猟銃6秒問題、原田伸郎さんの銃刀法違反見送り(2009年06月12日) 所持 |
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○テレビの生放送の撮影現場に猟銃を持ち込んだとして、滋賀県警は12日、同県余呉町の猟友会の男性(49)とびわ湖放送(大津市)のプロデューサー(60)、ディレクター(37)の3人を銃刀法違反(携帯)容疑で大津地検に書類送検したと発表した。番組で男性から渡された猟銃を6秒間持ったとして同法違反(所持)の疑いで事情聴取していたタレント原田伸郎さん(57)の送検は見送った。
県警によると、今年1月17日に余呉町から生放送された情報番組「ときめき滋賀'S」で、ディレクターらが男性に猟銃を持ってくるように依頼。男性はこれを受け、正当な理由なく猟銃を持ち込んだ疑いがある。銃刀法では、猟銃の携帯の許可を受けた者でも、狩猟目的など正当な理由なく携帯、運搬してはならないと定めている。県警は原田さんの所持容疑についても捜査したが、「銃の受け渡しがアドリブ的に行われ、所持には当たらない」と説明した。びわ湖放送は「お騒がせして申しわけありません。今後はコンプライアンスの観点から番組制作・放送に違法性がないか、一層慎重に検討し対応します」とのコメントを発表した。(2009年6月12日 asahi.com)
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○「あのねのね」のメンバーでタレントの原田伸郎さん(57)がテレビの番組中に許可なく猟銃を手にしたとして、滋賀県警がびわ湖放送本社(大津市)を銃刀法違反容疑で家宅捜索していたことが1日、分かった。県警は原田さんからも事情を聴いたうえで、銃を手渡した猟友会員や同社とともに書類送検する方針。捜査関係者によると、原田さんは1月17日に同県余呉町で撮影し、生放送された地域情報番組の中で、地元猟友会の男性から手渡された猟銃を約6秒間手に取り、「うわ、重たいもんですね」などと話していた。銃刀法では、都道府県公安委員会の許可を受けた人以外が銃を持つことを禁じている。県警は「啓発の意味も込めて立件する」としている。びわ湖放送の伊藤彰彦編制部長は「捜査には全面的に協力している。結果として誤解を招くことになった」と話している。(2009年6月2日 産経ニュース)
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○6月2日に、このニュースが流れた際は、これは一体どういう事なのだろうか、と思った。滋賀県警の意図が分からなかった。果たして、こういった行為が、銃刀法で禁ずる所持に当たるのか。また、そもそも、猟友会の男性から手渡されて、その目の前で約6秒間手に取り「うわ、重たいもんですね」と言って返した行為について、可罰的違法性があるのだろうか。しかも、こういったことで、びわ湖放送本社の家宅捜査令状を発布した裁判官の人権感覚や、表現の自由に対する憲法感覚が分からなかった。
○翌3日のasahi.comでは、以下のように取材報道をしている。
「びわ湖放送によると、『ときめき滋賀'S』は07年1月から月1回、土曜日に生放送している。原田さんが案内役となって県内各地を探訪。問題となった1月17日放送分は、湖北地域の余呉町が舞台だった。 原田さんら出演者は、地元の猟師が仕留めたイノシシで猪(しし)鍋を囲んだ。猟師はその場で猟銃を取り出し、『持ってみますか』と原田さんに手渡した。原田さんは『重たいもんですね』などと言って、約6秒後に返した。銃に弾は入っていなかった。びわ湖放送は、猟銃を渡すくだりは台本になく、生放送での予想外のアクシデントだったとしている。番組に猟銃を登場させたのは、打ち合わせでディレクターが猟師に問い合わせ、『問題ない』との返事を得たためという。県警は、番組視聴者の通報で捜査を始めた。銃刀法は、都道府県公安委員会の許可を受けていない限り、猟銃を所持してはならないと定めている。だが、銃を6秒手にして所持といえるのか。警察庁は、所持には所有だけでなく『銃を手に取っている状態も含まれる』と説明。県警の捜査関係者も『1秒であろうと6秒であろうと猟銃を手に持ってはいけない』と言う。大日本猟友会(東京)の関係者は『許可のない人が猟銃を手に取ることが違法行為となるのは、銃所持者にとって常識』と話した。