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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
停電の間接損害は「賠償義務ない」と表明(2006年08月19日)相当因果関係
○東京、千葉の都県境を流れる旧江戸川でクレーン船が東京電力の送電線に接触し、大規模停電を引き起こした事故で、クレーン船を所有する海洋土木会社「三国屋建設」(茨城県神栖市)は、停電による間接的損害の賠償義務は一切ないと自社ホームページで表明した。
 
高橋宏社長名で、18日付で掲載した。それによると、「クレーンが送電線と接触することにより、送電線の所有者の損害に限り法的に賠償責任がある」などと見解を示したうえで、「停電でパソコンやエアコンが故障した、熱帯魚が死んだなど、一切の間接的な損害についての賠償義務はない」としている。同社の木股健二会長は19日、読売新聞の取材に「個人の解釈だが、電線損傷の直接的な責任は当社にあり、東電から賠償を求められれば応じる。だが、停電で生じた間接的な損害については、賠償責任はないと考えている」と話した。
 
同社は1999年にも、水戸市の那珂川で橋脚補強をしていたクレーン船が東京電力の架線を切断する事故を起こした。木股会長は「この時は元請け会社の求めに応じ、架線の復旧費用を含む損害賠償をした。ほかの賠償については把握していない」と話している。木股会長によると、同社は事故翌日の15日、東電の要請で電話での応対窓口を開設した。損害賠償請求も含め、これまでに数百件の電話が寄せられ、賠償責任についての見解をホームページで発表することにしたという。一方、東電広報部によると、東電は停電の原因が自社にない場合、間接的損害の賠償責任は負わないことを約款で決めている。同部は「三国屋建設の見解にはコメントできる立場にはない」としている。
(2006年8月19日 読売新聞)

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○三国屋建設株式会社のホームページより

今回の弊社所有クレーン台船と送電線の接触事故による停電により、御不便を受けられた方々に対しては、多大な御迷惑をお掛けし、心からお詫び申し上げます。
今回の接触事故についての弊社の賠償責任に関する弊社の見解は次のとおりですので、よろしく御理解いただくようお願い申し上げます。 
2006年8月17日
三国屋建設株式会社 代表取締役 高橋宏

今回の接触事故による弊社の賠償責任について

今回の送電線接触事故に関しまして、法的に損害賠償責任をお認めするには、レーンが送電線と接触したことと、発生した損害との間に「相当因果関係」が必要となります。(民法709条、同法416条)

どういうことかと申しますと、クレーンが送電線と接触することにより、通常、予見される送電線の所有者の損害に限り、法的に賠償責任があることになります。

今回の事故では、送電線の損傷により、停電が発生するかどうか、また発生するとしても、どの地区がどのような停電になるのか、また電力会社のバックアップがどうなのか、などなど、予測が不能でありました。結果は、ご周知のとおり停電が広範囲に及んでしまいました。

したがいまして、今回の事故によって電力会社から一時的に電気の供給を受けられなかったことにより発生しました一切の間接的な損害(停電によりパソコンが使用できなかった、及び故障した、エアコンが故障した、熱帯魚が死んでしまった等々)につきまして、当社には損害賠償義務はないものと判断致しました。

ご迷惑をお掛け致しました皆様には誠に申し訳ないこととは感じておりますが、ご覧察の上、御了承願いたく、お願い申し上げます。       
以 上

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○東京都や千葉、神奈川県で、2006年8月14日午前7時38分過ぎに、約140万世帯の大規模な停電が起きた。停電の規模としては過去2番目になるそうである。その原因は、東京と千葉の間にある旧江戸川で、三国屋建設株式会社所有のクレーン船が、川にかかる送電線に接触したことにあった。そのクレーン船(約380トン)は、翌日から行う予定のしゅんせつ工事に向かう途中、工事現場まで約500メートルまで近づいたため、船を進めながらクレーンのアーム(長さ約33メートル)を約75度に上げたところ、約16メートルの高さにかかっている送電線にアームが引っかかり、3本の送電線が損傷したようである。

前面復旧には約3時間かかったそうであり、東京電力には苦情や問い合わせが午前中だけで約1万500件殺到したとのことである。東京電力は、送電ケーブルの修理費用などの直接被害に加え、停電に伴う料金割引の逸失利益などの損害について(一般家庭の場合、停電が1時間以上続くと1カ月の基本料金の4%を割り引かなくてはならない電気供給規定がある)、の賠償を求めると考えられるが、そうすると、その賠償額は巨大になると予想できる。

○東京電力は、1999年11月に埼玉県所沢市で航空自衛隊入間基地のジェット練習機が墜落した際に、送電線が切断されて約80万世帯が停電した事故においても、防衛庁に賠償請求している。その際には、防衛庁側は、2001年3月に、東京電力の直接的損害や、周辺民家などの補償も入れて、総額約1億3000万円の補償金を支払っている。

しかし、三国屋建設の会社規模は、従業員数約140人、資本金約2000万円であり、今後の賠償能力などの点で不安が大きいと思える。

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○損害賠償となれば、気になるのが、東京電力以外の被害である。

東京ディズニーランドとディズニーシーを経営するオリエンタルランドでは、開園が遅れた影響で混乱を続いたと報じられたが、現在のところ損害賠償請求などを行う予定はないとのことである。ニュースで大々的に混乱状況が流れた各交通機関も、基本的には賠償を請求する動きは出ていない。証券取引所も、幸いに取引開始前であったことから取引中の直撃は避けられたものの、取引開始時間が遅れたことの各証券会社の損害は発生していると思われるが、そこでも賠償請求の動きはない。

