ロス疑惑の元社長を米で逮捕(2008年02月24日)属地主義/コールドケース |
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○米国ロサンゼルス市警は23日、27年前のロス疑惑「一美さん銃撃事件」で殺人罪などに問われ、最高裁で無罪が確定した元輸入雑貨会社社長、三浦和義容疑者(60)を22日午後、渡航先の米自治領サイパン島で一美さん殺害の容疑で逮捕したと発表した。ロス市警の要請を受けたサイパン島の司法当局が空港で身柄を拘束した。三浦元社長は同島南部ススペの警察署に拘置され、近くロサンゼルスに移送される。
ロス市警の発表文によると、三浦元社長が日本の自宅からサイパンに向かったとの情報を得て、サイパン、グアム両捜査当局と協力して逮捕したとしている。調べによると、三浦元社長は1981年11月18日、ロサンゼルス市中心部で、共犯者と共に一美さんを銃撃した疑い。一美さんは日本に搬送されたが、意識が戻らないまま翌年11月に死亡した。
米国では原則として殺人罪に時効はなく、また、日本で無罪になった事件でも訴追することができるが、日本で無罪が確定した三浦元社長の逮捕にこの時期に踏み切った詳細な理由は不明。ロス市警は発表文で「捜査の網をかいくぐってきた殺人容疑者が、ようやく捕まった」としているが、今後、起訴されるかどうかの見通しを含め、報道機関の問い合わせには応じていない。(2008年2月24日 読売新聞)
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○一事不再理の原則
正直言って驚いた。27年前の事件で、しかも日本と米国の共同捜査を経て、日本で起訴された殺人事件で、日本の裁判で無罪が確定したものを、今度は米国で裁かれることになるとは。日本国憲法第39条後段では「何人も、(中略)同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」と、「一事不再理の原則」を明記している。同じ原則は米国でも存在しており、一般に「二重危険の禁止」とも言われている。本人が騒ぐのも、心情としては理解できないことはない。
ただ、法律知識を多少なり有していたならば、法制度的には、必ずしもおかしなことではない。「一事不再理」の原則や「二重危険の禁止」原則も、所詮は一つの国内での原則であって、国家が違えば適用はないからである。
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○属地主義
また、日米では刑事裁判権の範囲が一部で重なっていることも今回の逮捕に関係している。つまり殺人に関して言えば、日本の刑事裁判は「原則属地主義・一部属人主義、一部保護主義」が採用されている。米国は「属地主義」がとられている。
「属地主義」とは、自国の領域内で侵された犯罪に対しては、犯人の国籍がどうかを問わず、自国の刑罰法規を適用する主義をいう。日本の刑法では、これを第1条に規定し、原則としている。これは、国家主権の発動はその領域内に限定されるとする国際法上の領土主権の考え方を基礎にしたものである。しかし、この属地主義だけだと不都合な場面があるので、刑法2条から4条にかけて修正がなされている。
○「属人主義」とは、自国の国民によって犯された犯罪については、その犯罪地がどこかに関わらず、自国の刑法を適用する主義をいう。日本の刑法第3条では、「日本国民の国外犯」として、殺人などの一部犯罪についてこの属人主義を適用している。
○「保護主義」は、犯人の国籍とか犯罪地がどこかを問わずに、自国または自国民の利益を保護するのに必要な限りにおいて自国の刑法を適用する主義をいう。外国で日本人が殺害された場合などの一部犯罪に関しては、2003年の刑法改正に伴って一部保護主義を認め、第3条の2が創設され、日本の裁判所での裁判権が認められた。これについては、ミャンマー・ヤンゴンで反政府デモを取材中に射殺された映像ジャーナリスト長井健司さん殺人容疑事件について、警視庁がこの刑法の「国外犯規定」を適用して、捜査に乗り出している(ニュース六法「長井氏事件で警視庁が捜査本部設置(2007年10月03日) 外国人の国外犯」参照)。
○刑法
第1条
この法律は、日本国内において罪を犯したすべての法律に適用する。
第3条
この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国民に適用する。
1.・・・・・・
6.第199条(殺人)の罪及びその未遂罪
7.・・・・・・
○以上からして、殺人に関しては、日本では、@日本国内での日本人による殺人事件、A日本国内での外国人による殺人事件、B外国での日本人による殺人事件、C外国での日本人を被害者とする殺人事件(2003年の刑法改正以降)について、日本に裁判権がある。
