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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
ジェイコム株誤注文事件で現金決済(2005年12月12日)強制決済(解け合い)
2005年12月8日の朝方、東京証券取引所において、ジェイコム株に1円で61万株の売り注文が出た。同社の発行済み株式は1万4500株しかないのに、その40倍以上の大口注文であり、初値が67万2000円だったため、「61万円で1株の売り」とするところを間違ったのではないかとの見方が広まり、大混乱となった。その後、みずほ証券が、「1株を61万円」で売るところを「1円で61万株」と誤った入力をしてしまったものであることを公表した。(各新聞報道から 2005.12.08) 

○ジェイコム株、1株91万2000円で決済・クリアリング機構
東京証券取引所の清算・決済を担当する日本証券クリアリング機構は12日午前、取締役会を開き、ジェイコム株の誤発注問題の解決のため、買い手に現金を支払う強制決済(解け合い)の実施を決めた。決済価格は1株当たり91万2000円。買い手は取得額との差額を受け取ることになる。

みずほ証券が買い戻さなければいけないジェイコム株は10万株弱残っている。みずほ証券の損失額はすでに買い戻した分で発生した損失も含め8日時点で約270億円だったが、決済価格が91万2000円に決まったことで、400億円程度にまで膨らむ見通し。 
 
決済価格の算定の根拠は、8日終値の77万2000円に9日と12日に売買があったとして予想される値上がり分などを加味した、とみられる。機関投資家には現金決済を強制し、個人には株券を渡す方式も検討されていたが、株主間に不平等が生じないように、全買い手に同じ条件で強制決済を実施する。例えば1株60万円で購入した投資家には株式の代わりに91万2000円を受け渡す形にし、差額の31万2000円を支払うことになるとみられる。 (2005年12月12日NIKKEI NET)

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○証券市場の歴史に残るとも称される、みずほ証券株式会社によるジェイコム株式の大量売誤発注問題で、東京証券取引所と日本証券クリアリング機構は、いわゆる「解け合い」の価格について、問題の誤発注取引のあった12月8日の最高値77万2000円に一定額を上乗せした額とした。

○この「事件」は、12月8日の東京株式市場で、みずほ証券が、「1株を61万円」で売るところ、「1円で61万株」と誤った入力をしてしまったものである。株式相場は終日混乱し、市場では誤発注の噂が広がるとともに、損失穴埋めのための保有株大量売りが出るとの思惑から投資家の売りが相次ぎ、東証は全面安の展開となった。

○この事件は、最初の原因はみずほ証券の売買注文の誤入力からであるが、そこに東京証券取引所のシステム不具合が重なって拡大してしまった。

○ジェイコムの発行済み株式数は1万4500株しかない。これに対して、みずほ証券の売り注文株数はその61万株と、なんと発行済み株式数の約42倍であった。つまり、実際にはこの世にある株数以上に売ってしまったこととなり、「空売り」と同じ状態になったわけである。みずほ証券は、急きょ大量の買いに入り、61万株のうちかなりの部分は買い戻せたが、なお9万6,236株は買い戻しできなかった(売り越し)。これは、発行済み株式数1万4500株のなんと6.5倍以上である。株式の決済は13日に行わなければならず。本来はみずほ証券がこの9万6,236株を現物の株券で引き渡さなければならないが、実体的存在していない株券が渡せるわけがない。

この結果、13日であるはずの株券の受け渡し日を前に、東京証券取引所の清算・決済を担当する日本証券クリアリング機構が、取締役会で、買い手に現金を支払う強制決済(解け合い)の実施を決め、一律に一株あたり91万2000円の現金で決済することとした。買い手は取得額との差額を受け取ることになる。

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○日本証券クリアリング機構とは
今回の強制決済を日本証券クリアリング機構(JSCC:Japan Securities Clearing Corporation)とは、各証券取引所で行われる株式取引の決済を統一的に行う機関として設立された株式会社である。同社は株式等の売買当事者の間で授受と決済を実施する。それまでは、各取引所が行ってきた売買決済を効率化した。さらに決済が保証されることで取引の安全性も向上した。証券取引法に基づく証券取引清算機関の免許交付を受け、平成15年1月14日から業務を開始した。

