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三木秀夫法律事務所
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2009年12月から、このページは休止とさせていただきました。
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ニュース六法目次
シンドラー社幹部が謝罪・エレベーター事故(2006年06月12日) 製造物責
エレベーターで死亡事故(共同通信  2006年6月4日)
6月3日午後7時20分ごろ、東京都港区芝のマンション12階で、同階に住む都立高校2年市川大輔さん(16)がエレベーターを降りようとしたところ突然、ドアが開いたままエレベーターが上昇、市川さんが外枠の上部に挟まれた。約1時間後に救出されたが、頭蓋(ずがい)骨骨折や全身圧迫で午後9時半すぎ、死亡が確認された。同乗していた13階に住む女性(57)がショックで病院に運ばれたが、けがはなかった。
 
警視庁捜査1課と三田署は、エレベーターの構造や保守点検に問題があった可能性もあるとみて、業務上過失致死事件として捜査を開始。製造会社や管理会社などから事情を聴き、詳しい状況を調べる。4日には、遺体を司法解剖するとともに現場検証する。調べでは、市川さんは後ろ向きで、自転車を後退させながら降りようとしていた。 

 「管理・乗り方も原因」 死亡事故でシンドラー本部声明(2006年06月09日 asahi. com)  
東京都港区の公共住宅で起きたエレベーター事故で、日本法人がこのエレベーターを製造したシンドラーホールディング(本部・スイス)は8日、「エレベーター産業での事故は主に不適切な管理か利用者の危険な乗り方に起因していることが多い」とする声明を出した。 声明は「この事故を深く遺憾に思い、(亡くなった)高校生の家族にお悔やみを申し上げたい。原因究明のための捜査に全面協力する」としている。一方で、事故のあったエレベーターは「98年に設置。1年以上、シンドラー社は保守点検を担当せず、第三者である地元の会社2社が行っていた」と指摘。「当社には設計に原因のある死亡事故は過去にない」「事故があったエレベーターは国際的に多くの機関の認証を受け、世界中で使われている最先端の製品だ」としている。

シンドラー社幹部、説明不足を謝罪・エレベーター事故(2006年06月12日 asahi. com) 
東京都港区の公共住宅で、男子高校生(16)がエレベーターに挟まれて死亡した事故で、エレベーター製造元のシンドラーエレベータ(東京都江東区)の幹部らが12日、都内で記者会見した。同社は、事故機に軽微なトラブルが続いていたことを明らかにする一方で、重大事故につながるような「ブレーキや制御盤が原因のトラブルはなかった」とした。同社は、保守点検に問題があったとの認識を示しつつ、今後は「あらゆる可能性を考慮し、原因究明に取り組む」との姿勢を示した。 
 
会見には、同社のケン・スミス社長とともに、シンドラーグループ(本部・スイス)のエレベーター部門の最高責任者、ローランド・ヘス氏が来日し、同席した。同社の会見は事故後初めて。 
 
ヘス氏は会見の冒頭、情報開示の遅れについて謝罪。「すべての事実を確認することに重点を置きすぎた。多くの方々に心配と迷惑をかけていることをおわびする」と述べた。 
 
事故機について、同社はメンテナンスを担っていた98年から05年3月までの間、ドアが開かないなどのトラブルが計27件あったことを明らかにした。これについては、「ブレーキや制御盤が原因ではない」とし、「過去に設計、製造が原因の死亡事故はない」と述べ、エレベーター本体や関連機器など製品の安全性を改めて強調した。 また、海外での死亡事例については、ヘス氏は「構造や設計が原因の事例はない」とし、その数については「非常に少なく、ほかの大手と何ら変わらない」と述べるにとどまった。 

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○2006年6月3日、東京港区の高層住宅のエレベーターで、高校生が挟まれて死亡するという痛ましい残念な事故が起こった。

その後、そのエレベーターメーカーのシンドラー社の記者会見等も行われたが、悪いのは点検会社であり、自社の製品には問題がないと発表し、物議をかもしている。また、マスコミ各社に送られたFAXには会社の名前を出さないようにお願いしている部分がるということで、なんとかして自分の会社が悪いと思われないようにしており、その姿勢自体が日本社会での不評を買っている。

エレベーターは、老若男女問わず、毎日、何度ともなく乗るものである。責任のなすりつけあいではなく、なぜこんな事故が発生したのか、どこに問題があったのか、早急な事態解明と対策が必要である。そのためには、メーカー、保守点検会社、管理者、所有者はもちろん、国・自治体、そして警察も含めて、全精力を尽くした努力が必要である。

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○そもそもエレベーターは、建築基準法施行令第129条10項では、「かご及び昇降路のすべての出入口の戸が閉じていなければ、かごを昇降させることができない装置」と定められている。つまり、扉が完全に閉まるまでは動かない仕組みが基本である。今回の事故は、まさにこの基本的な装置に故障があったのである。そこに何らかの設計ミスまたは製造ミス、さらには保守点検のミスというふうなことが原因にあると推測しうる。

まずは、エレベーターの安全性に関する構造設計・基本的システムについての責任はメーカーにある。そこに構造的な設計ミスがあるならば、いかに点検上のミスが重なろうが、メーカーとしての責任は避けようがないであろう。一方で、エレベーターには様々な状態で使用されるのみ事実である。子どもの飛び跳ねはもちろん、無理やりに扉をこじ開ける人や扉に体当たりする人などである。私などは、先日昇降のためにエレベーターに乗った際に、下に行こうと思っていたのか、意に反して上昇を始めたエレベーター内で、いきなり階数ボタンを拳骨で思い切り叩き始めた中年男性がいて、驚いたことがある。このように、いろいろな条件下で使われる機械であるために、保守点検業者の役割も非常に重要でもある。この点から、メーカー、保守点検会社、所有者(管理者)の三者の責任は重大である。

