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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
長井氏事件で警視庁が捜査本部設置(2007年10月03日) 外国人の国外犯
○ミャンマー・ヤンゴンで反政府デモを取材中に射殺された映像ジャーナリスト井健司さん(50)の遺体が近く日本に戻る見通しになったことを受け、警視庁は、日本人が海外で重大犯罪に遭った場合を想定した刑法の「国外犯規定」を適用し、殺人容疑で捜査に乗り出すことを決めた。遺族の了解を得たうえで遺体の検視を行って、銃撃当時の状況を明らかにしたい考え。外務省はこの結果をもとに、ミャンマー政府に、銃撃に関与した人物の処罰を求めるとみられる。
 
これまでの外務省の調査では、長井さんの遺体からはやけどや火薬が付着した跡は確認できなかった。このため政府は「至近距離から撃たれたかどうかは不明」(町村官房長官)としているが、長井さんが契約していた「APF通信社」(東京都港区)の山路徹社長(46)によると、遺体を解剖したミャンマー人医師は「銃弾は背中の左下部から入って右胸の下部に抜けた」と語り、至近距離で撃たれた可能性を否定しなかったという。
 
刑法の国外犯規定は、殺人や誘拐、婦女暴行などを対象に、日本の捜査当局が現地治安当局と協力して捜査ができるとの内容で、2003年7月の刑法改正で新設された。今回の場合、長井さんの住所地がある東京都中野区を管轄する警視庁が捜査にあたる。
(2007年10月03日 読売新聞)

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○ミャンマーで反政府デモ取材中に、兵士に背後から撃たれ死亡したと見られる長井健司氏の事件は、本当に憤りと悲しみでやりきれない気持ちである。その映像が、偶々撮影され、報道で繰り返し放映されたが、撃った若い兵士の姿が映っている。この映像が流れる前は、流れ弾に当たったらしいと報道されていたが、その映像を見る限り、明らかに狙って打ったとしか見えない。そうとしたら明白な故意による殺人行為である。

○これまでも、数人の日本人ジャーナリストが国外の危険地域で死亡した。

私と同い年の写真家であった南條直子氏は、アフガニスタンで、ゲリラから「ゴルゴタイ」(花のつぼみ)という愛称を付けてもらいながら一緒に過ごし、戦闘の合間の彼らの日常を写真に収めていたが、アフガニスタン3度目の取材中の1988年10月に、ジャララバード近くで地雷を踏んで死亡した。(死後に径書房から「戦士たちの貌 アフガニスタン断章」が出版されている。)

また、2004年5月27日、橋田信介氏と甥の小川巧太郎氏が、イラク取材中に、武装勢力からの襲撃で殺害された事件は記憶に新らしい。今回の長井氏の事件もこれから長く記憶されていくことになるのであろう。

こういった、大手マスコミの記者たちとは違ったフリージャーナリストたちが、戦場や混乱地域に取材に行くことを批判する声も出るときもあるが、それはその重要性を理解しない意見である。こういった戦場などでは大手マスコミの特派員にはビザが発給されないし、そもそも危険すぎる地域には派遣されない。しかし、それでは現地で何が起こっているのかが分からない。そういった現地情報を現地から日本や世界に報道することで、その紛争の真の姿が浮かび上がってくるものである。このため、彼らフリージャーナリストが、「危ないから行かない」ではなく、むしろ積極的にまず現場に立とうとして現地侵入をしていくのである。彼らの行為によって、私たちは世界の真の情勢を知り発言ができるようになるのである。私たち市民はもちろん、日本国政府も、そういった彼らの勇気ある行動を支援していかなければならない。

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○今回の長井氏殺害事件は、直接に狙って打ったと思われる兵士を断罪する必要がある。さらには、この事件にミャンマー軍事政権の何らかの指示が背後にあった可能性も考えられる。

○今回、警視庁は、日本人が海外で重大犯罪に遭った場合を想定した刑法の「国外犯規定」を適用し、殺人容疑で捜査に乗り出すことを決め、長井氏の自宅を管轄する中野警察署に捜査本部を置いて、10月4日午後、杏林大で遺体を司法解剖したようである。それによると、長井氏は背後から撃たれていたことが分かった。

共同通信の配信報道によると、「死因は、左腰背部から右腹部にかけて、銃弾1発が貫通し肝臓が損傷、大量の血が流れた失血死と判明。射入口は直径約1センチ、出口は約1、2センチだった。銃の種類の特定には至っていない。」とのことである。長井さんが契約していたAPF通信社は、現地から持ち帰った長井氏の着衣を捜査本部に任意提出したそうだが、捜査本部は今後、着衣の硝煙反応や火薬粒子の付着状況などを鑑定して、銃撃された距離や位置などの確認を進めるということである。