○三浦元社長が、米国ロサンゼルスで起きた「日本人である一美さんの殺害事件」の被告人として日本の裁判所で起訴され裁判を受けたのは、前記のB(刑法3条の「国民の国外犯」処罰規定)によるものである。
これに対して米国は「属地主義」を採用しているため、米国では(A)米国内での米国人による殺人事件、(B)米国内での外国人による殺人事件、について米国に裁判権がある。三浦元社長は、米国内で見れば「外国人」であるところ、米国内でのその外国人による殺人容疑は、まさに前記の(B)となり、米国に裁判権がある。結局、この事件では、日米ともに裁判権を行使しうるということになる。
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○コールドケース
今回、日本人を驚かせたもののひとつに、この事件が27年も経過しているのに時効(公訴時効)に掛かっていなかったのかということであった。公訴時効とは、犯罪後に一定の期間が経過すれば、刑事訴追が許されなくなる時効のことをいう。日本では殺人の場合の公訴時効は犯罪行為の時点から25年である。(2005年1月1日施行の改正で15年から25年に延長された。)
しかし、カリフォルニア州をはじめ、米国では殺人罪には公訴時効がない。イギリスでも一部例外は別として、一般的な公訴時効がない。殺人事件に時効がない米国では、「コールドケース」と呼ばれる未解決凶悪犯罪を再捜査する警察の部署があるそうである。有力な証拠が発見されたり、再捜査の機会があれば直ちに開始され、はるか過去に起きた事件でも最新技術を駆使して解決された事件も多いそうである。
○この「コールドケース」を題名とする米国のテレビドラマがある。「真実に時効はない」をサブタイトルとするこのドラマは、迷宮入りしてしまった凶悪事件を次々と解決してゆくもので、全米視聴率ドラマ部門ベストテンには常に入っているそうである。日本でもケーブルテレビなどでのAXMで、このドラマの放送がある。
http://axn.co.jp/coldcase/introduction.html
第一話「テニスラケット」のストーリーを見ると、フィラデルフィア市警殺人課に女の客が来て、「殺人を目撃したので、通報しに来た。27年前に起きた殺人事件の・・・」と語り出したため、未解決事件のファイルを調べると、1976年に起きた少女ジル・シェルビーの殺害事件が迷宮入りしていた。彼女は仕事をクビにされるのが怖くて笏N間何も言えなかったが、癌で余命いくばくもない今、やっと通報する勇気が出たと語り、事件の再捜査が始まり、最後は犯人が逮捕されるという展開のようである。捜査官のヒロインであるリリー・ラッシュ刑事を演じるキャスリン・モリスは、日本の名古屋に住んでモデルをしていた経験があるそうで、最近来日もしているようである。
○27年前の事件の新たな展開という意味で、今回の「ロス疑惑事件の逮捕事件」とだぶってしまう。ロス疑惑事件の再展開と並んで、このドラマは今後、日本で脚光を浴びるような気がする。
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○この米国の「コールドケース」が脚光を浴びれば、もしかしたら、殺人等の凶悪犯罪については、日本でも公訴時効をなくすべきであるという声が高まる可能性はある。
公訴時効の期間は、犯罪の刑罰によって次のとおり定められている(刑訴法250条)。
1 死刑にあたる罪 25年
2 無期懲役または禁 15年
3 長期15年以上の懲役禁固 10年
4 長期15年未満の懲役禁固 7年
5 長期10年未満の懲役禁固 5年
6 長期5年未満の長期禁固または罰金3年
7 拘留または科料 1年
公訴時効が置かれる理由としてよく言われるのは、@時の経過により証拠が散逸し,真実を発見する事が困難になるという理由、A時の経過で犯罪の社会的影響が弱くなり、刑罰の必要性が減少ないし消滅しているという理由、B犯人が長期間訴追されないことで既に社会的に安定した状態が生じていることを尊重し、個人の地位の安定を図ること、などが言われている。
これについては、特に殺人などの凶悪犯罪については米国のように公訴時効をなくすべきであるという声は前から根強い。被害者の立場からしたら確かに一理あるところである。しかし、もし時効を廃止した場合に、警察はいつまで捜査をしないとならないかの基準が明確でなくなる点が指摘されている。40年後、50年後には摘発の可能性は極めて低くなっているにもかかわらず、なお捜査書類を保管し捜査を継続する必要が生じていくが、これも明らかに不合理と考えることもできる。こういったことを考えると、凶悪犯罪については公訴時効の廃止ではなく、捜査期限を例えば30年などと決めて、一旦はお蔵に入れるも、犯人の判明や新証拠の発見など、いわゆる再捜査の脈のある「コールドケース」が生じた場合に対応可能にしておくのが現実的かもしれない。 |
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