ニュース六法(倉庫)
2009年11月までの保管庫
ニュースから見る法律
三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
判例などを解説したものです。事実関係は,報道された範囲を前提にしており、関係者の
いずれをも擁護したり非難する目的で記述したものではありません。もし、訂正その他の
ご意見感想をお持ちの方は、メールにてご一報くだされば幸いです。
なお、内容についての法的責任は負いかねます。引用は自由にして頂いても構いません
が必ず。当サイトの表示をお願いいたします。引用表示なき無断転載はお断りいたします。

【お知らせ】
2009年12月から、このページは休止とさせていただきました。
同名での記事を、当事務所メールマガジンにて毎月発刊しています。
ご関心のある方は、そちらをご覧ください。

ニュース六法目次
大阪市組合費天引き廃止条例問題提訴か(2008年04月10日)チェック・オフ
○大阪市職員の労働組合費を給与から市が天引きして組合に渡す「チェックオ制度を廃止する条例改正について、市職員労働組合(市職、1万3500人)は「団結権を定めた憲法違反にあたる」として、市を相手に、条例改正の取り消しを求める行政訴訟を大阪地裁に起こす方針を固めたことが10日、わかった。

市職は、改正条例の施行で来年度から同制度が廃止されれば10億7700万円(平成18年度)の組合費を自力で集める必要があり、徴収率の低下などで財政基盤が揺らぐと危惧(きぐ)。「条例改正は組合組織の弱体化を狙ったもので団結権の侵害にあたる」と訴えている。ただ、条例改正は行政訴訟の対象となる行政処分にはあたらないという判例もあり、市職は提訴時期や訴状の内容については今後、検討するとしている。選挙で支援した平松邦夫市長が就任した市を相手取って提訴することについて、市職は「議員提案で条例改正が可決されたとはいえ、そうした事態を市が放置したことは当事者責任を放棄するもの」と主張。条例改正に対し、議会での再審理を求めることができる再議権を、「議会との摩擦で市政運営が混乱する事態は避けたい」として平松市長が行使しなかったことに反発していた。
(産経ニュース2008年4月10日 )

○労働組合費を給与から天引きする「チェックオフ制度」を廃止する条例改正は団結権の侵害に当たるとして、大阪市職員労働組合(市職)は10日、同市に取り消しを求める行政訴訟を大阪地裁に起こすことを決めた。昨年11月の市長選で、民主党とともに平松邦夫市長を支援した労組が、組合費の徴収を巡り対決する構図になった。条例改正は、自民会派が今年3月の市議会で議員提案し、可決した。市職には一般行政職の約9割を占める約1万3500人が加入している。 
(NIKKEI NET 2008年04月11日)

@@@@@@@@@@

○大阪市が労働組合費を給与から天引きするチェック・オフ制度の廃止を盛り込んだ改正給与条例(職員の給与に関する条例の一部を改正する条例案)が成立し、来年4月から施行となることで紛議を呼んでいる。

○チェック・オフ制度を労使癒着の温床とする自民党が、その廃止条例案を市議会に提案し、公明党も同調してこの3月に成立した。組合側から支援を受ける民主党は棄権した。

その後、市労連側が「再議権」の行使(地方自治法176条に定められた首長の拒否権)を平松市長に要請した。市長の再議決要請となると、地方自治法176条の規定では条例改正案を再度可決するためには出席議員の3分の2の賛成が必要となる。こうなると自公だけでは再議決ができないため、市長がチェックオフ制度を維持することは可能ではあった。しかし、平松市長は議会との摩擦による市政運営の混乱を恐れて「再議権」の行使を拒否し、結局来年4月に施行されることになったのである。

○地方自治法
第176条  普通地方公共団体の議会における条例の制定若しくは改廃又は予算に関する議決について異議があるときは、当該普通地方公共団体の長は、この法律に特別の定があるものを除く外、その送付を受けた日から十日以内に理由を示してこれを再議に付することができる。
2  前項の規定による議会の議決が再議に付された議決と同じ議決であるときは、その議決は、確定する。
3  前項の規定による議決については、出席議員の三分の二以上の者の同意がなければならない。
(以下略)

○記事によると、これについて、1万3500人が加入するという大阪市職員労働組合は、組合費を自力で集めないとならなくなったため、「弱体化を狙った団結権の侵害」と主張し、市を相手に、改正条例の取り消しを求める行政訴訟を提起する方針を決めたそうである。

大阪市職員労働組合は、昨年の大阪市長選で平松邦夫市長を応援したのに、スタートしたばかりで法廷闘争として反対勢力になっているのは、驚きである。条例改正を提案した自民党議員を相手に、慰謝料などの賠償請求訴訟も検討しているというのは、むちゃくちゃな感じまではするが。

