ニュース六法(倉庫)
2009年11月までの保管庫
ニュースから見る法律
三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
判例などを解説したものです。事実関係は,報道された範囲を前提にしており、関係者の
いずれをも擁護したり非難する目的で記述したものではありません。もし、訂正その他の
ご意見感想をお持ちの方は、メールにてご一報くだされば幸いです。
なお、内容についての法的責任は負いかねます。引用は自由にして頂いても構いません
が必ず。当サイトの表示をお願いいたします。引用表示なき無断転載はお断りいたします。

【お知らせ】
2009年12月から、このページは休止とさせていただきました。
同名での記事を、当事務所メールマガジンにて毎月発刊しています。
ご関心のある方は、そちらをご覧ください。

ニュース六法目次
株券入りかばん拾い主への謝礼判決(2007年07月19日)遺失物法/報労金
○京都府向日市の池で昨年1月、釣り中に株券が入ったかばんを拾った京都市内の男性が、株券の名義人2人に計約290万円の報労金を求めた訴訟の判決が17日、京都地裁であり、阪口彰洋裁判官は2人に計約140万円の支払いを命じた。判決によると、株券は東京電力や日本航空など3社の計6千株で、昨年2月の時価総額は1435万9千円だった。 

名義人の1人が昨年1月20日、この株券が入ったかばんを、向日市内の自宅前で自転車のかごに置いていたところ、紛失した。同23日になって、同市内の池で釣りをしていた男性がこのかばんが浮いているのを発見。すくい上げたところ、株券入りの封筒があるのに気付き、翌日交番に届け出た。 

遺失物法は、返還を受けた落とし主は、遺失物の価格の5〜20%の報労金を拾った人に支払うよう定めている。名義人側は「届け出が翌日に遅れたため、報労金の割合を低くすべきだ」と主張。阪口裁判官は判決で経済的価値を時価の80%とし、12%の支払いが相当だとした。 (Asahi.com 2007年07月19日)

@@@@@@@@@@

○子どもの頃、親や先生から、「落し物を拾ったら交番に届けるように」と教えられていた。そのために、1円玉を拾っても交番に行かないといけないように思っていた(いや、当然、今も思っているが。)実際、小学校の頃に兄と一緒に現金入り財布を拾って、交番に届けたことがある。財布の中に落とし主を特定するものがなかったことや、誰からも名乗り出なかったために、その後に警察署から連絡があって、受け取りに行ったことがある。まあ、わずかなお金だったと思うが、子どもとしては変に嬉しく思ったものである。

○上記の裁判は、拾った人と遺失した人との間での謝礼金を巡る裁判で、比較的珍しい事件である。この裁判について、先日、夕刊紙の日刊ゲンダイからコメントを求められ、この判決が同紙の7月27日号で私のコメント入りで裁判が紹介されたこともあり、少しここで紹介したい。

@@@@@@@@@@

○遺失物法では、拾得物を拾った者は、速やかに警察署長に提出しなければならない。ただし、施設内において(埋蔵物を除く)を拾った者(当該施設の施設占有者を除く)は、速やかに、その物をその施設の施設占有者に交付しなければならない。警察署長は、遺失者が判明したときは、これをその者に返還するが、遺失者が発見できなかったり、その所在を知ることができないときは、その種類及び特徴、拾った日時、場所を「公告」する。公告は、基本的に3ヶ月間(埋蔵物については6ヶ月間)で、その警察署の掲示板で行われる。その間に遺失者が出た場合は、その者に返還される。

○もし、公告をした後6ヶ月以内にその所有者が分からなかったときは、これを拾得した者が取得する(民法第240条)。

○なお、遺失物の返還を受けた遺失者は、「その価格の100分の5(5%)以上100分の20(20%)以下」に相当する額の「報労金」を拾った者に支払わなければならない。(なお、その物の交付を受けた施設占有者があるときは、拾得者及び当該施設占有者に対し、それぞれ上記の額の2分の1の額の報労金を支払わなければならない。)ちなみに、国、地方公共団体、独立行政法人、地方独立行政法人はこの報労金の請求はできない。

