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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
昔(50年前)と現在の体感治安をアンケート(2008年12月28日) 体感治 
○昔(50年前)と現在の体感治安をアンケート
竹原署は、昔(50年前)と現在の体感治安を市民に比べてもらうユニークなアンケート結果をまとめた。半世紀前の刑法犯認知件数は現在の2.5倍と示した上で質問したが、72%は「治安が悪いのは現在」と回答した。同署は「地域の安全面で昔は連帯が強かった表れ」とみて、住民と連携した防犯対策を進める。

市制50年を機に、60歳以上の110人に聞いた。治安が悪いのは「現在」としたのが72.7%で、女性の方が高率だった。刑法犯の認知件数そのものは1959年が約600件(東広島市安芸津町を含む)で、昨年は約230件。「数値が逆では」との指摘もあったという。

治安が悪い理由(複数回答)について、「現在」とした回答者のうち66.3%が「犯罪の悪質化」とし、56.3%の「地域の連帯の薄さ」が続いた。「昔」とした回答者では「街灯、住宅など社会の防犯システムの未整備」が多かった。治安を良くする方策(同)は、「地域の結束を固める」が76.4%、「子どもの見守りを地域で展開」が60.0%で、地域の連携を指摘する意見が上位を占めた。
(中国新聞 広島地域ニュース2008年12月28日)

○無差別殺傷事件:年明けから原因分析調査へ(法務省)
法務省は26日、無差別殺傷事件の原因分析調査を年明けから実施すると発表した。判決が確定した過去の30事件程度を取り上げ、刑事裁判記録の分析や受刑者への聞き取りなどを実施し、10年度に取りまとめる。東京・秋葉原の17人殺傷事件や元厚生事務次官宅連続襲撃事件などの無差別殺傷事件が相次ぎ、感治安が悪化しているとの考えから調査実施を決めた。森英介法相は「社会的背景や受刑者の心理的要因を調査し、今後の犯罪対策に役立てる」と話している。
(毎日新聞2008年12月26日)

○孤立若者を支援、保護司など活用(犯罪対策閣僚会議)
政府は22日、犯罪対策閣僚会議を開き、2013年までの5年間の治安対策を方向づける「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」を決定した。東京・秋葉原の無差別殺傷事件など孤立した若者による凶行が相次いでいることを受け、社会から孤立した人の社会復帰支援を打ち出したのが大きな特徴。食品の産地偽装など消費者に身近な問題への対策強化も盛り込まれた。行動計画は無差別殺傷事件や子どもを狙った犯罪などで国民の「体感治安」が低下しているとの認識を示した上で、今年4月に発表された自民党の提言を踏襲し、▽犯罪者を生まない社会の構築▽国際化への対応▽テロの脅威への対処など7項目を重点課題とした。

孤立した若者や社会との関係が希薄な人への社会復帰支援では、自宅を相談員が訪問する英国の若者支援制度「コネクションズ」を参考に、保護司や更生保護ボランティアらを活用し、社会の側から積極的に手を差し伸べる制度の検討を明記。今後、内閣府を中心に「日本版コネクションズ」の詳細を検討する。外国人に対しては、不法滞在の摘発を強化する一方、合法的に滞在する外国人には台帳を作成して住民サービスを受けやすくするほか、自治体に総合相談窓口を設置するなど生活を支援する。食品の産地偽装や悪質商法など身近な問題への取り締まり強化を検討するため、警察庁や農林水産省、経済産業省など関係省庁によるワーキングチームが22日に設置された。常習性犯罪者に対し、欧米の一部で実施されている全地球測位システム(GPS)付き腕輪などGPS発信装置を使った再犯防止策も検討課題の一つとされたが、「人権との絡みもあり、実現は難しいのではないか」(政府関係者)との見方も出ている。 
(読売新聞 2008年12月22日 )

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○体感治安とは
市民が実際に肌で感じる治安の状況に関する感覚を「体感治安」という。犯罪認知件数や検挙率といった統計上の客観的な数字で表される「指数治安」と違って、感覚的・主観的なものである。

○12月22日に報道された犯罪対策閣僚会議の行動計画は、国民の「体感治安」が低下しているとした上で7項目を重点課題とした。12月26日に発表された無差別殺傷事件の原因分析調査実施は、東京・秋葉原の17人殺傷事件や元厚生事務次官宅連続襲撃事件などの無差別殺傷事件が相次ぎ、体感治安が悪化しているとの考えから決めたようである。いずれも、「治安の悪化」からではなくて、「体感治安の悪化」をキーワードにしている。

○こういった報道が続いたのち、広島県警竹原署が、50年前と現在の体感治安を市民に比べてもらアンケート結果を公表したニュースは、その実態をよく表している。同地域での刑法犯の認知件数が、1959年が約600件で、昨年は約230件と、半世紀前の刑法犯認知件数が現在の2.5倍と示した上で質問しながら、回答者の72%は「治安が悪いのは現在」と回答したというのである。

○このように、統計的には凶悪犯罪数は減少しているが、体感治安は悪化していると、多くの人が考えている。体感治安という言葉は、90年代以降使われだした造語で、松本サリン事件・地下鉄サリン事件、神戸連続児童殺傷事件などの重大事件において、マスコミも多く用いてきた。ところが、警察のがんばりもあってか、ここ7年間は刑法犯認知件数は減少してきた。しかし、政府や警察は、「治安の悪化」状況は改善していることを知りつつ、「体感治安の悪化」という主観的な言葉を活用して、さらなる治安政策を展開しようとしているのが現実である。

