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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
「送金指示メール」謝罪会見で憤りの声(2006年02月28日) 議員の免責特
○「送金指示メール」問題をめぐる民主党の永田寿康衆院議員の28日の謝罪記者会見に対し、与党内からは「全く謝罪になっていない」との憤りの声が相次いだ。民主党の鳩山幹事長が自民党の武部幹事長に謝罪のための会談を申し入れたが、自民党側はこれを拒否し、永田氏や民主党執行部の対応に強い不満を示した。与党は、既に衆院に提出している永田氏に関する懲罰動議の手続きを進める姿勢を強調しながら、今後の国会運営を優位に進めたい考えだ。

武部氏は同日夕、党本部で記者団に「何を謝り、何を反省し、誰に謝罪すべきか全くわかっていない」とぶちまけ、永田氏に名指しされた二男の名誉回復のために、刑事、民事両方で法的措置に訴える考えを表明した。国会内での発言については免責特権があるものの、永田氏がテレビ番組や記者会見などでも、この問題について発言しているためだ。

懲罰動議の扱いについて自民党内には、「これで打ち止めにすべきだ。社会的制裁は済んだ」との声がある一方、今後の与野党対決の材料として活用すべきだとの意見がある。議長が懲罰事犯を認めた場合は職権で懲罰委員会に付託できるが、今回は与党議員が懲罰動議を提出しているため、衆院議院運営委員会で扱いが協議される。
(2006年2月28日 読売新聞)

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○民主党の永田寿康衆院議員が、2月16日午前の衆院予算委員会で、爆弾質問を行った。
昨年の衆院選に出馬したライブドア前社長の堀江貴文被告が、自民党の武部勤幹事長の二男に、衆院選直前に「選挙コンサルティング費用」として3000万円を振り込むようにメールでライブドア関係者に指示していたというものであった。

このニュースを始めて聞いたときは驚いた。あれほどの勢いで質問をする姿には、自信にあふれているように見受けられ、これは大事件になるのでは、との感じを持った人は多かったのではないか。

しかし、その後は、いくら待っても後追い資料は出てこないし、逆に黒塗りメールの黒塗り前のメールが公表され、仲介者たる人物をめぐる悪い噂が出始め、最後にはメール発信者と受信者が同一であったなどという事実まで明らかになって、ついにメールは虚偽であることが確実となった。

○民主党は、1月末頃から、@ライブドア事件、A米国産牛肉再禁輸、B耐震強度偽装問題、C防衛施設庁談合事件の、いわゆる「4点セット」をめぐる政府の責任を徹底追及していたところであった。その民主党が、この虚偽メール問題で混迷状態となり、予算審議は完全に空回りとなってしまった。上記の4点の問題は、民主党支持者でなくとも、きっちりと議論を尽くして頂きたい問題であるにもかかわらず、それらはどこかに消えてしまった。おまけに、混乱に終止符を打つつもりであったろう2月28日の永田議員と民主党の謝罪会見が不十分で、まったく「謝罪会見」になっていないという、民主党のこの危機管理のなさには、あきれるばかりである。

○永田議員については、本会議の議決を経た懲罰委員会への付託は避けられない。各議院において懲罰事犯があるときは、議長は、先ずこれを懲罰委員会に付し審査させ、議院の議を経てこれを宣告する(国会法121条1項)。懲罰は、「公開議場における戒告」、「公開議場における陳謝」、「一定期間の登院停止」、「除名」の4種がある(同法122条)。

現在、与党議席は衆院定数の3分の2を超えており、除名も十分に可能である。

ただ、小泉首相は、除名まで踏み込むべきではないとの考えを示したようである。たしかに小泉首相のこの考え方は賛成できる。永田議員の行為は軽率極まりないが、これで除名という前例を作れば、これから国会での疑惑追及は萎縮してしまいかねない。多数決が得られさえすれば政敵を除名できるという前例は絶対に作ってはならない。ここは、せいぜい登院停止にとどめるべきではないか。

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○免責特権
国会議員は、「議院で行った演説、討論または表決について、院外で責任を問われない」と定められている(日本国憲法51条)。

「院外で責任を問われない」とは、議院で行った演説、討論、表決等について、一般国民であれば負うべき民事・刑事責任などを免除される、という意味である。(所属政党などによる内部制裁には免責特権は及ばない。)

ちなみに、第1次国会乱闘事件・第2次国会乱闘事件(東京地裁判決昭和37.1.22、昭和41.1.21)(東京高裁判決昭和44.12.17) においては、免責の対象は、単に憲法51条に列挙された「演説、討論又は表決」にだけ狭く限定されるべきものではなく、広く「議員の意見表明とみられる行為やそれに付随する行為」も含まれ、とした。

