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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
アサヒビール「イナバウアー」を商標出願(2006年05年10日)商標登録と人
○トリノ五輪フィギュアスケート女子金メダリスト荒川静香(24)の得意技として知られる「イナバウアー」が、特許庁に商標登録出願されていたことが9日、分かった。アサヒビールが五輪閉幕直後に出願していた。「荒川さんが金メダルを獲得して技の名前が広がった。商品化は決定していないが、将来的に商品名として使う可能性があるかもしれないため」(広報部)と説明している。
 
「イナバウアー」の商標登録出願は3月3日、荒川が得意とする「ビールマンスピン」や、3回転半ジャンプを意味する「トリプルアクセル」とともに出願された。申請資料によると商標の指定商品は「日本酒、洋酒、果実酒、中国酒、薬味酒」とある。近い将来、日本酒や洋酒の「イナバウアー」が発売されるかもしれない。(ニッカンスポーツ2006年5月10日)

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○商標とは、ある商品や役務(サービス)を他のものと区別するために用いられる名称や図形などのことをいう。

商標法での定義を要約すると、文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(「標章」)であつて、業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの、または業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするものをいう。(商標法第2条)

商標登録は、ときどきこういった話題を振りまく。今度は、トリノオリンピックで、日本人で唯一金メダルを獲得した荒川静香の得意技が対象となった。まあ、今年の流行語大賞ノミネートが確実のこの言葉を、一企業が商標登録出願したということで、インパクトが大きかったようだ。インターネットブログでは意見が沸騰しているようである。

○今回、アサヒビールは、五輪直後の3月3日に出願したということで、「イナバウアー」のほかにも、荒川選手が得意とする「ビールマンスピン」と「トリプルアクセル」も出願したようである。

今回、これが話題になったのは、何をおいても、あの荒川静香の演技で有名になったこれらの名称は、国民の多くが荒川静香の代名詞のように感じ、それを別の企業が独占するのはいかがなものか、ということにあろう。これが話題になること自体が、国民が何となくしっくりこないものを感じていることを示しているように思う。

今回のように、日本では、社会で広く浸透した名称は、「公共財」という意識が強くあり、それを一つの企業が独占することに嫌悪感が生じやすい。「NPO」「ボランティア」事件や、「のまネコ」騒動は、まさにその意識が顕在化して紛争化したものであり、今回の「イナバウアー」騒動もこれに通ずるものがある。大企業などの知的財産部は、単に商標法の条文解釈や企業戦略の狭い範囲で行動するだけでなく、こういった社会の雰囲気にも敏感であるべきではなかろうか。

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○このニュースが流れた後、関西のテレビ局MBS(毎日放送)のニュース番組「ちちんぷいぷい」で、この事件の取材を受け、それがその番組で流された。その際に、「市民は、他人のふんどしで相撲を取ったと感じるのでは」と言ったら、番組でもその言葉が流された。

ただ、その際には述べたことであるが、その番組では「あの荒川静香の・・・」というまくら言葉でこれが論じられていたが、これらの名称は、もともとは、この技をあみ出した外国の選手の氏名に由来しているものであって、荒川静香自身に独占権があるわけでもない。

また、その取材の際にも答えたが、「ビールマンスピン」とか「トリプルアクセル」は、その指定商品(酒類)においては、他の商品等と混同が生じる恐れはないし、公益に反するなどの拒否理由もないので登録されるのではないかと思うが、「イナバウアー」は外国の人名そのものであるため、もし、特許庁の担当官が、これを「人名」と考えたら、その本人の同意がない場合は、登録が認められないものの、そう判断するかどうかは微妙ではないかと思われる。この点は、より専門的な弁理士などの見解を待ちたいところである。

ただ、はっきり言えることは、トリノオリンピック以前なら、おそらく「イナバウアー」が「人名」と考える特許庁の人は少なかったと思うが、現在では、そうでもないであろう。ただ、人名である以上に、この名前は「技」の名称として普及していることも、判断に影響が出るのではないかという気もする。

