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三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
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ニュース六法目次
教育的指導範囲逸脱せず/最高裁が体罰と認めず(2009年04月28日)体罰
○熊本県本渡市(現・天草市)の市立小学校で2002年、男性の臨時教師が小学2年男児(当時)の胸元をつかんで壁に押し当ててしかった行為が、体罰にあたるかどうかが争われた訴訟の上告審判決が28日、最高裁第3小法廷であった。

近藤崇晴裁判長は「行為は教育的指導の範囲を逸脱しておらず、体罰ではない」と述べ、体罰を認定して市に賠償を命じた1、2審判決を破棄し、原告の男児の請求を棄却した。

学校教育法は教師の体罰を禁じているが、教師の具体的な行為が体罰に該当するかどうかを最高裁が判断した民事訴訟は初めて。判決によると、教師は02年11月、校内の廊下で悪ふざけをしていた男児を注意したところ、尻をけられたため、男児の洋服の胸元を右手でつかんで壁に押し当て、「もう、すんなよ」と大声でしかった。男児はその後、夜中に泣き叫ぶようになり、食欲も低下した。

判決は「悪ふざけしないよう指導するためで、罰として苦痛を与えるためではなかった」と認定。原告側は上告審で「恐怖心を与えるだけだった」と主張したが、判決は「教師は立腹して行為を行い、やや穏当を欠いたが、目的や内容、継続時間から判断すれば違法性は認められない」と述べた。(2009年4月28日 読売新聞)

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○熊本県天草市の小学校で、男の先生が、当時2年生の男子児童の胸もとをつかんで体を壁に押しあてるなどしてしかった行為が「体罰」にあたるかどうかが争われた裁判で、最高裁判所は、「体罰にあたらない」という判断を下した。

一、二審の判決では、これを体罰と認め、市に賠償を命じていたが、この判決を破棄したものである。

○最高裁の判決によると、男の子が休み時間に廊下を通りかかった女の子をけり、注意した先生のおしりを蹴ったことから、この先生が男の子の胸もとをつかんで体を壁に押しあてて、注意をしたものであった。その後、この男の子は食欲がなくなったなどとして、一時、通学せず、親権者が法定代理して、学校を設置している天草市に損害賠償請求をした。最高裁は「指導するためにしたことで、肉体的苦痛を与えるためではない」と指摘した。

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○この判決は、多くのマスコミが、いろいろな角度から報道・論評したので、関心を呼んだ。短い判決文なので、正確な事実は分かりにくいが、最高裁の判断は「当たり前」の結論と感じた方が多いのではなかろうか。

○この判決をじっくり読むと、先生の行った有形力の行使は、「目的、態様、継続時間等から判断して、教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものではなかった」という、常識的な判断を行っただけのようである。どうして、一、二審が賠償を命じたのかが、むしろ分からないとも言えそうな感じがする。

○最高裁の判決文には、「男児の母親は長期にわたり、学校関係者らに対し、極めて激しい抗議行動を続けた」とも指摘している。報道によると、この母親はこの先生を刑事告訴までしていたとのことである。判決で、「極めて激しい抗議」と強調したのは、この母親に対する注意をメッセージとして盛り込んだのではないか。同級生をけり、それを注意した先生を蹴ったこの児童に、誰が、いつ、どういうように教育的指導をしたらいいのか。この点を棚上げにしての母親の激しい抗議が、教育現場を不要な混乱に落としているとしたら、大問題であはる。

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○学校教育法第11条
日本の学校教育では、学校教育法第11条で、校長および教員は、教育上必要があると認めるときは、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができるが、体罰を加えることはできないとしている。

学校教育法
第11条  校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

○これに対する違反への直接の罰則はないが、刑法上の暴行罪や傷害罪に当たる場合は、刑罰に処せられる。有罪判決を受けた場合は、懲戒処分となることもあり、また、損害賠償請求という民事上の責任が問われることもある。こういったことから、中には、心ならずも、当の子どもや親に謝罪する場面もあるようには思われる。

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○体罰の定義
体罰となるのはどこからかが、分かりにくいため、文部科学省初等中等教育局長が、平成19年2月5日の通知(18文科初第1019号)の中で、「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方」を取りまとめている。この中では、体罰かどうかは「当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要がある」としていて、結局はケースバイケースで判断するだけで、明確な指針とも言えない。

○今回の最高裁判決は、実は、この文部科学省の「考え方」を超えるような判断基準を示したというわけでないように思われる。行政解釈だけではなく、裁判所として判断基準を示したという意味はあるとは言えるが。

