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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
楳図かずお邸への工事差止仮処分請求を却下(2007年10月13日)景観利
○漫画家楳図かずおさんが東京都武蔵野市内に建築中の自宅をめぐり、赤白のしま模様などの外観が住宅地の景観を破壊するとして、周辺住民が工事差し止めを求めた仮処分について、東京地裁は12日、申し立てを却下する決定をした。

森淳子裁判官は「この地域にある建物の色はさまざまで、特別な景観があるとはいえない」と判断。「景観の利益が侵害される」とする住民らの主張を退けた。外壁をしま模様にすることには「公序良俗違反などは見当たらず、住民らに塗装を禁止する権利はない」と指摘した。

申立書などによると、楳図さん宅の敷地は約235平方メートルで、3月に着工。外壁を楳図さんのトレードマークになっている赤白の模様にする計画で、壁面の仕上げ以外はほぼ完成している。る。(デーリースポーツ2007年10月13日)

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○漫画家の楳図かずお氏が東京・吉祥寺に建築中の住宅をめぐり、近隣の住民数人が「周囲の景観を無視した奇っ怪な建造物だ」と主張して、楳図さんと施工を請け負った住友林業に対し、建築工事差し止めの仮処分を東京地裁に申し立てていたという報道が8月1日に流れた。

その際の新聞報道等によると、建築中の楳図邸は2階建てで、壁面を赤と白の横じまで塗装し、屋上には巨大な「まことちゃん」の像が設置される(申立書の記載から)とのことであった。この周囲は閑静な住宅街で、申立人の住民は「住宅は周囲の景観とまったくそぐわないばかりか、景観を破壊する」と主張しているとのことであった。(なお、住友林業側は、外壁の赤白ストライブ計画は認めているが、屋根には煙突のような円柱を設置するだけで、まことちゃんキャラクターの計画はないとしていたようである。)

その後、東京地裁では計4回の審尋が開かれたとのことであり、しま模様の壁面の数を減らすなどの和解に向けた話し合いがなされたようであるがまとまらず、今回の決定に至ったようである。

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○この事件は、報道以来、巷で関心を呼んで、建築の是非を巡って賛否両論が噴出した。その主なものを拾ってみた。これから浮かんでくるのは、景観と個人の自由との兼ね合をどう考えるかの議論である。

(1)建築反対派
「周囲は閑静な住宅街でのあの建物はそぐわず景観を破壊する」
「あんな建物は色彩の暴力であり形の暴力だ」 
「ここはテーマパークではない」
「心に赤と白のペンキを塗られる気分だ」
「法律に反しないなら何をやってもよいというわけではない」
「社会人として他人が嫌がっていることをするのは問題だ」
「言葉の暴力という単語があるように、これは色の暴力だ」
「近くに赤白の家があったら、疲れて帰宅しても落ち着かない」
「閑静な住宅街で暮らしたいと思う住民の気持ちも大事にすべき」
「山の中ならかまわないけど。街中なら町の美観を損ねる」

(2)建築容認派
「自分の趣味で家を建てるという個人の自由は大切」
「法律違反でないなら仕方がない」
「シマシマ模様の住宅であっても公序良俗には反するとまでは言えない」
「まちのシンボルになっていい」
「問題にしている人が、神経質すぎる」
「特定の色彩のみを責めるのはおかしい」
「色は暴力をふるわない」
「反対は自分の価値観にそぐわないもの排除するもので、個人の自由に対する侵害だ」
「数を頼んで他人の権利をつぶすのは問題だ」

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○今回の仮処分で法的争点となったのが、良好な景観の恩恵を受けるという「観利益」という考え方であった。

この考え方は極めて新しいもので、最近議論が深まってきた。良好な景観や都市環境よりも経済性優先のもとで、建築基準法や都市計画に違反しない限りどのよう建物建築や屋外広告物設置でも可能な状況が疑問視された。このために景観保全をはかる条例などを定める地方自治体が増えてきた。しかし、こういった条例は上位となる法律の委任に基づかない条例であったことから建築主において従う義務のない状態であった。こういったことから、地方自治体が景観に関する計画や条例に実効性をもたせるために2004年に「景観法」が制定(2005年6月1日全面施行)された。

