危険運転認めず/福岡3児死亡事故(2008年01月08日)危険運転致死傷罪 |
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○福岡市で2006年8月、飲酒運転で車に追突して海に転落させ、幼児3人を死亡、両親にけがをさせたとして、危険運転致死傷と道交法違反(ひき逃げ)の罪に問われた元市職員I(記事原文では実名)被告(23)の判決公判が8日、福岡地裁で開かれた。川口宰護裁判長は、業務上過失致死傷と道交法違反(酒気帯び運転、ひき逃げ)の罪を認定し、懲役7年6月(求刑懲役25年)を言い渡した。危険運転致死傷罪は成立しないとした。
川口裁判長は「被告は事故を起こすべくして起こした。ひき逃げの悪質性もかんがみると、厳しい非難は免れない」と述べた。併合罪の量刑の上限は懲役25年から同7年6月へ大幅に下がったが、判決はその上限を選択した。
公判では、危険運転致死傷罪が成立する事実として、被告は泥酔して正常な運転が困難な状態だったかが争われた。川口裁判長は当時の状況について、被告が酒に酔った状態だったとしながら、警察官による事故時のアルコール測定で酒気帯びとした事実を踏まえ、高度な酩酊(めいてい)状態だったか疑問と指摘。追突事故まで居眠りや蛇行運転した形跡がなく、湾曲した道や狭い道でも接触事故を起こさなかったと認定した。その上で、追突直前に衝突回避措置を取った点を挙げ、現実の道路や交通の状況に応じた運転操作をしていたとして、「正常な運転が困難な状態にはなかったことを強く推認させる事情」と断じ、危険運転致死傷罪の成立を否定した。(時事通信2008/01/08 一部実名を修正)
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○昨年に福岡市の「海の中道大橋」で発生した悲惨な飲酒運転三児死亡事故は、幼い3人の罪なき子どもの命が失われた一方で、飲酒運転という許しがたい状況で運転していた地方公務員が、しかも事故後に逃走し証拠隠滅行為までしていたということで、事故直後から被告人に対しては非難の嵐であった。当然に、被告人の犯した行為の重大さは言うまでもないし、亡くなった幼い子どもは可哀想であり、その父母や親族の悲しみはいかばかりかと胸が痛む思いである。
しかし、ずっと気になっていた点があった。今回の事故の状況について、事故直後からのマスコミ報道は、当然に社会の雰囲気を後押しにして、いかに被告人の直前直後の行動がひどいものであったかを、競い合うようにして過熱報道をしていたことである。その中での報道の中心は、警察や検察庁からの情報提供を中心としたものと思われ、これら報道のみを見聞きしている限りにおいては、この被告人に危険運転致死罪の適用は「当然」という民衆裁判がなされていた感があった。
その中で、検察側は飲酒量や目撃証言、衝突直前まで被害車両に気付かなかった運転状況などを示し「アルコールの影響で正常運転が困難な状態だったことは明らか」と主張したが、福岡地裁は、慎重な事実審理の結果、昨年12月に地検に対し、業務上過失致死傷罪と道路交通法違反(酒気帯び運転)を予備的訴因として追加する訴因変更を命令し、今回の判決で、事故前後の運転状況や、飲酒検知結果を「酒気帯び」とした警察の判断などから危険運転致死罪の成立を認めず、業務上過失致死傷罪などを適用し、かかる併合罪での最高刑となる懲役7年6月を言い渡した。
求刑(懲役25年)と判決(懲役7年6月)との落差はあまりにも大きかったため、被害者遺族が悲しみにくれる姿がテレビ等で流れた。
○この裁判では、検察側による危険運転致死傷罪の立証に高いハードルがあることを明確にしたが、有罪立証の責任は検察側にあり、検察はその事実立証ができなかったということであって、裁判所が、社会の雰囲気に流されることなく、証拠を客観的に冷静に判断して刑事訴訟法の原則に従って判断を下したことに、裁判の存在意義を見出せるように思う。マスコミは厳しく裁判官の判断を批判し、量刑の軽さをなじるが、問題は当時の事実関係が危険運転致死罪の法律上の構成要件に該当していたことを検察側が証拠で証明しえたか否かであって、それを抜きにして、最初から「重罰で当然」では、法も裁判も不要という、非近代的大衆裁判になってしまう。その上で、法律に不備があるならば、国会で議論のうえで、よりあるべき法に改正していくのが筋であろう。このような現状のままでは裁判員制度の導入にも不安がよぎるのは私だけではないかもしれない。
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○危険運転致死傷罪は刑法208条の2で規定されている。同罪は@飲酒などの影響で現実に道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態で走行、A制御困難な高速走行、B赤信号をことさら無視した高速走行、などを「故意」に行った場合に適用される。
○刑法
(危険運転致死傷)
第208条の2
アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。
