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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
足立区の教諭殺害損賠事件で最高裁判決(2009年04月28日)   除斥期
○78年に殺害された東京都足立区立小教諭、石川千佳子さん(当時29歳)の弟2人が、殺人罪の時効成立後に容疑者と名乗り出た元警備員の男(73)に賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は28日、元警備員の上告を棄却した。提訴は殺害の27年後だったが、小法廷は「不法行為から20年で賠償請求権が消滅する民法の除斥期間を適用しない特段の事情がある」と判断。4255万円の支払いを命じた2審・東京高裁判決(08年1月)が確定した。最高裁が除斥期間を適用しなかったのは、過去1例しかない。

判決によると、元警備員は78年8月、同じ小学校に勤務する石川さんを絞殺。遺体を自宅床下に埋めて隠し、04年8月に「犯人」と名乗り出て遺体も発見されたが、公訴時効(当時は15年)の成立で不起訴になった。小法廷は「遺族は、石川さん死亡の事実を知り得ないため相続人として確定せず、元警備員への賠償請求権を行使できないまま20年が経過した」と指摘した。「こうした状況を殊更に作り出した加害者が賠償義務を免れるのは、著しく正義、公平に反する」と判断した。(2009年04月28日毎日新聞)

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○この事件は、殺人を犯した男が自首するまで、遺族は、そもそも殺人がなされたこと自体を知らなかった。もちろん、損害賠償を求める相手も分からず、被害に事実と犯人を特定できた時には、事件から既に26年が経過していた。

○この事件を時系列で並べると次のとおりである。
 1978.8.14 男が被害者を殺害
      8.15 男が被害者の遺体を自宅床下に遺棄
 2004.8.21 男が警察に自首(事件後26年目)
      8.22 警察が遺体を発見
      9.29 DNA鑑定により遺体が被害者と確認される
      10.7 被害者の遺族らが男の不動産を仮差押え
 2005.4.11 遺族らが本件訴えを提起(事件後27年目)

○このような事件で、加害者たる男が、損害賠償義務から免れることは、著しく正義・公平の理念に反するのは異論がないように思う。

ある意味で、この最高裁判決は、まさに「社会的正義」の観点からは当然の結論と思われているが、一方で、従来の法律解釈という観点からは、やや驚きの判決でもある。これまでの法的解釈が「杓子定規」で、鉄の壁のように感じてしまう問題に対しても、社会的正義の視点から、おかしいと考えた場合は、果敢に裁判で戦うことの重要性を、改めて見た思いである。

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○除斥期間
本件は、不法行為に基づく損害賠償請求に対して、壁となる除斥期間が問題となった。除斥期間とは、法律関係を速やかに確定させるため、一定期間の経過によって権利を消滅させる制度である。不法行為による損害賠償請求権は、不法行為の時から20年を経過したときは、消滅するとして、期間の制限がなされている(民法724条)が、これは除斥期間と解されている。

○民法
(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第724条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。

○今回の事件の第1審
今回の事件の第1審では、これについて、「民法724条後段の20年の期間は、被害者側の認識の如何を問わず、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存在期間を画一的に定めたものであり、除斥期間の性質を有するものであるから、裁判所は、当事者の主張がなくとも、除斥期間が経過している場合は、請求権が消滅したものと判断すべきであり、除斥期間を適用することが信義則に反するとか権利の濫用であるなどの主張は、主張自体失当となるものと解される(最高裁判所平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照)」として、殺害行為そのものの損害賠償請求を棄却した。(ただし、第1審は、男が被害者を殺害後その遺体ないし遺骨を約26年間、自らの自宅の床下において、排他的に管理・占有して隠匿してきた行為につき不法行為が成立するとし、これについては遺体発見時を除斥期間の起算点とすべきとして、その損害賠償請求権については損害賠償を認めた。)

○今回の最高裁判決
今回の最高裁判決では、以下のように述べて、除斥期間の例外として、期間進行の停止を認めた。

「被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま除斥期間が経過した場合にも,相続人は一切の権利行使をすることが許されず,相続人が確定しないことの原因を作った加害者は損害賠償義務を免れるということは,著しく正義・公平の理念に反する。このような場合に相続人を保護する必要があることは,前記の時効の場合と同様であり,その限度で民法724条後段の効果を制限することは,条理にもかなうというべきである。」 

「被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合において,その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。」

これは平成10年の予防接種訴訟判決に続き2例目といえる。今回の判断は、この事件が極めて特異な事情であることを考慮した上で、この事件に関する個別救済を図ったものといえるであろう。

○民法
(相続財産に関する時効の停止)
第160条  相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から6箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。