【東京証券取引所のホームページより】
「市場において約定が成立してから決済が行われるまでの一連の流れは、大きく、売買、清算、決済の三段階に区分することができます。これらのうち、売買機能を担う主体を市場、清算機能を担う主体を清算機関、決済機能を担う主体を決済機関と呼びます。日本には東証を含めて6つの証券取引所市場がありますが、これらの6市場における有価証券の売買については、すべて株式会社日本証券クリアリング機構が清算業務を行っています。従来は、これらの6市場で行われた売買については、それぞれの市場で清算業務が行われていましたが、平成15年1月14日から、市場横断的な統一清算機関である日本証券クリアリング機構により一元的に清算業務が行われています。また、東証における先物・オプション取引についても、平成16年2月2日から日本証券クリアリング機構により清算業務が行われています。」

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○日本証券クリアリング機構の決定根拠
今回の、「買い手に現金を支払う強制決済(解け合い)の実施」という日本証券クリアリング機構の決定は、どのような根拠によるものであろうか。

日本証券クリアリング機構の定めた規則である「業務方法書」第82条(天災地変等の場合における非常措置)が根拠と解される。それによると、清算約定の決済が、天災地変等、経済事情の激変、品不足その他やむを得ない理由に基づいて、不可能又は著しく困難であると認められるに至ったときは、取締役会の決議で、決済の条件を改定することができ、その場合の清算参加者は、これに従うべきことが義務付けされている。今回の決定は、この「その他やむを得ない理由」が根拠と解される。

日本証券クリアリング機構「業務方法書」
(天災地変等の場合における非常措置)
第82条 当社は、清算約定の決済が、天災地変、経済事情の激変、品不足その他やむを得ない理由に基づいて、不可能又は著しく困難であると認められるに至ったときは、取締役会の決議により、その取引について、決済の条件を改めて定めることができる。
2 前項の規定により当社が決済の条件を定めたときは、清算参加者は、これに従わなければならない。
3(省略)

○この規定によって、日本証券クリアリング機構の会員となっている証券会社は、同機構が定めた決済条件の改定には従わなければならない。

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○個人投資家への拘束力
このように、証券会社は機構が定めた決済条件の改定には従わなければならないが、証券会社を通じて売買した個人投資家については、直ちにこの規定が拘束されるということにはつながらないとも解される。もし拘束がないなら、個人投資家は現金決済を拒否して、あくまでも株券による決済を要求できることになる。

○この点について、同機構は、下記の読売新聞に載っていた日本証券クリアリング機構の山下剛正社長の記者会見の一問一答で見る限り、証券会社を通じて注文を出した個人投資家がルールに従わなければ決済清算業務ができなくなることと、現金での弁済を認めた判例があり法的にも問題ないと主張しているようである。

○日本証券クリアリング機構の山下剛正社長の記者会見の一問一答は次の通り。
――現金決済ではなく、株式を受け取る方がいいという投資家もいるのでは。 
「株式の代わりに現金で代物弁済すると決めた。全員そういう形でやる。市場は、清算機関として我々を指定している。証券会社は市場参加者であり、顧客もこうした規則に従わなければならないと考えている」 
――法的根拠は。 
「1951年4月の津地裁の判決で、決済条件の変更があった時には、それが顧客にも及ぶという判断が示されている」 (2005年12月13日 読売新聞)

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○昭和26年4月18日の津地方裁判所判決(「旭硝子事件」判決)とは
同機構が主張する判例とは、旭硝子株を巡る、買い方が山一證券の大神一と佐藤和三郎、売り方が「売りのヤマタネ」こと山崎種二による歴史に残る大仕手戦の末、昭和25年4月に今回の同じように株券の代わりに現金を払うとの措置が取られた「旭硝子事件」で、そのような現金決済を認めた昭和26年4月18日の津地方裁判所判決(昭和25年(ワ)第62号債務不存在確認等請求事件・下級裁判所民事裁判例集2巻4号530頁)をさすものと思われる(末尾に判決文を掲載)。

