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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
奈良平群町の「騒音おばさん」に判決(2006年04月21日)騒音による傷害罪
○約2年半にわたってラジカセで大音量の音楽を流し、隣人に体調不良を起こさせたなどとして傷害罪などに問われたK被告(59)=奈良県平群(へぐり)町若葉台3丁目=の判決公判が21日午前、奈良地裁であった。奥田哲也裁判長は「被害者に困惑を与えることに徹した執拗(しつよう)、陰湿な犯行で、再犯の可能性も高い」などとして懲役1年(求刑懲役3年)の実刑を言い渡した。 
 
判決によると、K被告は02年11月〜05年4月、自宅勝手口付近にCDラジカセを置いて昼夜を問わず隣人宅に向け大音量の音楽を流し続け、隣人女性(65)に精神的ストレスを与え、高血圧、めまい、睡眠障害など1カ月の傷害を負わせた。公判では、(1)騒音による傷害罪が成立するか(2)女性を体調不良に陥らせてやろうとする故意があったか――などが主な争点となった。 
 
判決は、騒音を発生させた期間が2年5カ月の長期にわたり、時間帯も夜間を含めたほぼ一日中だった▽音量は窓を閉めた状態でも最大値で電話のベルや騒々しい街頭に匹敵する――などと指摘。自宅でほとんどの時間を過ごす女性に精神的ストレスを与え、身体の生理的機能を害する危険性があるとして、傷害罪の実行行為に当たると認定した。そのうえで、隣人女性の高血圧症を知っていたことや、町職員や警察官の注意を無視して騒音を出し続けており、「身体に何らかの傷害を負う可能性があることを知りつつ騒音を出し続けた」として、傷害の未必的故意があったと判断した。 
 
K被告は昨年4月に傷害容疑で逮捕・起訴され、1年以上勾留(こうりゅう)が続いている。奥田裁判長は未決勾留のうち250日を刑に算入した。 (2006年04月21日asahi.com)((注)被告名はイニシャル化した)

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○世の中を騒がした、あの奈良平群町の騒音おばさん事件の刑事事件判決が出た。奈良県平群町で主婦Kが、長年月にわたって大音量の音楽や怒号などを出し続け、隣人が頭痛やめまいといった傷害を起こさせた容疑で逮捕された事件である。

布団を叩きながらの「引っ越し!引っ越し!さっさと引っ越し!」の大声は、テレビのニュース番組やバラエティ番組で全国の茶の間に流れ、大きな話題となっていた。

Kは、引っ越して来た隣人夫婦が挨拶が無い事に立腹していたが、その後その隣人宅の庭の外灯が眩しいと言って苦情を言ったが聞き入れてもらえなかったことに激怒して始めたことだそうである。大音量CDや布団叩き以外にも、車のクラクションや隣人宅壁への落書き、インターホンへの接着剤流布、物を燃やして煙幕を張るなど、ありとあらゆる嫌がらせ攻撃をしたようである。

すでに、Kは、すでに隣人からは奈良地裁から迷惑行為を禁止した仮処分決定を受けており、それさえも無視したことから、さらに隣人から300万円の損害賠償請求を起こされ、2005年10月6日には、大沢晃裁判官から200万円の支払いが命じる判決が出されていた。その際に、Kからは隣人に200万円の損害賠償を求める反訴を出していたが、これは棄却されていた。今回は刑事裁判での判決である。検察側の求刑は懲役3年であったが、判決は懲役1年の実刑(未決勾留日数250日は算入)であった。

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○今回の騒音をめぐる刑事事件では、(1)騒音による傷害罪が成立するか(2)女性を体調不良に陥らせてやろうとする故意があったかなどが主な争点となったが、先例となる判例は多くはない。

○そのうちの一つは、今回の奥田裁判官がやはり奈良地裁で判決したものであるが(平成16年4月9日奈良地方裁判所判決)、それは自宅から隣家に居住する被害者に向けてラジオの音声や目覚まし時計のアラーム音を鳴らし続けて慢性頭痛症等を負わせたというもので、今回と類似した事件であり、その量刑も、今回と同じ懲役1年であった(未決勾留日数は50日算入)。