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○「イナバウアー」という技は、荒川選手がトリノオリンピックで披露後に、テレビなどでさんざん解説が流されたが、それの受け売りによれば、旧西ドイツのファイギアスケート選手であるイナ・バウアー (Ina Bauer)が、1957年の米での世界選手権で披露したことから命名されたとのことである。このイナ・バウアー選手は、美人で、その後に映画女優もしていたそうで(写真)、今もドイツでジュニアの競技会「イナ・バウアー杯」を開催しているとのことである。

ただ、私たちに強烈な印象を与えた上半身をそらす姿勢は、必ずしもイナバウアーの要件ではないらしく、本来は足を前後にずらして、足先を180度に開き横に移動する足技のことを言い、荒川静香のイナバウアーは、正確には「レイバック・イナバウアー」と呼ばれるらしい。

○アサヒビールが出した商標のあと2つ、「ビールマンスピン」と「トリプルアクセル」も荒川静香の得意技である。

聞くところでは、100ほどあるフィギアの技の中でも、人名を冠した技は「イナバウアー」以外に4つあり、そのうちの2つが「ビールマン・スピン」と「アクセルパウルゼンジャンプ」らしい。

前者の「ビールマン・スピン」は、スイスのデニス・ビールマン選手が1977年に成功させた、両手で足を頭上に持ち上げるスピン技をいうらしい。

後者の「アクセルパウルゼンジャンプ」は、1882年にノルウェーのアクセル・パウルゼン選手があみ出した前向きで踏み切る1回転半ジャンプ「アクセルパウルゼンジャンプ」に基礎があり、その3回転半ジャンプをトリプルアクセルというらしい。2回転半はダブルアクセルといい、3回転半なので、トリプルが付くとのことである。このトリプルアクセルは、あの往年の伊藤みどりがオリンピックで初めて成功させて彼女の代名詞になっている(今でも1回転半くらいはできるのだろうか?)。

以上からすると、アサヒビールが商標登録申請した「イナバウアー」は人名とほぼ一致するが、「ビールマンスピン」はデニス・ビールマン選手から、「トリプルアクセル」はアクセル・パウルゼン選手が始まりのため、人名とは一部は重なるが一致するわけではない。

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○以上のことから考えるに、今回のアサヒビールが出した「イナバウアー」、「ビールマンスピン」、「トリプルアクセル」の商標登録のうち、後者の2つは登録が認められる余地は大きいと解される。少なくとも、商標登録が認められない場合を定めた商標法4条に該当するものが見当たらないからである。

ただ、「イナバウアー」に関しては、商標法4条1項8号に該当するかどうかが微妙なケースではないか。

○商標法
(商標登録を受けることができない商標)
第四条  次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
八  他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

○ただ、この条文で気になる点は、他人の雅号・芸名・筆名もしくは略称については「著名な」という要件が入っているが、他人の肖像・氏名・名称については、この「著名な」の要件が入っていないことである。他人の氏名は、仮に著名でなくても、条文上は、その他人の承諾が必要となる。「実務上は、自己の氏名等と一致する全ての他人の承諾を必要とするのではなくて、他人にはある程度の著名性が考慮され」る(工藤莞司「実例でみる商標審査基準の解説」(発明協会))。

これからしたら、ドイツのイナ・バウアー(Ina Bauer)元選手に、「ある程度の著名性」があるかどうかで、結論が分かれるのではないか。

ちなみに、ドイツのイナバウアー元選手の正確なフルネームが何なのであるかは、気になるところである。Ina Bauerのほかに、ミドルネームなどがもしあるとしたら、「イナバウアー」は人名ではなく、略称であって、略称としては著名ではないという判断もありうることになる。ただ、調べてみた限りでは、Ina Bauerがどうもフルネームのようで、それ以外の情報はどうも入らない。(どなたか、教示いただければ幸いである。)

著名人の略称に関しては、セシル・マクビー事件の判例(平成16年8月9日東京高等裁判所判決・判例時報1875号130頁)が、一つの参考になる。

この事件は、株式会社ジャパン イマジネーションが展開するブランド「セシルマクビー」(CECIL McBEE. )に対して、ミュージシャンとして50年代から活動しているセシル・マクビー氏が、自分と同名での商標権の無効を求めて起こした審判請求事件である。