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○除斥期間という言葉は、その性質について明文規定が存在せず、あくまで概念的解釈によって認定されていて、個別条文で、消滅時効ではなく除斥期間の規定と解釈している。

不法行為の20年の期間について、最高裁判所は、1989年(平成元年)12月21日の第一小法廷判決(民集43巻12号2209頁)で、「民法724条後段の不法行為に基づく損害賠償請求権に関する20年の期間制限は除斥期間であり、当事者が援用しなくても裁判所は請求権が消滅したものとして判断すべき」であるとした。この解釈は、不法行為の請求期間制限で、極めて基本的なものとなっている。 

除斥期間と解されている主な例としては、不法行為の20年のほかに、即時取得の盗品・遺失物の回復請求についての盗難又は遺失の時から2年間とした規定(民法193条)、占有の訴えの提起期間を1年以内とした規定 (民法201条)、詐害行為取消権は行為の時から20年で消滅とした規定(民法426条)、売主の担保責任に関して契約の解除又は損害賠償の請求は買主が事実を知った時から1年以内とした規定 (民法566条) などがある。

○消滅時効と除斥期間
この両制度は、請求権を喪失するという点で似ているが、いくつかの違いがある。
除斥期間が消滅時効と違う点としては、除斥期間は@中断は認められない(異論説あり)、A原則として停止がない(例外あり)、B当事者の援用がなくても裁判所の職権によって権利消滅と判断できる、C起算点は、権利発生時からとなる(消滅時効は「権利行使が可能となった時点」から)、D遡及効果が認められない、などである。 

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○除斥期間の進行停止について
このように、除斥期間は、極めて権利行使者にとって厳しいものであるが、今回の足立区教諭殺害事件のような事例で、これを適用することには、誰もがおかしいと考えるような事件において、除斥期間の進行自体が止まらないのか、という疑念が生じる。この問題では、今回の足立区事件の先例として、除斥期間を杓子定規に適用せずに、その進行の停止を認めて、被害者救済を図った司法判断がある。東京予防接種禍訴訟の最高裁判決(平成10年6月12日最高裁第二小法廷判決)がそれである。この事件では、最高裁は、不法行為を原因として心神喪失の常況にある原告(被害者)の損害賠償請求権について、後遺症により提訴できなかった事情を考慮して、除斥期間を適用しなかった。

○平成10年6月12日最高裁判所第二小法廷判決
平成5(オ)708損害賠償請求事件
【要旨】不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前六箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から六箇月内に右不法行為による損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じない。

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○除斥期間の起算点をずらした事例
起算点をずらすことで、被害の救済を図った最高裁判例もいくつかある。
(1)三井鉱山じん肺訴訟(平成16年4月27日最高裁第三小法廷判決)は、不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合においては、当該損害の全部又は一部が発生した時から除斥期間が進行するとした。 
(2)関西水俣病訴訟(平成16年10月15日最高裁第二小法廷判決)では、水俣病による健康被害につき、患者が水俣湾周辺地域から転居した時点が加害行為の終了時であること、水俣病患者の中には潜伏期間のあるいわゆる遅発性水俣病が存在すること、遅発性水俣病の患者においては水俣病の原因となる魚介類の摂取を中止してから4年以内にその症状が客観的に現れることなど判示の事情の下では、上記転居から4年を経過した時が724条後段所定の除斥期間の起算点となるとした。
(3)北海道B型肝炎訴訟(平成18年6月16日最高裁第二小法廷判決)では、乳幼児期に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染したX4及びX5がB型肝炎を発症したことによる損害については、(1)乳幼児期にB型肝炎ウイルスに感染し、持続感染者となった場合、HBe抗原陽性からHBe抗体陽性への変換(セロコンバージョン)が起きることなく成人期に入ると、肝炎を発症することがあること、(2)X4は,昭和26年5月生まれで、同年9月〜昭和33年3月に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染し、昭和59年8月ころ、B型肝炎と診断されたこと、(3)X5は,昭和36年7月生まれで、昭和37年1月〜昭和42年10月に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染し、昭和61年10月,B型肝炎と診断されたことなど判示の事情の下においては、上記集団予防接種等(加害行為)の時ではなく、B型肝炎の発症(損害の発生)の時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となるとした。

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○除斥期間の効用との均衡について
このように、除斥期間をそのまま適用した場合に、事案の解決としてふさわしくない場合に、例外を設けることがある。しかし、他方で、除斥期間が設けられたのは、極めて長い時間経過しながら、権利を行使しないでいて、証拠などが喪失してから権利行使してくるなど、権利の不行使や乱用を抑制する点で一定の歯止めをかける役割を果たしている。このことを考えると、例外解釈を適用するのは、真に被害者救済が必要なケースに限られるべきだろう。