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○日本人が海外で重大犯罪に遭った場合の「国外犯規定」とは
今回、警視庁が用いている「国外犯規定」とは、日本人が海外で重要犯罪に巻き込まれた場合も日本国内で訴追できるとした刑法第3条の2の「国民以外の者の国外犯」規定である。この規定は、2003年の刑法改正で導入されたものである。

○刑法は、まず、第1条(国内犯)で、「この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。」とし、その第2項で、日本国外にある日本船舶又は日本航空機内において罪を犯した者についても同様としている。第2条(すべての者の国外犯)では、内乱罪や外患罪・通貨偽造罪など日本国自体への国益を害する一定の重大犯罪に関して、日本国外において犯したすべての者(日本国民に限らず)に適用している。また、第3条(国民の国外犯)では、殺人や放火などの一定犯罪を日本国外において犯した日本国民に刑法を適用することが規定されている。しかし、2003年改正以前には、外国で外国人によって日本人が殺害された事件の場合は、刑法第2条の対象外犯罪であって、日本国内で外国人たる犯人を訴追する適用条文がなかった。

○TAJIMA号事件
そういった中で2002年に「TAJIMA号事件」が発生した。これは、台湾沖の公海上にあったパナマ籍船「TAJIMA号」(保有は日本郵船の海外子会社)で日本人二等航海士が殺害された事件である。

このとき、被疑者としてフィリピン人船員2名が船内にとめおかれ、船長の援助要請で海上保安官が乗船し、姫路港に入港後、パナマ共和国の国際捜査共助法に基づく要請で海上保安部による捜査がなされた。その後、日本政府に捜査管轄権がないことから、船長が被疑者の拘束と監視をする状態が続き、パナマ共和国からの容疑者仮拘禁請求に基づき、被疑者2人を東京高等検察庁が仮拘禁、その後、パナマ政府からの引渡し請求に基づき、東京高裁にて被疑者送還が決定され、送還となったものである。

この事件のような公海上の外国籍船において外国人により日本人が殺害された場合、その時点では日本の刑法の適用がなかった。このため、刑事裁判管轄権を持つ国からの要請を待たずに日本国が被疑者の身柄を拘束することはできず、TAJIMA号の旗国であるパナマ共和国のみが唯一の刑事裁判管轄権を持つ国であった。

結局、この日本人殺害事件で、日本政府の拘束下にあったにもかかわらず、当時の国内法の不備のために、被疑者を訴追できないままに、船籍国に引渡しを余儀なくされたものであった。

この事件を契機に、本件のように公海上の外国籍船上などで殺人をはじめとする一定の重大な犯罪の被害を日本人が受けた場合、我が国の刑法も適用できるようにするため議論がなされた結果、2003年8月、日本国外において日本国民が被害者となった場合の処罰規定が第3条の2として新設された。

この規定が、今回の長井氏殺害事件に適用されたものである。

○この法改正の際の国会審議の際の政府側答弁で、以下のように述べられている。
「いわゆる TAJIMA 号事件のように犯罪地国において必ずしも直ちに適切な刑罰権の行使がなされないような事例もございましたことから、日本国外において日本国民が生命・身体等に重大な侵害をもたらすような犯罪の被害を受けた場合に我が国の刑法をおよそ適用できないままにしておくことは国外にいる日本国民の保護の見地からも妥当であるとは言い難いと。そこで、日本国民の保護の観点から、日本国民が殺人等の生命・身体等に対する一定の重大な犯罪の被害を受けた場合における国外犯処罰規定につきましては、緊急にその整備を行う必要があるというふうに考えた次第でございます。」

○ちなみに、このTAJIMA号事件での犯人は、2005年5月に、フィリピン人被疑者2名の公判がパナマ第2高等裁判所で開廷されたが、8名の陪審員は被告2名に無罪評決を下し無罪が確定した。

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○刑法
(国民以外の者の国外犯)
第三条の二  この法律は、日本国外において日本国民に対して次に掲げる罪を犯した日本国民以外の者に適用する。
一  第百七十六条から第百七十九条まで(強制わいせつ、強姦、準強制わいせつ及び準強姦、集団強姦等、未遂罪)及び第百八十一条(強制わいせつ等致死傷)の罪
二  第百九十九条(殺人)の罪及びその未遂罪
三  第二百四条(傷害)及び第二百五条(傷害致死)の罪
四  第二百二十条(逮捕及び監禁)及び第二百二十一条(逮捕等致死傷)の罪
五  第二百二十四条から第二百二十八条まで(未成年者略取及び誘拐、営利目的等略取及び誘拐、身の代金目的略取等、所在国外移送目的略取及び誘拐、人身売買、被略取者等所在国外移送、被略取者引渡し等、未遂罪)の罪
六  第二百三十六条(強盗)及び第二百三十八条から第二百四十一条まで(事後強盗、昏酔強盗、強盗致死傷、強盗強姦及び同致死)の罪並びにこれらの罪の未遂罪
                                            弁護士 三木秀夫

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