ニュース六法(倉庫)
2009年11月までの保管庫
ニュースから見る法律
三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
判例などを解説したものです。事実関係は,報道された範囲を前提にしており、関係者の
いずれをも擁護したり非難する目的で記述したものではありません。もし、訂正その他の
ご意見感想をお持ちの方は、メールにてご一報くだされば幸いです。
なお、内容についての法的責任は負いかねます。引用は自由にして頂いても構いません
が必ず。当サイトの表示をお願いいたします。引用表示なき無断転載はお断りいたします。

【お知らせ】
2009年12月から、このページは休止とさせていただきました。
同名での記事を、当事務所メールマガジンにて毎月発刊しています。
ご関心のある方は、そちらをご覧ください。

ニュース六法目次
森進一「おふくろさん」の歌唱禁止騒動(2007年03月05日)  著作者人格権
○歌手森進一(59)に「おふくろさん」の歌唱禁止を突きつけている作詞家の川内康範氏(87)が4日、森に提供した全作品の歌唱も禁止させる意思を示した。滞在中の都内ホテルで待ち受けた報道陣に対し、手書きの文書を配布。「何があっても森とは妥協できない。私のすべての作品を歌うことを禁止するとの申告をJASRAC(日本音楽著作権協会)に届けてあります」と報告した。森も川内氏の了解が得られるまで、11日に福岡・嘉穂劇場公演などで「おふくろさん」「花と蝶」など30作以上の川内作品を封印する意向だ。 (2007年03月5日 日刊スポーツ) 

@@@@@@@@@@

○歌手森進一の代表曲「おふくろさん」に大問題が生じている。作詞家の川内康範氏のオリジナル歌詞が始まる前のイントロ部分で「いつも心配かけてばかり いけない息子の僕でした 今ではできないことだけど 叱ってほしいよ もう一度」というせりふが入ったバージョンについてである。

2月に川内氏が怒りの会見を開き「おれの歌はもう歌わせない」と「絶縁宣言」した。
もともと、この歌曲は、昭和46年に作詞川内氏、作曲猪俣公章氏。この新しく加えられたせりふは保富康午氏、メロディーは猪俣氏がつくったようである。この加筆バージョンはかなり古くからのライブLPにも収録され、昨年のNHK紅白歌合戦でも歌われていた。私も、この加筆バージョンは何度かテレビなどで耳にしたことがある。私がこう言うくらいであるから、世間の多くの人たちが、何十年も前から聞いて知っている改変なのに、なぜ、いまごろになって川内氏が怒り出したのかは、分かりにくい気がするが。いずれにせよ、川内氏は、これが無許可改変にあたるとし怒りをぶちまけ、自身が作詞した森の楽曲約30曲の使用禁止を宣言した。

@@@@@@@@@@

○今回のこの川内氏の主張の法的根拠は、著作者人格権にある。これは、著作者がその著作物に対して有する人格的利益の保護を目的とする権利の総称である。

著作者が有する権利は、大きく分けて二つある。「著作権」と「著作者人格権」である。
著作権は「著作物の財産としての権利」で、著作物を上映したり、出版物を上映したりする権利についてのことである。
著作者人格権は「著作者の名誉などに関する権利」である。

○著作権法では「著作者人格権」として次の3つを定めている。
@公表権:著作物を公表するかどうか、公表するとすれば、いつ、どのタイミングで公表するかを決めることができる権利
(著作権法18条1項 「著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても、同様とする。 」)

A氏名表示権:著作物に氏名を表示するかどうか、表示する場合に本名にするかペンネームにするかを決めることのできる権利(著作権法19条1項 「著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。」)

B同一性保持権:著作物及びその題号につき意に反して変更、切除その他の改変を禁止することができる権利のことをいう(著作権法20条1項)(本ページ末尾参照)。ベルヌ条約上の同一性保持権は、「著作者の名誉声望を害するおそれがある改変」を禁止する権利であるが、日本の著作権法では、そのような限定がなく、およそ著作者の意に反する改変は全て禁止となっている。