一方、びわ湖放送の伊藤彰彦編成部長は『捜査には協力する』としつつも、『弁護士と相談したが、約6秒触った程度で所持とは言い難いのでは』と言う。在阪テレビ局のある社員も『数秒間、猟銃を持っただけで罪に問われるなんて』と驚く。『例えば刃物店を取り上げた番組で大きな包丁を手にしたら、摘発されるのか。厳しすぎる対応は現場を萎縮(いしゅく)させ、視聴者の不利益につながる』と話した。《〈松宮孝明・立命館大法科大学院教授(刑事法)の話〉銃刀法の所持では1967年6月の東京高裁の判例が参考になる。短銃売買を仲介した男性が売り渡しの際に数十秒間短銃に触れたことについて『単なる好奇心から短銃を見せてもらうのとは異なるが』と前置きしたうえで、銃刀法が禁じる所持には当たらないとした。その後、この解釈を変更する判例も見あたらない。今回の例は単なる好奇心に当たり、判例で見るなら所持とは言えないのではないか。》(2009年6月3日asahi.com)」
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○猟銃の「所持」に当たるのか
今回の原田氏の行為が、銃砲刀剣類所持等取締法にいう「所持」に当たるのかどうかが問題となった。
○この点の判例では、昭和52年11月29日最高裁判所第1小法廷決定(最高裁判所刑事判例集31巻6号1030頁、末尾掲載)がある。
これによれば、同法及び火薬類取締法にいう「所持」とは、所定の物の保管について実力支配関係をもつことをいい、たといそれが数分間にとどまる場合であっても、所持にあたるとし、拳銃及び実包の買入れ方を依頼され、室内で自分が買主であるかのように振舞ってこれを買い入れた上、売主が帰った後、廊下に出て依頼者に手渡した場合には、拳銃等を受け取ってから依頼者にこれを手渡すまでの間の現実の保管行為は、所持にあたり、売買の際に依頼者が同席しており、かつ、保管が数分間であったことは、所持を認める上で障害となるものではないとした。つまりは、例え短い間でも所持になるということであった。
ただ、この決定をよく読み限りでは、「被告人が売主から拳銃等を受け取つた後、これを依頼者に手渡すまでの間は、売主及び依頼者のいずれにも右拳銃等に対する排他的な実力支配関係はなかつたものというべきである」という点が強調され結論に至っている。このことからすると、今回の原田伸郎氏のように、免許所持者の目の前で、その監視のもとで猟銃を手にしたようなケースとは全く異なっていて、果たして原田氏に「排他的な実力支配関係」が生じたと言えないようにも思われる。
○また、昭和42年6月12日東京高等裁判所判決(判例タイムズ211号184頁、判例時報497号79頁)も参考判例といえる。
この判決は、拳銃の売買を仲介した被告人が、取引の現場で、売主からそれを受取って品質、性能等を点検してみてすぐ買主に渡したような場合まで、仲介した者に「独立の所持」があったといい得るかが問題となった事案である。これについて、この判決では、拳銃の売主に依頼されて買主をみつけたうえ、売主、買主間の売買を仲介した被告人が、売主および買主と共に同一場所に臨み、売主から拳銃を受取り、その品質、性能等を一応点検して直ちに買主に手渡したという事案で、被告人は売主および買主の拳銃所持を幇助したものではあるが、自ら拳銃を「所持」したとはいえないとした。
その際の判決理由で、「被告人○○がかようにAから拳銃を受取って買受人Bに手渡したのは、同拳銃の売買の仲介人としての立場からなされたのであり、またその間数10秒の短時間であるが、同時に、同拳銃の品質、性能等を一応点検してみる意味合いも含まれていたと認められるので、売渡人の使者または補助者としてただ機械的に受渡しの仲介をしたものではなく、また単なる好奇心から他人の所持する拳銃を一寸みせて貰う場合と異るものであることは勿論であるが、拳銃の従来の所持者及び新たにその所持者となろうとする者が現に同一自動車内におり、その反面従来の所持者の手を離れて新所持者の手に移るまでの場所的及び時間的幅は僅少であったことを考慮すれば、被告人○○の売買仲介人としての拳銃の把持は一層自主性の薄弱なものであり、同把持によっては従来の所持者はまだその所持を失わず、仲介人たる被告人○○においても、独立的には勿論、従来の所持者と重畳的にも同拳銃を自己の実力支配下に置いたとはいえず、これを所持するにいたったものではないと解するのが相当である。」としている。