この判決のベースとなった解け合いについて、同判決の事実整理によると、「三菱化成の第二会社として生れた旭硝子の権利株を巡って昭和25年2月下旬頃より証券業者及び投機家との間に全国的に売方と買方とに分れての一大攻防戦が展開され、買方が巨大な資金をもって買煽ったため、売方も遂に動揺して損を覚悟で買戻し初めたので株価が急激に高騰し、昭和25年4月13日には制限値一杯のストツプ相場となつた結果、同年4月14日より同年5五月3日までその売買が中止され、その間全国各地証券業協会長及び取引所理事長等の要請により形式上は山崎証券と山一証券(東京)及び江口証券と玉塚証券(大阪)との各紛争の仲介という形で証券取引委員会において証券取引法第157条の規定に基き、「旭硝子株式の解合値段を一株金514円とする」旨の裁定をなし、全国各地証券業協会代表も右裁定にならって解け合いを行う旨申合せた結果、大阪証券業協会においては同年4月19日臨時会員総会を開催、旭硝子株式の4月18日現在における未決済株は総て右裁定値段をもつて反対売買により決済する旨決議したことが認められ、本解け合いは実質的には全国的な『総解け合い』の性質を有するものとなった」ということである。

この判決では、@株式取引における「解け合い」の一般的性質とその効力、Aいわゆる「旭硝子株式の解合」の場合における特殊事情と右「解け合い」の株式取引委託者に及ぼす効力、の2点について判示している。

@では、まず一般論として「特段の事情のない限りその効果が委託者にも及ぶ」としたが、Aにおける当該具体的事件自体の判断においては、その時の特殊事情を理由に、解け合いの効果はこの委託者に及ばないとした。

つまり、今回の日本証券クリアリング機構の「1951年4月の津地裁の判決で、決済条件の変更があった時には、それが顧客にも及ぶという判断が示されている」という説明は、この@の一般論を指しているものと思われる。

○もう少し、この判決をじっくりと読んでみると、
@の株式取引における「解け合い」の一般的性質とその効力の点については、「解け合いが委託者たる原告を拘束する効力を有するか否かであるが、元来解け合いなるものは不時の事変その他により相場が急激異常に変動した際、そのまま取引関係を存続させるときは会員に対し測ることのできない損失を蒙らしめるおそれがある場合に、一定の値段を決めて、これにより転売買戻をなしたと同一の効果を生ぜしめることにより一斉に取引を終了せしめることである。しかして取引所における取引にあっては直接その衝に立つ者は会員であるけれども、その取引の計算は結局委託者に帰することになるのであるから、取引所における取引は解け合いによって一掃されても委託者に対する関係としてその取引が依然存続するものとすると、解け合いはほとんど意味のないこととなる。従って従来の解け合いにおいては、特段の事情のない限りその効果が委託者にも及ぶものと解すべきが妥当であり、しかも委託者はかかる事態の生じ得ることを当初から予想して委託をしたものと認められるし、かつ解け合いなるものが非常応急の措置なることに鑑みれば委託者の承諾なくして解合をすることができると考えるべきであろう」(言葉を現代風に変更)として、特段の事情のない限りその効果が委託者にも及ぶものとした。

ただ、Aの「旭硝子株式の解け合い」の場合に関しては、不時の事変その他不可抗力的な突発事件に基因するものではなく、いわば相場師の仕手戦によるものであることに触れつつ、仲介案が仲介の当事者である証券業者に対する勧告であって、その顧客を拘束するものではないことに表明があったことを理由に、これを承諾しない一般顧客たる委託者を拘束する効力を有しないものとした。

○大審院昭和4年3月2日第4民事部判決について
この大審院判決(民集8巻259頁)は、解け合いの効果に関する基本的な判例であり、「解け合いの効果が注文者に及ぶ場合が全く無いとはいえないこと、注文者に及ぶかどうかは、各場合における解け合い内容をもとに定めるべきであるとしたものである。

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○「解け合い」とは、
解け合いとは、先物業界や証券業界での用語で、株式売買などでの収拾がつかなくなったと判断された場合に、今回のように一定の値段で参加者の売買契約を決済するということを指す。経済産業省の通達(商品取引所における市場の利便性の向上について)でも一定の場合に認めている。先物業界では多数の例があるようである。