○もう一つ先例となりうる事件は、会社を退職せざるを得なくなったのは上司であった被害者の策略によるものと思い込んだ被告人が、約7か月間にわたってほぼ連日、被害者方付近を徘徊し、被害者方に向かって「ばかやろう」「どろぼう」などと怒号し、付近の鉄板を足で踏み鳴らし、ダンプカーを運転して被害者方玄関先で急停車や空ぶかしを繰り返し、自転車のベルを鳴らして騒音を発したり、門扉(時価約5万円相当)を足蹴りするなどして破壊するなどの一連の嫌がらせ行為をした結果、被害者に入院加療約3か月間を要する不安及び抑うつ状態の傷害を負わせたという事件である。このときの判決(平成6年1月18日名古屋地方裁判所判決)は、傷害罪と器物損壊罪の成立を認めた上で、懲役2年6月(未決勾留日数470日算入)であった。

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○傷害罪は、刑法204条に規定された罪で、人の身体を害する傷害行為を犯罪とし、法定刑は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金となっている。ちなみに、銃や刀剣を用いて傷害を行った場合などは暴力行為等処罰に関する法律によって、さらに重く法定刑が科される。

○刑法(明治40年4月24日法律第45号)
(傷害)
第204条  人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

○「傷害」の意味については、生理機能や健康状態を害することであるとする生理機能障害説と、身体の完全性を害することとする完全性毀損説がある。後者は生理機能の障害のほか身体の外貌に重大な変化を生じさせたような場合も傷害になるとするため、例えば人の毛髪を切り取った場合についても傷害罪が成立しうる。どちらの説に立った場合でも、体調不良や強度の神経症状を起こさせたときは傷害罪が成立する。

○傷害罪は、「暴行」、つまり人の身体に対する物理的な有形力の行使の結果として生じることが典型的なケースである。例えば人への殴打などで怪我をさせる場合などである。

ここでいう暴行について、被害者に向けて発した「騒音」が、被害者の身体に直接的に物理的な影響を与えたような場合は、ここでいう暴行と考えることはできる。例えば、被害者の身辺で大太鼓を連打し、被害者らに意識朦朧たる気分を与え又は脳貧血を生じさせた場合につき刑法208条の暴行に当たるとした事例(最高裁第二小法廷昭和29年8月20日刑集8巻8号1277頁)、耳の近くで拡声器を通じて大声を発して被害者に感音性難聴の傷害を与えた件で傷害罪の成立を認めた事例(大阪高裁判決昭和59年6月26日高検速報昭和59年6号)などがそういった事例である。

○しかし、今回の平群町の騒音おばさんのようなケースは、隣地から大きな音で騒音を出していたという事案で、大きな迷惑であることには間違いがないが、被害者の身体に直接的に物理的な影響を与えたような場合とまでは言い難い。この場合にまで傷害罪とするのは、その範囲を拡大し過ぎるという意見もありうる。

しかし、この点について、ながら、前記の平成16年4月9日奈良地方裁判所判決では、「傷害罪の実行行為は、人の生理的機能を害する現実的危険性があると社会通念上評価される行為であって、そのような生理的機能を害する手段については限定がなく、物理的有形力の行使のみならず無形的方法によることも含むと解される。長時間にわたって過大な音や不快な音を聞かされ続けると精神的ストレスが生じ、過度な精神的ストレスが脳や自律神経に悪影響を与えて、頭痛や睡眠障害、耳鳴り症といった様々な症状が出現することが認められ、このような事実によれば、騒音を発する行為も傷害罪の実行行為たりうるというべきである」として、傷害罪の成立を認めた。