なお、最近進められている民法規定の見直しにおいて、生命侵害に対する不法行為の除斥期間を30年に延長する案も出ている。被害者の救済という観点から、これも方策の一つであろうが、この場合でも、個別事案での救済も、必要性は無くならないものと思われる。

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○田原睦夫裁判官の補足意見
今回の判決を見ると、田原睦夫裁判官が、補足意見を書いている。除斥期間の判例変更の必要性を説いていて、「民法724条後段の規定は,時効と解すべきであって、本件においては民法160条が直接適用される結果、被上告人らの請求は認容されるべきものと考える。」とした。法体系全体を見通した意見であり、これからの民法改正作業に一定の影響を与える意見であると思う。

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○平成21年04月28日最高裁判所第三小法廷判決
平成20(受)804損害賠償請求事件
【要旨】殺人事件の加害者が殊更に死体を隠匿するなどしたため,被害者の相続人が死亡の事実を知り得なかった場合において,相続人確定時から6か月内に権利が行使されたなど特段の事情があるときは,不法行為に基づく損害賠償請求権は除斥期間により消滅しないとした。
【判決文全文】
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人秋山賢三,同今村核の上告受理申立て理由について
1 本件は,殺人事件の被害者の有していた権利義務を相続した被上告人らが,加害者である上告人に対して,不法行為に基づく損害賠償を請求する事案であり,不法行為から20年が経過したことによって,民法724条後段の規定に基づき損害賠償請求権が消滅したか否かが争われている。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) Aは,足立区立a小学校(以下「本件小学校」という。)に図工教諭として勤務していた者であり,上告人は,本件小学校に学校警備主事として勤務していた者である。
(2) 上告人は,昭和53年8月14日,本件小学校内においてAを殺害し(以下「本件殺害行為」という。),その死体を同月16日までに上告人の自宅の床下に掘った穴に埋めて隠匿した。
(3) Aの両親であるB及びCは,Aの行方が分からなくなったため,警察に捜索願を出し,本件小学校の教職員らと共に校内やAの住んでいたアパートの周辺を捜すなどしたが,手掛かりをつかむことができなかった。
(4) Bは,昭和57年○月○日に死亡し,C及び被上告人ら(いずれもBとCの間の子であり,Aの弟である。)が,その権利義務を相続した。
(5) 上告人は,本件殺害行為の発覚を防ぐため,自宅の周囲をブロック塀,アルミ製の目隠し等で囲んで内部の様子を外部から容易にうかがうことができないようにし,かつ,サーチライトや赤外線防犯カメラを設置するなどした。
(6) 上告人の自宅を含む土地は,平成6年ころ,土地区画整理事業の施行地区となった。上告人は,当初は自宅の明渡しを拒否していたが,最終的には明渡しを余儀なくされたため,死体が発見されることは避けられないと思い,本件殺害行為から約26年後の平成16年8月21日に,警察署に自首した。
(7) 上告人の自宅の捜索により床下の地中から白骨化した死体が発見され,DNA鑑定の結果,平成16年9月29日,それがAの死体であることが確認された。これにより,C及び被上告人らは,Aの死亡を知った。
(8) C及び被上告人らは,平成17年4月11日,本件訴えを提起した。
(9) Cは平成19年○月○日に死亡し,被上告人らがその権利義務を相続した。
民法724条後段の規定は,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり,不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には,裁判所は,当事者からの主張がなくても,除斥期間の経過により上記請求権が消滅したものと判断すべきである(最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照)。
ところで,民法160条は,相続財産に関しては相続人が確定した時等から6か月を経過するまでの間は時効は完成しない旨を規定しているが,その趣旨は,相続人が確定しないことにより権利者が時効中断の機会を逸し,時効完成の不利益を受けることを防ぐことにあると解され,相続人が確定する前に時効期間が経過した場合にも,相続人が確定した時から6か月を経過するまでの間は,時効は完成しない(最高裁昭和35年(オ)第348号同年9月2日第二小法廷判決・民集14巻11号2094頁参照)。そして,相続人が被相続人の死亡の事実を知らない場合は,同法915条1項所定のいわゆる熟慮期間が経過しないから,相続人は確定しない。
これに対し,民法724条後段の規定を字義どおりに解すれば,不法行為により被害者が死亡したが,その相続人が被害者の死亡の事実を知らずに不法行為から20年が経過した場合は,相続人が不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する機会がないまま,同請求権は除斥期間により消滅することとなる。しかしながら,被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま除斥期間が経過した場合にも,相続人は一切の権利行使をすることが許されず,相続人が確定しないことの原因を作った加害者は損害賠償義務を免れるということは,著しく正義・公平の理念に反する。このような場合に相続人を保護する必要があることは,前記の時効の場合と同様であり,その限度で民法724条後段の効果を制限することは,条理にもかなうというべきである(最高裁平成5年(オ)第708号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁参照)。
そうすると,被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合において,その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。
4 これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,上告人が本件殺害行為
後にAの死体を自宅の床下に掘った穴に埋めて隠匿するなどしたため,B,C及び被上告人らはAの死亡の事実を知ることができず,相続人が確定せず損害賠償請求権を行使する機会がないまま本件殺害行為から20年が経過したというのである。
そして,C及び被上告人らは,平成16年9月29日にAの死亡を知り,それから3か月内に限定承認又は相続の放棄をしなかったことによって単純承認をしたものとみなされ(民法915条1項,921条2号),これにより相続人が確定したところ,更にそれから6か月内である平成17年4月11日に本件訴えを提起したというのであるから,本件においては前記特段の事情があるものというべきであり,民法724条後段の規定にかかわらず,本件殺害行為に係る損害賠償請求権が消滅したということはできない。
5 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用
することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の意見がある。