@@@@@@@@@@

○日本は落し物をしても拾った方がちゃんと届けてくれることの多いいい国だと思う。拾ったものを届けるというのは、法律上の義務ではあるが、根底には「善意に基づく行為」である。その場合、その行為に一定の謝礼(法律では「報労金」という)を支払うように決められている。一般には、これは10%くらいといったことが言われてはいるが、法律では、上記のとおり5%〜20%の範囲内と決められている。これが、自然な流れで支払われたらいいのだが、当然に、「謝礼をくれ」「いやだ」という係争も生じうる。そもそも、謝礼を払うべき相手か否か(もしかしたら盗んだ相手かもとか)が争点となる場合もあるし、拾った者がAかBかとかの場面での争いもあるだろうし、金額の大小でもめる場合もないではない。

○上記の京都地裁の裁判は、どうも謝礼を払うべき相手か否かということと、金額に争いがあったケースの一つのようである。この裁判を報じた同日の京都新聞の記事を見ると、拾った男性は池で釣りをしていて流れてきたかばんをすくい上げたところ株券が入っていたので、自宅で乾かしてから近くの交番に届けたといい、そのかばんは、持ち主の女性が3日前に自転車の前かごに入れていて盗まれたものだそうだ。そして、女性側は▽当時、池は釣りをできる状態ではなかった▽脅迫するように謝礼金を要求された−などと反論していたとのことであった。そしてこの点については、裁判官は「池には釣りができる場所があった。男性の言葉遣いは脅迫的とまでは言えない」として退けたとのことである。 

なお、朝日新聞は報労金の額を約140万と報じているが、京都新聞は137万としている。株券の弁論終結時の株価をいくらかはよく分からないが、Asahi.comの「1435万9千円」を前提にして、その80%の金額の12%は約137万なので、京都新聞の記載のほうが正しいのかもしれない。

○金額での争いのケースというと、仮に十億円もの小切手を落としても、銀行窓口で支払を止める手だてを取れば現実的被害は免れるため、その後にこれを拾ったという人物から2億円を請求されたら、とても払えないと拒否するのも仕方がない。そういった場合は、気持ちばかりの「謝礼」でお互い片づけるのが、社会的な常識となるが、争いとなって裁判に持ち込まれたようなケースもある。宝石や高級品も対象になるが、その場合も、その価格をどう見るか、議論にはなる。ただ、こういった「物品」の場合は、小切手と違って、他に転売されたり、彼女に「プレゼント」されたりしていたら、永久に元の所有者に戻らないから、その意味で、小切手とは違って、相応の「時価」の5%〜10%くらいで、決めるのがいいのではなかろうか。基本は、あくまでも「気持ちからの謝礼」で、請求する方も、善意の行為を「金づる」にしようとしてはならないように思うが、互いに、払う側も受ける側も、「善意への謝礼」という趣旨で、大人の対応が必要となろう。

@@@@@@@@@@

○報労金額については、裁判所の裁量により決定できるというのが判例・学説である。(下記東京地裁判決平成3年5月30日 判時1420号103頁など)。上記京都地裁本判決も、これら判例、学説に従って、報労金額を決定したものである。

@@@@@@@@@@

○裁判で争われたケース紹介
(1)現金の場合
平成12年7月17日高松地方裁判所観音寺支部判決
土地の売主が地中に4000万円の紙幣を入れたクーラーボックスを埋め込み、その後探したが発見できないまま、右土地の売却先に引渡した後、第三者により発見された事案について、紙幣の発見者に対する遺失物報労金は本件の諸般の事情を考慮して5パーセントが相当した判決

そのときの判決文には、こうある。
「遺失物法四条一項本文は、遺失者から拾得者に対し物件の価格の一〇〇分の五より少なからず二〇より多からざる報労金を支払う旨定めているが、その金額に当事者間に争いがあるときは、裁判所が同規定の範囲内で諸般の事情を考慮してこれを定めることができると解するのが相当である。本件において、前記認定の諸般の事情を考慮すると、原告へ支払われるべき報労金の額は本件紙幣四〇〇〇万円の一〇〇分の五である二〇〇万円とするのが相当である。」(5%) 