株式市場では、昭和48年(1973年)の糸山・笹川連合と近藤紡による中山製鋼所株の仕手戦の末に行われた解け合いが有名。これは、糸山英太郎氏が中山製鋼所株を買い占め始めたのに対して、相場師として有名な近藤紡績所社長(近藤信男氏)が巨額な資金力で売り崩し始めたので、糸山氏が親戚筋になる笹川良一氏から巨額な救援資金の提供を受けて中山製鋼所を買い出して激しい仕手戦が繰り広げられた結果、逆日歩で膨大な金利を支払いを余儀なくされ、かといって買い戻したらさらに株価の暴騰を招くため打開策を失った近藤側が、大損害を覚悟の上で、証券取引所を動かして解け合いに持ち込んだというものである。

○「解け合い」は、売買の全部に及ぶ場合と一部にとどまる場合、また、強制的な場合と任意的な場合により、@総解け合い(売りと買い全部が解け合うこと)、A抜け解け合い(売りの一部と買いの一部が個々に協議した値段で解け合うこと)、B強制解け合い(強制的に行わせる解け合い)、C任意解け合い(売買当事者が合意の上で行う解け合い)などという。

有名な例では、大正5年12月の第一次大戦終決の報による暴落のための任意解け合い、大正9年4月の財界恐慌に基づく暴落のための任意解け合い、大正12年9月の関東大震災のための強制総解け合い、昭和6年9月の満州事変勃発に伴う暴落のための任意解け合い、昭和6年12月の金輸出禁止と兌換停止による暴騰に基づき行われた強制解け合いと一部の任意解け合い、昭和23年2月の廃業をする証券会社を相手方とする解け合い、そして、先述の昭和25年4月の旭硝子株を巡る仕手戦の結果としての解け合い、昭和48年の中山製鋼所株を巡る仕手戦の結果としての解け合いなどがある。

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【参考文献】
○相場師列伝(東洋経済新報社編)
○新証券・商品取引判例百選(別冊ジュリスト1988年有斐閣)134頁「解合の効力」(河本一郎)

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○昭和26年4月18日津地方裁判所債務不存在確認等請求事件判決
(昭和25年(ワ)第62号債務不存在確認等請求事件)
(下級裁判所民事裁判例集2巻4号530頁)