今回の原田氏のケースとこの判例の事案が共通するのは、手渡した人物の目の前で手に持ったという点であり、しかも、この判決の文中では、わざわざ「単なる好奇心から他人の所持する拳銃を一寸見せて貰う場合と異なる」としつつ、なおそれでも「所持」に当たらないと述べている点から考えると、まさに今回の原田氏のような「単なる好奇心から他人の所持する銃を一寸見せてもらう場合」は「所持に当たらない」ということを前提にしている。
○こういったことから、滋賀県警が、原田さんの所持容疑について、「銃の受け渡しがアドリブ的に行われ、所持には当たらない」と判断して立件を見送ったのは当然である。
○自由法曹団滋賀支部が、早い段階で、今回の原田さんの件について、猟銃を「自己の実力支配関係の下に置く意図はない」ため、同法が禁じる「所持」には当たらないと主張して抗議声明を出したようであるが、もっともであろう。また、同支部は、報道機関のびわ湖放送にまで家宅捜索に入ったことは表現活動への萎縮効果を伴うとして、「捜査権限の濫用はあってはならず、強く抗議する」ともしている。
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○「可罰的違法性」はあるのか
そもそも、今回のように、猟友会の男性から手渡されて、その目の前で約6秒間手に取り「うわ、重たいもんですね」と言って返した行為について、可罰的違法性があるのだろうか。
○可罰的違法性とは、個別の刑罰法規が予定する、処罰に値する程度の「実質
的違法性」をいう(有斐閣法律用語辞典・第4版)。この違法性を備えるに至らない軽微な行為については、その可罰性を否定するのが学説では支配的である。
この問題は、「構成要件の該当性」と「違法性」の段階で、それぞれ問題となり、構成要件では刑罰法規が予定している法益侵害の程度に充たない場合に可罰的違法性がないことなる。違法性の段階でも、構成要件には該当するが、行為によって守ろうとした利益とを比較して、違法性が軽微な場合には可罰的違法性が無いとすることがある。この理論で無罪判決がなされた場合もあるが、裁判所では、この理論の適用には消極的ではある。
○この問題で、よく引用されるのは、「一厘事件」(大判明治43年10月11日刑録16輯1620頁)である。これは、タバコの葉一枚を当時の専売公社に納入せず、自分で吸ったことから、煙草専売法違反罪で起訴された事件である。吸ったタバコの葉一枚の価値が、わずか「一厘」であったことから、この名前で呼ばれている。大審院は、この事件を無罪としたが、その理由として、「犯人ニ危険性アリト認ムヘキ特殊ノ情況ノ下ニ決行セラレタルモノニアラサル限リ共同生活上ノ観念ニ於テ刑罰ノ制裁ノ下ニ法律ノ保護ヲ要求スヘキ法益ノ侵害卜認メサル以上」と述べた。つまりは、このような零細な行為については、被告人に危険性があると認めるべき特殊の情況のもとに決行されたものだけが、刑罰の対象とすべきであるというものである。
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○銃砲刀剣類所持等取締法
(昭和三十三年三月十日法律第六号)
(趣旨)
第一条 この法律は、銃砲、刀剣類等の所持、使用等に関する危害予防上必要な規制について定めるものとする。
(定義)
第二条 この法律において「銃砲」とは、けん銃、小銃、機関銃、砲、猟銃その他金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲及び空気銃(圧縮した気体を使用して弾丸を発射する機能を有する銃のうち、内閣府令で定めるところにより測定した弾丸の運動エネルギーの値が、人の生命に危険を及ぼし得るものとして内閣府令で定める値以上となるものをいう。以下同じ。)をいう。
2 この法律において「刀剣類」とは、刃渡り十五センチメートル以上の刀、やり及びなぎなた、刃渡り五・五センチメートル以上の剣、あいくち並びに四十五度以上に自動的に開刃する装置を有する飛出しナイフ(刃渡り五・五センチメートル以下の飛出しナイフで、開刃した刃体をさやと直線に固定させる装置を有せず、刃先が直線であつてみねの先端部が丸みを帯び、かつ、みねの上における切先から直線で一センチメートルの点と切先とを結ぶ線が刃先の線に対して六十度以上の角度で交わるものを除く。)をいう。