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○この危険運転致死傷罪は、自動車運転による死傷事犯の実情から従来の業務上過失致死傷罪では量刑などの点で不相当な事案もあったことや、悪質運転に厳罰を求める被害者感情の高揚に応え、事案の実態に即した処分及び科刑を行うため、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させるなど一定の悪質かつ危険な運転行為をして人を死傷させた者を、暴行により人を死傷させた者に準じて処罰する犯罪類型として、2002年(平成13年)の刑法改正で新設されたものである。
その罪質については、故意に危険な運転行為を行い、その結果人を死傷させた場合、その行為の実質的危険性に照らし、暴行により人を死傷させた場合に準じて処罰しようとするものであり、「結果的加重犯」の犯罪類型であるとされている。つまり、暴行の結果的加重犯としての傷害罪、傷害致死罪に類似した犯罪類型として立法化されたものである。このために、条文も業務上過失致死傷罪などのある「第28章過失傷害の罪」の章ではなく、故意犯たる傷害罪のある「第27章傷害の罪」の章に位置している。
こういった危険運転致死傷罪の性質からして、今回の裁判でも問題となった刑法208条の2第1項前段にいう「アルコールの影響により正常な運転が困難な心身の状態」の類型について、立法担当者は、この状態が人を死傷させる実質的危険性を有する必要があるから、道路交通法上の酒酔い運転罪(117条の2第1号、65条1項)などにいう「正常な運転ができないおそれのある状態」とは違って「正常な運転ができない可能性のある状態」では足りず、「現実に道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいう」と説明している(法曹時報54巻4号33頁「刑法の一部を改正する法律の解説」)。
○今回の福岡地裁判決においても、「危険運転致死傷罪が成立するためには、単にアルコールを摂取して自動車を運転し人を死傷させただけでは十分でない。同罪に当たる『正常な運転が困難な状態』とは、正常な運転ができない可能性がある状態でも足りず、現実に道路や交通の状況などに応じた運転操作が困難な心身の状態にあることを必要とする。」と、上記の立法担当者の説明と同じ内容の判示をしている。
こういった立法経緯からして、実務レベルにおいては「アルコールの影響により正常な運転が困難な心身の状態」に該当するか否かは、飲酒量や飲酒後の状況、事故態様、事故後の被告人の状態、飲酒検知の結果などのさまざまな事情を総合して認定するものと考えられている。今回の福岡地裁の判決でも、同様の手法によって総合判断を下している。
ただ、「正常な運転が困難な心身の状態」と「正常な運転ができないおそれのある状態」の区別は極めて微妙であるのは事実である。2006年2月に愛知県春日井市で4人が死亡した飲酒事故の裁判では、2007年1月に名古屋地裁は予備的訴因の業務上過失致死傷罪を適用し懲役6年の判決をしたが、その後の控訴審の名古屋高裁では、危険運転致死傷罪を適用し、懲役18年の判決をしたのも、この法令適用の難しさを示している。
○結果の重大性に目を奪われてしまって、「正常な運転が困難な状態」であったと認定される恐れがあるのも危険である。現に、今回の福岡の事件での社会の反応は、3名の死亡という重大な結果に大半の関心が移って、このあたりの判断に曇りを生じさせかねない恐れがある。この点からして、立法のあり方にも批判が強く出ており、むしろ客観的なアルコールの保有量や数値などをもとにした構成要件化などの検討も必要ではなかろうか。
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○公刊されている裁判例で、アルコール影響型の危険運転致死傷罪(刑法208条の2第1項前段)の成立を認めたものとしては、以下のものが見られる。
宇都宮地裁真岡支部判決平成14年3月13日判例タイムズ1088号301頁
東京地裁八王子支部判決平成14年10月29日判例タイムズ1118号299頁
東京地裁判決平成14年11月28日判例タイムズ1119号272頁
千葉地裁松戸支部判決平成15年10月6日判例タイムズ1155号304頁
仙台地方裁判所平成18年1月23日LLI登載
千葉地方裁判所判決平成18年2月14日判例タイムズ1214号315頁
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○【福岡3児死亡事故の判決要旨】出典:西日本新聞から(一部氏名等を修正)
■【総論】
危険運転致死傷罪が成立するためには、単にアルコールを摂取して自動車を運転し人を死傷させただけでは十分でない。同罪に当たる「正常な運転が困難な状態」とは、正常な運転ができない可能性がある状態でも足りず、現実に道路や交通の状況などに応じた運転操作が困難な心身の状態にあることを必要とする。
■【事故状況】
被告は事故直前に前方を走行していたOさんの多目的レジャー車(RV)に気付き、急ブレーキをかけて衝突を回避しようとしたが、RVの右後部に衝突した。被告は「海の中道大橋」の直線道路に入った辺りから、右側の景色を眺める感じで脇見を始め、前を振り向くと突然目の前にRVが現れたと供述し、十分信用できる。
RVを直前まで発見できなかったのは、脇見が原因と認められる。被告はこの道を通勤経路として利用し通り慣れており、終電が終わる前にナンパをしたいと思っていた被告が、午後10時48分という夜間に、車を時速80―100キロに加速させたからといって、それが異常な運転であったとまでは言えない。
