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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
番組改編訴訟でNHKの賠償責任認容・東京高裁(2007年01月29日)期待
○NHK教育テレビが放送した戦争特集番組を巡り、制作に協力した民間団体などが「放送直前、当初の説明とは違う趣旨に内容を変更された」として、NHKと下請け制作会社2社に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が29日、東京高裁であった。南敏文裁判長は、「NHKは国会議員などの『番組作りは公平・中立であるように』との発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度(そんたく)し、当たり障りのないように番組を改編した」と認定し、民間団体側の期待と信頼を侵害したとして、NHKと制作会社2社に計200万円の賠償を命じる判決を言い渡した。NHKは即日上告した。一方、この番組に関して朝日新聞が2005年1月、「政治介入で内容が改変された」などと報道したことから、控訴審では政治的圧力の有無が争点となったが、判決は「(政治家が)番組に関して具体的な話や示唆をしたとまでは認められない」と介入を否定した。1審・東京地裁はNHKの賠償責任を認めず、下請け会社1社にだけ100万円の賠償を命じていた。

問題となったのは、NHKが01年1月に放送した番組「問われる戦時性暴力」。判決によると、NHKの下請け会社は、民間団体「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(バウネット)が開催した「女性国際戦犯法廷」を取材する際、「法廷の様子をありのまま伝える番組になる」と説明して協力を受けた。しかしNHKは放送前に編集作業を繰り返し、「法廷」が国や昭和天皇を「有罪」とした個所などを省いて放送した。判決は、放送事業者の「編集の自由」について、「取材対象者から不当に制限されてはならない」とする一方、ドキュメンタリー番組や教養番組については「取材経過などから一定の制約を受ける場合もある」と指摘。その上で、「NHKは次々と番組を改編し、バウネットの期待とかけ離れた番組となったのに改編内容の説明も怠った」と、NHK側の責任を認めた。(2007年1月29日21時52分 読売新聞)

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○「女性国際戦犯法廷」番組改編を巡るNHK訴訟控訴審の東京高裁判決は、NHKの賠償責任も認める意外な判決であった。

東京高裁判決は、NHKは、@市民団体が有するに至った「番組内容に対する期待と信頼」を侵害し、さらにA事前説明とは異なる番組となったにもかかわらず、その変更について放送前に説明しなかったこと、の2点で不法行為責任を認めた。つまり、「期待権の侵害」と「説明義務違反」の両方から損害賠償を認めたものと考えられる。このAの「説明義務違反」は、原審では排斥されていたもので、控訴審で新たに認めたことになる。

高裁の判決文で「取材者の言動などにより期待を抱くやむを得ない特段の事情がある場合、編集の自由は一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待と信頼(期待権)は法的保護に値する」と「期待権」を、条件付とはいえ認容の根拠とした。結論の意外性もあるが、それ以上に表現の自由を制限しかねない危うい判例となりえるもので、取材のあり方に大きな影響を与えないかの不安を生じ得ない。判決文で示された「特段の事情」について、今後の運用で国家が悪用できないように使用されることを願うものである。 

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○期待権
期待権は、「将来一定の事実が発生すれば一定の法律上の利益を受けることができるであろうという期待を持つことができる地位」をいう(法律学小事典第4版)。

一般的に、条件付き権利(例えば、入学すれば時計をもらうという停止条件付贈与契約)や期限付き権利、または、相続開始前における推定相続人の地位など、この権利が侵害されれば不法行為となる。しかし、期待権の内容は事案によって異なり、この権利が、どういう場合にどの程度、法的保護に値するかは、まだまだ明確ではないのが現状ではあるが、上記法律学小事典には、「条件付権利という期待権の保護は比較的大きい」としている。

○この権利については、民法128条(条件の成否未定の間における相手方の利益の侵害の禁止) 、129条(条件の成否未定の間における権利の処分等) で、その権利の片鱗が見える。

○民法
第五節 条件及び期限
(条件が成就した場合の効果)
第127条  停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。
2  解除条件付法律行為は、解除条件が成就した時からその効力を失う。
3  当事者が条件が成就した場合の効果をその成就した時以前にさかのぼらせる意思を表示したときは、その意思に従う。
(条件の成否未定の間における相手方の利益の侵害の禁止)
第128条  条件付法律行為の各当事者は、条件の成否が未定である間は、条件が成就した場合にその法律行為から生ずべき相手方の利益を害することができない。
(条件の成否未定の間における権利の処分等)
第129条  条件の成否が未定である間における当事者の権利義務は、一般の規定に従い、処分し、相続し、若しくは保存し、又はそのために担保を供することができる。

○この権利が、現在最もよく使用されているのは、やはり医療過誤訴訟であろう。つまり患者が適切な治療を期待する権利という概念である。医師の患者との間の診療契約は、そもそも単に治癒という結果を請け負うという債務ではなく、治癒に向けて最善を尽くすという債務(手段債務)であるとされる。患者は医師に最善の治療を尽くすことを期待しており、これが期待権として理解されている。そして、その期待が侵害された場合、つまり期待に反する杜撰な診療行為がなされた場合は、それ自体を損害として評価され、医師側に損害賠償が命ぜられることとなる。

○これ以外に期待権が認められている事例として見られるのは、再雇用の期待を抱かせる説明をした雇用主が契約更新をしなかった際の「更新期待権」の侵害としての損害賠償などがある。労働契約の実態として、相当程度の反復更新がなされている場合は「更新期待権」が発生し、その期待に反する突然の雇い止めは無効とされうる。

○これら以外にも、いくつかの裁判例で「期待」を法的保護の対象とした上で、その侵害に損害賠償を命じた事例がある。

○取材を受けた側に「特段の事情がある場合」は、番組内容を期待できる権利として認めたのが、今回の「女性国際戦犯法廷」取材を巡るNHK番組改編訴訟の1審判決であり、それをNHKに対しても認めたのが今回の控訴審判決である。

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○期待権に関する裁判例あれこれ

@生命保険事件/平成18年1月18日東京高等裁判所判決(金融・商事判例1234号17頁)
死亡保険金受取人変更手続中途で被保険者が死亡し従前の保険金受取人に保険金を支払った保険会社の行為が保険金受取人予定者の期待権を侵害したものと判断された事例

A出荷停止差止等請求事件/平成16年4月15日東京地方裁判所判決(判例タイムズ1163号235頁、判例時報1872号69頁)
継続的商品供給契約を解約するについては、契約関係にある相手方当事者の期待権や取引上の利益を考慮することなく一方的な解約をすることは許されるべきではなく、解約するについては、解約申入れ自体に信義則に反しない程度の相当ないし合理的な理由が存在することと、相手方の取引上の利益に配慮した相当期間の猶予が要求されると解すべきであるとされた事例

B医療過誤事件/平成12年9月22日最高裁判所第2小法廷判決(判例タイムズ1044号75頁、判例時報1728号31頁)
医師の過失ある医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって破った損害を賠償すべき不法行為責任を負うとした事例(いわゆる医療における期待権侵害

C慰謝料請求事件/平成15年6月24日和歌山地方裁判所判決
数回にわたり,酒気を帯び,酒臭を発しつつ被告人と接見したり,公判廷に出頭した国選弁護人に,弁護士としての誠実義務(日本国憲法37条3項後段)違反であり、これにより,原告の国選弁護人の誠実な弁護活動を受ける期待権を侵害し,精神的な損害を与える不法行為を構成するものとして,被告人に対する15万円の慰謝料の支払いを命じた事例
                                            弁護士 三木秀夫

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