○ところが、今回の騒ぎでクローズアップされたのは、メーカー系の保守点検会社と、独立系の会社の2系統があるということであった。

前者の場合は機械仕様が全部手にあるが保守費用が高額であること、後者は保守費用が低額になるものの、機械仕様がメーカーから十分に公開されないままでやっているという話である。マンションなどの管理組合では、管理コストの削減が要請されることが多く、エレベーターの保守点検費用が高額なこともあって、安い保守点検会社に切替えをしていくことが非常に多い。しかし、その陰で安全が低下するのでは大問題である。この点、人命に関わることであって、早急な改善策が必要である。

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○エレベーターの安全基準にかかわる法令としては、
@建築基準法第34条の昇降機の安全構造に関する規定と、建築基準法施行令第129条詳細に規定されている。ただし、これに完全に準拠していたからと言って、あとはどんな不備があってもいいというものではない。

A日常的な安全点検に関して、建築基準法第12条3項に、一級建築士もしくは二級建築士又は国土交通大臣が定める資格を有する者によって、定期的に、6か月から1年の間で特定行政庁が定める期間ごとに、まず不適切な改変行為が行われているかどうかということを調査し、もう一つは損傷とか腐食などの劣化の状況について点検を、検査を行わせて、その結果を特定行政庁に報告するようにという規定がある。その法令の下で、財団法人日本昇降機安全センターが作成した「昇降機の維持及び運行の管理に関する指針」、建設省住宅局建築物防災対策室長名で都道府県建築主務部長に送付した平成5年建設省通達第17号がある。所有者等による定期検査に関して、同指針12条1項は、所有者等に使用頻度に応じて専門技術者に概ね1か月以内毎に点検その他必要な整備又は補修を行わせるものとする旨規定しており、所有者自身が保守できない場合は専門技術を有する保守会社と保守契約を締結して保守を委託するのが一般的である。ただ、これら法令や基準が正しく規定され、問題なく運用されているかは、消費者の観点から注視すべきであろう。

B製造等に欠陥があって、その結果人身損害が発生した場合は、製造物責任法(PL法)による損害賠償責任がある。さらに、製造や設置、また保守管理等に何らかの注意義務違反があって、それが原因で人が死傷した場合には、刑事責任としての業務上過失致死傷罪の適用がある。

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○専門的なことは分からないので、迂闊なことは言えないが、保守責任を言う前に、ブレーキパッドが摩耗したくらいで暴走するようなエレベータでは、安全基準から見て構造的欠陥があると言われてもやむをえない気がして仕方がない。

いずれにせよ、今回のシンドラー社の日本社会への対応を見る限り、法的責任の回避に躍起になっている一方で、少なくとも、責任逃れに終始する企業としてのイメージが定着して、営業上の不利益は回復不可能なくらいにダメージを深めたことは明らかであろう。リスクマネジメントの面で、日本社会を読み誤ったのであろうか。

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○製造物責任法とは、製品の欠陥によって生命、身体又は財産に損害を被ったことを証明した場合に、被害者は製造会社などに対して損害賠償を求めることができる法律で、円滑かつ適切な被害救済に役立つ法律である。

具体的には、製造業者等が、自ら製造、加工、輸入又は一定の表示をし、引き渡した製造物の欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、過失の有無にかかわらず、これによって生じた損害を賠償する責任があることを定めている。

この法律ができる以前は、民法の一般規定に基づいて、加害者に故意・過失があったことにつき被害者側が証明責任があり、過失の証明が困難であるために損害賠償を得ることが不可能になる場合が多くあった。このため、この法律では、製造者の過失を要件とせず、製造物に欠陥があったことを要件とすることにより損害賠償責任を追及しやすくした点に大きな意義がある。

この法律は、製造業者等の免責事由や期間の制限についても定めている。 

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○製造物責任法(平成六年七月一日法律第八十五号)
(目的)
第一条  この法律は、製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る被害が生じた場合における製造業者等の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
(定義)
第二条  この法律において「製造物」とは、製造又は加工された動産をいう。
2  この法律において「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。
3  この法律において「製造業者等」とは、次のいずれかに該当する者をいう。
一  当該製造物を業として製造、加工又は輸入した者(以下単に「製造業者」という。)
二  自ら当該製造物の製造業者として当該製造物にその氏名、商号、商標その他の表示(以下「氏名等の表示」という。)をした者又は当該製造物にその製造業者と誤認させるような氏名等の表示をした者
三  前号に掲げる者のほか、当該製造物の製造、加工、輸入又は販売に係る形態その他の事情からみて、当該製造物にその実質的な製造業者と認めることができる氏名等の表示をした者
(製造物責任)
第三条  製造業者等は、その製造、加工、輸入又は前条第三項第二号若しくは第三号の氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでない。
(免責事由)
第四条  前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明したときは、同条に規定する賠償の責めに任じない。
一  当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと。
二  当該製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合において、その欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、かつ、その欠陥が生じたことにつき過失がないこと。
(期間の制限)
第五条  第三条に規定する損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び賠償義務者を知った時から三年間行わないときは、時効によって消滅する。その製造業者等が当該製造物を引き渡した時から十年を経過したときも、同様とする。
2  前項後段の期間は、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害又は一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害については、その損害が生じた時から起算する。
(民法 の適用)
第六条  製造物の欠陥による製造業者等の損害賠償の責任については、この法律の規定によるほか、民法 (明治二十九年法律第八十九号)の規定による。
附則(略)

