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三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
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ニュース六法目次
ボンズ756号ボール取得者は「私は売りたくない」(2007年08月10日) 占有
映画「100万ドルのホームランボール 捕った!盗られた!訴えた!」
2001年年間最多73号ボールを巡るアレックス・ポポフ対パトリック・ハヤシ事件〜
○米大リーグ(MLB)ジャイアンツのバリー・ボンズ外野手(43)が今月7日にメジャーリーグ新記録を樹立した通算756号のホームランボールは、球場で手にした22歳の男性ファンの物になりそうだ。

この記念ボールには、最高50万ドル(約5900万円)の値が付くとも予想されている。ボールを手にした男性は、米テレビ局NBCの9日の番組で「売りたい思いもあるが、自分で持っていたいという気持ちの方が強い。(売ってしまうには)貴重過ぎるし感傷をそそるものだ」と語った。また、ボールをキャッチするまでにほかの観客に頭突きをされたり人の上に人が積み重なるなど大変だったと振り返り、「人生で最も長く感じた瞬間」だと述べた。(ロイター2007年08月10日)

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○あの、米大リーグ(MLB)ジャイアンツのバリー・ボンズ選手が、ついに2007年8月7日、AT&Tパークのワシントン・ナショナルズ戦で、クレメンス投手から通算756本目となるホームランをライトスタンドに打ち込み、ハンク・アーロンの持つ755本のメジャー通算本塁打記録を塗り変えた

ゲーム中にもかかわらず100分に及ぶセレモニーで新記録を祝い、ボンズが自らマイクを握り挨拶を行った様子は、日本のニュースでも大きく取り上げられた。

○バリー・ボンズ選手は、2001年には、それまでのマーク・マグワイアの70本塁打を更新するシーズン73本のメジャー新記録を樹立するなど、数多くのメジャー記録を作ってきた。一方でドーピングの噂が絶えずあるなか、2006年には引退かア・リーグ球団への移籍がささやかれていたが、2007年もジャイアンツでプレイを続け、今回の大記録達成に至った。疑惑はともかく、この大記録は語り継がれることとなろう。実は、日本の王選手の現役本塁打通算868本はもっと上の記録なのだが。

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○このバリー・ボンズ選手によるメジャー通算756本目ホームランは、別の騒動を引き起こしていた。

2007年8月4日、ボンズは、サンディエゴ・パドレス戦でハンク・アーロンの持つ755本とのタイ記録を達成しており、その日から、次の新記録達成ホームランをキャッチしようと、多くの観客がグローブを持って球場の外野席に押し寄せていたからである。なぜなのかは、言うまでもなく、こういった歴史に残るホームランボールは、極めて高額な価格がつくと噂されたからである。

○この騒ぎを象徴し、かつ、それを笑い飛ばすような映画が、まさに、今の日本で上映中であった。「100万ドルのホームランボール 捕った!盗られた!訴えた!」がそれである。

これは、2001年10月7日に、ボンズが、「年間最多ホームラン記録」となる73本目のホームランを打った際の、その時のホームランボールを巡る二人の男の実際にあった訴訟合戦を描いたドキュメンタリー映画である。そのボールを、アレックス・ポポフという男がキャッチしたかに見えたが、そこに多くの観客が殺到して大混乱となったが、やがてパトリック・ハヤシという男がボールを確保したと名乗り出た。しかし、アレックス・ポポフは、「キャッチしたのは自分で、そのボールは無理やり奪われた、したがってそのボールは自分のものである。」と訴えたのである。その判決は、後に述べるとして、こういったフィーバーもあって、それを上回るビッグ記録のボールに、多数の観客が押し寄せたのも無理からぬところであった。

○そして、今回のも、メジャー通算756本目ホームランボールを「明確にキャッチした男」がいた。日本のテレビにも放映されていたが、屈強なガードマンに付き添われてその場を去る姿がクローズアップされていた。その人物が、米テレビ局NBCの9日の番組で述べた内容が冒頭のニュースであり、「売りたい思いもあるが、持っていたいという気持ちの方が強い。」ということであった。気持ちは分かるが、その後の報道では、税務当局が売るか売らないかに関係なく所得として課税するとのことなので、売らずに持ち続けるのも困難な様相である。世の中、そんなに甘くないということか。