@@@@@@@@@@

○チェック・オフ(check off)とは
「組合費の天引」のことで、使用者が労働者の賃金から組合費を天引きして、これを一括して労働組合に渡すことをいう。

労働組合にとっては、労力と時間とが省けて確実に組合費を取り立て、財政を確固たるものにし、かつ、組合費の滞納による組合員の除名・脱退が防げることから、組織の維持強化に非常に役立つ制度であり、かなり広く普及している。

2006年6月に厚生労働省が行った調査では全国の企業内組合の何と93.5%で実施されており、この制度は日本の労使慣行として定着しているのが現状である。

ただ、「組合費の天引」は便利な面もあるが、徴収業務を会社に代行してもらう訳であるから会社側の不当な便宜供与とも指摘揶揄される。

また、組合員の声を聞きながら徴収することが本来の姿であるはずが、何の苦労もなく組合費が組合に納入されてくることから労働組合の腐敗を招きかねない危険性を持っている。

○こういった性質を有するものの、この「チェック・オフ制度」と「ショップ制」(組合と使用者との協定で組合員資格と従業員資格とを関連づけて組合への加入強制を図る制度)の二つは、日本の労働組合の生命線とも言われており、この2つがないと労組は存在できないとも言われている。

このことから、今回の大阪市の問題のように、合理的な理由もなく条例で組合側に不利益変更をするのは、労働者の団結権を保障した憲法28条や、団結権の保護などを目的につくられたILO(国際労働機関)第87号条約、地方公務員法に抵触する可能性があると指摘する声がある。 ただし、裁判でその主張が通るかは不透明である。民間事業の場面においては、後述する済生会中央病院事件での判例が示されているが、労働協約締結権がない非現業地方公務員のケースについての司法判断は、今のところない。

○一見、経済団体などは、ショップ制度やチェック・オフ制度を禁止したがっているかと思いきや、実は反対で、労使関係の円満な存続を重視しており、この制度の廃止には反対している。

○ただ、労働者個人の立場からすると、昨今は組合に無理やり入れさせられることへの抵抗や、払いたくもない組合費を無理やり賃金から天引きされることに強い抵抗が出てきているのも事実である。これから、大きな問題になっていく可能性を持った問題であろう。


@@@@@@@@@@

○賃金の全額払の原則との関係
「組合費の天引」は、原則としては労働基準法第24条第1項に定める「賃金の全額払の原則」に反する。

つまり、同法によると、賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、この原則には例外が定められていて、当該事業場の労働者の「過半数で組織する労働組合」があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは「労働者の過半数を代表する者」との「書面による協定」がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。 

労働基準法
(賃金の支払)
第24条  賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

@@@@@@@@@@

○チェック・オフについては、最高裁判所第二小法廷平成元年12月11日判決(済生会中央病院事件)で、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)24条1項但書の要件を具備しない限り、これをすることができない、と判示した。つまり、会社と多数派組合との「書面協定」があることが条件との判断を示している。なお、労働協約締結権がない非現業地方公務員のケースについての司法判断は、今のところないことは前述のとおり。

○労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)24条1項但書は、
(ア)当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者が使用者との間で賃金の一部を控除して支払うことに合意し、かつ、
(イ)これを書面による協定とした場合、
この2点を満たす限りは労働者の保護に欠けるところはないとして、同項本文違反が成立しないこととした。

使用者がチェック・オフをする場合、この(ア)(イ)の両要件を満たすことが必要かどうかについて、かつて意見が分かれていた。この2要件をいずれも不要とする説は、チェック・オフは労働組合の団結を維持強化しひいては労働者の保護に資するものであり、労基法24条1項は個別的な労働関係に適用されるがチェック・オフの実施は集団的な労働関係に属するから、同条1項が適用される余地はないとするものであった。

これについて、上記最高裁判決は、この(ア)(イ)の両要件を満たすことが必要としたものである。

○なお、この最高裁判決では、チェック・オフを中止に関する不当労働行為性についても述べており、使用者が過去15年余にわたってしてきたいわゆるチェック・オフを中止した場合、当時労働組合から脱退者が続出して、労働組合が当該事業場の従業員の過半数で組織されているかどうか極めて疑わしく、かつ、右チェック・オフについては書面による協定がなかったなどの事実関係の下では、右中止は、労働組合法七条三号の不当労働行為には該当しない、としている。

○最高裁判所第二小法廷平成元年12月11日
不当労働行為救済命令取消請求(済生会中央病院事件)
 (判例タイムズ717号67頁)
労基法24条1項本文は、賃金はその全額を労働者に支払わなければならないとしているが、その趣旨は、労働者の賃金はその生活を支える重要な財源で日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることが労働政策の上から極めて必要なことである、というにある(最高裁昭和三四年(オ)第九五号同三六年五月三一日大法廷判決・民集一五巻五号一四八二頁)。これを受けて、同項但書は、(ア)当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者が使用者との間で賃金の一部を控除して支払うことに合意し、かつ、(イ)これを書面による協定とした場合に限り、労働者の保護に欠けるところはないとして、同項本文違反が成立しないこととした。
しかして、いわゆるチェック・オフも労働者の賃金の一部を控除するものにほかならないから、同項但書の要件を具備しない限り、これをすることができないことは当然である。