主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事 実
原告は、(一)原告の被告会社に対する差損金三万六千円の債務が存在しないことを確認する。(二)被告会社は原告に対し差益金三百円を支払わねばならない。(三)被告会社は原告に対し呉羽紡績株式会社株式五百五十株を返還しなければならない。(四)訴訟費用は被告会社の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十五年三月六日被告会社に対し旭硝子株式三百株を単価金三百九十四円、受渡期日同年五月二日の約定の下に売約したところ、突如同年四月十四日右株式の市場売買が中止せられ、同年五月四日同株式の売買が再開せられたので前叙受渡期日たる五月二日までに受渡決済することが不可能となつた。よつて原告は同年五月十五日文書を以て、取引市場が売買を中止した二十日間は受渡期日を繰延べるべきものとし本文書到達の日より同年五月二十日までに大阪市場値段金四百十円にて買戻すが万一右買指値が出合わぬ場合には同日の最終値段(大引)にて買戻し同年五月二十四日(尤も原告において五月二十四日としたのは、計算を誤つたためで決済日は同月二十三日である。)までに受渡決済する旨被告会社宛通達した。然るに被告会社は同年五月十八日付文書を以て、同株式の売買決済は同年四月十八日証券取引委員会と証券業者との間に取極められた旭硝子株式解合値段金五百十四円で決済すべきものとして右解合に不同意であるとの原告の通達を無視して強制徴収するため、原告が被告会社に差入れてあつた担保株式呉羽紡績株七百株中五百五十株を無断処分した上前叙差損金の決済に充当した旨原告宛通達してきた。しかしながら商取引の一方の相手方たる委託者の意思を確かめることなく証券取引委員会と証券業者との間だけで取極めた解合に対しては委託者たる原告はその受諾を拒否し得る権利を有するのみならず、被告会社が原告の意思に反して前叙受渡期日前に未だ売買の完了しない取引に関し差損金を請求するのは違法である。而して前叙の如く本件取引はおそくとも原告の指定した同年五月二十日の最終値段金四百六円にて決済せらるべきであつたのに被告会社は原告の前叙通達を拒否したのであるから当然これが決済は受渡決済日たる同年五月二十三日の最終値段にてなさるべきである。従つて同日における同株式の最終値段金三百九十三円をもつて清算すると原告において却て合計金三百円の差益金を取得すべきこととなる。よつて原告は被告会社に対し前叙差損金債務の不存在確認及び右差益金の支払並びに呉羽紘績株五百五十株の返還を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、なお前叙旭硝子株は市場に上場されていない権利株であるから本件取引はいわゆる場外取引である。而してかゝる権利株の取引においては商慣習上約定の受渡日に現物の授受をなすことにより或は又受渡日前の意思表示による転売買戻の方法により決済することができるのであつて、いずれの方法によるかは委託者の自由であるが、委託者において受渡日までに何等の意思表示をなさなかつた場合には同日の最終値段にて決済することになるのであると附陳し、被告の答弁事実に対し、本解合は証券業者間の売買玉決済のため証券業者の申出に基き証券取引委員会が証券取引法第百五十七条の規定に基く仲介値段の裁定によつたもので、これにより証券取引所所在地の証券業協会々員たる業者は右決済値段の拘束を受けることになつたのである。従つて委託者が本解合に拘束される理由のないことは明白であり、本解合が個人対個人の形式で調印されたものであればなおさらその効力は第三者に及ばないわけである。如何なる取極めも第三者を拘束し得ないという法律の原則から独り本解合のみが除外される理由はない。なお被告会社が本解合と過去における特殊事情に基く総解合とを混同してその判例を援用するが如きは本解合の本質を弁えないものである。本解合の成立に最後まで反対していた総司令部当局が遂にこれを承認したのは「一般顧客を拘束せず」との一条項を挿入したからであつて、被告会社の主張するが如き第三者に対する拘束力の問題が後日累を一般顧客に及ぼさないよう当局よりこの点特に一般に周知徹底せしめるようにとの注意があつたにも拘らず、被告会社はこの点をひたかくしに秘して一般顧客に対し解合の拘束力は絶対的のものだと称して威嚇し半ば強制的に本解合の承諾書に多数調印させているのである。また被告主張の如く大阪証券業協会において本解合が一般顧客を拘束する旨の決議をしたものとすればその議事録にその旨記載されている筈であるが、これが記載のないところからみれば左様な決議はされなかつたのである。なお旭硝子株の昭和二十五年五月四日における最終値段が金四百九十円であることは認めると述べた。
(立証省略)
(被告会社の主張省略)

理 由
原告がその主張の日に被告会社に対し、その主張の如き株式を、その主張の如き内容の約定のもとに売約したと、その後原告主張の期間右株式の売買が中止され、昭和二十五年五月四日再開せられたこと、被告会社が同年四月十八日証券取引委員会と証券業者との間に取極められた旭硝子株式解合値段金五百十四円で決済する建前のもとに、原告から被告会社に差入れてあつた担保株式呉羽紡績株式七百株中五百五十株を処分したこと、右旭硝子株式が上場株でなく従つて本件取引が場外取引であること、受渡決済日に現物の授受をなすのが本則であるが場合により差金決済をしても差支ない旨の商慣習の存することはいずれも当事者間に争のないところである。

よつて先ず原告の差損金債務不存在確認請求について考えてみるに、右請求は被告会社が前叙の如き建前のもとに既に決済してしまつた差損金債務についてその不存在を主張するものであるが、確認の訴はいうまでもなく現在における権利又は法律関係の存否を目的とするものであることを要し、過去のそれを目的とすることはできない。蓋し過去の権利関係の確定を許すときは際限がなくなり、むしろ過去の関係から影響を受けた現在の権利関係の確定を求めるにしくはないからである。而も本訴において原告は既に後述の如く差益金の支払及び担保株式の返還をも請求しているのであるからその請求の中に右不存在確認も含まれているわけであり、前叙債務についてその不存在確認を求める必要もない。従つて原告の右請求部分は失当である。