傷害罪は、他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上、その手段が何であるかを問わない(最高裁第二小法廷判決昭和27年6月6日刑集6巻6号795頁)。耳の近くで太鼓や拡声器などを使って大音量を出す暴行は、人の身体に対する有形力の行使と言えるであろうが、そればかりでなく、それ以外の無形的な手段によってもなされ、そういった行為で被害者に精神的障害を生じさせた場合にも、全体として暴行に当たることは認められ、傷害罪の実行行為性は肯定できる。
 
○なお、今回は、傷害罪の故意についても争われたが、暴行による傷害の場合には、暴行の故意で足りると解されている(最高裁第一小法廷判決昭和22年12月15日刑集1巻80頁)。しかし、今回の平群事件のように、暴行以外の方法による傷害の場合には、傷害の故意を要することになる。今回の判決では、この点について、隣人女性の高血圧症を知っていたことや、町職員や警察官の注意を無視して騒音を出し続けており、「身体に何らかの傷害を負う可能性があることを知りつつ騒音を出し続けた」として、傷害の未必的故意があったと判断した。 

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○平成16年4月9日奈良地方裁判所判決

判 決
被告人に対する傷害被告事件について、当裁判所は、検察官大竹美穂、弁護人川ア記(主任)、同清王達之(いずれも私選)出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主 文
被告人を懲役1年に処する。
未決勾留日数中50日をその刑に算入する。

理 由
(罪となるべき事実)
被告人は、平成14年6月ころから平成15年12月3日ころまでの間、奈良市a町(以下省略)の自宅から隣家に居住するAらに向けて、同人に精神的ストレスによる障害が生じるかもしれないことを認識しながら、あえて、連日連夜にわたりラジオの音声及び目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続ける等して、同人に精神的ストレスを与え、よって、同人に全治不詳の慢性頭痛症、睡眠障害、耳鳴り症の傷害を負わせたものである。

(事実認定の補足説明)
弁護人は、@被告人の行為は暴行罪における暴行にも傷害罪の実行行為にもあたらず、A被告人には暴行の故意のみならず傷害の故意もない旨主張するので、以下これらについて検討する。

1 実行行為について
関係証拠によれば、被告人は、被害者方に向けて、判示のとおり平成14年6月ころから平成15年12月3日ころまでの間、連日朝から深夜午前1時ころないしは午前4時ころまでラジオの音声や目覚まし時計のアラーム音を鳴らし続けていたこと、平成15年10月1日午後1時50分ころから午後2時50分ころまでの間及び同年11月12日午後5時35分ころから午後6時5分ころまでの間に被告人方から発せられた騒音を測定したところ、被告人方敷地の境界から約1メートル離れた被害者方家屋東側軒下において最大値が79.1デシベル及び79.3デシベル、平均値が70.2デシベル及び70デシベル、被告人方の方向に開口部のある被害者方1階台所において、窓ガラスを開放した状態で、最大値が66.3デシベル及び70.9デシベル、平均値が56.6デシベル及び61.7デシベル、窓ガラスを閉じた状態で、最大値が59.6デシベル及び63.2デシベル、平均値が51.2デシベル及び49.7デシベル、同じく被告人方の方向に開口部があり被害者が寝室として使用している被害者方2階和室において、二重になった窓ガラスを開放した状態で最大値が61.8デシベル及び72.3デシベル、平均値が57.5デシベル及び61デシベル、この窓ガラスを閉めた状態でも最大値が51.3デシベル及び45.8デシベル、平均値が38.3デシベル及び37.4デシベルあったこと、騒音は80デシベルで地下鉄や電車の車内に、70デシベルで電話のベル、騒々しい事務所の中や街頭に、60デシベルでも静かな乗用車や普通の会話に匹敵するものであること、正常な風俗環境の保持を目的とする奈良県風俗営業等の規制及び業務の適性化等に関する条例では、第1種低層住居専用地域に属する判示の地域において、日出時から午前8時までが45デシベル、午前8時から日没時までが50デシベル、日没時から午後10時までが45デシベル、午後10時から日出時までが40デシベルとされており、また、中央環境審議会答申の屋内指針では、一般地域で昼間については、会話影響に関する知見を踏まえて45デシベル以下、夜間については、睡眠影響に関する知見を踏まえて35デシベル以下とすることが適当と考えられていることが認められる。
 
