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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
時津風部屋力士急死巡り傷害の疑いで立件へ(2007年09月26日)行政解剖
○大相撲の時津風部屋の序ノ口力士、時太山(ときたいざん)=当時(17)、本名・斉藤俊(たかし)さん、写真上=が6月、愛知県犬山市でけいこ後に急死した事件で、同県警は26日、制裁目的の暴行があったとして、時津風親方(57)=元小結双津竜、本名・山本順一、同下=と部屋の兄弟子ら数人を、傷害致死容疑などで立件する方針を固めた。親方は斉藤さんを「ビール瓶で殴った」、兄弟子の1人は「金属バットで殴った」などと供述している。

「かわいがってやれ」。角界を激震させた17歳新弟子の死亡事件で、兄弟子らに制裁を指示したのは、親方だった。県警捜査1課と犬山署は26日、時津風親方を傷害容疑で、部屋の兄弟子ら数人を傷害致死容疑で立件する方針だ。調べでは、時津風部屋の兄弟子らは名古屋場所前の6月26日午前11時ごろ、犬山市に設けていたけいこ場で、斉藤さんに暴行を加え、同日午後2時10分ごろ、搬送先の病院で死亡させた疑い。

斉藤さんは新潟県立豊栄高を2年で中退し、4月に入門。「けいこがつらい」と6月に3度、部屋を抜け出し、連れ戻されていた。死亡前日の6月25日も脱走に失敗。度重なる脱走に立腹した親方は夕食時、ビール瓶で額を殴りけがを負わせると、「かわいがってやれ」などと兄弟子らに暴行を指示。斉藤さんはけいこ場裏で激しい暴行を受けた。斉藤さんは死亡当日の26日午前7時半ごろ開始のけいこに起きてこず、11時10分ごろから開始。兄弟子ら3、4人は、5月初土俵の新弟子にとっては異例の長さとなる、約30分のぶつかりけいこを敢行。斉藤さんが土俵上に倒れても、けるなどの暴行が加えられ、金属バットも使われていた。その末の死亡事件。実家に戻った斉藤さんの遺体を見た遺族は「顔は赤く腫れ、体はアザと擦り傷だらけ。太ももにはたばこの火を押しつけた跡が3カ所あった」。

真相究明を求める遺族の声に促される形で県警が動き、行政解剖の結果、死因は多発外傷性ショック死と判明。親方や部屋の全力士から事情を聴いていた。
(サンケイスポーツ 2007年09月27日)

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○名門時津風部屋で、前代未聞の事件である。国技である大相撲にとっては、国民の信頼を大崩壊させかねない由々しき事件である。これらが本当のことであれば、完全に膿を出し切っていかないとならない。

○毎日新聞 2007年9月26日の速報によると、「愛知県警は当初、検死結果や治療した医師の診断結果などから事件性はないと判断、斉藤さんの遺体も死亡当日夜に新潟県内の実家に運ばれた。しかし、遺族の強い要請を受け、県警は同月28日に新潟市内の病院で行政解剖。解剖結果では『多発外傷によるショック死が考えられる』と判断されたものの詳しい死因は分からず、遺体の一部を組織検査することになった。」と報じている。

さらに毎日新聞の翌27日の報道によると、「斉藤さんが死亡した同26日当日、時津風部屋から新潟市に住む遺族に『(遺体は)こちらで取り仕切りますから』と、現地での火葬を示唆する電話があったことがわかった。遺族は『暴行の跡を隠そうとしたのではないか』と批判している。遺族によると、同日午後4時ごろ、部屋側から斉藤さんの実家に電話があり、火葬の準備を進めている旨が伝えられたという。疑問を抱いた遺族側が『それは困る。こちらから迎えに行く』などと抗議すると、部屋側は実家への搬送を手配したという。斉藤さんの遺体を見た遺族は、額に残った切り傷や激しい打撲の跡、たばこを押しつけられたようなやけどなどを見てショックを受け、翌27日、弔問に訪れた時津風親方に説明を求めたが、親方は『通常のけいこでできたもの』と釈明し、火葬の準備についても『隠すためにやったわけではない』と繰り返した。死因は当初、『虚血性心疾患』とされたが、納得できない遺族は遺体を解剖して真相を究明するよう愛知県警などに要請。新潟大での行政解剖で『多発外傷によるショック死が考えられる』と判断された。」と、行政解剖に至った経緯が詳しく報じられた。危うく、火葬によって、一人の青年の死亡が闇に葬られるところであった。

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○今回の事件では、なぜ、当初に司法解剖が行われなかったのか、疑問な点がないではない。

司法解剖は犯罪性の疑いがある場合に強制的に検察官・司法警察官が行うものであるところ、今回の件では、おそらく愛知県警が当初は犯罪の疑いは持っていなかったために、行わなかったものと思われる。しかし、遺体が返されて不審を持った家族が、「行政解剖」(この表現が正確でないことは後述)を願い出たことから初めて解剖が行われ、その結果、暴行の疑いが浮上してきたようである。