■【飲酒状況】
被告は2軒の飲食店で飲酒後、運転を開始した時に、酒に酔った状態にあったことは明らか。しかし、その後の具体的な運転操作や車の走行状況を離れて、運転前の酩酊(めいてい)状態から直ちに「正常な運転が困難な状態」にあったという結論を導くことはできない。
被告は事故直後、ハザードランプをつけて降車したり、携帯電話で友人に身代わりを頼むなど、相応の判断能力を失っていなかったことをうかがわせる言動にも出ている。飲酒検知時も千鳥足になったり足がもつれたりしたことはなく、現場で警察官は、呼気1リットル当たり0.25ミリグラムという検知結果や言動などを総合し、酒酔いではなく酒気帯びの状態だったと判断した。高度に酩酊した状態にあったとする検察官の主張には賛同できない。
同じ量のアルコールを摂取しても、得られる血中アルコール濃度には個人差が相当大きいので、鑑定などを根拠に事故当時の被告の血中濃度が1ミリリットル当たり0.9―1.0ミリグラムだったと認定するのは合理的な疑いが残る。また血中濃度がその程度になれば、前頭葉などが抑制され前方注視及び運転操作が困難になるとした鑑定意見も、症状に個人差があると説明しており、正常な運転ができない可能性があることを指摘したにとどまる。直ちに前方注視及び運転操作が極めて困難な状態にあったとまで認めることができない。
■【総合判断】
被告は事故現場まで蛇行運転や居眠り運転などをしておらず、その間に衝突事故も起こしていない。事故当時、状況に応じた運転操作が困難な心身状態にあったかどうかをみると、被告は2軒目の飲食店を出発して事故後に車を停車させるまでの約8分間、湾曲した道路を進行し、交差点の右左折や直進を繰り返した。幅約2.7メートルの車道でも車幅1.79メートルの車を運転していた。
また事故直前にはOさんの車を発見し、ハンドルを右に切って衝突を回避しようとし、反対車線に飛び出した自分の車を元の車線に戻している。これらの事実は、被告が状況に応じた運転操作を行っていたことを示し、正常な運転が困難な状態にはなかったことを強く推認させる。
事故直前に脇見運転を継続しているが、走行車線を大きくはみ出すことはなく、前方への注意を完全に欠いたとまでは言えない。事故の48分後に行った呼気検査では酒気帯びの状態と判定され、酒酔いの程度が相当大きかったと認定することはできない。
以上の通り、危険運転致死傷罪の成立は認めることはできず、業務上過失致死傷と道交法違反(酒気帯び運転)の罪に当たる事実が認められるに過ぎない。
弁護側はRVのOさんが居眠り運転をしていたと主張するが、Oさんの供述の信用性に疑問はなく、失当である。
■【量刑の理由】
3児は幸せな日々を送っていたが、理不尽にも短い一生を終えなければならなかった。海中で必死の救助に当たったO夫妻が体験した、不条理で残酷な極限的状況には想像を絶するものがあり、被告に峻烈(しゅんれつ)な処罰感情を抱くのは当然である。
被告は事故以前にも4件の交通違反歴があり、酒気帯び運転もしていたと述べており、交通規範意識は著しく鈍磨していたと言わざるを得ない。
被告の過失の大きさや結果の重大性、酒気帯び運転、ひき逃げの悪質性などにかんがみると、処断刑の上限に当たる実刑をもって臨むのが相当である。
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刑法
第二十七章 傷害の罪
(危険運転致死傷)
第二百八条の二 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。
第二十八章 過失傷害の罪
(過失傷害)
第二百九条 過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。
2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
(過失致死)
第二百十条 過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。
(業務上過失致死傷等)
第二百十一条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
2 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
(懲役)
第十二条 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上二十年以下とする。
2 懲役は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる。
(禁錮)
第十三条 禁錮は、無期及び有期とし、有期禁錮は、一月以上二十年以下とする。
2 禁錮は、刑事施設に拘置する。
(有期の懲役及び禁錮の加減の限度)
第十四条 死刑又は無期の懲役若しくは禁錮を減軽して有期の懲役又は禁錮とする場合においては、その長期を三十年とする。
2 有期の懲役又は禁錮を加重する場合においては三十年にまで上げることができ、これを減軽する場合においては一月未満に下げることができる。 |
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