ところで、傷害罪の実行行為としての暴行は、暴行罪におけるそれと同義で、人の身体に対する物理的な有形力の行使であるところ、上記認定事実によっても、被告人の発する騒音の程度が被害者の身体に物理的な影響を与えるものとまではいえないから、被告人の上記行為は暴行にはあたらないといわざるを得ない。

しかしながら、傷害罪の実行行為は、人の生理的機能を害する現実的危険性があると社会通念上評価される行為であって、そのような生理的機能を害する手段については限定がなく、物理的有形力の行使のみならず無形的方法によることも含むと解されるところ、関係証拠によれば、長時間にわたって過大な音や不快な音を聞かされ続けると精神的ストレスが生じ、過度な精神的ストレスが脳や自律神経に悪影響を与えて、頭痛や睡眠障害、耳鳴り症といった様々な症状が出現することが認められ、このような事実によれば、騒音を発する行為も傷害罪の実行行為たりうるというべきである。

そして、冒頭で認定の事実、とりわけ、被告人が被害者に向けて騒音を流し続けた期間が約1年6か月もの長期間にわたっていること、1回の時間帯も朝から深夜までの長時間で、通常人が就寝している深夜にまで及んでいること、騒音の程度も被害者方敷地はもとより屋内でも窓を開放した状態では、最大値は地下鉄や電車の車内あるいは騒々しい事務所の中や街頭並み等であり、平均値でも上記条例や指針の基準を大幅に上回り、窓を閉めた状態でも最大値は静かな乗用車や普通の会話並み等で上記基準を超えており、平均値でもこの基準を超えるかほぼ同じ程度であること等に照らすと、被告人の上記行為は、被害者に対して精神的ストレスを生じさせ、さらには睡眠障害、耳鳴り、頭痛等の症状を生じさせる現実的危険性のある行為と十分評価できるから、傷害罪の実行行為にあたるというべきである。よって、この点についての弁護人の主張は採用できない。

2 故意の有無について
関係証拠によると、被告人は、被害者方に最も近い位置にある被告人方台所に、ポータブルラジオをスピーカーが被害者方に向くようにした上、窓を一部開けたままにして窓枠に置き、さらに目覚まし時計も台所の流し台横のラックに複数個並べて置いて、上記1で認定した期間、時間帯に同認定の程度の騒音を発していたこと、被告人は、家族が不快に思い、近所迷惑になると考えてラジオの音量を下げたり、時計のアラーム音を止めたりしても、家族に暴力を振るう等してこれを止めようとせず、警察官から上記騒音測定の際に、インターホンを通して、あるいはハンドマイクを使ってラジオの音声や目覚まし時計のアラーム音を止めるよう警告されてもこれに応じようとしなかった上、平成15年11月21日には被告人の判示の行為が被害者に対する傷害にあたるとの被疑事実で家宅捜索を受けて上記ラジオや目覚まし時計を押収されたのに、新たにラジオカセットレコーダーや複数の目覚まし時計を用意して従前と同様に騒音を発し続けていたこと、被告人は、被害者の子供がキャッチボール中被告人の使用する自動車にボールを当ててしまったこと等を契機に、被害者との間で確執が生じ、平成12年には、被害者の家族を中傷して名誉毀損罪で刑事告訴されて逮捕勾留されたところ、この件で起訴猶予処分になり、釈放された直後からラジオ音声を鳴らすようになり、これをエスカレートさせて判示の行為に及んだことが認められ、このような被告人の本件行為の態様、これに対する家族や警察官の警告等の状況、被告人と被害者との確執の状況等に照らすと、被告人が騒音を発して被害者を困惑させる意図のもとに判示の行為に及んだことは明らかである。そして、判示のような騒音を発する行為は、これを受けた人にとって相当大きな精神的負担となり、これが継続されれば精神的ストレスにより様々な心身の疾患を生じさせることは社会通念上顕著であって、これをも併せて考えると、被告人は、少なくとも、判示のとおり被害者が精神的ストレスを負ってその身体に障害が生じる可能性があることを認識しつつ、あえて判示行為に及んだと認めるのが相当であり、被告人には被害者に対する傷害罪の未必的故意があったものというべきである。これに対して、被告人は、捜査段階及び公判段階を通じて、被害者に対し嫌がらせのために判示の行為をしたわけではない旨、弁護人の主張に沿う供述をするけれども、上記認定事実に照らして、不合理かつ不自然で、到底信用できない。よって、この点に関する弁護人の主張も採用できない。

