センセイの鞄

 「センセイの鞄」という映画をご紹介します。二〇〇三年に放映されたテレビ映画です。川上弘美さんの原作が良かったので見てみました。演出:久世光彦(2003年/日本)、原作:川上弘美、脚本:筒井ともみ、音楽:都倉俊一、主な出演者:小泉今日子、柄本明、豊原功補、モト冬樹、木内みどり、竹中直人、樹木希林、加藤治子。

 「センセイの鞄」のヒロインは、三十七歳の女性です。文房具を取り扱う会社に勤めています。実家とは離れた場所にあるアパートで一人暮らしをしています。「センセイの鞄」では、一軒の居酒屋が重要な役割を占めます。居酒屋の店先には赤ちょうちんがぶら下がっています。戸にはのれんが掛けられています。ヒロインは、そういうお店に一人で入るようです。

 ある日のことでした。ヒロインが居酒屋で飲んでいると、空席を挟んで隣に座っていた老紳士から声をかけられました。ヒロインは「はあ」と生返事をしますが、老紳士はヒロインの名前も年齢も知っていました。老紳士は、ヒロインが高校生の時に国語を教えていた教師でした。ヒロインと老紳士は、居酒屋で顔を合わせる仲になりました。

 「センセイの鞄」では、印象に残っている場面があります。ヒロインは、居酒屋の主人や老紳士と連れ立って、キノコ狩りに行きました。老紳士は、別れた妻との昔話を始めました。酔ったヒロインは、「センセイには、奥さんがいたのですね」と悪態をつき始めました。ヒロインは、居酒屋には顔を出さなくなりました。ヒロインは、今までの私は一人で楽しくやってきたのだと自分に言い聞かせます。スーパーでつまみを買って、自動販売機で缶ビールを買って帰ります。そんな帰り道で、本当に今までの私は楽しくやっていたのだろうかと自問しました。

 テレビ映画版の「センセイの鞄」には、原作には無いエピソードが追加されていました。それは、ラスト・シーンでした。原作では、ヒロインが遺品としてセンセイの遺族からもらったセンセイの鞄を開ける場面がラスト・シーンになっていました。テレビ映画では、そんな原作のラスト・シーンの後に、センセイを失ったヒロインが号泣する場面が付け加えられていました。原作のテーマは、恋だと思いました。原作を読み終えて感じたのは、センセイと恋をした時間を大切に胸にしまったヒロインの後ろ姿でした。原作のラスト・シーンのヒロインは、悲しんではいませんでした。原作には、そこまでのエピソードは書かれていませんでしたが、一つの時間を終えたヒロインは、顔を上げて、新しい時間に向かって笑顔で歩き始めるような気がしました。原作を読み終えた時に、一人で勝手にそのような場面を想像していたので、テレビ映画のラスト・シーンを見て、おやっと、これまた一人で勝手に違和感を感じてしまいました。テレビ映画のテーマは、なんだったのだろうと思いました。テレビ映画の製作者たちは、老いや死をテーマにしたのかなと思いました。あるいは、「恋」ではなくて、「悲しい恋」をテーマにしたかったのかもしれないと思いました。テレビ映画のラスト・シーンでも、エンド・クレジットのバックでもかまわないのですが、ヒロインが号泣する場面の代わりに新しい時間を過ごし始めたヒロインの姿を映していたのならば、もしくは、原作と同じように、センセイの鞄を開ける場面で終わらせていたのならば、テレビ映画は、原作と同じような後味を作りだす作品になっていたのだろうと思います。

 原作を読み終えてからテレビ映画を見ました。一番に印象に残ったことは、ほんの一場面を付け加えただけで、二つの作品が全くに異なったテーマを取り扱った作品になってしまっていたという現象でした。文章作品と映像作品の違いや、書籍とテレビというメディアの違いや、製作者の意図の違いや、製作される際に課せられていた製作者の意図よりも優先する制約の存在の有無などが関係しているのかもしれないと思いました。

 今回は、テレビ映画「センセイの鞄」の紹介というよりも、原作とテレビ映画の両方を見た上での感想になってしまいましたが、原作もテレビ映画も、それぞれにそれぞれの味わいがある作品だと思いました。

センセイの鞄を見て心に浮かんだ場面

「手紙」

「秋子さんにお別れの手紙を書くことになりました。先日は泣かせてしまってごめんね。秋子さんとお付き合いをするには、自分が子ども過ぎたことを知りました。秋子さんは、『お別れね。今までありがとう』とだけ言いました。秋子さんは、その前に何かを言いたそうにしていました。でも、秋子さんはこらえました。秋子さんが何を言いたかったのかは、今の僕には想像することができません。お礼だけを言ってくれた秋子さんを見て、僕には、秋子さんは高嶺の花だったのだと思いました。

 秋子さんといっしょに歩いた海沿いの風景が浮んでいます。僕は、魚が跳ね上がるのを見つけるたびに柵を乗り出して指さしていました。秋子さんは、そのたびに、『どこ』と聞いてくれました。夏巡業を見に行った帰り道では、僕は、お相撲さんが余興で披露してくれた巡業の歌をまねてばかりいました。秋子さんは、僕の下手なまね歌をずっと聞いてくれました。僕が鍋が食べたいというと、秋子さんは前の晩に必ず買い物をして、僕に鍋をふるまってくれました。自分のことしか考えていなかった僕は、秋子さんには何もしてあげられませんでした。でも、秋子さんは僕にたくさんのことをしてくれました。僕は秋子さんといっしょにいる時は、はしゃいでばかりいました。秋子さんに甘えていたのだと思います。

 秋子さんとお付き合いをして、甘えてばかりではいけないことを知りました。僕は、秋子さんの気持ちを考えることができませんでした。一日じゅう部屋に閉じこもって仕事をしなければならない秋子さんが、仕事を終えた後の時間には外に出たくて仕方がなかったことに気が付きませんでした。会社を終えた僕は、秋子さんの部屋で過ごすのが好きでした。秋子さんは、嫌な顔をせずに、ずっと僕をもてなしてくれました。そんな時間が秋子さんにとってはどんなに辛かったのかを、秋子さんに聞かせてもらって初めて理解することができました。でも、今ごろになって秋子さんの気持ちを知っても、手遅れであることも分かりました。秋子さんの気持ちを考えることができなかった僕を許してください。

 秋子さんと同じ時間を過ごすことができて、もっと大人になりたいと思いました。大人になって、もう一度、秋子さんと恋をしたいと思いました。でも、それはかなわない願いであることは、今の僕にも分かります。秋子さんと知り合うことができて、人間は身の丈にあった恋しかできないことを知りました。僕にとっては、秋子さんは手の届かない場所に咲いている花であり続けると思います。僕は、自分にはたどり着けない場所に咲いている秋子さんを見つめながら、自分なりの恋をして、自分なりの時間を過ごして行くしかないと思いました。

 もう、お会いすることは無いと思います。でも、僕は、本屋さんに行くたびに、秋子さんのお名前を探します。時が過ぎて、僕は自分の人生を重ねると思います。でも、僕の本棚には、秋子さんの本が増えていくと思います。

 お返事はいりません。ほんとうにありがとうございました」

(2007年9月24日)

センセイの鞄

センセイの鞄 Amazon

ミニシアター通信