なぜこのような特権が憲法で定められているかと言うと、国会議員は国民の代表として国政を託されていることから、その職務を全うするには、討議の場である国会での自由な発言が保障されなくてはならないからである。そこで、憲法は、@歳費請求権(法律の定めるところにより国庫から相当額の報酬を受けられる特権(日本国憲法49条)、A不逮捕特権(法律の定める場合(国会法33条・院外における現行犯逮捕の場合と対象議員が所属する議院の許諾がある場合)を除いては、国会の会期中逮捕されない等という特権(日本国憲法50条)と並んで、B免責特権(日本国憲法51条)、を保障したのである。

なお、この免責特権は国会議員にだけ認められ、地方議会の議員には認められない。(最判昭和42.5.24)。

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○今回の問題で言えば、永田議員の発言(質問)は、衆議院内で責任を問われ、懲罰の対象となることはあっても(国会法119条、120条)、院外で刑事責任(名誉毀損)や民事責任(損害賠償)等を問われるということはない、ということになる。

しかし、この特権は「国会議員の国会における発言」の自由を保障する趣旨であるから、議院外での発言、特にテレビなどでの発言においては、この特権の適用は無く、刑事上、民事上の責任を負わなければならない。

武部幹事長は、28日の永田記者会見の終わった後、記者団に「何を謝り、何を反省し、誰に謝罪すべきか全くわかっていない」とぶちまけ、永田議員に名指しされた二男の名誉回復のために、「刑事、民事両方で法的措置に訴える」考えを表明したのは、まさにこの点に基づいている。つまり、国会内での発言については免責特権があるが、永田議員がテレビ番組や院外での記者会見などで、国会質問と同じ内容の発言をしていたためである。

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○ちなみに、国会内での発言自体が問題となって最高裁まで争われたケースがある。
民主党議員であった竹村泰子衆議院議員(89年から01年までは参議院議員)が、1985年11月21日に開かれた衆議院社会労働委員会において、医療法の一部を改正する法律案の審議において、ある精神病院を取り上げ、その経営者たる院長が女性の患者に対し強姦などのわいせつ行為をしているなどと指摘し、所管行政庁による十分な監督を求めた事案であった。このときに指摘された病院の当の院長が、その発言の翌日に自殺したため、その妻が、同議員の発言が虚偽であって夫の名誉を棄損し、これにより自殺に追い込まれたとして、同議員と国に損害賠償を求めたものである。

その時の発言は以下のとおりであった。
「それから、後ほどもっと大変な院長の異常性を申し上げますけれども、少し院長の異常性を申し上げておきますと、安定剤をいつもポケットにばらにして入れていて、お菓子のようにボリボリと食べていた。分裂症の薬を飲んでいるという、これはうわさです。それから千鳥足で歩く。倒れそうで倒れない。一日じゅうぼうっとしている。院長が患者に暴行をして周りがとめた。患者の収容にやくざ出身の患者を同行した。足元がふらつき、目がおかしい。電話を壁に投げつけるらしく、清掃婦さんがそう言っている。壁は傷だらけである。こういうふうに、枚挙にいとまがないほど大変な院長さんが今この病院を現実に経営しておられるわけです。」
「そのほかに、この院長さんにはもう一つ大変な事件があるわけです。名前は申し上げられませんけれども、五名の女性患者に対して破廉恥な行いをしておられるのです。一人の方を申し上げますと、この方は、Aさんと言っておきますけれども、一番最初、お昼間一階の診察室へ来いと言われた。雑談をしているうちにズボンを下げて性行為を強制しようとした。二回目は抵抗できなかった。三回目はべッドに寝かされて無理やりに性行為をさせられてしまった。これは強姦ですよね。四回目は夜中に懐中電灯を持って病室へ来て手を引っ張っていっていたずらをした。このAさんという方は、一八歳で入院して、シンナー、薬物で入っていた方です。朝、昼、晩と寝るとき安定剤を飲まされ、保護室では一週間点滴を受けた、こういう方なのです。Aさんのほかに四人の被害者がおります。私、会ってきました。決して精神病の方だからいいかげんなことを言っているわけではありません。この人たちの証言が全部一致します。中には被害の状況の程度がいろいろ違いますけれども、こんなに口裏を合わせられるものではありません。この院長さん、白昼堂々とこういうことまでやっておられるのです。こういう院長はほっておけないじゃないですか。どうですか。私は非常に怒りを覚えております。現行の行政の中ではこれはチェックできないでしょう。これができない限り、患者の人権は守れないのです。大臣、どう思われますか。」