(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法204条に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役1年に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中50日をその刑に算入することとする。

(量刑の理由)
本件は、被告人が、隣人である被害者にラジオの音声や目覚まし時計のアラーム音を鳴らし続けて、傷害を負わせたという事案である。被告人は、約1年半もの長期間にわたって、連日連夜、朝から深夜まで大音量でラジオの音声を流したり、目覚まし時計のアラーム音を鳴らすといった騒音を発し続け、警察から止めるように何度も警告を受け、ラジオや目覚まし時計を押収されても犯行を継続していたのであり、その犯行態様は非常に陰湿かつ執拗といわなければならない。のみならず、被害者は長期間にわたって被告人の発する騒音に思い悩まされた挙げ句、回復の見込みが不明の慢性頭痛症、睡眠障害、耳鳴り症の傷害を負うに至っており、本件犯行の結果も重い。そして、被告人は、かねて被害者らとの間で確執があり、名誉毀損罪で刑事告訴され逮捕勾留されたことから、一方的に悪感情を抱き、被害者らへの嫌がらせのため本件犯行に及んだもので、その短絡的かつ身勝手な動機に酌量の余地は全くない。しかるに、被告人は、不合理極まりない弁解に終始し、犯意を否認する等して自己の行為を正当化することに汲々とし、反省の態度が全く認められないのであって、被告人のこのような態度を目の当たりにした被害者が今なお被告人に対して厳重処罰を望んでいるのも当然というべきである。以上の点にかんがみると、犯情は極めて悪く、被告人の刑事責任を軽視することはできない。そうすると、被告人の夫が、娘らと協力して被告人を監督する旨当公判廷で約束するとともに、被告人が被害者らと離れて暮らすべく自宅以外に新たにアパートを借りて、被告人の置かれた環境の改善に努める等し、その更生に家族全体で取り組む姿勢を示していること、被告人は平成12年に被害者に対する名誉毀損罪で起訴猶予処分になったことがあるのみで、前科はないこと等被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、被告人に対して刑の執行を猶予すべきであるとは到底いえず、主文掲記の実刑をもって臨むことは止むを得ない。
よって、主文のとおり判決する。(求刑・懲役2年)
 
平成16年4月9日
奈良地方裁判所刑事部
裁判長裁判官 奥田 哲也
裁判官      御山真理子
裁判官      実本  滋

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○平成6年1月18日名古屋地方裁判所判決
(判例タイムズ858号272頁)

主 文
被告人を懲役二年六月に処する。
未決勾留日数中四七〇日を右刑に算入する。

理 由
(犯行に至る経緯)
(略)