このように、どういう理由で5%にしたのかは、はっきりとわからないが、「まあ、200万も払ったら十分だろう」といった、裁判官の判断かと思われる。

(2)約束手形の場合
平成3年5月30日東京地方裁判所判決
約束手形の拾得者から遺失者に対する報労金支払請求について、遺失物法4条所定の「物件ノ価格」を、手形額面の2分の1又は3分の1としたうえで、その10%を報労金を算定した判決

この件は、手形というものは、失ったからといって、必ずしも遺失者がそれによって当然に手形の額面金額に相当する損害を被るものではなく、手形が返還されずに単に放置されたままに止まるときは、経済的損失はない性質をもつ(銀行に手形の取立を出さない限り、引き落としはない)ことからして、額面全額を対象に報奨金を考えるのは相当ではないとして、額面の2分の1とか、3分の1の合計853万を前提に、その額の10%である85万としたものである。

(3) 日銀小切手の場合
昭和58年6月28日東京高等裁判所判決
額面総額78億余円の日銀小切手の遺失物の価格は額面総額の100分の2と評価するのが相当とし、その5%を拾得者に報労金とした判決

この件は、東京の兜町の路上公衆電話キャビネットの中で、銀行の行員が置き忘れた額面総額78億円の小切手在中のカバンを拾得し、直ちに警察署に届けたあと、持ち主の銀行に、約2億円の報労金の支払を求めた事件。東京高裁は、本件小切手の価格は、その額面総額の100分の2と評価するのが相当であるとして、報奨金を約875万とした。

このときの小切手は通常は使われることのない日銀発行の小切手であり、その支払については厳重なチェック体制が取られていることから、拾得者や第三者の譲受人に支払われたり現金化される可能性は全くないことなどから、本件小切手金額の2%をもって遺失物法に定める「物件の価格」とするのが相当とし、その5%を拾得者に報労金としたものである。

@@@@@@@@@@

○民法
(遺失物の拾得)
第240条  遺失物は、遺失物法 (明治32年法律第87号)の定めるところに従い公告をした後6箇月以内にその所有者が判明しないときは、これを拾得した者がその所有権を取得する。


○遺失物法(明治三十二年三月二十四日法律第八十七号)
最終改正:平成一一年一二月二二日法律第一六〇号

第一条  他人ノ遺失シタル物件ヲ拾得シタル者ハ速ニ遺失者又ハ所有者其ノ他物件回復ノ請求権ヲ有スル者ニ其ノ物件ヲ返還シ又ハ警察署長ニ之ヲ差出スヘ但シ法令ノ規定ニ依リ私ニ所有所持スルコトヲ禁シタル物件ハ返還スルノ限ニアラス
2 物件ヲ警察署長ニ差出シタルトキハ警察署長ハ物件ノ返還ヲ受クヘキ者ニ之ヲ返還スヘシ若シ返還ヲ受クヘキ者ノ氏名又ハ居所ヲ知ルコト能ハサルトキハ政令ノ定ムル所ニ従ヒ公告ヲ為スヘシ

第四条  物件ノ返還ヲ受クル者ハ物件ノ価格百分ノ五ヨリ少カラス二十ヨリ多カラサル報労金ヲ拾得者ニ給スヘシ但シ国庫其ノ他公ノ法人ハ報労金ヲ請求スルコトヲ得ス
2 物件ノ返還ヲ受クル者ハ第十条第二項ノ占有者アル場合ニ於テハ前項ノ規定ニ依ル報労金ノ額ノ二分ノ一宛ヲ拾得者及占有者ニ給スベシ

第六条  第三条ノ費用及第四条ノ報労金ハ物件ヲ返還シタル後一箇月ヲ過クルトキハ之ヲ請求スルコトヲ得ス
                                            弁護士 三木秀夫

ニュース六法目次