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○ここで、ひとつ素朴な疑問を生じた。はたして、プロ野球のホームランボールは、法律的に誰のものなのであろうか。アメリカの場合はどのうなるのかは、さておき、日本の場合はどうなるのか。実際、考えてみたらよく分からない点が多く、裁判例もないし、これに触れたようなサイトも、どうも見当たらない。ここで、考えてみることとした。

○まず、そもそも、プロ野球の試合で使用されるボールは、元々は誰の所有物なのか。
これについては、正確なことは分からないが、公式試合に使うボールは、「ホームチームが、コミッショナーの承認印が捺された公認ボールを用意して、審判員に届ける」らしく、推測するには「ホームチームの所有物」と思われる。このコミッショナー承認印の押されたボールは、一般には販売されていない。したがって、この承認印付きのボール自体が「貴重」な物ともいえる。ちなみに、審判員は、このニューボールを砂でこすってボールの光沢を消し、ボールの皮を縫い合わせている糸に付けられた蝋(ロウソクのロウです)を落として、滑り止めをするということである。

○さて、その試合球が、ホームランボールとなって外野席に飛び込んできて、観客の一人Aがキャッチした場合、その所有権はどうなるのであろうか。まず、法律的に言えることは、Aは、そのホームランボールの「占有権」を取得したことである。(ただし、グラブに一旦入ったものの、そこからスルリとこぼれていった場合は、占有したと言えるかは疑問となり、後述するアレックス・ポポフ対パトリック・ハヤシ事での論争につながっていく。)

占有権とは、物を事実上支配する状態(占有)そのものを法律要件として生ずる物権である。この権利は「物に対する事実上の支配」を社会の秩序維持のために保護することを目的とし、占有を正当づける権利たる本権(所有権等)とは区別される。占有権は「自己のためにする意思をもって物を所持すること」によって取得する(民法180条)。物権的請求権は生じないが、占有者は「占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定」され(民法188条)、占有訴権によって外部からの侵害を排除できる(197条〜200条)。占有権は、占有者が占有の意思を放棄し、又は占有物の所持を失うことによって消滅するが、占有者が占有回収の訴えを提起したときはこの限りでない(民法203条)。

したがって、まず、この占有権を取得したAは、他の観客から取られそうになっても、この占有権によって、断固、これを拒否する権利を持っている。

これをもう少し法律的に言うと、まず、占有者Aがその占有を妨害されるおそれがあるとき(取られそうになっているときなど)は、裁判所に「占有保全の訴え」をして、その妨害の予防又は損害賠償の担保を請求することができる(民法199条)。また、占有者Aがその占有を奪われたときは、裁判所に「占有回収の訴え」を起こして、その物の返還及び損害の賠償を請求することもできる(民法200条)。 

○このように、占有権自体に多くの権利が付与されている。従って、占有を取得したかどうかは、物の権利関係に重要な問題点を生むものである以上、占有を取得したと言えるためには、「がっちりと」確保しないといけないと言えるのではないか。グラブや素手で取りかけたが、ポロリと落ちたのでは、がっちりと確保したとはいえないであろう。他人からの侵害を一旦は排除した時点をもって確保したことになると思うが、どうだろうか。

○ただし、それだけでは、まだ直ちに所有権者とは言えない。もし、特段の事由がなければ、所有者(この場合はホームチームたる球団側か)から所有権にもとづいて返還を請求された場合には、一定の事情がない限り、真の所有者からの返還請求には拒否できない。

○では、Aは、どういう場合ならば、このホームランボールを取得できるのであろうか。考えられることは、
@所有者たる球団が、「ホームランボールをキャッチした人には、そのボールを差し上げる」と公約していた場合は、キャッチしたAは、この約束にしたがって所有権を取得することとなろう。球団が、ホームランボールの所有権を無償で譲渡する(プレゼント=贈与)ことを公表することは、贈与契約の申し入れを示すもので、キャッチしたAは、そのボールの占有所得の時点で「もらった」という姿勢や態度を示すことで贈与を受けることの承諾をしたこととなり、ここで贈与契約の意思の合致が生じて、その時点でAに所有権の移転が生じたと解することができる。
A仮に、事前の公表がない場合は、所有者たる球団がホームランボールをキャッチしたAからの申し入れに応じて、事後的に所有権を譲渡した場合も同じで、贈与による所有権移転がなされたこととなる。しかし、この場合において、球団側から返還を求められたら拒否できないこととなる。
Bさらに、@の公約がないものの、以前からその球団がホームランボールをキャッチした人たちに対して、その返還を求めずにあげっ放しにしていた場合はどうか。この場合は、明示の公約はないものの、常に贈与をしてきたという事実関係からして「暗黙の贈与公約」があったと解釈でき、やはり@と同様に所有権を取得することができると言うべきであろう。
C球団が「ホームランの場合はそのボールの所有権を放棄する」としていた場合は、観客席にボールが飛び込んだ時点で無主物となって、キャッチした人が「所有権を原始取得」したと解する余地もある。