(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 前記有恒不動産株式会社を退職せざるを得なくなったのは、当時の上司であったCの策略によるものであると思い込み、同人に嫌がらせをして報復しようと企て、そのため同人がノイローゼ等の心神の異常を来してもやむなしと考え、成三年五月二日頃から同年一一月二五日頃までの間、名古屋市瑞穂区村上町〈番地略〉所在の前記C(当時七一歳)方前路上やその周辺において、ほぼ連日にわたり付近を徘徊して自己の存在を顕示した上、同人方に向かって、「C出て来い。」、「ばかやろう、ばかやろう。」、「どろぼう。」、「やい、ギャアー。」などと怒号し、C方前道路と車庫の段差部分に架け渡した鉄板を足で力一杯何度も踏み鳴らし、ダンプカーを運転して来てC方玄関先で急停車や空ぶかしを繰り返したり、殊更に自転車のスタンドを地面に打ちつけ、あるいは自転車のべルを鳴らすなどして騒音を発するなどし、これら一連の嫌がらせ行為によってCに著しい精神的不安感を与え、よって、同人に入院加療約三か月間を要する不安及び抑うつ状態の傷害を負わせた
第二 平成四年二月一六日午後七時一○分頃、前記C方前路上においてインターホンを押して嫌がらせをしたところ、Cの長男Gから叱責されて激昂し、C所有にかかる同人方鋳物製出入口門扉(時価約五万円相当)を足蹴りするなどして破壊し、もって、他人の器物を損壊したものである。
(証拠の標目)〈省略〉

(当裁判所の判断)〈省略〉

(量刑の理由)
本件各犯行の動機は、被告人が有恒不動産を退職したことにつき被害者に非があるとして被害者に対し強い恨みを抱いたことにある。
弁護人は、被害者が被告人に対し、今後誓約事項に違背した場合は退職する趣旨を含む誓約書を徴求したことは、就業規則に根拠のない不当な行為であり、被告人の退職は自発的な形式をとっているものの、右の誓約書があるため不可避的に行われた一方的なものである旨主張するが、前記認定のとおり、被告人には職場放棄の非違行為もあり、飲酒が原因で欠勤する状態となっていたのであるから、他人の生命や財産の保全という警備員の責任の重大さに照らし、その人事事務に携わっていた被害者が、被告人の職場復帰に際し前記のような誓約書を求めたり、会社との約束である禁酒が守れず、またもや心神の不調を訴えた被告人の病状に重大な関心を抱き、被告人の職場適性の判断要素とするため家族の者と連絡を取ったとしても、それは管理職として当然の行動であって、何ら非難されるべき筋合いのものではない。被告人は、保証人である兄からの勧めを受け、自ら退職届を書いて会社に提出することにより自主退職したものであり、その行為が他に方法のない不可避的なものであったとは到底解せられない。結局、当審における証拠調べによっても、被害者にはさしたる落ち度は認められないものであるし、被告人が退職に不満であれば民事訴訟等の適法な手段を取るべきであって、そのような手段を取らず本件の犯行に及んだ動機には酌量の余地が乏しい。

判示第一の傷害罪は、約七か月間の長期にわたりほぼ連日、被害者方前で騒音を発する等の一連の脅迫的行為を繰り返し、被害者に入院加療約三か月間の傷害を負わせたものであり、通常人からは理解されない独自の信念に基づく執拗かつ悪質な犯行であるし、判示第二の器物損壊罪もその一連の行為の延長として行われたものである。第一の犯行により被害者が負った精神的障害は重大であり、第二の犯行により生じた財産的損害も小さくないにもかかわらず、被告人は、非難されるべきは被害者であるとして依然として自らの非を認めておらず、したがって再犯のおそれも大きく、被害者の厳しい処罰感情も理解できる。また、被告人には、前記認定のとおり、本件の被害者に対する犯罪で過去に三回服役しており、刑による矯正効果があがっていないこと、本件で服役した後も社会復帰のための適切な監督者がいないこと等の事情も考慮せざるを得ない。 以上からすれば、被告人には厳しい非難がなされるべきであり、他方において、結局は被告人も被害者に対する嫌がらせに終始した期間自らの人生を浪費したのみで何ら得るところがなく、取り返しのつかない損失を被ったものとの理解もできること、本件の被害者絡みの事件を除けば、大した前科もないこと等被告人に有利に斟酌すベき事情を十分考慮しても、主文の量刑はやむを得ないところである。よって、主文のとおり判決する(求刑 懲役三年)。

(裁判長裁判官土屋哲夫 裁判官政岡克俊 裁判官神山千之)
                                            弁護士 三木秀夫

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