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○エレベーター事故の裁判例
エレベーター事故に関する裁判例は、多くはないが、いくつかは存在している。東京高裁平成6年9月13日判決(判タ886号191頁)、東京地裁平成5年10月25日判決(判例時報1508号138頁)、東京地裁昭和42年9月28日(判タ215号168頁)等がある。

○シンドラー社製のエレベーターで発生した死亡事故についての裁判例としては、平成16年3月11日松山地方裁判所今治支部判決がある。この事件は、自己が役員を務める会社ビルのエレベーター4階昇降口から深夜に昇降路内に落下して死亡した事故である。被害者が加入していた保険会社との傷害保険契約につき、その受取人である遺族らが、落下が偶然の事故であると主張して保険会社に対して死亡保険金の支払を請求するとともに、落下がエレベーターの安全装置の保守点検の不完全により発生したとして、遺族が、会社がビルを取得する前にエレベーターの保守管理をしていたシンドラー社と、取得後に毎年の定期検査をしていた保守業者に対して損害賠償を請求した事案である。 

この事件では、判決で、保険会社に請求して、偶然の事故であり自殺・故意招致でもないとして保険金請求が認められた一方、エレベーターの保守点検業者につき保守点検の不完全を理由とする不法行為責任が否定された。

下記がそうであるが、保険金請求に関する部分は基本的にカットして、事故の概要とエレベーターの構造と保守の問題の部分に限定して掲載した。
 
○平成16年3月11日松山地方裁判所今治支部判決
平成13年(ワ)第111号、平成14年(ワ)第1号、平成15年(ワ)第42号
判例タイムズ1181号322頁
 
主 文
1 被告損保ジャパンは、原告太郎に対し、金1000万円を支払え。
2 被告興亜損保は、原告太郎に対し、金480万3000円を支払え。
3 原告太郎のその余の請求及び原告葉子の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告太郎と被告損保ジャパンとの間においては全部被告損保ジャパンの負担とし、原告太郎と被告興亜損保との間においては全部被告興亜損保の負担とし、原告太郎と被告シンドラーとの間においては全部原告太郎の負担とし、原告葉子と乙事件被告との間においては全部原告葉子の負担とし、原告太郎と丙事件被告との間においては全部原告太郎の負担とする。
5 この判決は、1、2項に限り仮に執行することができる。
 
事実及び理由
第1 請求
(略)
第2 事案の概要
1 前提事実(末尾に証拠の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告太郎は亡甲野花子(以下「亡花子」という。)の夫、原告葉子は亡花子の二女である(甲2)。亡花子の相続人は原告らであるところ、甲・丙事件にかかる損害賠償請求権及び保険金請求権については原告太郎が単独で相続若しくは取得する旨合意した(甲4、15)。原告太郎は、昭和47年ころ新築の愛媛県今治市常盤町〈番地略〉所在の鉄筋コンクリート造陸屋根6階建のビル(以下「本件ビル」という。)を、昭和63年に買い受けて同所で洋品店「○○」を経営する株式会社××(以下、洋品店を「○○」、会社を「××」という。)の代表取締役である(甲13、原告太郎本人)。

(2)(1) 被告シンドラー(製造設置当時の商号は日本エレベーター工業株式会社)は、本件ビル内の昇降機(以下「本件昇降機」という。)の製造設置業者であり、昭和63年までその保守点検をしていた。(2)丙事件被告は、昭和63年以降、本件昇降機を年1回定期検査していた(以下、両被告を総称して「昇降機関係被告」という。)。

(中略)
(4)亡花子(当時54歳)は、平成13年5月5日午前0時ころ、本件昇降機の4階昇降口から昇降路床に転落し、外傷性ショックにより死亡した(甲3、以下「本件事件」という。)。

2 訴訟物
(1) 原告太郎は、被告シンドラーに対して、本件事件が本件昇降機の安全装置の保守点検の不完全により生じ、亡花子の逸失利益と死亡慰謝料につき不法行為に基づく損害賠償請求権3282万2127円を単独で相続したとして、(略)その支払を請求した(甲事件)。
(2)(略)
(3) 原告太郎は、丙事件被告に対して、本件事件が本件昇降機の安全装置の保守点検の不完全により生じ、亡花子の逸失利益と死亡慰謝料につき不法行為に基づく損害賠償請求権3282万2127円を単独で相続したとして、その支払を請求した(丙事件)。

3 甲ないし丙事件共通の争点(本件事件の発生状況)
(1) 原告らの主張
(1) 亡花子は○○の販売業務に従事していたが、本件事件前日の平成13年5月4日、本件ビルの4階に泊まった。○○の従業員である乙山春男(以下「乙山」という。)が、翌日出勤したところ、本件昇降機の搬器は電源が切れた状態で1階に止まり4階昇降口のドア(以下「本件ドア」という。)が開いており、搬器の下の昇降路床に亡花子が死亡して倒れているのを発見した。本件昇降機は、搬器が昇降口に停止していない場合は外側から昇降口ドアを開くことができないよう、インターロックレバーが固定ロック棒に9ミリメートルのかかり代でかかる設計となっていたところ、4階昇降口のドアはかかり代が2ミリメートルしかなく、搬器が止まっていなくとも手動で開けることができる状態であった(以下「本件不具合」という。)。亡花子は、4階から1階に降りようとして呼出ボタンを押したところ、搬器が1階にあり電源が切られていたため、不審に思い本件ドアを開けようと意識しないまま高速パネルに触っているうちに、たまたま垂直と左横向きの力が加わって本件ドアが開き、これを予期していなかった亡花子が前に転落して、本件事件が起きたものである。
(2) 本件昇降機は、本件ドアの右上高さ205センチメートルの部分に鍵穴があり、この部分に棒状の物を差し込むことによりドアを開けることができるが、亡花子は身長159センチメートルしかなく踏み台を使わなければ棒を差し込めないところ、かかる踏み台も棒も現場になかった。
(3) 亡花子は過去アルコール依存症に罹患していたが、遺体の血液中にアルコール含有はなく、本件事件時は心神喪失状態になかった。
  