裁判官田原睦夫の意見は,次のとおりである。
私は,上告人の殺害行為によって死亡した被害者の遺族たる被上告人らの,本件損害賠償請求を認容した原判決は維持されるべきである,との多数意見の結論に賛成するものであるが,その理由は,多数意見とは異なる。私は,民法724条後段の規定は,時効と解すべきであって,本件においては民法160条が直接適用される結果,被上告人らの請求は認容されるべきものと考える。以下敷衍する。民法724条後段の規定の法的性質について,時効と解すべきか,除斥期間と解すべきかにつき,かつて学説,下級審裁判例でそれぞれ見解の対立が存したところ,最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁(以下「平成元年判決」という。)は,同規定は,除斥期間を定めたものと解すべきものとし,除斥期間の性質にかんがみ,その期間の経過により原告の主張する損害賠償請求権は消滅した旨の主張がなくても,裁判所は同期間の経過により,同請求権は消滅したものと判断すべきであり,除斥期間の経過を主張することが信義則違反又は権利濫用であるとの主張は,主張自体失当である,と判示した。
平成元年判決の説くところに従えば,本件訴えは,被害者が殺害されてから26年余を経て提起されたものであって,被上告人らの損害賠償請求権は,既に除斥期間の経過によって消滅しているところ,多数意見は,本件事案にかんがみ法的には既に消滅している請求権の行使を認めるものであって,論理的には極めて困難な解釈をしているものと言わざるを得ない。
ところで,上記平成元年判決は,民法724条後段の規定を除斥期間と解すべきであるとする理由として,@同条後段の規定を時効と解することは,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の趣旨に沿わないこと,A同条後段の規定は,一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であること,の二点を示している。しかし,そのうち@の点は,時効と解しても法律関係の速やかな確定に寄与するものと評することができるのであり,また,Aの点は,除斥期間の制度は,相手方の保護,取引関係者の法的地位の安定,その他公益上の必要から一定期間の経過によって法律関係を確定させるために権利の存続期間ないし行使期間を画一的に定めることを目的とするものと一般に解されているところ,不法行為に基づく損害賠償請求権について,加害者につき時効制度と別に除斥期間によって保護すべき特段の事情は認められず,また,被害者の損害賠償請求権の行使期間を一定の期間に制限すべき公益上の必要性も認められないのであって,Aに掲げる理由が同条後段の規定を除斥期間と解すべき理由とならないというべきである。これらの点については,最高裁平成5年(オ)第708号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁における河合伸一裁判官の意見及び反対意見において詳細に指摘されているところである。
また,民法724条後段の規定を時効と解した場合には,中断の規定が適用される結果,法律関係の速やかな確定が損なわれるとする見解が存するが,民法724条後段の20年の時効期間が中断されるのは,事実上は同条前段の3年の時効期間の中断によるものであって,最長で20年の期間が23年に延びるにすぎず,その3年間の伸長をもって法的安定が害されると評するには値しない(論理的には,その後3年の時効の中断が更に更新されることがあり得るが,それは債務者による承認等極めて特殊な事例であり,法的安定性という側面からは個別に評価すれば足りることである。)。
次に民法724条後段の規定を時効と解することが,民法の定める不法行為法体系と整合するか否かが問題となり得るところ,一般に時効に関する民法の諸規定のうち,除斥期間には類推適用されないものとして,@中断,A援用,B起算点,C遡及効,D停止,E放棄,F確定判決による期間延長(民法174条の2),G相殺(民法508条)の諸規定が上げられる。そのうち,@の中断については,上記に検討したとおりであり,また,Bの起算点の点は,加害行為から長期間を経て損害が発生する事案においては,民法724条後段の適用については,損害発生時をその起算点とすることは,当裁判所の判例(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成13年(オ)第1194号,第1196号,同年(受)第1172号,第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁,最高裁平成16年(受)第672号,第673号同18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁)であり,また通説も認めているところであって,後段の規定を時効と解することに何ら支障をもたらすものではない。