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三木秀夫法律事務所
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韓国憲法裁判所が姦通罪に4回目も合憲の判断(2008年10月30日) 姦通
韓国憲法裁判所は30日、同国で残る姦通(かんつう)罪は合憲と判断した。韓国では同罪の妥当性がたびたび議論になり、憲法裁の判断は1990年以降4回目で合憲判断が続いている。今回「違憲」との見解を述べた裁判官が9人中5人と初めて過半数を占めたが、違憲決定には6人以上の同意が必要なため従来の判断が踏襲された。姦通罪が性的な自己決定権や私生活の秘密を侵害するか否かや、罰則を懲役刑だけと定めていることの妥当性が争点だった。違憲派の4人は法の趣旨自体を不当とし、1人は罪が重すぎるとした。韓国の姦通罪は日本の植民地支配時に作られ、当時は妻だけに適用されたが1953年の刑法改正で夫も対象になった。親告罪で、昨年は約1200人が起訴されたが実刑を受けた人は50人弱にとどまる。(共同通信2008.10.30)

○ 憲法裁判所が姦通罪の処罰条項について、また合憲の決定を下した。今回が4回目となる。しかし、裁判官9人のうち過半数の5人が違憲または憲法不合致の意見を出した。合憲の意見が少数だったのは今回が初めてだ。違憲'の決定を下すには裁判官の3分の2(6人)以上が同意しなくてはならないため、結果的には'合憲'となった。刑法241条は、「配偶者がいる者が姦通したときは2年以下の懲役に処す」と規定している。今回の憲法裁の決定は、タレントのオク・ソリ氏が申請した事件など裁判所から出された違憲法律審判4件と、憲法訴願2件に対するもの。 
 
裁判所は、「姦通罪は性的自己決定権、私生活の秘密と自由を制限するが、過剰禁止原則に違反しない」と明らかにした。また「姦通罪条項により侵害される私益は特定関係での性行為制限であり比較的軽微なことに比べ、達成される公益は社会の基礎となる婚姻と家族制度の保障であり重要性が高い」と説明した。2年以下の懲役とするようした部分も「量刑上限は高くなく、罪質が軽ければ宣告猶予まで可能なことから行き過ぎだとはいえない」と判断した。一方、金鍾大(キム・ジョンデ)、李東洽(イ・ドンフプ)、睦栄凵iモク・ヨンジュン)裁判官は違憲とする意見を出した。理由として▽性に対する国民の感情が変わっている▽世界的に姦通罪を廃止す傾向である▽姦通罪の処罰が一夫一妻制と家庭保護に実効的な機能を果たせない−−ことを挙げている。 宋斗煥(ソン・ドゥファン)裁判官も「姦通罪の処罰自体は同意するが、同じ姦通でも罪質が異なるのに必ず懲役刑として処罰するようにしたことは憲法に違反する」として違憲の意見を出した。金熙玉(キム・ヒオク)裁判官は、「道徳的非難にとどめるべき行為まで処罰することは憲法からはずれる」として憲法不合致の意見を出した。 (韓国:中央日報 2008.10.31 )

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○これは韓国でのニュースである。日本では戦前まであった姦通罪が、韓国ではまだ残っていて、その違憲性を争った事件で、韓国の憲法裁判所が、かろうじて合憲の定足数(4人)を満たして合憲決定をしたというものである。違憲の意見者が合憲意見者より多かったものの、違憲決定には6人以上の同意が必要なために合憲決定となったが、多数決原則ならば違憲決定が出ところであった。韓国では、姦通罪を巡っては今回以前にも憲法裁判所の決定があったということだが、90年には6対3で、01年には8対1で合憲意見のほうが多かったのが、今回は数の上では違憲意見者が合憲違憲者を上回ったということになる。 

○この事件は、オク・ソリという、韓国で有名な女性タレントが、ある男性と姦通した疑惑で在宅起訴されたというもので、姦通罪に対する違憲法律審判を求めたために、刑事裁判が一旦中断され、今回の憲法判断を待っていたとのことである。この日の合憲決定によって、この姦通罪事件裁判が再度進行されることになる。

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○先ほど述べたように、戦前の日本には「姦通罪」という刑罰があった。旧刑法(明治13年太政官布告第36号)353条に規定され、刑法(明治40年法律第45号)183条に引き継がれた。(戦後廃止)

○刑法(明治40年法律第45号)
第183条
有夫ノ婦姦通シタルトキハ二年以下ノ懲役ニ處ス 其相姦シタル者亦同シ
前項ノ罪ハ本夫ノ告訴ヲ待テ之ヲ論ス 但本夫姦通ヲ縱容シタルトキハ告訴ノ效ナシ