(所持の禁止)
第三条 何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は刀剣類を所持してはならない。
一 法令に基づき職務のため所持する場合
二 国又は地方公共団体の職員が試験若しくは研究のため、第五条の三第一項若しくは鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(平成十四年法律第八十八号)第五十一条第四項の講習の教材の用に供するため、若しくは第五条の四第一項の技能検定(第三号の二並びに第三条の三第一項第二号及び第五号において「技能検定」という。)の用に供するため、又は公衆の観覧に供するため所持する場合
二の二 前二号の所持に供するため必要な銃砲又は刀剣類の管理に係る職務を行う国又は地方公共団体の職員が当該銃砲又は刀剣類を当該職務のため所持する場合
三 第四条又は第六条の規定による許可を受けたもの(許可を受けた後変装銃砲刀剣類(つえその他の銃砲又は刀剣類以外の物と誤認させるような方法で変装された銃砲又は刀剣類をいう。以下同じ。)としたものを除く。)を当該許可を受けた者が所持する場合
(以下略)
(許可)
第四条 次の各号のいずれかに該当する者は、所持しようとする銃砲又は刀剣類ごとに、その所持について、住所地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けなければならない。
一 狩猟、有害鳥獣駆除又は標的射撃の用途に供するため、猟銃又は空気銃を所持しようとする者(第四号に該当する者を除く。)
(以下略)
第三十一条の三 第三条第一項の規定に違反してけん銃等を所持した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。この場合において、当該けん銃等の数が二以上であるときは、一年以上十五年以下の懲役に処する。
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○昭和52年11月29日最高裁判所第1小法廷決定
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人山元弘、同杉崎茂の上告趣意は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は、本件のような事案について所持罪の成否を具体的に判断しているものではないから、適切でなく、刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。
所論にかんがみ、職権により判断すると、銃砲刀剣類所持等取締法及び火薬類取締法にいう所持とは、所定の物の保管について実力支配関係をもつことをいい、たといそれが数分間にとどまる場合であつても、所持にあたるものと解するのが相当である。
原判決の判示するところによると、被告人は、拳銃及び実包の買入れ方を依頼され、依頼者の同席する部屋で自分が買主であるかのように振舞つてこれを買い入れた上、売主が帰つた後、廊下に出て右依頼者にこれを手渡したというのである。これによると、被告人が売主から拳銃等を受け取つた後、これを依頼者に手渡すまでの間は、売主及び依頼者のいずれにも右拳銃等に対する排他的な実力支配関係はなかつたものというべきであるから、これを現実に保管していた被告人にその間の実力支配関係があつたと認めるのが相当である。売買の際、依頼者が同席しており、かつ、被告人が拳銃等を握持していたのが数分間であつたことは、被告人に所持を認める上で障害となるものではない。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
昭和五二年一一月二九日
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 団藤重光
裁判官 岸上康夫
裁判官 藤崎萬里
裁判官 本山 亨 |
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