○一審の札幌地裁判決(札幌地裁平成5年7月16日判決)と二審の札幌高裁判決は、ほぼ同様の理由により、その原告の請求を、いずれも棄却したが、憲法51条の議員免責特権を正面から取り上げたものとして注目を集めた。

○その事件の上告審で、最高裁判所(最高裁判所3小法廷平成9年9月9日判決)は、上告を棄却した。同議員個人の責任について、「免責特権」からではなく、国家賠償法1条と公務員個人の賠償責任に関する判例法理を引用してこれを否定した。

また国の責任に関し、国会議員が国会の質疑、演説、討論等の中でした個別の国民の名誉又は信用を低下させる発言につき、国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする、という、国会議員の国会での発言と国家賠償責任との関係について新たな判断を示し、これを棄却した。

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○この一審の札幌地裁判決では、このように判示している。
「憲法の採用する議会制民主主義の下においては、国会は、国民の間に存する多元的な違憲及び諸々の利益を立法過程に公正に反映させ、議員の自由な討論を通してこれらを調整し、究極的には多数決原理により統一的な国家意思を形成すべき役割を担うものである(最高裁判所昭和60年11月11日第一小法廷判決、民集39巻7号1512頁参照。)。そして議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためには、国民の代表たる国会議員が右統一的国家意思を形成していく際に行う議会における言論の自由が最大限保障されていることが必要であり、その際、国政を批判し又は反対党を攻撃する議員の発言が他人の名誉やフライヴァシーを侵害する場合のあることも避けられないところである。そして、それらの言論を一般国民がした場合には、違法な言論をしたとして、民事上あるいは刑事上の責任を問われることになるが、議員が民事上、刑事上の責任を問われるとすると、政府が反対党議員の言論をとらえて法的責任を追求する等により、議員が言論活動をするについて萎縮し、自由な言論活動をすることができなくなる可能性がある。憲法五一条は、国民の代表者による政治の実現を期し、議会における議員の言論の自由を最大限保障するために、右のような他人の名誉・プライヴァシーを侵害することによる責任を含め、議員の議会内における言論に基づく一切の法的責任を免除したものである。以上からすれば、憲法五一条は、議員の行った言論を絶対的に保障する趣旨に出たもの、すなわち、絶対的免責特権を規定したものと解するのか相当である。」

この事件の上告審判決は、国会議員個人の責任について、本件発言はその国会議員が、国会議員としての職務を行うにつきされたものであることが明らかであるとした上で、仮に本件発言が同国会議員の故意又は過失による違法な行為であるとしても、(国が責任を負うかどうかはともかく)、公務員である国会議員個人は、その責任を負わないと解すべきであるとした。

また、国の賠償責任に関して、それが肯定されるためには、国会議員がその職務とかかわりなく違法又は不当な目的をもって名誉毀損になる事実を摘示するとか、虚偽であることを知りながらあえてその事実を指摘するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とするとしたようである。原審が「過失によって虚偽であることを知らなかった場合」も国家賠償法上の違法があるとしたが、上告審判決は、これを除いた。

この判決について、国会議員の質問等に関して、国会議員の過失の有無に対して、それを司法判断の対象とすることは、国会議員を訴訟の渦中に巻き込みやすくなり、国会での発言を抑制しやすくするなどの弊害は好ましくないとの配慮があったものと解されている。

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○最高裁判所平成9年9月9日第3小法廷判決
平成6年(オ)第1287号
判例タイムズ967号116頁

主  文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理  由
上告人の上告理由第一点について
一 本件は、被上告人Aが国会議員として行った本件発言により、上告人の夫であるBの名誉が毀損され、同人が自殺に追い込まれたとして、上告人が、被上告人Aに対しては民法七〇九条、七一〇条に基づき、被上告人国に対しては国家賠償法一条に基づき、それぞれ損害賠償を求めている事件である。原審が確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。

1 昭和六〇年一一月二一日に開かれた第一〇三回国会衆議院社会労働委員会において、当時衆議院議員であり同委員会の委員であった被上告人Aは、同日の議題であった医療法の一部を改正する法律案の審議に際し、地域医療計画における国の責任、医療圏・医療施設に関する都道府県の裁量権、地域医療計画策定についての医療審議会への諮問等に関する同法律案の問題点を指摘するとともに、札幌市の乙山病院の問題を取り上げて質疑し、その質疑の中で本件発言をしたが、右発言は、患者の人権を擁護する見地から問題のある病院に対する所管行政庁の十分な監督を求める趣旨のものであった。

2 本件発言の概要は、乙山病院の院長Bは五名の女性患者に対して破廉恥な行為をした、同院長は薬物を常用するなど通常の精神状態ではないのではないか、現行の行政の中でこのような医師はチェックできないのではないかなどというものであった。

