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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
小林被告に死刑判決・奈良女児誘拐殺害(2006年09月26日)死刑適用基準
○奈良市の小学1年の有山楓(かえで)さん(当時7)が04年11月、下校途中に誘拐、殺害された事件で、殺人やわいせつ目的誘拐など八つの罪に問われた元新聞販売所従業員、小林薫被告(37)の判決公判が26日、奈良地裁で開かれ、奥田哲也裁判長は「わいせつ行為の着手前には強姦(ごうかん)した後に殺害することを決意していた。自己の異常な性欲を満たすための犯行であり、反省しておらず更生の可能性もない。幼少の女児が性的被害を受けていることを考えると、被害者の数だけで死刑を回避することはできない」と述べ、求刑通り死刑を言い渡した。被告側は即日控訴した。 

被害者が1人の殺人事件では、身代金や強盗などの金品目的の殺人や、殺人の前科があるといった事情がない限り、死刑適用はまれ。女児が犠牲となる性犯罪が相次ぐ中、今回の判決は、被害者の数などを考慮した死刑適用基準を示した83年の永山則夫元死刑囚への最高裁判決以降の判例の流れより一歩踏み込んだものとなった。 

判決は、小林被告が女児を強姦した後に殺害する意図を持っていたと認めたうえで、殺意の発生時期について検討。女児が小林被告の部屋で宿題の算数問題をすらすら解いたことなどから「このまま帰宅させると犯行が発覚すると思い、強姦した後は殺すしかない」と思うようになったと述べ、女児が風呂場の浴槽から出ようと抵抗したためにとっさに殺意が生じた、とした弁護側の主張を退けた。 

さらに判決は「当初から女児へのわいせつ行為を意図して白昼町中でおこなわれた計画的かつ大胆な犯行」として計画性についても認定。女児の遺体を傷つけた行為に対しては「死者への尊厳が感じられない冷酷、非情な犯行だ」と断じ、遺族の処罰感情も極めて強いとした。事件の背景に小林被告の反社会性人格障害があるとしたものの、「反社会的な生き方を選択したのは被告の意思によるものだ」と述べた。 

そのうえで、小林被告に強制わいせつ致傷罪などの前科があることなどを踏まえ、「根深い犯罪傾向を有し、真剣に反省しておらず、更生の意欲もない」と指摘。小林被告の成育歴にいじめなどの不遇な点があったことを考慮しながらも、「抵抗することもままならない幼少の女児で、性的被害にも遭っていることを考えると、被害者の数だけで死刑を回避すべきとは言えない。被告の生命でその罪を償わせるほかない」と結論づけた。

女児の両親は今年5月の公判で意見陳述し、「小林からは反省や後悔が見られない。娘が悲しむような犯罪が起きないように極刑以上の刑を与えて欲しい」と訴えた。 

一方、小林被告は公判を通じて「死刑を望む」と言い続けた。結審して以降、奥田裁判長あてに「更生する自信がない」「死刑にして欲しい」などと書いた手紙を2度送ったが、地裁は小林被告の弁護人に送り返した。  (asahi.com 2006年09月26日)

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○各紙から判読した主な認定事実
(1)わいせつ目的誘拐 04年11月17日午後1時50分過ぎ、奈良市内の路上で、小学校から徒歩で帰宅途中の有山楓さん(当時7)を乗用車に誘い入れ、わいせつな行為をする目的で誘拐
(2)殺人、強制わいせつ致死 同日午後3時ごろ、奈良県三郷町のマンション自室の浴室でわいせつな行為をした上、殺意をもって、抵抗する女児の頭などを押さえつけて浴槽の湯に沈め、同3時20分ごろに窒息死
(3)死体遺棄 遺体を乗用車に乗せて、同日午後10時ごろ、奈良県平群町の町道の側溝に遺棄
(4)脅迫 同年12月14日午前0時ごろ、女児の携帯電話を使い、母親の携帯電話に「次は妹だ」とのメッセージとともに女児の遺体や妹の画像を送信し脅迫
(5)窃盗 同年6〜11月、奈良県北葛城郡内の住宅など計6カ所から子ども用下着など計31点を窃盗
(6)強制わいせつ 同年9月、奈良県北葛城郡内の駐車場で、別の女児の服を脱がせて体を触り、携帯電話のカメラで撮影