(2) 被告らの主張
本件事件は亡花子が自ら本件ドアを開けて発生したものであるところ、以下の事情に照らせば、亡花子の故意、自殺若しくは心神喪失による可能性が高い。
(略) 

第3 争点に対する判断
1 前記前提事実及び証拠(甲1ないし9、11、12の1ないし3、13ないし16、乙A1、2、乙B1、乙C1ないし3.乙D1、2、証人乙山春男、原告太郎、丙事件被告代表者、調査嘱託、各鑑定嘱託)並びに弁論の全趣旨によると、本件につき以下の事実が認められる。
(1) 本件昇降機の製造設置状況
(1) 本件昇降機は昭和47年6月ころに本件ビルの当時の所有者の発注により被告シンドラーが製造設置したもので、定員は6名、積載量は450キログラム、定格速度は毎分45メートル、停止箇所は1階から5階まで5か所、出入口形式は二枚片引き戸(高速・低速パネル)である。
(2) 原告太郎が代表取締役、亡花子が取締役である××は、本件ビルで洋品店○○を営業していたところ、昭和63年6月30日に借入れを受けて本件ビルを買い取って引き続き、1階から3階までを店舗、4階を事務所・休憩室、5階を倉庫として使用していた。本件ビルの4階窓から商店街のアーケード天井に出て外に出ることが可能である。
  
(2) 本件昇降機の保守管理状況
(1) 建築基準法8条は、昇降機等の所有者等はこれを常に適法な状態に維持するよう努めなければならない旨規定しており、所有者等は昇降機の日常点検を行うのが望ましい。上記趣旨を活かすため、昇降機については財団法人日本昇降機安全センターが作成した「昇降機の維持及び運行の管理に関する指針」を建設省住宅局建築物防災対策室長名で都道府県建築主務部長に送付した平成5年建設省通達第17号があるところ、所有者等による定期検査に関して、同指針12条1項は、所有者等に使用頻度に応じて専門技術者に概ね1か月以内毎に点検その他必要な整備又は補修を行わせるものとする旨規定しており、所有者自身が保守できない場合は専門技術を有する保守会社と保守契約を締結して保守を委託するのが一般的である。建築基準法12条2項は、昇降機の所有者は定期検査を受けてその結果を特定行政庁に報告しなければならない旨規定し、同施行規則6条は、報告期間は概ね6か月から1年の間隔で特定行政庁が定める期間と規定しており、一般には1年毎に定期検査と報告をしなければならない。
(2) 本件昇降機の保守管理は、その設置から昭和63年ころまでは本件ビルの前所有者との保守契約に基づき被告シンドラーが行っていた。本件ビルが昭和63年に売却されて以降は××からの依頼に基づき丙事件被告が特定行政庁に報告するための年1回の定期検査のみを行っていた。××は1か月毎の保守点検を専門技術者に行わせる保守契約を締結していない。

(3) 本件昇降機の構造・本件不具合の態様
(1) 昇降機については、労働安全衛生法42条、同施行令13条28号に基づくエレベーター構造規格30条2号が、搬器が昇降路の昇降口ドアの位置に停止していない場合には鍵を用いなければ外から当該ドアを開くことができない装置(安全装置)を備えなければならない旨定めている。
 
本件昇降機には、安全装置としてドアインターロック装置が昇降口ドアの高速パネル上部閉じ端側に備えられている。同装置は、搬器が当該階に停止していないときは昇降口ドアを施錠し外からは鍵を用いなければ開扉できないようにする機構(ロック部)と、昇降口ドアが閉じていなければ搬器が運転できないようにする機構(インターロックスイッチ)等から構成される。
別紙図面1、2のとおり、同装置は、昇降口ドア(高速パネル)上端部の昇降路側に取り付けられているロック装置本体と、固定側に取り付けられているヘッダーケース内のインターロックスイッチボックスの2つで構成され、高速パネルには保守点検や乗客閉じ込め時の救出のための解錠用の鍵穴(直径1センチメートル)が高さ209センチメートルの場所に設けられており、細い棒状の物で解錠することが可能である。別紙図面3のとおり、ロック装置本体の基盤上に、インターロックレバー(厚さ2ミリメートルの鋼板製のコ字形断面)、ロックのかかり力を調整するための押圧用ばね、このばねの中心を通るガイドピン、ガイドピンが繋がるインターロックレバーストッパー等が設けられており、搬器が昇降口に到着して搬器のドアが開き始めると、開閉リンク機構の先端の動きにより可動係合カムがBからAの状態に変位し、この動きによりインターロック装置の左右1組の係合子のうち左側の係合子がCからDに変位し、係合子と連動してインターロックレバーがEからFの状態に動いて、インターロックレバーの切り込み部(厚さ2ミリメートルのゴムストッパーが接着されている)が固定ロック棒に掛かって施錠されていた状態から、昇降口ドアが解錠される状態になる。本件昇降機は、インターロックレバーが固定ロック棒に9ミリメートルのかかり代(インターロックレバーの切り込み部が固定ロック棒にかかっている長さ)でかかって昇降口ドアが施錠されるよう設計されている。