こういった背景や、景観自体が大きな経済的価値を生み出すことなどから、その法的権利性に関して次第に注目されるようになった。

○そのような中で起こったいわゆる国立市大学通り景観訴訟事件での平成18年3月3日最高裁判所判決で、この景観利益を「法的保護に値する」という判断が初めて示された。この訴訟は、東京都国立市の通称「大学通り」に建設された高さ約44メートルのマンション建設をめぐり、周辺住民が景観権の侵害などで撤去等を求めて訴えていたもので、1審の東京地裁は、国立市の条例で定めた高さ制限(20メートル)を超えた部分の撤去を言い渡した。しかし、2004年10月27日の東京高裁判決は、良好な景観は行政が保護すべきで、個人に景観権や景観利益はないとして、原判決を取り消す住民側敗訴の逆転判決を言い渡した。

その裁判の上告審判断が、上述の平成18年3月3日最高裁判所判決である。最高裁判所は、「景観利益」自体は認めたが、本件マンションの着工当時、国立市には景観を守る条例がなかったこと等を理由に、住民の訴えを退ける判決を下した。

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国立市大学通り景観訴訟事件最高裁判決
平成18年03月30日最高裁判所第一小法廷判決
平成17(受)364号建築物撤去等請求事件
【判決要旨】
1 良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益は,法律上保護に値するものと解するのが相当である。
2 ある行為が良好な景観の恵沢を享受する利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには,少なくとも,その侵害行為が,刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められる。
3 南北約1.2kmにわたり直線状に延びた「大学通り」と称される幅員の広い公道に沿って,約750mの範囲で街路樹と周囲の建物とが高さにおいて連続性を有し,調和がとれた良好な景観を呈している地域の南端にあって,建築基準法(平成14年法律第85号による改正前のもの)68条の2に基づく条例により建築物の高さが20m以下に制限されている地区内に地上14階建て(最高地点の高さ43.65m)の建物を建築する場合において,(1)上記建物は,同条例施行時には既に根切り工事をしている段階にあって,同法3条2項に規定する「現に建築の工事中の建築物」に当たり,上記条例による高さ制限の規制が及ばないこと,(2)その外観に周囲の景観の調和を乱すような点があるとは認め難いこと,(3)その他,その建築が,当時の刑罰法規や行政法規の規制に違反したり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するなどの事情はうかがわれないことなど判示の事情の下では,上記建物の建築は,行為の態様その他の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くものではなく,上記の良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益を違法に侵害する行為に当たるとはいえない。
(出典 最高裁判所ホームページ)


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○この最高裁判決で示されたポイントは、
(1)良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益は、法律上保護に値するものと解するのが相当であるとしたこと(いわゆる「景観利益」を肯定)。 
(2)この景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには、少なくとも、その侵害行為が、「刑罰法規や行政法規の規制に違反するもの」であったり、「公序良俗違反や権利の濫用に該当するもの」であるなど、態様・程度おいて社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが必要とした。つまり、@条例などに違反しているA公序良俗に反することなどが侵害要件として、これを厳格に解した。 

この判決の画期的な点は、「景観利益」を認定したことである。しかも、対象を「地権者」に限らず「地域居住者」にまで広げたことは画期的といえる。他の景観訴訟にも、大きな影響を与えることは間違いがない。

ただ、この最高裁判決は「景観利益」は認めたものの、より権利性をもつ「景観権」まで認めたわけではなかった。この最高裁判所の判決は、景観利益の重要性に配慮しつつも、それ自体は直ちに生活妨害や健康被害に直結する性質のものでもないことから、建築主の財産権に制限を加えることへのバランスに立ったものと言える。

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○今回の楳図かずお邸の工事差し止めを求めた仮処分申立に対する却下決定は、「この地域にある建物の色はさまざまで、特別な景観があるとはいえない」と判断し、また、外壁をしま模様にすることには「公序良俗違反などは見当たらず、住民らに塗装を禁止する権利はない」としたとある。この理由を前述の最高裁判決と照らしてみると、そもそも申立人らの「景観利益」自体を排斥し、かつ、条例違反も公序良俗違反もないとしたものであろう。

さあ、どのような建物が出現するのだろうか。
                                            弁護士 三木秀夫

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