次に前叙解合が委託者たる原告を拘束する効力を有するか否かであるが、元来解合なるものは不時の事変その他により相場が急激異常に変動した際、そのまま取引関係を存続させるときは会員に対し測ることのできない損失を蒙らしめる虞がある場合に、一定の値段を決めて、これにより転売買戻をなしたと同一の効果を生ぜしめることにより一斉に取引を終了せしめることである。而して取引所における取引にあつては直接その衝に立つ者は会員であるけれどもその取引の計算は結局委託者に帰することになるのであるから取引所における取引は解合によつて一掃されても委託者に対する関係としてその取引が依然存続するものとすると解合はほとんど意味のないこととなる。従つて従来の解合においては特段の事情のない限りその効果が委託者にも及ぶものと解すべきが妥当であり而も委託者はかゝる事態の生じ得ることを当初から予想して委託をしたものと認められるし、且つ解合なるものが非常応急の措置なることに鑑みれば委託者の承諾なくして解合をすることができると考うべきであろう。

然しながら本件解合がなされるに至つた経緯を考えてみるに、原本の存在及びその成立に争のない甲第四乃至第六号証の各記載に証人高橋要(第一、二回)、同岡野衛士の各証言及び本件口頭弁論の全趣旨とを綜合すれば、三菱化成の第二会社として生れた旭硝子の権利株をめぐつて昭和二十五年二月下旬頃より証券業者及び投機家との間に全国的に売方と買方とに分れての一大攻防戦が展開され買方が巨大な資金をもつて買煽つたため売方も遂に動揺して損を覚悟で買戻し初めたので株価が急激に高騰し、昭和二十五年四月十三日には引値金五百三十一円という制限値一杯のストツプ相場となつた結果、同年四月十四日より同年五月三日までこれが売買が中止せられ、その間同年四月十八日全国各地証券業協会長及び取引所理事長等の要請により形式上は山崎証券と山一証券(東京)及び江口証券と玉塚証券(大阪)との各紛争の仲介という形で証券取引委員会において証券取引法第百五十七条の規定に基き旭硝子株式の解合値段を一株金五百十四円とする旨の裁定をなし、全国各地証券業協会代表も右裁定に做つて解合を行う旨申合せた結果、大阪証券業協会においては同年四月十九日臨時会員総会を開催、旭硝子株式の四月十八日現在における未決済株は総て右裁定値段をもつて反対売買により決済する旨決議したことが認められ、本解合は実質的には全国的な総解合の性質を有するものということができるのである。

しかし叙上経緯により明かな如く本解合は不時の事変その他不可抗力的な突発事件に基因するものではなく、いわば相場師の仕手戦によるものであるのみでなく、前顕甲第六号証、公文書であるから真正に成立したと認められる同第三号証の各記載と前顕各証言とを綜合すると旭硝子株は取引所に上場されていない株であり、従つて右売買はいわゆる場外取引であつた関係上証券取引委員会において仲介するにつき前叙証券取引法第百五十七条の解釈適用と私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第三条に牴触するや否やについて疑義があつたので連合国総司令部の係官とも折衝を行つた結果、証券取引委員会は旭硝子株式の解合値を金五百十四円とする協定案を呈示して当事者双方に受諾を勧告すると共に全国証券業協会々長に対し元来有価証券の売買について売買当事者が履行の責を回避し、解合によつてこれが決済をなすが如き風習は我国における証券取引の悪習であつて、新しい証券取引法施行下において、なおかゝる悪習の存することは甚だ遺憾とするところであるが、既に各地において、解合の申合せをなし、解合を前提とする受渡可能分の受渡を開始した今日この申合を覆すことは徒らに証券市場を混乱に陥れる虞がある。しかも証券取引法第百五十七条の規定により有価証券の売買に関する争について、仲介の申立のあつた以上当委員会としては同条によりこれが仲介を義務づけられているので事態已むなく仲介を行つた次第であるから、今回を最後の解合とし今後かゝる不祥事の絶無を期せられたき旨の通牒を発すると共になお本仲介案は仲介の当事者たる証券業者に対する勧告であつて必ずしもその顧客を拘束するものでないことを表明したことが認められる。かゝる諸般の事情よりすると従来の解合のようにその効力がすべての委託者をも拘束するとの解釈をそのまゝこれに適用することは疑問であり、而も取引所会員と委託者との関係は問屋関係であつて取引所会員が他人の注文により取引をなすことは一種の委任行為に外ならないから会員はもともと自己の利益のために委託者の利益を犠牲にする如き行為はこれをなし得ないものといわねばならないし、更に昭和二十三年制定せられた証券取引法はその第一条において従来の取引所関係法規に嘗て見なかつた「投資者保護」ということを明白に協調していることに鑑みるときは叙上解合値段は単に証券取引所所在地の証券業協会員相互間の決済に際して拘束力を有するのみであつて、これを承諾しない右以外の業者又は一般顧客たる委託者を拘束する効力を有しないものと解するのが妥当であると思われる。