この事件について、東京地方裁判所は「同氏の本名はミドルネームを入れたセシル・リロイ・マクビーであり、その略称である『セシルマクビー』という名称はジャズの世界では有名かもしれないがそれを超えて著名とは言えない。」と原告の訴えを棄却した。

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○セシルマクビー事件(平成16年8月9日東京高等裁判所判決)
(判例時報1875号130頁)

主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1 請求
特許庁が無効2000−35182号事件について平成15年10月8日にした審決を取り消す。

第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
被告は,別添審決謄本後掲のとおり,欧文字の「CECIL McBEE」を横書きし,その中の「BEE」の部分の下に片仮名文字で小さく「セシル マクビー」と横書きしてなり,指定商品を別表第25類「洋服,コート,セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,和服,エプロン,えり巻き,靴下,ショール,スカーフ,手袋,ネクタイ,ネッカチーフ,マフラー,帽子,バンド,ベルト,靴類(「靴合わせくぎ,靴くぎ,靴の引き手,靴びょう,靴保護金具」を除く。),げた,草履類,運動用特殊衣服,運動用特殊靴(「乗馬靴」を除く。)」とする商標登録第4136718号商標(平成8年10月1日登録出願,平成10年1月19日登録査定,同年4月17日設定登録,以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は,平成12年4月10日,本件商標の商標登録を無効にすることについて審判の請求をし,特許庁は,同請求を無効2000−35182号事件(以下「本件審判事件」という。)として審理した上,平成14年2月19日,「登録第4136718号の登録を無効とする。」との審決(以下「第1次審決」という。)をした。

被告は,同年3月28日,第1次審決の取消訴訟(当庁平成14年(行ケ)第151号事件,以下「前訴」という。)を提起し,東京高裁は,同年12月26日,第1次審決を取り消す旨の判決(以下「前訴判決」という。)をした。その後,原告は,最高裁に上告受理の申立てをしたが,平成15年7月11日に不受理決定がされ,前訴判決は確定した。
 
特許庁は,前訴判決の確定を受けて,本件審判事件の審理を再開した上,同年10月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された。

2 本件審決の理由
(略)

第3 原告主張の本件審決取消事由
(略)

第4 被告の反論
(略)

第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(行政事件訴訟法33条1項の解釈適用の誤り)について
(略)

2 取消事由2(審級の利益の侵害)について
(略)

3 取消事由3(原告の氏名の略称の著名性に関する認定判断の誤り)について
(1)まず,商標法4条1項8号の趣旨について検討すると,同号が,他人の氏名等を含む商標について登録を受けることができないと規定する趣旨は,当該他人の人格権を保護する点にあるところ,同号が,他人の「氏名」については著名性を要件としていないのに対し,他人の「略称」についてはこれを要件としているのは,戸籍によって通常確定される「氏名」(在外外国人の場合はパスポート等によって通常確定される「本名のフルネーム」。以下,同じ。)とは異なり,略称については,これを使用する者がある程度恣意的に選択する余地があること,そして,著名な略称であって初めて氏名と同様に特定人を指し示すことが明らかとなり,氏名と同様に保護されるべきことによるものと解される。
 
上記のとおり,同号が略称について規定する著名性とは,略称について,使用する者が恣意的に選択する余地のない氏名と同様に保護するための要件であるから,それが認められるためには,当該略称が,我が国において,特定の限られた分野に属する取引者,需要者にとどまらず,その略称が特定人を表示するものとして,世間一般に広く知られていることが必要であるというべきである。なぜならば,同号の趣旨は,上記のとおり,当該他人の人格権の保護にあるところ,特定の限られた分野においてのみ知られている略称について,その分野に属さない商品又は役務に商標として使用されても,当該他人の人格権が侵害されたということはできないし,また,同号所定の著名性が認められる他人の略称は,分野を問わず,すべての指定商品及び指定役務について商標登録を受けることができなくなるのであるから,特定の限られた分野に属する取引者,需要者のみに知られている略称について,すべての指定商品及び指定役務について商標登録の阻害事由となると解することは,商標登録を受けようとする者に酷な結果をもたらすといわざるを得ないからである。
 