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○あの世間を震撼させた奈良女児殺害事件の小林薫被告人に対する判決は、死刑判決であった。

今回の事件では、殺意の発生時期などを除いては公訴事実にほぼ争いがなかったようであり、判決の焦点は死刑適用の有無に尽きていた感がある。

この場合の判断指針としては、最高裁判所が示したいわゆる「永山基準」に照らしてどうかであり、特に殺害された被害者が1人の場合でも死刑が選択されるか否かの点が大きな焦点となった。

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○永山基準とは
最高裁判所第2小法廷が、昭和58年7月8日に、連続4人射殺事件の永山則夫元死刑囚(平成9年執行)の判決理由で示した死刑適用の判断基準のことを指す。

同判決では、死刑制度を存置する現行法制の下では、
@犯行の罪質、A動機、B態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、C結果の重大性ことに殺害された被害者の数、D遺族の被害感情、E社会的影響、F犯人の年齢、G前科、H犯行後の情状等、各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許される、とした。

ただ、この永山基準は、死刑選択の要素を単純に列挙してはいるが、各要素がどの程度あり、もしくは連携されれば死刑相当とするのかについて明確にしていない。

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○この永山基準では、Cにおいて、殺害された被害者の数を一つの重要な判断基準として置いている。永山事件のときは殺害された被害者は4人であった。この永山判決以来、被害者の数は死刑適用の大きな判断要素とされてきた。今回の奈良女児殺害事件では、たとえ1人でも、残虐で悪質な犯行であれば、極刑を免れないことを示した。

判決内容は、今のところ報道を通じてしか知りえないが、「更生は極めて困難」と断じ、遺族の悲嘆にも触れたうえで、「被害者数だけで死刑を回避すべきとはいえず、命をもって罪を償わせるほかない」としたようである。

広島地裁(岩倉広修裁判長)は、2006年7月、わいせつ目的で女児を殺害し、死刑が求刑されたペルー人ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ被告(34)に対して無期懲役にした際、、やはり永山基準に照らし、「被害者が1人」であること、母国での前科を認めるに足りる証拠がないことなどを挙げている。

「複数殺害に比べ、より高い悪質性が必要」とした。これとの比較が参考となる。
この点、奈良事件の場合、広島の事件との最大の違いは、小林被告が、過去に女児に対するわいせつ事件で2度有罪判決を受けているという明確な前科があったことであろう。しかも、8つの公訴事実の中に、事件のわずか約2カ月前に起こした別の女児に対する強制わいせつ罪が含まれていることも、同被告の悪質性を際立たせている。こういった被告の前歴等に加えて、「出所したら、同様の事件を起こさない自信はない」という被告の供述もあったことや、残虐性、社会的影響の大きさなどの要素を重視して、結論が導かれたものと思う。

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○永山判決
昭和58年7月8日最高裁判所第2小法廷判決/昭和56年(あ)第1505号
(窃盗、殺人、強盗殺人、同未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反被告事件)
(出展) 最高裁判所刑事判例集37巻6号609頁 判例タイムズ506号73頁 判例時報1099号148頁

主  文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理  由
検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例はいずれも所論のような趣旨まで判断しているものではないから、所論は前提を欠き、その余は量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 
しかしながら、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は以下に述べる理由により破棄を免れない。
 