よつて進んで決済日をいつにすべきかにつき按ずるに原告は叙上の如く本件株式の取引が中止せられた場合においてはその中止期間に相当する日数は当初の受渡決済日に加算せられ、従つて昭和二十五年五月二十三日における相場により売渡決済せらるべきである旨主張するけれども右主張を肯認するに足る何等の資料がないのみでなく、取引所における相場の変動は極めて急激であるから、約定によつて定めた期間をその当事者の承諾なくして濫りに延長することはその性質上不当であるといわなければならない。然らばかゝる場合いつを以て決済日とすべきかは頗る困難な問題であるが、民法第百四十二条の規定は当事者が明示又は黙示の意思表示を以て別段の定めをなすか、又は同条と異る慣習があつて当事者がこれによる意思を有したものと認められる場合のほかはその適用を排除せられるものではないことに鑑みるときは寧ろこの規定を類推し、本件の如く受渡決済日後取引が再開せられたような場合にはその再開日に受渡決済が行われるべきものと解するのが妥当と思われるから原告の右主張は採用できない。そこで本件の取引につき右再開日に現物の授受のなされなかつたことは本件口頭弁論の全趣旨に徴し明かであるから前叙の如き慣習に従つて差金決済の方法により損益勘定をなすのほかないわけである。

ところで本件委託契約の如き受渡決済日として定められた同年五月二日が取引中止期間中に当り従つて相場の立つ余地の存しない場合、いかなる価格に基いて決済すべきであろうか。惟うにこれがよるべき価格については次のもの、即ち(一)取引中止直前の相場、(二)合理的価格、(三)取引再開直後の相場の三が考えられるのであるが、既に前叙のように受渡決済日を取引再開日と解する以上同日の相場によるべきものとするのが最も妥当であると解せられる。然らば本件取引再開日たる昭和二十五年五月四日における旭硝子株式の最終値段が金四百九十円であることは当事者間に争のないところであるから本件取引は右相場により決済せらるべきであつて、これによるときは原告は却つて被告会社に対し金二万八千八百円の差損金支払の義務があることは算数上明白である。よつて原告が被告会社に差益金の支払を求める本訴請求部分も亦失当である。而して被告会社は原告より右差損金の支払を受けたときは右取引上生ずることあるべき債権の担保として受取つた呉羽紡績株七百株中五百五十株(但し右五百五十株以外の株が既に原告に返還されていることは本件口頭弁論の全趣旨に徴して明である。)を返還すベき義務があることはいうまでもないが、原告の右差損金支払債務と被告会社の右担保株式返還の債務とはいわゆる双務契約から生じた相対立する債務の如く同時履行の関係に立つものではないから特段の主張立証なき限り原告において右差損金の支払を了していなければ右担保株式の返還を請求し得ないものというべきであるところ、これが支払済なること及び右特段の事情につき何等の立証がなされていない本件においては右株式の返還を求める原告の本訴請求部分はこれ亦失当である。

よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。(裁判官 木戸和喜男 平谷新五 可知鴻平)
                                            弁護士 三木秀夫

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