映画『父と暮らせば』の感想


 「父と暮らせば」という映画をご紹介します。監督:黒木和雄、2004年:日本、主演:宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信。

 「父と暮らせば」は、被爆した女性の物語です。「父と暮らせば」のヒロインは、生き残ってしまった苦しみを胸に秘めて生きています。そんなヒロインに好意を示す青年が現れました。ヒロインの中で、「幸せになりたい自分」と「幸せになってはいけない自分」が戦います。前者は、原爆で死んだ父の幽霊が、後者は、ヒロイン自身が演じます。こむずかしいことを言えば、「父と暮らせば」は深層心理の領域にあるトラウマに支配されるヒロインが心の中にいる本当の自分と和解する物語だと思います。「おとりの苦悩」をきっかけとして、「ほんとうの苦悩」が明かされていくストーリーが見事でした。


→ 父と暮らせば/井上ひさしのあらすじと読書感想文

父と暮らせばを見て心に浮かんだ場面

【史学のまま、変えない】

 19歳の夏に、岡山へ行った。父方の親戚が亡くなった。急なことだったが、予備校に通っていた私は、すぐに都合をつけることができた。

 父と2人で岡山に着いたのは夜だった。

 新幹線からローカル線に乗り換えて、駅に着いてからは迎えの車を待った。岡山の夜道は真っ暗だった。車のライトだけがまぶしかったのを覚えている。

 岡山の家に来たのは、はじめてだった。

 あいさつを交わす父のうしろにいて、おじぎばかりをしていた。

「あら、こちら、もしかして、キヨちゃんの息子さん? おっきくなったわねえ。おばさんのこと思えてる? 一度会ってるんだけど、赤ちゃんだっかたら覚えてないわよね」

 はじめて見る顔ばかりだったが、先方はみんな、私のことを知っていた。

 田舎の葬式は、なかなかに豪勢だった。

 漆塗りの重厚な器が、いくつも並べられていた。手作りの料理の横には一升瓶がたくさん置かれていた。

 大きな家の中は、親類や縁者、近所の人たちで溢れていた。

 夜の遅い時間だったが、まだ、いくつかの人間のかたまりができていた。私は、故人に一番近い親類が集まった輪の中にいた。

「おじいちゃんも、これでようやく、息子たちに会えるわね」

「ちげえねえ。極楽で、親子仲良く暮らすわけだ」

 酒を交わしながら、故人を懐かしんでいた。

「戦争が終ってどのくらいかねえ。おじいちゃんの息子さんの戦友、ええ、長男のほう、その長男の戦友だったって人がね、ここまでたずねて来たことがあったよ」

「息子さんの遺品、届けてくれて。息子さんの最期を話してくれたのよ。息子さん、最期は餓死だったんだってね。それを聞いたときのおじいちゃん、くやしがってね。こぶしをぎゅうって握りしめてね、ずっと歯ぎしりしてたよ」

 話は、昔のことへ、昔のことへと、さかのぼっていった。

「下の息子、あれも、運がなかったな」

「まったくよ、ちょうどあの日、あの日だけよ、汽車で広島に行ったのよ」

 そんな話を、黙って聞いていた。

 その日は、父と2人で、岡山の家に泊めてもらった。

 布団に入っても、なかなか寝つけなかった。高い天井に張りめぐらされた柱の本数をかぞえていた。

 隣で寝ている父が体の位置を変える気配がした。

「国立はあきらめたのか」

「うん」

 5科目で点を取らなければいけない国立大学から、3科目で受験ができる私立大学へと志望を変えていた。

「そうか。学部はどうするんだ」

 文学部の史学科を希望していた。しかし、史学科を開設している大学は少なかった。募集定員もわずかだった。

 法律学科と政治学科がメインの法学部に志望を変えるつもりでいた。そうすると、受験できる大学の数が増えて、入学試験のスケジュールが組みやすかった。

「学部は、史学のまま、変えない」

「そうか。今日の話、聞いてたからか」

「そういうわけじゃないけど」

「けど、何だ」

「……」

「もう、寝ろ」

 半年後、とある私立大学の史学科に入学した。


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