一 本件は、犯行時一九歳余の少年であつた被告人が米軍基地内でけん銃を窃取し、これを使用して、東京及び京都では勤務中の警備員を射殺し、函館及び名古屋ではタシクー強盗を働いてタクシー運転手を射殺し、何ら落度のない四人の社会人の生命をわずか一か月足らずの間に次々と奪つたうえ、再び立ち戻つた東京では学校内に侵入して金品を物色中警備員見され逮捕を免れるため右警備員を狙撃したが命中せず殺人の目的を遂げなかつたという事案であつて、第一審判決、犯行の動機に同情すべき点がないごと、けん銃に実包を装填して携帯しており、計画性が認められること、犯行を多数回重ねており、個々の犯行の態様も、被害者の頭部、顔面等を至近距離から数回狙撃するもので残虐であること、働き盛りの四人の社会人の生命を奪つた点で結果が極めて重大であること、各被害者の遺族らは精神的にも経済的にも深刻な打撃を受けたこと、本件は「連続射殺魔」事件として報道されて一般人を深刻な不安に陥れ社会的影響が極めて大きかつたこと等の諸事情を考慮すると、本件は犯罪史上稀に見る兇悪事件と呼んでも過言ではなく、右の諸事情に被告人に何ら改悛の情の認められない状況を総合すれば、被告人の生育環境、生育歴等に同情すべき点があること、被告人が犯行当時少年であつたこと等被告人に有利な一切の事情を参酌しても、なお死刑の選択はやむをえない旨判示して被告人を死刑にした。
 
二 これに対し、原判決は、犯行の結果の重大性、遺族らの被害感情の深刻さ、社会的影響の大きさ、被告人の第一審公判おける行動の異常さ等の不利な情状を総合考慮ずれば、第一審判決の量刑は首肯できないではないとしながらも、死刑制度の運用を慎重に行うべきことを説いて、「ある被告事件につき死刑を選択する場合があるとすれば、その事件については如何なる裁判所がその衝にあつても死刑を選択したであろう程度の情状がある場合に限定せらるべきものと考える。立法論として、死刑の宣告には裁判官全員一致の意見によるべきものとすべき意見があるけれども、その精神は現行法の運用にあたつても考慮に価するものと考えるのである。」との見解を判示し、これを基として、前記の情状に被告人にとて有利な情状を併せて考慮すると、被告人に対し死刑を維持することは酷に過ぎるとして第一審判決を破棄したうえ、被告人を無期懲役に処した。

原判決の指摘する被告人にとつて有利な情状とは、第一に、本件犯行は一過性の犯行であ、被告人は犯行当時一九歳の少年であつて、恵まれない生育環境、生育歴のため、その精神的な成熟度は実質的に一八歳未満の少年と同視しうる状況にあるから、少年法五一条の精神を及ぼすべきであるし、また、本件犯行の原因の一端は、社会の福祉政策の貧困に帰せられるべきであるというのであり、第二に、被告人は第一審判決後の昭和五五年一二一二日Aと婚姻し、人生の伴侶を得て環境及び心境に変化が現れ、原審公判においては、第一審公判におけるよな粗暴な言動を慎んでいるというのであり、第三に、被告人は犯行後獄中で綴つた手記を出版し、その印税から京都事遺族に合計二五二万四四〇〇円を、函館事件の遺族に合計四六三万一六〇〇円をそれぞれ贈つて慰籍の意を示し、被告人の妻Aは被告人の意を受けて京都、函館、名古屋各事件の遺族らを訪れて弔意を表したというのである。
 
三 死刑はいわゆる残虐な刑罰にあたるものではなく、死刑を定めた刑法の規定が憲法に違反しないことは当裁判所大法廷の判例(昭和二二年(れ)第一一九号同二三年三月一二日判決・刑集二巻三号一九一頁)とするところであるが、死刑が人間在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり、誠にやむをえない場合における窮極の刑罰であるこにかんがみると、その適用が慎重に行われなければならないことは原判決の判示するとおりである。

そして、裁判所が死刑を選択できる場合として原判決が判示した前記見解の趣旨は、死刑を選択するにつきほとんど異論の余地がない程度に極めて情状が悪い場合をいうものとして理解することができないものではない。

結局、死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大あつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。
 