(2) 本件昇降機の状態等についての財団法人日本建築設備・昇降機センターによる本件事件後の各鑑定嘱託結果は、概ね以下のとおりである。
ア 各階ともドアガイドシューの摩耗が大きく、ドアガイドシューがパネルから外れているものや、ドアガイドシュー取付ねじが緩んでいるものが多く、全般にパネルのがたつきが多い。
イ 全般的に昇降口ドアのロックのかかり代が設計値の9ミリメートルより小さく、各階でインターロックレバーの押圧用ばねのばね力(インターロックレバーの切り込み部の位置に加えられる力。下記の「ロック完了時のばね力」はロックがかかった状態のインターロックレバーが動き始めた瞬間の値を、「かかり始めのばね力」は荷重計をさらにロックが外れる位置まで引っ張リロックが外れた瞬間の値である。)のばらつきが大きく、1・3・4階は外側から昇降口ドアを人力で開けることが可能な状態である。1階から4階までの状態の詳細は以下のとおりである。(略)
ウ 4階昇降口ドア(本件ドア)は、かかり代が2ミリメートルで、インターロックレバーの押圧用ばねのばね力が低いことが主要な要因となり、当該階に搬器が停止していなくとも、高速パネル中央付近の先端にパネルに垂直方向に約20キログラム以上の力を加えながら開き方向に力を加えることにより、インターロックレバーが固定ロック棒から外れて解錠・開扉できる状態であった(本件不具合)。かかる方法による本件ドアの開け方には要領があり、開け方を知らない者が一般の引き戸を開けるような動作で開けることは困難である。ドアインターロック装置本体は昇降口ドア上端部の昇降路側に取り付けられているため、その平面位置はパネルが昇降路方向に押されて変位すると、これに追従して固定ロック棒から離れる方向に移動してかかり代が少なくなる。インターロックレバーとインターロックレバーストッパーの間に隙間がある場合は、押圧用ばねのばね力が作用しているため、インターロックレバーがかかり代を維持するように回転してレバーの切り込み部に固定ロック棒が常に当たる位置を保ち、パネルが多少変位してもかかり代は維持されるが、かかり代が2ミリメートルであれば、押圧用ばねのばね力の低さ等他の不具合がなくとも人力で開扉することが可能である。立った状態の一般的な大人が水平に押す力は精々30キログラムであるところ、本件ドアをかかる力で押してもインターロックレバーは4ミリメートルしか動かないから、かかり代が設計値の9ミリメートルあれば当然に、少なくとも5ミリメートル以上確保されていれば、身体が激突したような場合を除き、インターロックレバーが固定ロック棒から外れることはなく、人力で開扉することは不可能である。
エ かかり代は使用中に大きく変化する構造ではないところ、本件不具合につきかかり代の不足が本件昇降機の設置当初からあったのか、改修、部品交換、保守点検等の際に再調整したかは不明であるが、少なくとも最近調整し直した形跡は見られない。本件不具合の主たる原因は、固定ロック棒の位置が昇降口側に寄りすぎていること、すなわち固定ロック棒の設定不良である。適切な定期検査を実施していれば、本件不具合は摩耗の初期段階で発見することができたはずである。本件昇降機は、本件不具合の他、各部の摩耗やさびの進行等、定期検査において発見されるべき箇所が多く、定期検査時に状態評価を誤った可能性がある。インターロックレバーのかかり代については、個々の昇降機製造業者の設計に委ねられており、一律にかかり代の寸法を定める法令・基準はないが、昇降機の検査項目を定めた日本工業規格「昇降機の検査標準」は、昇降口ドアのロック及びスイッチの作動状態が確実であることを検査すべきとしている。定期検査においては、かかり代等を検査すべきであり、本件不具合は定期検査においてはドアインターロックスイッチにつき「C」(要修理又は緊急修理)と評価すべき状態である。
(3) 丙事件被告は、本件事件前の平成12年6月2日に本件昇降機を定期検査し、ドアインターロックスイッチにつき「A」(良好)と評価した。同被告代表者は、本件ドアにつき、かかり代を目測してパネルの先端に手を掛けて開放方向に引いても開かないことを確認して評価したものである。同代表者は、検査する昇降機のかかり代のほとんどが設計値とされる9ミリメートルの2分の1ないし3分の2であったため、かかる数値をもって正常なかかり代と認識していた。なお、丙事件被告が本件ドアのかかり代を設定したことはない。
(4) 本件昇降機は平成13年3月24日の芸予地震により搬器を吊す重りがレールから外れて作動しなくなったが、同年4月末ころに丙事件被告がこれを修理し、その後はドアの開閉機能に異常が見られたものの、搬器内部のドアスイッチで手動で操作することにより開閉が可能であり、一応使用は可能であった。

