スケート・アメリカ/2006年10月最終週

安藤美姫/日本/総合1位

ショート・プログラム:オリンピックシーズンであった去年は安藤美姫選手が出るたびに見るのがつらかった。シンデレラガールから一転して求道者のような顔になっていた。もちろん本人には責任はない。私も含めてスケート靴も履いたことがない外部の人間たちの責任である。迷いややるせなさはあったろうが、それでも大好きなスケートを続けるとテレビで言っていたのを聞いてほんとうにうれしかった。そして、もういちど安藤美姫選手の輝く姿を見たいと思った。

 マスコミは、浅田真央選手とキミー・マイズナー選手の一騎打ちのような報道をしていた。そのような外部の声は、かえって、安藤美姫選手にはよいと思った。ごちゃごちゃ言われる雰囲気から少しでも解放されるかもしれないと思った。この大会はメダルは取れなくても復活の足がかりになるキッカケをつかんでほしかった。大会前はそんなことを思っていた。ショート・プログラムがはじまって最初の連続ジャンプがきまった。ほっとした。このままミスをおかさずに終えて欲しいと思った。結果は私の気苦労をあざ笑うかのようなすばらしい演技だった。特にリンクをつっきるステップは美しかった。いままでとは別人のような印象を受けた。ステップへ入る前の安藤美姫選手の表情は、ミキティースマイルでもなく、オリンピック前に無理して作っていたこわばった笑顔でもなかった。千夜一夜物語に登場する魔性の女のような印象すら受けた。全身をリズムにのせて体から情熱を撒き散らすかのようだった。見ているこちらへ情熱をどんどん投げつけてくる、そんな演技だった。こんなステップで魅せる女子選手はほとんどいないと思う。安藤美姫選手といえばジャンプという印象があったが、こちらが勝手な心配をしているうちに、本人はジャンプだけの選手はとっくに卒業していたという感じを受けた。大きなミスもなく演技を終えた。結果は2位。いつか復活してほしいが、いまはオリンピックが尾を引いていないことだけを祈っていた気持ちを完璧に裏切ってくれた。本人はそうとうに辛い日々を送ったと思う。そして、いまも送り続けていると思う。安藤美姫選手に人間としての強さを感じた。演技のあとのインタビューでは、ショート・プログラムへ照準を合わせて練習してきたので明日のフリーへ不安が残るという内容のコメントをしていた。素直な気持ちのように思えた。安藤美姫選手を取り巻く外部の状況を考えると、たしかにショート・プログラムの練習だけでせいいっぱいでフリー・スケーティングまで仕上げることができなかったのかもしれないと思った。明日も頑張ってほしい。そして、なんとかいい結果に終わってほしいと思う。

フリー・スケーティング:最終組で最初に演技をした浅田真央選手が失敗を続けてポイントを落とした。その代わりに安藤美姫選手の前に演技をしたキミー・マイズナー選手がポイントを伸ばしてトップへ躍り出た。キミー・マイズナー選手を応援する地元の声援も大きかった。ポイントが発表されて浅田真央選手を抜いたことが発表されたときは一段と喚声があがった。安藤美姫選手はリンクのわきで会場の興奮を感じていたと思う。他の選手の演技が残っているとは言え、事実上は、1位はキミー・マイズナー選手か安藤美姫選手かのどちらかだった。そんな中で安藤美姫選手の順番がまわってきた。順位を気にして余計なプレッシャーを作らなければいいなと思った。フリーに不安が残るという昨日のコメントも気になっていた。順位とかポイントとかはどうでもいいから、とにかく、どん底だった昨シーズンを終えて、新しいシーズンへ入った最初のこの大会を傷を残さずに終えて欲しかった。そうすれば、少しは気持ちが楽になるだろうと思った。昨日の演技がすばらしかったとは言え、見ているほうは、どうしても、昨シーズンの安藤美姫選手の悲しそうな顔を思い出してしまう。いままでさんざん辛い思いをさせられてきたので、この大会は、辛い思いをせずに終えてほしかった。手を抜くとか楽をするとかではなくて、安藤美姫選手の実力なら軽くすべり終えるだけで結果は勝手についてくると思う。もちろん4回転へチャレンジする必要なんか(いまは)ない。いい演技をしようと気張らずに、そつなく終えて欲しかった。そうすれば気持ちが楽になり笑顔が戻るキッカケになるかもしれないと思っていた。