○著作権は譲渡ができるが(著作権法61条)、著作者人格権は譲渡できない。
財産的価値のある著作権は、物権や債権のように、その一部又は全部を譲渡したり相続したりすることができる。これに対して、著作者人格権は、財産権としての著作権が他人に移転された後も、著作者が保有する権利とされる(ベルヌ条約6条の2第1項)。この権利の主体は「著作権者」ではなく、あくまでも「著作者」である。著作権が発生した時点では、著作者と著作権者は同一であるが、著作権が譲渡されれば、著作者と著作権者は異なることになる。歌手が、いわゆる持ち歌を歌う場合には、歌う権利を著作権者の許可を得る必要はあるが、仮にこれが得られたにしても、歌詞を変える権利まではなく、元の作詞者以外には絶対に移らない。

@@@@@@@@@@

○今回の「おふくろさん」問題も、この著作者人格権の中の同一性保持権の観点で見る必要がある。今回のように、曲の最初の部分に語りのようなセリフを付けるのが同一性保持権の侵害に当たるかどうかは微妙でもあり、元の歌詞の作詞者である川内氏の著作者人格権を侵害していることになるかどうかは、本来、きちんと議論がなされないとならない。

○仮に、これが同一性保持権の侵害となるならば、森進一が、この改変した歌を歌うたびに侵害は発生するため、川内氏は「差し止め」が請求できる権利を持つ。しかし、森進一がオリジナル通りの歌詞を歌うことや、川内氏の他の曲を歌うこと自体には、少なくとも著作者人格権の侵害は無いため、川内氏のみでは差し止めはできない。

○なお、川内氏はJASRAC(日本音楽著作権協会)に対して、森進一が川内氏の作詞した歌を歌うことを禁止する手紙を送ったようである。(3月4日の川内氏のマスコミあてコメントで、「森が私のすべての作品を歌うことは禁止するとの申告を届けてある」とあり、同協会によると、役員に対して2通の手紙が届いたものの、正式な申告とは認められないもののようではあるが。)

○これに対するJASRACの対応が気になるところであるが、同団体は、著作権管理事業者として、著作権者の著作権管理を包括的に信託契約している団体であるところ、著作権等管理事業法によって「正当な理由がない限り許諾を拒否できない」とされている。

著作権等管理事業法(平成12年法律第131号)
(利用の許諾の拒否の制限)
第十六条 著作権等管理事業者は,正当な理由がなければ,取り扱っている著作物等の利用の許諾を拒んではならない。

この規定から考えた場合、JASRACといえど、いくら著作者人格権者から求められたからといって、理由もなく、特定の人のみに、演奏を許諾したりしなかったりということはできない。唯一考えられるとすれば、同一性保持権を侵害しているとの強い疑いがあることが「正当な理由」にあたる場合もあろうか。

○川内氏がJASRACへの信託契約を契約解除するような場合もありえる。この場合は、森進一は、川内氏の著作権管理を行う会社と個別に演奏契約を結ばなければならなくなり、事実上、文字通りの全面禁止状態にはなる。ただし、その場合は、森進一のみではなく、誰でもが同じ状態になるため、およそ川内氏作詞の歌は、もはや川内氏自らが封印してしまうような結果になる。

○著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)
(昭60法62・2項3号追加4号一部改正、平15法85・2項1号一部改正)
(同一性保持権)
第20条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2  前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
一  第33条第1項(同条第4項において準用する場合を含む。)、第33条の2第1項又は第34条第1項の規定により著作物を利用する場合における用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの
二  建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変
三  特定の電子計算機においては利用し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において利用し得るようにするため、又はプログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に利用し得るようにするために必要な改変
四  前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変
                                            弁護士 三木秀夫

ニュース六法目次