(4) 本件事件前の経緯
(略)
(5) 本件事件の発生状況
(1) 原告太郎と亡花子は、本件事件の1年ほど前から仕事が忙しいときなどに本件ビル4階(休憩室)に寝泊まりすることが多くなっていた。
(2) 原告太郎は、本件事件前日の平成13年5月4日、午後7時に○○を閉店した後、午後8時ころに本件ビル4階で寝ていた亡花子を残して従業員の乙山と共に本件ビルを退去して、糖尿病予防のために徒歩で自宅に帰った。原告太郎は退去に際して、亡花子が酒を買うために夜間外出してはいけないと考えて、本件昇降機の搬器を1階に降ろして搬器内部のスイッチで主電源を切り、4階エレベーターホールの階段に続くドアは、階段通路が暗く亡花子が落ちて骨折したことがあったので、外側から衝立を木片で固定して封じて亡花子が階段に出られないようにした。原告太郎が、自宅に徒歩で到着した午後9時ころに本件ビル4階の亡花子に電話したところ、同人が酔っている様子はなかった。原告太郎は、亡花子に、本件昇降機の搬器を1階に降ろして主電源を切ったこと、階段に続くドアを衝立で封じたことを告げていない。
(3) 乙山が、翌5日午前9時50分ころに○○に出勤して4階に行くため本件昇降機の主電源を入れたが、本件ドアが開いたままであったため可動せず、階段で4階に上がったところ、ドアを押さえていた衝立が動かされた形跡はなく、本件ドア前(エレベーターホール)やトイレの照明は消え、休憩室内は、西側の照明のみが点灯し、テレビも点いたままであり、窓も閉まった状態であり、亡花子は見あたらなかった。乙山は亡花子が本件ドアから昇降路内に転落したと考えて覗き込んだが暗くてよく見えなかったため、懐中電灯を買い本件ドアから昇降路内を照らしたが、亡花子は搬器の天井には見あたらなかった。乙山は、同日午前11時ころに出勤した原告太郎と共に亡花子を捜し、1階昇降口ドア下の隙間を懐中電灯で照らして見たところ、昇降路床に亡花子が倒れているのを発見し、119番通報した。
  
(6) 本件事件後の経緯
(1) 今治警察署は、同日午前11時45分から午後4時40分まで、原告太郎と乙山の立ち会いを得て実況見分を行い、本件昇降機は主電源を入れると正常に作動すること、本件ドア前の照明は電源スイッチにより正常に作動すること、亡花子の遺体は靴を履いておらず、サンダルの右足側が搬器の天井に、左足側が1階昇降口の内側コンクリート桟の上に引っかかっていることを確認した。同署は、その後、遺体の血液中にアルコールが含有されていないことを確認したが、薬物含有については検査していない。検視等の結果、亡花子は、平成13年5月5日午前0時ころ、本件ドアから1階に停まっていた搬器の天井部に落下し、その後、何らかの原因で昇降路と搬器の隙間(約47センチメートル)から昇降路床に転落し、外傷性ショックにより死亡したと判断された(本件事件)。同署は、本件事件につき、原告太郎や第三者の関与があるとは見られず、亡花子の遺書も残っていないことから亡花子の過失による事故として処理した。亡花子の身長は159センチメートルであり、背伸びをしても本件ドアの鍵穴からの解錠は困難であるところ、本件ドア付近に踏み台は発見されず、本件ドア及び遺体付近に鍵になるような棒状の物は発見されなかった。
(2) 被告損保ジャパンが本件事件の調査を依頼した株式会社特調の調査報告の内容は、概ね以下のとおりである。なお、この調査の時点では、本件不具合は未だ判明していなかった。
ア 原告太郎は、亡花子が重度のアルコール依存症であったこと、同人に酒を買いに行かせないために軟禁していたことについて一切説明しなかった。
イ 乙山によれば、亡花子は平成13年4月初旬以降アルコール依存症に著しい悪化があり○○にほとんど出てこなくなった、原告太郎は本件事件の20日ほど前から亡花子が本件ビルにいる時は日中であっても搬器を1階に降ろして主電源を切っていた、原告太郎は同年5月3日朝に亡花子が勝手に酒を買って飲まないよう本件ビル4階に連れてきた、原告太郎は同日夜以降は夜間は搬器の主電源を切った上で階段に続く4階のドアに外から支えをして外に出られないよう軟禁状態にしていたが、亡花子が抜け出した形跡があった、亡花子は酒を買うために外に出ようと思い誤って転落したと思うとのことであった。
ウ 亡花子が受診していたみやもとクリニックによれば、同人には酒をやめようという前向きな姿勢が感じられ、カウンセリングの効果が現れていると思われたとのことであった。
エ ××の税務を担当する丙川税理士から取り寄せた平成9年4月から平成12年3月までの決算報告書を確認したところ、亡花子が自殺しなければならないほどの経済的困窮は確認できなかった。
オ 以上によれば、本件事件は、(ア)亡花子がアルコール依存症により禁断症状により正常な判断能力を失い酒を買いたい一心で本件ドアから屋外への脱出を図った、(イ)幻覚・幻聴等の禁断症状に襲われ本件ドアから外に逃れようとした、若しくは(ウ)アルコールの効力が失われて自我を取り戻し反省から自殺を図った(アルコール依存症患者は一旦酔いから醒めるとそれまでの行動を必要以上に反省し衝動的な自殺に走る傾向が強いところ、亡花子は本件ビルのある商店街の生まれであり正常な精神を取り戻していたのであれば自らの遺体を知人に曝したくないと考えてあえて昇降路を死に場所に選んだ)等の行動を取った結果としての転落死と考えられる。亡花子が本件ドアから転落するには、4階から階段に出るドアが開かないことを確認し、電気が点いていない暗い状況で高速パネル上部の鍵穴を棒状の物で押して、自力で高速パネルを開ける等の行動が必要であり、上記(ア)、(イ)は考えにくいところ、亡花子は、搬器が1階に降りていたことを事前に知っており、本件事件前日には4階のドアから階段を通じて外に出た可能性が高いから、本件事件当日にこのドアが開かないことを確認して、自分が原告太郎によって完全に閉じ込められた身であることを実感するなどして自殺に及んだと推察される。
(3) 被告シンドラーの担当者3名は、平成14年1月10日に本件昇降機を調査して、本件ドアを含む各階の昇降口でパネルの先端に手を掛けて開放方向に引いたが、開かなかった。なお、この調査の時点では、本件不具合は未だ判明していなかった。
(4) 原告太郎は平成13年11月21日に甲事件訴訟を、原告葉子は平成14年1月7日に乙事件訴訟を提起し、原告太郎は同年4月16日に本件事件の発生原因を明らかにするため本件ドアの作動状況等につき鑑定を申し立てた。その後、原告ら訴訟代理人の1人が、本件ドアを鍵穴に棒状の物を差し込んで開ける以外の方法により開扉できないか試みたところ、高速パネルを押して横に引くと開扉できることが明らかとなり、同年5月29日かかる事実を前提に鑑定事項を整理して鑑定嘱託を申し立て、その結果本件不具合が判明した。