ただ、自宅の冷凍庫の冷凍食品がだめになったケースはかなりあると思われるのと、ニュースでも、コンビに各店では弁当やおにぎりなどを廃棄したり、アイスクリーム業者の商品が溶けてしまったり、今回の三国屋建設が例に挙げたような「停電によりパソコンが使用できなかった」「パソコンが故障した」「エアコンが故障した」「熱帯魚が死んでしまった」等々、そのような被害は数え上げたらきりがないほどあったのではないかと思う。

○そのような中、三国屋建設は、早々と、停電で生じたこのような「間接的損害」については、賠償責任はない旨を公表したのは、そういった賠償請求の動きが活発にならないうちに、顧問弁護士と相談した上で法的見解を文章にして公表して、鎮めておこうと考えたのであろうか。

ただ、法的結論はともかくとして、その書き方には、もう少し低姿勢であっても良かったのではないかなと、全く被害のない関西の私だが、思ってしまう。 

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○民事上の「相当因果関係」

今回の三国屋建設のホームページでの説明に、「相当因果関係」(民法709条、同法416条)という言葉を引用し、間接損害への賠償を否定する根拠にしている。

「相当因果関係」というのは、債務不履行や不法行為と因果関係のある損害のうち、賠償されなければならない範囲を表すのに用いる概念である。

言葉を変えて言えば、不法行為で損害が発生した場合に、加害者の行為と被害者の損害との間に因果関係があることが賠償義務の前提であるが、ただその全てを賠償義務の中に入れずに、その賠償すべき範囲を「相当性」の観点から制限するものである。

○もっと分かりやすく言えば、「あれなければこれなし」という関係を事実的因果関係というが、それでは「風が吹けば桶屋が儲かる」のように際限なく因果関係が続いてしまうため、適切と思われる範囲で制限し、そのような行為があれば通常そのような損害が生じるであろうと認められるような範囲でのみ賠償義務を生じさせるものである。

より具体的に言えば、例えば、

「飼猫が道路に飛び出した」→「驚いた車が急ハンドルを切って別の車とぶつかった」→「相手の車が反動で電信柱に衝突した」→「電信柱が折れて周辺が停電した」→「家でテレビを見ていた人が見れなくなった」→「その人がテレビが壊れたのかと思って裏面を見ようとしてテレビを持ち上げたらぎっくり腰になった」→「腰の痛みが激しいので翌日の仕事を中止した」→「翌日に大きな仕事の依頼が来たが対応できず10億円の仕事を失った」→「その結果、会社が倒産した」→「その会社で働いていた従業員が職を失ったショックで自殺した」

という場合、最初の「飼猫が道路に飛び出した」事実と、10億円の仕事を失って倒産した会社の損害、また最後の人の自殺による損害などは、「あれなければこれなし」という事実連鎖で行けば因果関係はある。しかし、猫さえ飼っていなければこの結果はなかったとして、倒産した会社や自殺した遺族が、最初の猫の飼い主に損害賠償を請求できてしまうのはおかしい結果になる。

したがって、損害賠償請求はある程度範囲を絞る必要があり、このために「相当性」という枠が設けられたのである。

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○何が「相当」であるかについては、様々な考え方があるが、通説・判例(大審院連合部判決大正15年5月22日のいわゆる「富喜丸事件」判決、最高裁昭和48年6月7日判決など)は、債務不履行にもとづく損害賠償の範囲を定めた民法416条が「相当因果関係」を定めたものであり、これは不法行為の709条の場面でも適用されるとしている。

○民法第416条(損害賠償の範囲)
債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2  特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

○民法第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

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○この民法416条は何が書かれているかといえば、損害賠償は因果関係にあるものすべてに及ぶのではなく、このうち「相当因果関係」にあるもので、しかも、通常生ずべき損害のみであることである。 

民法416条1項は「通常生ずべき損害」が、同2項は「特別の事情によって生じた損害」について書いている。 

つまり
@第1項の「通常因果関係にあるもの」については、損害賠償責任を負うこと、
A第2項の「特別の事情によって生じた損害」については原則として責任を負わないが、ただし予見しまたは予見可能なものは責任を負う、
としたものである。

なお、この第2項でいう「予見しまたは予見可能」であった旨の事実は請求する側(通常は原告)が立証する義務を負うが、通常の場合においてはその立証は極めて困難である。

○この民法416条は、上述のとおり、契約関係のある当事者間の債務不履行問題だけでなく、今回のような契約関係にないもの同士の損害賠償を定める民法709条の不法行為にも準用されるというのが通説判例である。

○三国建設の今回の公表見解では、「今回の事故では、送電線の損傷により、停電が発生するかどうか、また発生するとしても、どの地区がどのような停電になるのか、また電力会社のバックアップがどうなのか、などなど、予測が不能」であったことを主張し、それが間接損害の賠償の法的責任を否定する論拠としている。前述の民法416条第2項の「特別の事情によって生じた損害」については原則として責任を負わないが、ただし予見しまたは予見可能なものは責任を負うが、この「予見しまたは予見可能」であった旨の事実は請求する側が立証する義務を負うところ、その立証はできないでしょう、と言っているのである。

停電によりパソコンが使用できなかった、及び故障した、エアコンが故障した、熱帯魚が死んでしまった等々を主張して三国屋建設に損害賠償を行うためには、こ「予見しまたは予見可能」であった旨の事実の立証という壁に挑戦しなければならない。
                                            弁護士 三木秀夫

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