また,上記のうちのその余の諸点についても,同規定を時効と解し,その適用を認めることについて理論上,実務上支障となるような点は認められない。かえって,同規定を除斥期間と解し,不法行為時(損害の発生が遅発するものについては損害発生時)から20年の経過によって,その損害賠償請求権が絶対的に消滅するものと解する場合には,19年目に被害者が損害の発生及び加害者を知り,加害者が債務を承認した場合であっても,20年の終了までに訴えを提起しなければ(除斥期間説に立つ学説も,20年以内に訴えを提起すれば,20年を経過した後でもその訴訟を遂行することができると解している。)その権利を行使できないこととなり,また,不法行為時から15年目に損害賠償請求にかかる勝訴判決が確定して,民法174条の2により時効期間が判決確定時から10年伸長したと思っていたところ,不法行為時から20年の経過によって,権利が失効し,同判決に基づいて強制執行することができないと解すべきことになるが,かかる結論には何人も違和感を禁じ得ないであろう。また,損害賠償請求権の存在が明確ではあるが,種々の事情からその具体的行使を控えていたところ,不法行為時から21年目に,加害者からの反対債権に基づく請求に対し,被害者がその損害賠償請求権を自働債権として相殺の主張をすることが許されないとすることについても,同様に違和感を禁じ得ないであろう。
さらに,民法724条後段の規定を時効と解することにより,その適用は加害者の援用をまたなければならないと解することとなるが,そのことにより,個々の事案において,その援用が権利濫用や信義則違反に該当すると認められる場合には,その援用の効力を否定するという既に確立した手法を用いることができるのであって,損害賠償請求権という個別性の強い事案において,当該事案に応じた社会的に妥当な解決を導くことができることとなるのである。
他方,民法724条の文意からすれば,後段の規定は時効と解するのが自然な解釈であり,また,学説が指摘するようにその立法経緯からしても時効と解すべきものであることに加え,学界では,平成元年判決に対しては批判が強く,今日では,民法724条後段の規定は除斥期間ではなく,時効期間を定めたものと解する説が多数を占めており,また,近年,債権法改正の一環として時効制度の見直しを含めた法改正がなされたドイツ,フランス,オランダ等の欧州諸国においても,不法行為による損害賠償請求権について,民法724条と同様,二重の期間制限を設ける場合において,長期の期間については,何れも「時効」とする制度が設けられているのである。
このように,民法724条後段の規定を,除斥期間と解する場合には,本件に典型的に見られる如く具体的妥当な解決を図ることは,法論理的に極めて難しく,他方,時効期間を定めたものと解することにより,本件において具体的に妥当な解決を図る上で理論上の問題はなく,また,そのように解しても上記のとおり不法行為法の体系に特段の支障を及ぼすとは認められないのであり,さらに,そのように解することが,今日の学界の趨勢及び世界各国の債権法の流れに沿うことからすれば,平成元年判決は変更されるべきである。
そして,上記のように解することによって,今後,不法行為時から20年以上経過した損害賠償請求訴訟が提起された場合には,上記のとおり既に確立している権利濫用,信義則違反の法理に則って適切な解決を図ることができるのである。
なお,実務上は,上記の平成元年判決を受け,その後の下級審裁判例が,民法24条後段の規定を除斥期間と解する運用をなしているところから,ここで上記判例変更をなす場合には,一定の混乱が生じかねない可能性がある。しかし,上記の判例変更の結果を受けて真に救済せざるを得ない事案は,社会的には極く僅かに止まり,また,それは個別に対応することが可能であると推察されるのであって,判例変更が社会的に相当な混乱を引き起こすおそれはないと思われる。おって,現在,法務省において債権法の改正作業が開始されているところ,時効制度の見直しに当たっては,かかる観点を踏まえた見直しがなされることを望むものである。
(裁判長裁判官那須弘平 裁判官藤田宙靖 裁判官堀籠幸男 裁判官田原睦夫裁判官近藤崇晴)
                                            弁護士 三木秀夫

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