2 本件事件の発生原因(甲ないし丙事件共通の争点)
前記1の認定に照らして、本件事件の発生原因につき、以下検討する。
(1) 本件事件の発生態様
本件事件は、平成13年5月5日午前0時ころに、自らが経営する××が所有する本件ビル4階に宿泊して軟禁状態に置かれていた亡花子が、開扉された本件ドアから本件昇降機の昇降路床に転落して外傷性ショックにより死亡したというものである。同月4日午後8時ころに原告太郎が本件ビルを退去した時点で、本件昇降機は搬器を1階に降ろされ搬器内のスイッチで主電源を切られて可動しない状況であり、4階から階段に続くドアも衝立と木片で外側から固定されて封じられ、これが開けられた形跡が本件事件後見られず、亡花子以外の者が本件ドアを開扉したことを窺わせる事情はないから、亡花子が自ら人力で本件ドアを開扉したと推認するのが相当である。そして、本件ドアの高速パネルには高さ209センチメートルの場所に解錠用の鍵穴が設けられ細い棒状の物で解錠することが可能であるが、亡花子の身長は159センチメートルであり背伸びをしても鍵穴からの解錠は困難であるところ、本件事件後に本件ドア付近に踏み台は発見されず、本件ドア及び亡花子の遺体付近に上記棒状の物が発見されていないのであるから、亡花子が本件ドアを鍵穴から解錠したとすることは困難であり、本件不具合、すなわち、本件ドアのインターロックレバーの固定ロック棒へのかかり代が2ミリメートルであるために当該階に搬器が停止していなくとも高速パネル中央付近の先端にパネルに垂直方向に約20キログラム以上の力を加えながら開き方向に力を加えることにより解錠・開扉できる状態であったことを利用して、亡花子が解錠・開扉したと推認するのが相当である。
かかる方法による本件ドアの開け方には要領があり開け方を知らない者が一般の引き戸を開けるような動作で開けることは困難であり、立った状態の一般的な大人が水平に押す力は精々30キログラムであるにしても、亡花子が約20キログラムの力を水平方向に掛けて押しながら開き方向に力を加えて本件ドアを開扉することは可能であることが窺われる。なお、被告らが主張する、本件事件後に棒状の物が何者かによって隠匿されたこと、本件事件時に搬器が5階に停止していたことを裏付ける事情は窺われない。

(2) 亡花子が深夜に本件ドアを開けた理由
(1) 亡花子の自殺によるか否か検討するに、同人はアルコール依存症であって、原告太郎が酒を買いに行かないよう同人を軟禁状態下に置いていたことからすると、本件事件当時の症状は相応に重かったことが窺われるから、衝動的な自殺の可能性はないわけではないが、本件ビルは4階窓から商店街アーケード天井を通じて外に出ることができる構造であり、墜死による自殺を確実に果たせる場所に赴くことは十分可能であって、衝動に駆られたとしても自殺の方法として本件昇降機の昇降路に飛び降りるとの不確実と思われる方法を選択するとは考えがたい。また、本件昇降機は芸予地震後に故障が生じて修理を経てもドアの開閉機能に異常があったものであるが、本件不具合は、原告らにも甲・乙事件訴訟の提起後しばらくするまで判明しておらず、被告損保ジャパンが依頼した調査会社による調査、被告シンドラーによる調査によっても判明しなかったものであるから、亡花子が本件事件当時に本件不具合を知っており、これを自殺の方法として利用したとは認めがたいものである。加えて、原告太郎と亡花子の夫婦仲は、亡花子が飲酒・断酒の機会に一過的に暴言・暴力を振るい夫婦喧嘩に発展することがあったものであるが、恒常的に夫婦仲が悪かったことまでは窺われず、本件事件前に亡花子に死をほのめかす言動があったことは窺われず、亡花子が原告太郎と共に経営する××の経営状況や亡花子の経済状況が逼迫していたことも窺われず、本件保険1ないし3を締結する経緯、本件事件との時間的近接性、各契約の契約内容、収入に比した各保険料の均衡に何ら不自然さは窺われないから、亡花子の自殺を認めることは困難である。なお、被告らが主張する、亡花子の手に昇降機のワイヤーを掴んで付いたと疑われる傷が自殺を試みた際のためらい傷であることを裏付ける事情は窺われない。