これを本件についてみるのに、記録によれば、本件犯行は、わずか一か月足らずの期間のうちに、東京、京都、函館、名古屋の各地で何ら落度のない社会人を四人までもけん銃で射殺し、かけがえのない生命を次々に奪つて、その遺族らを悲嘆の淵におとしいれたうえ、その約半年後に更に東京で警備員を狙撃し、全国的にも「連続射殺魔」事件として大きな社会不安を招いた事件であつて、犯行の罪質、結果、社会的影響は極めて重大である。犯行を重ねた動機も、あるいは先の犯行の発覚を恐れ、あるいは金品強取を企てたためであつて、極めて安易に犯行に出ており、特に京都事件の犯行後は自首を勧める実兄の言葉に耳をかさず、函館に渡つて更に重大な犯行を実行するに至つたもので、同情すべき点がない。殺害の手段方法についていえば、兇器として米軍基地から窃取して来たけん銃を使用し、被害者の頭部、顔面等を至近距離から数回にわたつて狙撃しており、極めて残虐というほかなく、特に名古屋事件の被害者Bに対しては、「待つて、待つて」と命乞いするのをきき入れず殺害したもので執拗かつ冷酷極まりない。遺族らの被害感情の深刻さもとりわけ深いものがあり、右Bの両親は、被告人からの被害弁償を受け取らないのが息子に対するせめてもの供養であると述べてその悲痛な心情を吐露し、また、東京事件の被害者Cの母も被告人からの被害弁償を固く拒み、どのような理由があつてもなお被告人を許す気持はないとまで述べており、遺族らの心情は痛ましいの一語に尽きる。以上のような点は被告人にとつては極めて不利な情状というべきである。

これに対し、被告人にとつて有利な情状としては、原判決も指摘するとおり、被告人が犯行時少年であつたこと、その家庭環境が極めて不遇で生育歴に同情すべき点が多々あること、被告人が第一審判決後結婚して伴侶を得たこと、遺族の一部に被害弁償をしたことなどの事情が考慮されるべきであろう。確かに、被告人が幼少時から母の手一つで兄弟多数と共に赤貧洗うがごとき窮乏状態の下で育てられ、肉親の愛情に飢えながら成長したことは誠に同情すべきであつて、このような環境的負因が被告人の精神の健全な成長を阻害した面があることは推認できないではない。原判決が本件犯行を精神的に未熟な実質的には一八歳未満相当の少年の犯した一過性の犯行とみて少年法五一条の精神を及ぼすべきであると判示しているのは、右の環境的負因による影響を重視したためであろう。しかしながら、被告人同様の環境的負因を負う他の兄弟らが必ずしも被告人のような軌跡をたどることなく立派に成人していることを考え併せると、環境的負因を特に重視することには疑問があるし、そもそも、被告人は犯行時少年であつたとはいえ、一九歳三か月ないし一九歳九か月の年長少年であり、前記の犯行の動機、態様から窺われる犯罪性の根深さに照らしても、被告人を一八歳未満の少年と同視することは特段の事情のない限り困難であるように思われる。そうすると、本件犯行が一過性のものであること、被告人の精神的成熟度が一八歳未満の少年と同視しうることなどの証拠上明らかではない事実を前提として本件に少年法五一条の精神を及ぼすべきであるとする原判断は首肯し難いものであると言わなければならないし、国家、社会の福祉政策を直接本件犯行に関連づけることも妥当とは思われない。被告人は、本件犯行の原因として責められるべきは被告人自身ではなく、被告人の親兄弟、社会、国家等の被告人の周囲の者であるとして、自己の責任を外的要因に転嫁する態度を公判廷でも獄中の手記でも一貫して維持しているが、被告人の右のような態度には問題があるし、被告人が結婚したことや被害弁償をしたことを過大に評価することも当を得ないものである。
 
以上の事情を総合すると、本件記録に顕れた証拠関係の下においては、被告人の罪責は誠に重大であつて、原判決が被告人に有利な事情として指摘する点を考慮に入れても、いまだ被告人を死刑に処するのが重きに失するとした原判断に十分な理由があるとは認められない。
 
そうすると、第一審の死刑判決を破棄して被告人を無期懲役に処した原判決は、量刑の前提となる事実の個別的な認定及びその総合的な評価を誤り、甚だしく刑の量定を誤つたものであつて、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認めざるをえない。
 
四 よつて、刑訴法四一一条二号により原判決を破棄し、本件事案の重大性、特殊性にかんがみ更に慎重な審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
 検察官筧榮一 公判出席
  
昭和五八年七月八日
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官  大 橋    進
裁判官      木 下 忠 良
裁判官      鹽 野 宜 慶
裁判官      宮 崎 梧 一
裁判官      牧    圭 次
                                            弁護士 三木秀夫

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