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司法解剖
司法解剖とは、刑事訴訟法129条(検証)、168条1項(鑑定人による死体の解剖)などの規定に基づいて、刑事事件処理のために行う解剖をいう。つまり、犯罪関与の疑いがある場合に、裁判所の命令ないしは検察などの捜査機関の嘱託によって行う解剖である。大学医学部等の法医学者が、検察官や警察署長などの嘱託を受けて執行することが多い。法律上は裁判所から「鑑定処分許可状」の発行を受ければ、遺族の同意が得られなくても職権で強制的に行うことが可能である。ただし、交通事故など受傷状況が明らかな場合や、逆に犯罪性がはっきりしない場合は解剖せず、検視のみで終わることも多い。

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行政解剖
行政解剖とは、死体解剖保存法8条に基づく解剖をいう。これは刑事訴訟法以外の法律に基づいて処理される行政事件の処理のために監察医が行う解剖である。

政令で定められた地の都道府県知事は、その地域内における伝染病、中毒又は災害により死亡した疑のある死体その他死因の明らかでない死体について、その死因を明らかにするため監察医を置き、これに検案をさせ、又は検案によっても死因の判明しない場合には解剖させることができる。法律的には家族の承諾を得なくとも行える。医師の診断を受けないで病死した場合に行われる解剖が多い。

ここでいう政令で定められた地とは、「監察医を置くべき地域を定める政令」によって、東京都の区の存する区域、大阪市、横浜市、名古屋市及び神戸市とされ、そこに監察医を置くことが定められている。

○ちなみに東京には東京都監察医務院がある。

同院のホームページには以下の記載がある。
「当院は昭和23年3月に開院して以来、死体解剖保存法第8条に基づいて東京都23区内で発生したすべての不自然死(死因不明の急性死や事故死など)について、死体の検案及び解剖を行いその死因を明らかにする仕事をしています。そしてそのことは死者の人権を擁護するとともに、死因究明の過程で得られた貴重な情報は、医学教育、臨床医学、予防医学などに還元され、医学の進歩に大きく貢献しています。平成17年の年間検案数は、11,974体、解剖数は2,702体で、一日平均の検案数は32.8体、解剖数は7.4体となっています。この検案数は、東京都23区内における全死亡者数の約18%にあたります。つまり、5.6人に1人が監察医の検案を必要とする原因不明の病気や事故などで死亡していることになります。
検案とは、医師が死体の外表を検査し死因等を判定することです。検案の対象を死亡の種類別にあげると以下のものが該当します。
1)病死及び自然死の一部
 1.医師の診察を受けずに死亡した場合 
 2.医師の診察を受けたが死因不明のまま死亡した場合
 3.医師の診察中の病気と違った他の原因で死亡した場合
 4.発病又は死亡時の状況に異状がある場合
2)すべての外因死とその後遺症による死亡
 不慮の外因死(交通事故死、転落死、溺死、焼死など)、自殺、他殺
3)不詳の外因死か不明のもの」

ちなみに監察医制度が行われていない地域では、大学の法医学教室が監察医制度に準じた形で解剖を行うが、これは正式な行政解剖とは言えない。今回の時津風部屋時太山の死亡事件では、新潟大学で解剖が行われており、報道ではこれを行政解剖と呼んでいたが、正確ではないことになる。この場合は家族の承諾が必要で「承諾解剖」と呼ばれる。

○このように、監察医制度が置かれていない地域では、死因を明らかにしたい場合は承諾解剖という形を取らざるを得ないが、必ず遺族の承諾が必要になるので、承諾がない場合は検案のみですますことになる。ただ、検案のみでは判断を誤る危険性が高く、監察医制度が全国的に整備されていない現状は行政上及び司法制度上の不備と言わざるを得ない。

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○このように、司法解剖と行政解剖の差異は、「犯罪関与の疑いがあるかどうか」であるが、その判断は、まずは検事や司法警察が行う「検視」か、または解剖を担当する医師による「検死」において、犯罪関与の疑いが生じると、死体は変死体となり、司法解剖から犯罪捜査にと進んでいく。この「検視」は、刑事訴訟法上は検事が行うのが原則ではあるが、例外として検察事務官又は司法警察員に委ねることができ、実際のところでは、ほとんどが警察官が行っている(代行検視)。

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病理解剖
ちなみに病気などで死亡した遺体について、研究などのためや病理を解明するために医師側が希望して行う解剖を「病理解剖」という。この病理解剖については、遺族の承諾が必要条件となる。

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○刑事訴訟法
第128条  裁判所は、事実発見のため必要があるときは、検証することができる。
第129条  検証については、身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊その他必要な処分をすることができる。

第168条  鑑定人は、鑑定について必要がある場合には、裁判所の許可を受けて、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り、身体を検査し、死体を解剖し、墳墓を発掘し、又は物を破壊することができる。

第229条  変死者又は変死の疑のある死体があるときは、その所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は、検視をしなければならない。
2  検察官は、検察事務官又は司法警察員に前項の処分をさせることができる。

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○死体解剖保存法
第八条  政令で定める地を管轄する都道府県知事は、その地域内における伝染病、中毒又は災害により死亡した疑のある死体その他死因の明らかでない死体について、その死因を明らかにするため監察医を置き、これに検案をさせ、又は検案によつても死因の判明しない場合には解剖させることができる。但し、変死体又は変死の疑がある死体については、刑事訴訟法第二百二十九条 の規定による検視があつた後でなければ、検案又は解剖させることができない。
2  前項の規定による検案又は解剖は、刑事訴訟法 の規定による検証又は鑑定のための解剖を妨げるものではない。
                                            弁護士 三木秀夫

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