○この罪は必要的共犯で、夫のある妻と、その姦通の相手方である男性の双方に成立した。夫を告訴権者とする親告罪とされた。また、告訴権者である夫が姦通を容認していた場合には、告訴は無効とされ罰せられないものとされた。他方、妻のある男性が妻以外の女性と性交しても、原則として処罰されない。ただし、相手の女性に夫がいた場合には相姦者として処罰されることはある。(つまり男性は「間男」として共犯的意味合いでのみ処罰されることはあるが、妻をもつ男性が独身女性と性交した場合は、そもそも処罰の対象にはならなかったのである。女性の場合は、間男が独身であろうと処罰された。)

○この罪は、妻側にだけ貞操の義務を科したもので、夫はこの点で自由であるということを意味した。これは日本の伝統的道徳だと言われ存続してきたようである。旦那が多数のお妾さんを囲っても、全く問題がなかったのである。今から考えると、これほどの男女不平等思想はないであろう。

○このように、これは女性だけに刑罰を科すものであって、男女平等を定めた本国憲法第14条に反する疑いがある(というか明らかに反する)。このため、日本国憲法の制定に伴って、男女を平等にするためには、妻のある男性の姦通も処罰することで平等を保つのか、夫のある女性の姦通も処罰しないか、のいずれかにする必要があった。これについては、結局、日本の国会は、昭和22年法律124号による刑法の改正で、後者を選んで姦通罪そのものを廃止することにして、刑法183条が削除された次第である。

○ちなみに、当時の国会議員は、今と違って妾を抱えていることの多い時代でもあったことから、もし、妻のある男性の姦通も処罰することになったら大変だという気持ちがあったからだろうという説が根強いが、多分にその推測は当たっているのだろう。

○もし、このときの国会で、妻のある男性の姦通も処罰することで姦通罪を残していたら、今の日本はどうなっていたのだろうか。「不倫は文化だ」と述べたタレントもいるが、少なくとも不倫行為は、少しは減っていたのだろうか。ただ、このように道徳面での規制を法律が厳しくするということが、本当に社会全体にとって幸福をもたらしたかどうか、を考えると、廃止をした当時の決断は正しかったように思う。

○刑事罰は非道徳な行為を規制すると考えられがちであるが、非道徳的な行為であっても、全てを法律で規制することは問題である。法律は道徳(倫理)の最小限度でないといけないと言われるように、むしろ抑制的でなければならい。さもなければ、刑罰権を有する国家が、日常生活での道徳的な面まで規制をかけるのは、徒に国家権力の肥大化を招き、国民の自由な生活まで脅かしかねないことになり得るからである。およそ一定の行為を放置した場合に社会に生じ得る害悪が、社会秩序を守れないくらい甚大な影響が現れる場合に、はじめて刑罰でもって強制的に取り締まるのが本来であろう。

○そういった意味で、姦通そのものは、当事者間の問題として処理するのはともかく(離婚理由になるし、慰謝料請求権が発生する)、国家が刑罰でもって干渉する問題でないというべきなのであろう。夫婦関係の基本はあくまで当事者の愛情による結びつきである。この結びつきは、刑務所行きという刑罰でもって強要しようとすると、結局は愛情の欠けた夫婦を形だけ存続させるだけである。

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○韓国では、日本の旧規定と違って、既婚者の場合は男女を問わず姦通罪が適用される。配偶者が告訴権者となる親告罪で、告訴権者が姦通を容認していた場合には告訴することができない点は、日本の旧規定と同じである。

○韓国で姦通罪が残った経緯はよくは知らないが、調べたところでは、1999年に、政府が姦通罪を廃止しようとしたところ、女性界の厳しい世論のために断念したということで、多少驚いた。女性が反対するということは、この罪を女性保護として捉えていて、男性の不倫行為の処罰を廃止することへの女性の危惧からだったようだ。ただ、国際的には、東アジアで姦通罪を置いているのは韓国と台湾くらいだそうで、時代の流れとかみ合っていないのも事実であろう。(ただ、イスラム圏ではコーランの教えから存続しているらしいし、米国では、今も10州程度の州に姦通罪があるらしい。)

○この問題では、韓国女性の考え方も大きく変化しているようである。最近は、この罪は女性保護というよりも、女性の性的な自由を奪うという考え方が浸透したためか、韓国女性団体連合は、今回の憲法裁判所の決定を受けて、「姦通罪が夫婦間に成されるべき信頼や責任を、国の刑罰権にのみ任せ、実質的な代案作りや認識変化の機会をさえぎっているという側面で懸念される」という声明を出したという。将来的には違憲の決定がなされる日も到来するのであろう。
                                            弁護士 三木秀夫

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