件するかどうかは分からないが。まあ、Kにしてみたら、絶対にそうして欲しいだろうが。

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○不法原因給付
しかし、1500万円を取られたK容疑者は、その金をT容疑者から法的に取戻しが可能かとなると、可哀想と言っていいのかどうか分からないが、まず厳しい。

民法708条は、不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない、としている。これは、今回のような「殺人依頼」や「裏口入学依頼」などでお金を出した側が、後日に不当利得返還請求権が行使できることを認めるならば、不法な行為に関与した者を、その不当性を根拠に法的保護を求めることになり、正義の理念に反するため、公序良俗に反するような反社会的な行為に関与した者の法律上の救済を一切否定したものである。したがって、KはTに対して返還訴訟を起こしても勝てないこととなる。

なお、民法708条の但し書きで、「不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。」としている。これは不法性が、今回の事例でのTのみにある場合は返還請求ができるというものであるが、Kには「殺人依頼」があったのであるから、その適用も無理である。

民法(不法原因給付) 
第708条  不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。 

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○暴力行為等処罰ニ関スル法律(大正十五年法律第六十号)
第一条  団体若ハ多衆ノ威力ヲ示シ、団体若ハ多衆ヲ仮装シテ威力ヲ示シ又ハ兇器ヲ示シ若ハ数人共同シテ刑法 (明治四十年法律第四十五号)第二百八条 、第二百二十二条又ハ第二百六十一条ノ罪ヲ犯シタル者ハ三年以下ノ懲役又ハ三十万円以下ノ罰金ニ処ス
第一条ノ二  銃砲又ハ刀剣類ヲ用ヒテ人ノ身体ヲ傷害シタル者ハ一年以上十五年以下ノ懲役ニ処ス
2 前項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス
3 前二項ノ罪ハ刑法第三条 、第三条の二及第四条の二ノ例ニ従フ

第一条ノ三  常習トシテ刑法第二百四条 、第二百八条、第二百二十二条又ハ第二百六十一条ノ罪ヲ犯シタル者人ヲ傷害シタルモノナルトキハ一年以上十五年以下ノ懲役ニ処シ其ノ他ノ場合ニ在リテハ三月以上五年以下ノ懲役ニ処ス

第二条  財産上不正ノ利益ヲ得又ハ得シムル目的ヲ以テ第一条ノ方法ニ依リ面会ヲ強請シ又ハ強談威迫ノ行為ヲ為シタル者ハ一年以下ノ懲役又ハ十万円以下ノ罰金ニ処ス
2 常習トシテ故ナク面会ヲ強請シ又ハ強談威迫ノ行為ヲ為シタル者ノ罰亦前項ニ同シ

第三条  第一条ノ方法ニ依リ刑法第百九十九条 、第二百四条、第二百八条、第二百二十二条、第二百二十三条、第二百三十四条、第二百六十条又ハ第二百六十一条ノ罪ヲ犯サシムル目的ヲ以テ金品其ノ他ノ財産上ノ利益若ハ職務ヲ供与シ又ハ其ノ申込若ハ約束ヲ為シタル者及情ヲ知リテ供与ヲ受ケ又ハ其ノ要求若ハ約束ヲ為シタル者ハ六月以下ノ懲役又ハ十万円以下ノ罰金ニ処ス
2 第一条ノ方法ニ依リ刑法第九十五条 ノ罪ヲ犯サシムル目的ヲ以テ前項ノ行為ヲ為シタル者ハ六月以下ノ懲役若ハ禁錮又ハ十万円以下ノ罰金ニ処ス
                                            弁護士 三木秀夫

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