 結果はすばらしかった。上記が取り越し苦労だったことを思い知らされた。一回だけステップでバランスを崩したように見えたがそれももしかしたらそういうステップなのかもしれないと思う程度のものだった。最悪でも加点対象に成らないだけという印象を受けた。あとはジャンプの着地も含めて完璧だったように見えた。緊張するから失敗するというのはしろうとの考えで、選手にとっては失敗というものは必ず発生する現象であるから緊張するのだろうと思う。ジャンプを成功させることは選手にとっては自分との戦いのように感じている。失敗を恐れる自分、失敗しちゃうんじゃないかと心のどこかで思ってしまう自分、成功させなきゃとあせる自分、自分を信じることができない弱さをどうしても持ってしまう自分、安藤美姫選手は自分自身との戦いに勝ったのだと思った。競技者としてそつなく終えることだけを目標にしたパフォーマンスではなかった。観客へ魅せるための演技を見事にやり遂げたと思う。ほんとうにすばらしい。競技者としての結果うんぬんよりも自分にできる最高の演技を観客へ見せたいという気持ちが伝わってきた。観客は表現者としての安藤美姫選手に完全に魅せられていた。ポイントが表示されたときは会場の興奮が最高潮に達した。安藤美姫選手が1位になったという結果よりも、ポイントの表示で締めくくられたすばらしい演技の瞬間に自分が立ち会った感動に酔いしれていた。テレビの前でも興奮した。ふと、安藤美姫選手が画面に映った。こちらが興奮しているだけに、安藤美姫選手がいやに冷静に見えた。拍子抜けしてしまったが、もちろん、それはこちらが勝手に興奮しているだけである。

 演技後のインタビューでも安藤美姫選手はたんたんとしていた。2人のコーチへの感謝を述べて、自分の原点であるジャンプを取り戻すことを目標にしてこの大会へのぞんだことを話していた。トップに躍り出たときのキミー・マイズナー選手が喜びをいっぱいに表していたので、いっそう、安藤美姫選手の冷静さが印象に残った。安藤美姫選手の中でいままでとは何かが変わっていたように思えた。変化をもたらした原因は、納得のいく調整と練習が出来たことへの満足感ではないと思った。自信でもないと思った。結果が残せたことから来る安心感でもないと思った。安藤美姫選手のなかで何が変わっていたのかは私にはわからない。ただ、それを身につけなければ、一流と超一流の間にある壁を破れない何かだと思う。今大会のキミー・マイズナー選手は一流だったが、安藤美姫選手はキミー・マイズナー選手をはるかに越えていた。安藤美姫選手なら超一流になれるかもしれないと思った。

キミー・マイズナー/アメリカ/総合2位

 ショート・プログラムではジャンプでミスをした。浅田真央選手、安藤美姫選手に続く3位。解説の佐藤有香さんのコメントを聞く限りでは、体調は万全ではないようだった。それでも、フリー・スケーティングでは大きなミスを回避して総合で2位の結果に終わった。本番での強さを感じた。昨シーズンの世界選手権で1位になっていただけに、周りの期待もそうとうに大きかったと思う。世界選手権は、ノープレッシャーの勢いと終盤に決めた3連続ジャンプで1位を取ったように記憶している。伏兵が優勝をさらっていったという印象を受けた。すらりとした体を持つジャンプが得意な選手という印象がある。スパイラルでは関節を無理に動かしている窮屈さを感じる。やわらかさやしなやかさは、努力やトレーニングというよりも、持って生まれるかどうかの問題のように思える。ある人はあるし、ない人はないのだと思う。キミー・マイズナー選手は、スパイラルやスピンは、ないなりにそつなくこなしているという印象を受ける。ただ、ある人もない人も条件と採点基準は同じなだけに、体がやわらかい人は、そうではない人よりも有利だと思う。力強い演技ができても、他の人が力強くてやわらかくてしなやかな演技をしてしまったらどうしようもないように感じる。競技の無情さを感じる。勢いとジャンプに加えて観客に魅せるプラスアルファを見つけて欲しいと思う。そして、プレッシャーのなかで観客を魅了できる選手になってほしいと思う。

浅田真央/日本/総合3位

 ショート・プログラムはのびのびと演じていたように見えた。今回もノーミスだったように思う。精神面が強いのかもしれないと思う反面、階段を順調に上り続けているだけに、崩れたときの建て直しに苦労する可能性もあるかもしれないと密かに不安に思っている。フリー・スケーティングでは、最初のジャンプで失敗をした。ステップからトリプルアクセルへ入る予定だったようだ。転倒したわけでもバランスを崩したわけでもないが、タイミングをとりそこねて回転へ入れなかったという印象を受けた。続くジャンプでも同じような現象が起きた。そのほかは、順調にポイントを重ねてフリー・スケーティングでは3位で、総合でも3位に終わった。浅田真央選手は、体がしなやかに見える。スピンやスパイラルで窮屈な感じがない。美しいというよりはかわいいという印象だが技術的には世界最高レベルなのだろうと思う。まだまだ身長も伸びると思うが体の成長をうまくコントロール(という言い方もおかしいのかもしれないが)してほしいと思う。