(2) 亡花子の故意によるか否か検討するに、本件不具合を利用した本件ドアの開扉行為は高速パネル中央付近の先端にパネルに垂直方向に約20キログラム以上の力を加えながら開き方向に力を加えるとの一連の複雑な動作を必要とするから、亡花子の本件ドアの開扉行為自体は故意に基づく行為であるといわざるを得ない。そして、呼出ボタンを押しても搬器が来ない場合に昇降口ドアを開扉する行為は死に直結し得る極めて危険な行為であるし、本件ビル4階から外に出るより安全な方法は他にあったものでもある。しかし、本件ドアのかかり代が設計値どおり設定されていれば当然に、その半分強に設定されていたとしても、立った状態の一般的な大人が高速パネルを垂直方向に押しながら開き方向に力を加える動作で本件ドアを開扉することはおよそ不可能であったし、前記(1)のとおり亡花子が本件事件当時に本件不具合を知っていたとは認めがたいから、亡花子が本件ドアを故意に開扉した事実をもって、亡花子が故意の転落を意図したことを認めることは困難である。

(3) 亡花子の心神喪失によるか否か検討するに、亡花子の遺体からアルコールは検出されていないから飲酒の影響は窺われない。前記(1)のとおり亡花子のアルコール依存症の症状は相応に重かったことが窺われるから、その症状に影響された可能性が高いが、完全に是非弁別能力を欠くほどの症状であったことを裏付ける事情は窺われないし、前記(2)のとおり本件ドアの開扉行為には一連の複雑な動作を必要とすること等を考慮すると、亡花子が心神喪失により本件ドアを開扉したことを認めることは困難である。
(4) そして、前記(1)のとおり亡花子のアルコール依存症の症状は相応に重かったことが窺われるところ、遺体から所持していた現金が発見されているから、飲酒目的で酒を買いに行くために外出を試みた可能性が高い。

(3) 以上を総合すれば、亡花子は、深夜に飲酒目的で酒を買いに行くために本件ビル4階から外出を試みた際に、本件昇降機の呼出ボタンを押したが搬器が可動せず、階段に続くドアも外から封じられて開かず、暗闇の中で軟禁状態に置かれて、心神喪失に至らない程度にアルコール依存症の症状に影響され判断能力が減退した状況下で、本件ドアを開扉しようと高速パネルに触っているうちに、本件不具合と亡花子が垂直方向と開き方向に同時に力を加えた動作が競合して偶然に本件ドアが開き、開扉を予期していなかった亡花子が昇降路内に転落して、本件事件が発生したものと推認するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。
 
3 甲・乙事件(保険関係被告)の争点(偶然の事故性及び免責規定の適否)
(略)

 甲・丙事件(昇降機関係被告)の争点(責任原因等)
昇降機は現代、建築物において一般公衆に広く利用され、日常欠くことのできない乗り物として大きな役割を果たしており、その安全性の確保につき保守業者等は十分に意を用いなくてはならないが、昇降機は、利便性を有する反面、ある程度の危険性をも兼有し、その危険性はこれを全く無にすることはできないから、昇降機を利用する以上、利用者もその危険を避けることにつき相応の配慮が要請される。したがって、昇降機の事故につき、保守業者等に不法行為責任を負わせるためには、当該昇降機が通常予見される利用形態等を考慮して通常有すべき安全性を欠いていること(欠陥の存在)、及びこれにより事故が起きたこと(相当因果関係の存在)がまず満たされることを要し、これらが認められない限り、保守業者等に対し不法行為責任を問い得ないものである(東京高裁平成6年9月13日判決・判時1514号85頁参照)。
 
前記1、2の認定に照らして、かかる欠陥及び相当因果関係の各存在が認められるか否か検討するに、本件不具合の程度は、本件ドアのインターロックレバーの固定ロック棒へのかかり代が2ミリメートルであるために当該階に搬器が停止していなくとも高速パネル中央付近の先端にパネルに垂直方向に約20キログラム以上の力を加えながら開き方向に力を加えることにより解錠・開扉できる状態であったというものであり、かかる方法による本件ドアの開け方には要領があり開け方を知らない者が一般の引き戸を開けるような動作で開けることは困難であり、立った状態の一般的な大人が水平に押す力は精々30キログラムであるにしても、偶発的な身体の激突等で開扉に至る可能性は否定できず、客観的には定期検査においてドアインターロックスイッチにつき「C」(要修理又は緊急修理)と評価すべき状態であったから、本件ドアは通常有すべき安全性を欠いていたものと一応推認される。しかし、その程度は、相当の力を加えないと開扉できない程度のかかり代が設定されていたものであることに加え、本件事件は、原告太郎が亡花子を深夜軟禁状態に置き、亡花子がアルコール依存症の症状にも影響されて判断能力が減退した状況下で、本件昇降機が可動していないにもかかわらず本件ドアを故意に人力で開扉したことが要因となって発生したものであるところ、かかる開扉行為は昇降機の乗り方として通常予見される利用形態をかなり逸脱したものといわざるを得ないから、昇降機関係被告が定期検査等の機会に本件不具合を看過したことにつき過失があるとしても、かかる過失と亡花子の死亡という結果とは相当因果関係を欠くというのが相当であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。なお、仮に、相当因果関係が認められるとしても、上記の原告太郎と亡花子の各行為等の事情は、亡花子及び亡花子側の過失として相殺して損害の10割を減額するのが相当である。したがって、原告太郎の昇降機関係被告に対する請求は理由がない。

5 以上によると、原告らの請求は、原告太郎が被告損保ジャパン及び被告興亜損保に対して死亡保険金の各支払を求める限度で理由がある。よって、主文のとおり判決する。
(裁判官・菊地浩明)別紙〈省略〉
                                            弁護士 三木秀夫

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