○実際の運用はどうなのか。私自身、ホームランボールをキャッチした経験はないので、詳しいことは分からないが、インターネットで調べてみたところでは、「はてな」での質問で、西部ドーム関係者と思われるrabbit23さんという方が解説をしているものを見つけたので、その要旨をここに紹介したい。
(詳しくは同サイトを参照→ http://q.hatena.ne.jp/1156738967

これによると、ファールボールの場合は球場によってその対応に差があるが、基本的にホームランボールに関してはどこの球場でももらえるとのこと。しかし例外があり、例えば、そのホームランが打った選手の個人的な記録や記念の一発である場合などで、その選手にとっての一生の記念ボールになるときは、球場の係員によってそのボールは回収され当人の手元に渡るとのこと。記録に関することでなくても、個人的な誰かにボールを捧げたい(たとえば昨日亡くなった母親に捧げたいなど)などの理由で回収を希望する選手もよくいるということである。ただ、そのようにしてボールを回収する場合は、代わりにその選手のサイン入りグッズなどが、球団を通じて渡されるとのこと。また、ボールを回収しない場合でもボールをとったファンが希望すれば試合後にそのボールにサインをもらうこともできる場合も多いようである。(以上は西武ドームの情報とのことであるが、他の球場でも大体基本的には変わらないようであるらしい。)

また、そこに紹介されているところによると、横浜ベイスターズは、球団の公式サイトで「ホームランボールとファイルボールのプレゼント」として、「試合球に日付と対戦相手を刻印して、ボールをキャッチした方にプレゼントいたします。(おケガのないよう、打球の行方には十分お気をつけ下さい。)※当日の刻印が無い物もございます。」と明記している。(http://www.baystars.co.jp/ticket/attraction.php#03

ちなみに阪神タイガースはどうか、と球団の公式ホームページを眺めてみたが、何も記載がなかった。しかし、ファンの開いたサイト「ネッ虎」には、ホームランボール・ファールボールについて、「もらえます。キャッチできずにびっくりしてたら係員が『大丈夫ですか?』と一応聞きに来てくれます」と書かれていた。

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民法
(占有権の取得) 
第180条 占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。
(占有物について行使する権利の適法の推定) 
第188条  占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。
(占有保持の訴え) 
第198条  占有者がその占有を妨害されたときは、占有保持の訴えにより、その妨害の停止及び損害の賠償を請求することができる。 
(占有保全の訴え) 
第199条  占有者がその占有を妨害されるおそれがあるときは、占有保全の訴えにより、その妨害の予防又は損害賠償の担保を請求することができる。 
(占有回収の訴え) 
第200条  占有者がその占有を奪われたときは、占有回収の訴えにより、その物の返還及び損害の賠償を請求することができる。 

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○ところで、2001年10月7日のボンズ「年間最多ホームラン記録」となる73本目のホームランボールを巡るアレックス・ポポフとパトリック・ハヤシという2人の男の訴訟合戦について触れたい。

その裁判の様子は、当時のアメリカのマスコミの報道でも伝わってきていたが、映画「100万ドルのホームランボール 捕った!盗られた!訴えた!」でもかなり詳細な法律論争の場面が続いている。

そこでは、仮処分などの手続き論争もあったが、主要な争点は、まさにボールの所有権をめぐる実体法的解釈であった。つまり、このホームランボールの所有権は、いつの時点で、どんな状況で、誰に発生するのか、であった。そしてそこでも「ボールの占有」をどう解するのかが重要になっていた。特に、アレックス・ポポフのグラブに一旦は入ったものの、また、そこからまた飛び出していってしまったわけで、ボボフは占有を確保したと言えるのであろうか。そういう係争を前に、ケビン・マッカーシー判事がこれをどう裁くかが全米の興味となった。

その判決文は、下記に英文で読める。
http://fl1.findlaw.com/news.findlaw.com/hdocs/docs/bonds/popovhayashi121802dec.pdf