たしかに、原審のいうように、チェック・オフは労働組合の団結を維持、強化するものであるが、その組合員すなわち労働者自体は賃金の一部を控除されてその支払いを受けるのであるから、右に述べた同項但書の趣旨によれば、チェック・オフをする場合には右(ア)、(イ)の要件を具備する必要がないということはできない。

ところで、本件の場合、上告人の主張によれば、初審命令結審時の病院の従業員数は約五〇〇名(支部組合員数は約一二〇名)であるというのであるから、格別の事情の認められない本件にあっては、昭和五〇年五月二四日病院が支部組合に対しチェック・オフの中止を決定した旨の通知をした頃の病院の従業員数も約五〇〇名であることが窺われるところ、原審の認定した事実によれば、同年四月当時の支部組合員数は三四七名であり、新労が同年五月一二日病院に対し結成を通告したため同月中に約一〇〇名の組合員が支部組合から脱退し、六月中にも相当数の脱退者があったというのであって、昭和五〇年五月当時支部組合が病院の従業員の過半数で組織されていたといえるかどうかは極めて疑わしいといわなければならないし、また、本件チェック・オフは、過去一五年余にわたってされたものであるが、これにつき書面による協定がなかったことも原審の適法に確定するところである。そうすると、本件チェック・オフの中止が労基法二四条一項違反を解消するものであることは明らかであるところ、これに加えて、病院が・・・・のとおりチェック・オフをすべき組合員(従業員)を特定することが困難である(これが特定されればチェック・オフをす
ることにやぶさかではない)として本件チェック・オフを中止したこと、及び病院が実際に・・・チェック・オフ協定案を提示したこと等を併せ考えると、本件チェック・オフの中止は、病院(上告人)の不当労働行為意思に基づくものともいえず、結局、当労働行為に該当しないというべきである。」

@@@@@@@@@@@@@@@

○なお、地方公務員については、民間企業と違って、地方公務員法の解釈が必要である。

地方公務員法第25条2項で、給与支給に関する3原則が定められていて、職員の給与は@通貨で、A直接、Bその全額を支払う、とされている。

チェック・オフは、この3原則のBの「全額払いの原則」に関することになるところ、全部又は一部を控除するのは、法律か条例において定められないといけない。「逐条地方公務員」によると、一般的には「有料公舎の使用料、互助会の掛金・・・職員団体又は労働組合の組合費」などが可能な条例の例として挙げられている。

○地方公務員法
(給与に関する条例及び給料額の決定)
第二十五条  職員の給与は、前条第六項の規定による給与に関する条例に基いて支給されなければならず、又、これに基かずには、いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない。
2  職員の給与は、法律又は条例により特に認められた場合を除き、通貨で、直接職員に、その全額を支払わなければならない。
(以下略)

@@@@@@@@@@@@@@@

○【参考】日本労働組合総連合会談話

2008年4月 7日
大阪市議会・チェックオフ禁止の条例に関する談話
日本労働組合総連合会 事務局長 古賀伸明

去る3月28日、大阪市議会本会議において自民党・市民クラブ市会議員団が提出した「職員の給与に関する条例の一部を改正する条例案」が可決された。これにより、大阪市の職員組合の組合費のチェックオフ制度が2009年度より廃止されることになる。労働組合費のチェックオフ禁止を、議会が一方的に決定する今回の措置は、労働者の団結権を否定し、労使自治に対して政治が不当に介入するものである。このような行為は連合として決して容認できるものではない。

組合費のチェックオフ制度は、労働組合と使用者間の協定に基づき使用者が組合員である労働者の賃金から組合費を控除し、それらを一括して労働組合に引き渡すものである。広く定着し、健全な労使関係の礎ともなっている組合費のチェックオフ制度は、団結権をはじめとする労働基本権を保障する日本国憲法第28条、労働基準法第24条に照らして、正当な制度である。

これまでの裁判例や労働委員会命令は、組合費のチェックオフ制度について使用者が一方的に廃止した事案について、労働組合に対する支配介入であるとし不当労働行為としている。また、ILO結社の自由委員会は、政府によるチェックオフの規制について、多くの事例でILO第87号条約に違反するとしている。チェックオフが労使自治に委ねられることは国際的な常識でもある。労使間の合意を無視し、政治が介入することは許されるものではない。

今回の措置は、当該労働組合だけの問題にとどまるものではない。連合は、全国の労働組合に注意喚起するとともに、このような政治による労働基本権の否定や労使自治への不当な介入に対して、引き続き注視していく。 以上
                                            弁護士 三木秀夫

ニュース六法目次