二 所論は、特定の者を誹謗するにすぎない本件発言は、憲法五一条が規定する「演説、討論又は表決」に該当しないのに、原審が上告人の被上告人Aに対する請求を排斥したのは不当であるというものである。

しかしながら、前記の事実関係の下においては、本件発言は、国会議員である被上告人Aによって、国会議員としての職務を行うにつきされたものであることが明らかである。そうすると、仮に本件発言が被上告人Aの故意又は過失による違法な行為であるとしても、被上告人国が賠償責任を負うことがあるのは格別、公務員である被上告人A個人は、上告人に対してその責任を負わないと解すべきであ(最高裁昭和二八年(オ)第六二五号同三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、最高裁昭和四九年(オ)第四一九号同五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)。したがって、本件発言が憲法五一条に規定する「演説、討論又は表決」に該当するかどうかを論ずるまでもなく、上告人の被上告人Aに対する本訴請求は理由がない。これと同旨の理由により右請求を排斥すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響しない説示部分をとらえて原判決を論難するものであって、採用することができない。

同第二点について
一 国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを規定するものである。そして、国会でした国会議員の発言が同項の適用上違法となるかどうかは、その発言が国会議員として個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背してされたかどうかの問題である。
二 ところで、国会は、国権の最高機関であり、憲法改正の発議・提案、立法、条約締結の承認、内閣総理大臣の指名、弾劾裁判所の設置、財政の監督など、国政の根幹にかかわる広範な権能を有しているのであるが、憲法の採用する議会制民主主義の下においては、国会は、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を、その構成員である国会議員の自由な討論を通して調整し、究極的には多数決原理によって統一的な国家意思を形成すべき役割を担うものであり、国会がこれらの権能を有効、適切に行使するために、国会議員は、多様な国民の意向をくみつつ、国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されているのである。そして、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会議員の立法行為そのものは、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法行為を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法上の違法の評価は受けないというべきであるが(最高裁昭和五三年(オ)第一二四〇号同六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁)、この理は、独り立法行為のみならず、条約締結の承認、財政の監督に関する議決など、多数決原理により統一的な国家意思を形成する行為一般に妥当するものである。
これに対して、国会議員が、立法、条約締結の承認、財政の監督等の審議や国政に関する調査の過程で行う質疑、演説、討論等(以下「質疑等」という。)は、多数決原理により国家意思を形成する行為そのものではなく、国家意思の形成に向けられた行為である。もとより、国家意思の形成の過程には国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益が反映されるべきであるから、右のような質疑等においても、現実社会に生起する広範な問題が取り上げられることになり、中には具体的事例に関する、あるいは、具体的事例を交えた質疑等であるがゆえに、質疑等の内容が個別の国民の権利等に直接かかわることも起こり得る。したがって、質疑等の場面においては、国会議員が個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うこともあり得ないではない。

しかしながら、質疑等は、多数決原理による統一的な国家意思の形成に密接に関連し、これに影響を及ぼすべきものであり、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を反映させるべく、あらゆる面から質疑等を尽くすことも国会議員の職務ないし使命に属するものであるから、質疑等においてどのような問題を取り上げ、どのような形でこれを行うかは、国会議員の政治的判断を含む広範な裁量にゆだねられている事柄とみるべきであって、たとえ質疑等によって結果的に個別の国民の権利等が侵害されることになったとしても、直ちに当該国会議員がその職務上の法的義務に違背したとはいえないと解すべきである。憲法五一条は、「両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。」と規定し、国会議員の発言、表決につきその法的責任を免除しているが、このことも、一面では国会議員の職務行為についての広い裁量の必要性を裏付けているということができる。もっとも、国会議員に右のような広範な裁量が認められるのは、その職権の行使を十全ならしめるという要請に基づくものであるから、職務とは無関係に個別の国民の権利を侵害することを目的とするような行為が許されないことはもちろんであり、また、あえて虚偽の事実を摘示して個別の国民の名誉を毀損するような行為は、国会議員の裁量に属する正当な職務行為とはいえないというべきである。

以上によれば、国会議員が国会で行った質疑等において、個別の国民の名誉や信用を低下させる発言があったとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。

三 これを本件についてみるに、前示の事実関係によれば、本件発言が法律案の審議という国会議員の職務に関係するものであったことは明らかであり、また、被上告人Aが本件発言をするについて同被上告人に違法又は不当な目的があったとは認められず、本件発言の内容が虚偽であるとも認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。したがって、被上告人国の国家賠償法上の責任を否定した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 尾崎行信
裁判官     園部逸夫
裁判官     大野正男
裁判官     千種秀夫
裁判官     山口 繁
                                            弁護士 三木秀夫

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