これに対し,原告は,同号において「略称」保護の要件として要求されている著名性の程度は,出所混同の蓋然性が認められる程度の高度なものである必要はない旨主張するが,そうした主張が,略称を有する者の保護に偏した見解であって失当であることは,上記より明らかというべきであるから,採用の限りではない。

(2)以上を前提に,原告の氏名の略称としての「CECIL McBEE」の著名性について検討する。
ア 原告が,「CECIL McBEE」の著名性について,本件審判事件及び前訴で提出した証拠(本訴乙15−3〜10,乙15−11−1及び5,乙15−12−1〜乙15−25)は,上記1(2)ア,ウ及びオのとおりであり,そのほとんどが英文であることからしても,そもそも,我が国における原告の氏名の略称の著名性ないし知名度を示す証拠としての価値は低いというべきである。

イ また,原告が本件訴訟において新たに提出した証拠の多くは,レコード及びCDのジャケット(甲4〜13〔昭和53年〜平成7年〕),我が国におけるコンサートツアーのパンフレット等(甲14,15−1,3,甲16−2〜10,甲17−1〜9,甲18−1〜9,甲19−1〜8,甲20−1,3〜8,甲21−1〜7,甲22−1,2,以上〔昭和63年〜平成8年〕),ジャズ雑誌の記事等(甲15−2,甲16−1,甲20−2,甲23〜31,甲46−1〜8,以上〔昭和51年〜平成16年〕)並びにジャズ・ミュージックの演奏家,評論家,雑誌記者等の陳述書(甲42〜45)であって,いずれも,ジャズ・ミュージック関係の分野で作成,頒布された文書等であることが明らかであり,ジャズ・ミュージック関係の分野における原告の知名度を示す証拠としては格別,原告の氏名の上記略称が,我が国において,世間一般に広く知られていることを示す証拠としては,それほど有力なものと見ることはできない。
 
原告は,いわゆる一般紙の新聞記事(甲32〜40〔昭和63年〜平成8年〕,ただし,甲38及び40には,原告の氏名の略称の記載はない。)をも提出するが,いずれも,芸能面ないし文化面等における記事と見られるものであることからすれば,それらは,主として,ジャズ・ミュージックに興味を持つ読者を対象とするものであると認めるのが相当である。さらに,インターネットの平成16年5月31日付け検索結果(甲41)については,キーワードを「CECIL McBEE」とした日本語のウェブページにおける検索結果であって,我が国における原告の知名度を測る際の一つの資料とはなり得るが,そもそも,本件商標関係のウェブページを含めて約2460件という検索結果の件数自体(原告関係のウェブページは,その当初100件中わずか10〜15件程度であると認められ,全体に占める割合もほぼ同程度であると推認できる。),我が国における上記(1)の著名性を基礎付ける資料としては件数的に十分ではないと見るのが相当であるし,検索された原告関連のウェブページは,すべてジャズ・ミュージックに関係するものであると推認されるから,その件数をもって世間一般に対する知名度を示すものであるということもできない。

ウ 以上によれば,本件全証拠を総合しても,本件商標の登録出願時(平成8年10月1日)及び登録査定時(平成10年1月19日)において,「CECIL McBEE」が,ジャズ・ミュージシャン(ベース奏者)である原告を示す略称として,ジャズ・ミュージック界の関係者やジャズファン等,我が国におけるジャズ・ミュージック関係の分野に属する者の間において,ある程度知られていたとの事実は認められるものの,それを超えて,「CECIL McBEE」が,特定人である原告を指し示す氏名の略称として,世間一般に広く知られていたとの事実を認めることはできず(なお,この点は,本件商標の指定商品に係る被服関係の取引者,需要者の間においても同様である。),他にこれを認めるに足りる証拠はないというべきである。

(3)そうすると,原告の氏名の略称としての「CECIL McBEE」について,商標法4条1項8号に規定する「略称」としての著名性を認めることはできないから,これと同旨の本件審決に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。

4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
        
東京高等裁判所知的財産第2部
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官     古城春実
裁判官     早田尚貴
                                            弁護士 三木秀夫

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