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○マスコミや世論は、この事件の結論はともかく、「これで体罰を許容するような拡大解釈を許してはならない」という慎重論と、「これを機会に、先生は自信を持って毅然たる指導を」という積極論が交錯しているように感じられる。双方の観点から押される先生らにとっては、新たな迷いが生まれていないか、心配ではある。今回の判決が、明確な判断基準となったかというと、そうではないと考えられるので、ますます現場での悩みが増えたのかもしれない。

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○平成21年04月28日最高裁判所第三小法廷判決
平成20(受)981損害賠償請求事件

主文
1 原判決中上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
2 前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。
3 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人原田信輔の上告受理申立て理由第3について
1 本件は,B市の設置する公立小学校(以下「本件小学校」という。)の2年生であった被上告人が,本件小学校の教員から体罰を受けたと主張して,B市の地位を合併により承継した上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,平成14年11月当時,本件小学校の2年生の男子であり,身長は約130pであった。Aは,その当時,本件小学校の教員として3年3組の担任を務めており,身長は約167pであった。Aは,被上告人とは面識がなかった。
(2) Aは,同月26日の1時限目終了後の休み時間に,本件小学校の校舎1階の廊下で,コンピューターをしたいとだだをこねる3年生の男子をしゃがんでなだめていた。
(3) 同所を通り掛かった被上告人は,Aの背中に覆いかぶさるようにして肩をもんだ。Aが離れるように言っても,被上告人は肩をもむのをやめなかったので,Aは,上半身をひねり,右手で被上告人を振りほどいた。
(4) そこに6年生の女子数人が通り掛かったところ,被上告人は,同級生の男子1名と共に,じゃれつくように同人らを蹴り始めた。Aは,これを制止し,このようなことをしてはいけないと注意した。
(5) その後,Aが職員室へ向かおうとしたところ,被上告人は,後ろからAのでん部付近を2回蹴って逃げ出した。
(6) Aは,これに立腹して被上告人を追い掛けて捕まえ,被上告人の胸元の洋服を右手でつかんで壁に押し当て,大声で「もう,すんなよ。」と叱った(以下,この行為を「本件行為」という。)。
(7) 被上告人は,同日午後10時ころ,自宅で大声で泣き始め,母親に対し,「眼鏡の先生から暴力をされた。」と訴えた。
(8) その後,被上告人には,夜中に泣き叫び,食欲が低下するなどの症状が現れ,通学にも支障を生ずるようになり,病院に通院して治療を受けるなどしたが,これらの症状はその後徐々に回復し,被上告人は,元気に学校生活を送り,家でも問題なく過ごすようになった。
(9) その間,被上告人の母親は,長期にわたって,本件小学校の関係者等に対し,Aの本件行為について極めて激しい抗議行動を続けた。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の上告人に対する請求を慰謝料10万円等合計21万4145円及び遅延損害金の支払を命ずる限度で認容した。
@胸元をつかむという行為は,けんか闘争の際にしばしば見られる不穏当な行為であり,被上告人を捕まえるためであれば,手をつかむなど,より穏当な方法によることも可能であったはずであること,A被上告人の年齢,被上告人とAの身長差及び両名にそれまで面識がなかったことなどに照らし,被上告人の被った恐怖心は相当なものであったと推認されること等を総合すれば,本件行為は,社会通念に照らし教育的指導の範囲を逸脱するものであり,学校教育法11条ただし書により全面的に禁止されている体罰に該当し,違法である。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記事実関係によれば,被上告人は,休み時間に,だだをこねる他の児童をなだめていたAの背中に覆いかぶさるようにしてその肩をもむなどしていたが,通り掛かった女子数人を他の男子と共に蹴るという悪ふざけをした上,これを注意して職員室に向かおうとしたAのでん部付近を2回にわたって蹴って逃げ出した。そこで,Aは,被上告人を追い掛けて捕まえ,その胸元を右手でつかんで壁に押し当て,大声で「もう,すんなよ。」と叱った(本件行為)というのである。そうすると,Aの本件行為は,児童の身体に対する有形力の行使ではあるが,他人を蹴るという被上告人の一連の悪ふざけについて,これからはそのような悪ふざけをしないように被上告人を指導するために行われたものであり,悪ふざけの罰として被上告人に肉体的苦痛を与えるために行われたものではないことが明らかである。Aは,自分自身も被上告人による悪ふざけの対象となったことに立腹して本件行為を行っており,本件行為にやや穏当を欠くところがなかったとはいえないとしても,本件行為は,その目的,態様,継続時間等から判断して,教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものではなく,学校教育法11条ただし書にいう体罰に該当するものではないというべきである。したがって,Aのした本件行為に違法性は認められない。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は,破棄を免れない。
そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求は理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求を棄却すべきである。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官近藤崇晴 裁判官藤田宙靖 裁判官堀籠幸男 裁判官那須弘平裁判官田原睦夫)
                                            弁護士 三木秀夫

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