○この判決結果を紹介するのは、映画を見ようとする方に結論を知らせるようなものなので、やや躊躇するべきかもしれないが、判決内容は歴史的事実であり、当時アメリカでも大きく報道され、日本にも一部マスコミで報道されたこともあるので構わないであろう。判決当時に世界日報社(Sekai Nippo Co.Ltd(1975-) Tokyo,Japan.voice@worldtimes.co.jp)の北米中南米ニュースで宮城武文氏は以下のように報じた。

ボンズ選手本塁打ボール所有権争いで判決「売却し代金等分せよ」
《【ロサンゼルス18日宮城武文】米大リーグ、バリー・ボンズ選手(SFジャイアンツ)の大リーグ新記録ホームランボールの所有権をめぐり、観客二人が争っていた裁判の審理が十八日、サンフランシスコの上級裁判所で行われ、ケビン・マッカーシー判事は「ボールを売却して、代金を二人で等分すること」とする判決を出した。この裁判は、昨年十月にボンズ選手が放った73号本塁打の所有をめぐるもの。右翼席にいたアレックス・ポポフさんが最初にグラブでボールに触れたが、直後に観客がボールに殺到、ボールがこぼれ落ちて最終的にパトリック・ハヤシさんが確保した。このボールは大リーグのシーズン本塁打の新記録になるものだけに、オークションにかければ百万ドル(一億二千万ドル)の値が付くといわれるもの。所有権をめぐるポポフさんとハヤシさんの話し合いは決着がつかず、裁判に持ち込まれていた。マッカーシー判事は、ポポフさんに覆い被さった観客を「悪者」として非難する一方で、ポポフさんがボールをつかんだのはわずか〇・六秒、「観客が殺到しなかったとしても、ボールを確実に捕らえたかどうか判断できない」として完全な所有権を認めなかった。一方で、ハヤシさんをポポフさんに覆い被さった「悪者」の一員とは認めず、ハヤシさんから所有権を取り上げるのは公正ではない、と判決を下している。しかし、この判決に双方は不満足な様子で、判決文をよく検討してから次の措置を決めると主張している。ポポフさんは、覆い被さった観客に対して「謝罪」を求めており、ハヤシさんに対しても、「自分のクラブからボール盗んだ」「謝罪すべき」などと要求している。 欲の皮が突っ張った両者の争いには、野球関係者も辟易としており、ボンズ選手自身も「売却して利益を等分にすべき」と提案している。》 

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○ちなみに、このボンズ選手本塁打ボール所有権争い裁判は、アメリカでは、法律を学ぶ学生にとっては所有権裁判の生きた教材として役に立っている、とのことである。上記の世界日報社は、裁判継続中の際に、このことを紹介しつつ、「討議の焦点は、一旦グローブに入った時点でポポフ氏に所有権があるのか、たまたま最初にグローブにあたっただけで、野球観戦の伝統として、最後に取ったものが所有権を主張できるのかと本番の裁判さながら、証拠や過去の判例を交え熱い論争が繰り広げ」られていると報じていた。日本法でも、じっくりと論議をしてみたら面白いかもしれない。

○なお、このケビン・マッカーシー判決の英文を見ていると(英文にも英米法にも強くはないので不正確かもしれないが)、そこに以下の文章が出てくる。
「The concept of equitable division has its roots in ancient Roman law.39 As Helmholz points out, it is useful in that it "provides an equitable way to resolve competing claims which are equally strong."」

ここで、同判事は、衡平な分割の概念は、古代のローマ法にルーツがあり、等しく強く競っている紛争を解決するには、この考え方が公平で有益であるという。同判事が「売却し代金等分せよ」と結論付けた基本はまさにここにあるのだろうと思う。衡平法に依拠した判断ではなかろうか。どなたか詳しい方がおればお教えいただきたいと思う。

この「衡平法(Equity エクイティ)」とは、コモン・ローの伝統を継受した英米法系の国における法で、公平と公正の原理に依拠して人と人との間の紛争を解決するものである。エクイティは、コモンローの硬直化への対応として大法官が与えた個別的な救済が、法として集積したものと理解されている。コモンローとエクイティとの間の重要な違いは、法の源(法源)で、コモンローならば各種の法原理と制定法をもとにして判決がされるが、エクイティでは、公平と公正・柔軟性に重点が置かれ、衡平法格言としての一般的な基準のみでなされることである。今回のこの判決は、「ヴェニスの商人」での裁判をも想起させると言うと、言い過ぎだろうか。
                                            弁護士 三木秀夫

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