 浅田真央選手のフリー・スケーティングを見て、フィギュアスケートは「攻めの競技」なのか「守りの競技」なのかを考えた。トリプルアクセルの前にステップを入れなくても減点されるわけではない。「守りの競技」ととらえた場合に一番必要なことは、ミスをおかすリスクをプログラムから排除することだと思う。浅田真央選手なら無理して新しいことへ挑戦しなくとも十分な結果がついて来ると思う。十分な結果には大きな大会での1位も含まれると思っている。いい悪いは別にして、結果として、挑戦した選手よりもミスを回避した選手が1番になる大会もあるような気がする。ただ、ミスをしないことだけを考えた演技だけでは超一流にはなれないようにも感じている。わずか数人だけ現れる超一流の選手にとってはフィギュアスケートは「攻めの競技」で、その他大勢の一流の選手にとっては「守りの競技」なのだろうか。実際は、そんな簡単なことではなくて、シーズンや大会ごとに戦術はあるだろうし、攻めるとか守るとかとは別な発想で取り組んでいる選手もいると思う。一概に言えることではなくて、結局は、答えなんかないということにたどり着くのかもしれない。浅田真央選手のフリー・スケーティングを見てそんなことを考えた。

 今回はジャンプに失敗して総合3位という結果に終わった。客観的に見ればジャンプに失敗しても3位という成績はすごいと思うが、浅田真央選手のレベルから見れば3位という成績は不本意なのだろうと思う。今回はこの経験を生かしていろいろなことを学んで欲しいと思う。

サラ・マイヤー/スイス/総合4位

 レベルの高い大会で上位に入賞している印象がある。ショート・プログラムは大きなミスをおかさずにきっちりと決めて好位置をキープした。実力者という感じを受ける。優勝を狙う選手がミスをすれば表彰台もありうると思う。こういう選手は味があっていい。大会のレベルもあがるし優勝争いをおもしろくしてくれると思う。フリー・スケーティングはテレビ中継ではしょられたので見れなかった。残念。

エミリー・ヒューズ/アメリカ/総合5位

 笑顔がかわいい女の子という印象がある。ショート・プログラムでもフリー・スケーティングでもジャンプでミスがあった。原因が何かはわからないが、うまくいかなかったようだ。

浅田舞/日本/総合6位

 演技を見たのははじめて。浅田真央選手の2つ上の姉らしい。浅田舞選手の魅力をアナウンサーに聞かれた解説の佐藤有香さんが「見ているだけで美しい」とほれぼれとした声で感慨にふけっていた。ほんとうに見ているだけで美しいと思った。17歳か18歳のはずだが、女の子というよりは、女の人という印象をうけた。ショート・プログラムとフリー・スケーティングが見れた。ミスはあったがそれでも最終組に残る実力はあるようだ。ひねくれた言い方をすれば、「見ているだけで美しい」ことは見ればわかるので解説者の口からはその次が聞きたい。本格的にシーズンへのぞむのは今年からのような紹介のされ方をしていた。技術はあるように見えたので、華麗な雰囲気をいかす美しい表現者になってほしいと思った。

キーラ・コルビ/フィンランド/総合7位

 背が高くて、骨格の力強さに恵まれた選手だと思った。北欧の女性は見た目に感じる年齢よりも実際の年齢が低く思うことが多い。褐色のかかった豊かな体にうすいグリーンの衣装が華やかでとても美しかった。大きな舞台でいい演技をしようとかんばっているという印象をうけた。国内ではスザンナ・ポイキオ選手を追いかける何番手かの選手であるように感じられた。大会に花を添えてくれる選手だと思う。総合7位。

ミラ・リャン/カナダ/総合8位

 小柄で細い選手だった。東洋系の選手。華麗で、はかなく、美しい雰囲気を持ったいい選手だ。気に入ってしまった。


織田信成/日本/総合1位

 大きなミスをすることなくショート・プログラムもフリー・スケーティングも終えた結果のように思った。今どきの若者らしい雰囲気を感じた。実力はそうとうなレベルで、精神的な強さもあるように感じた。超一流の選手を目指して、高橋大輔選手といっしょに男子を盛り上げていってほしい。

エバン・ライサチェク/アメリカ/総合2位

 ショート・プログラムでもフリー・スケーティングでもミスがあってポイントを伸ばせなかった。実力はあるらしい。エバン・ライサチェク選手はなによりも雰囲気がかっこよかった。細身の体で表情にも憂いがあった。スーツを着たらさぞかし似合うだろうと思う。天性の魅力に加えて、超一流を目指す選手が持つ独特の雰囲気が感じられた。

アルバン・プレオベール/フランス/総合3位

 フリー・スケーティングが個性的だった。奇抜という言葉はふさわしくないと思うが、フランスの選手には、ピエロというか、大道芸人というか、ときどき人をくったような演技をする人がいるように感じている。個人的にはあまり得点には結びつかないようにも感じているがそれはそれでいいと思う。

フィギュアスケート