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【「体感治安の悪化」を裏付けるデータ】
○みずほ情報総研調査(2003年9月)
みずほ情報総研情報通信研究部主事研究員前川秀正氏によると、みずほ情報総研が03年9月に実施した調査では、「6割の人が現在の治安は既に悪化していると感じており、将来の治安に至っては9割もの人が悲観しているとの結果が得られた。」としている。

○治安に関する意識調査(野村総合研究所2005年5月)
野村総合研究所(NRI)は2005年5月13日、インターネット利用者を対象に行った治安と犯罪に関する意識調査の結果を発表した。日経キャリアNET(2005年5月16日)によると、この調査結果について、「性犯罪者の出所情報提供を9割が支持、NRIの治安/犯罪意識調査」として、「この2?3年の間の日本の治安全般については、「悪くなった」が53.1%、「大変悪くなった」が36.4%で、9割近くが治安に不安を感じていることが分かった。」とし、「増加したと感じる犯罪は、振り込め詐欺や悪質商法などの詐欺、スキミングなどのキャッシュカード・クレジットカードを悪用したカード犯罪、インターネットを利用したサイバー犯罪などが上位だった。」と紹介している。

○内閣府の「治安に関する世論調査」(2004年実施)
「ここ10年で,自分や身近な人が犯罪に遭うかもしれないと不安になることは多くなったと思うか」との問いに対して「そう思う」とする者の割合が42.4%であった、と報告している。 

○内閣府の「社会意識に関する世論調査」(2006年実施)
「国が悪い方向に向かっている分野として治安を挙げた者の割合が38.3%と、他の回答をした者よりも高い比率であった」としている。

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【現状認識に関する議論 (批判説)】
○一方で、体感治安が悪化しているとの主張は統計学や疫学上の根拠が乏しく、凶悪犯罪発生をセンセーショナルに取り上げるマスコミや、予算や人員の確保のために治安の悪化を強調する警察当局の作為性を指摘する意見もいくつかある。私が読んだ範囲で紹介してみたい。

○安全神話崩壊のパラドックス‐治安の法社会学河合幹雄著(岩波書店2004年)
「BOOK」データベースからの引用=「日本は犯罪の少ない安全な社会である」という安全神話が揺らぎつつある。しかしはたして、犯罪が増加し、凶悪化が進んでいるという認識は正しいのか。著者は、統計資料の徹底的な読み込みを通してわが国の犯罪状況を分析し、近年の通説が現実を正しく反映していないことを考証。なぜそのような言説が一般的にまかり通ることになったのか、その背景と言説自体がもつ意味を明らかにしたうえで、欧米社会との比較考察をも加えつつ、今後の社会変化と法状況の将来を展望する。

○佐藤卓己『メディア社会』(岩波新書)2006年
「ワイドショーのメインは犯罪報道であるため、私たちは犯罪発生率が上昇しているように感じ、自分自身が犯罪被害者となる可能性を大きく見積もってしまう。ワイドショー世界が一般市民の生活とかけ離れて過度に暴力的であれば、人々の現実認識もその方向に歪められてしまう。
 こうした治安悪化の印象、つまり「体感治安」悪化には別のメディア要因も考えられる。犯罪者の人権保護が意識されるようになったため、ワイドショーの取材は被害者へ集中しがちになる。視聴者は被害者インタビューに感情移入して被害者意識を共有するようになっていく。この結果、社会全体が犯罪者へ厳罰を望むようになるのは自然である。」と指摘している。

○犯罪不安社会 誰もが「不審者」? (光文社新書) 光文社 2006年
「BOOK」データベースからの引用=猟奇的な少年事件や検挙率の低下などを根拠に、「安全神話の崩壊」が叫ばれ、厳罰化と監視強化が進む。しかし、統計をきちんと読み解くならば、あるいは軽微な犯罪者ばかりで老人や病人の多い刑務所を直視するならば、決して「治安悪化」とは言えないはずである。効果のある犯罪対策を実施するには、正しい現状分析なくして、正しい解決はありえない。そのため本書はまず「『安全神話の崩壊』論の崩壊」を宣告。治安悪化言説こそが「神話」なのである。

○東京新聞2008年2月17日付コラム「刑務所の風景から社会を見据える 浜井浩一さん」 
元刑務所職員・犯罪学者の浜井浩一氏が、体感治安が悪化しているとの主張は統計学や疫学上の根拠が乏しく「信仰」にすぎないと批判していることを紹介している。

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○このように、人々が心配するほど、実際の治安は悪化していない。単に不安が増大しているという事実があるだけである。ところが、社会は、単に「安全」だけでなく、主観的な「安心感」をも求めている。

その結果、刑罰の厳格化、少年法の適用年齢の拡大、性犯罪者情報の地域への公表要求、監視カメラの多数設置など、治安活動は際限なく展開されていく現実がある。市民による自主的な防犯活動も、その一環であり、地域コミュニティの活性化たる市民活動ととらえてその育成は必要と思う。ただ、そのことが、自由な市民社会を脅かす超監視社会になってはならないと考える。
                                            弁護士 三木秀夫

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