ポール・デルヴォー


 「ポール・デルヴォー」(マルク・ロンボー解説/高橋啓訳)という画集をご紹介します。ポール・デルヴォーはベルギーの画家です。ご紹介する画集「ポール・デルヴォー」は外国で出版されたものの翻訳です。美術出版社から発行されています。解説文は読み応えがある長さと難度でした。作品も150点以上が掲載されていました。解説は入門者向けではありませんでした。解説では、ポール・デルヴォーの生い立ちから現在までを時間軸にそってたどりながら作品や作風が紹介されていました。解説文の内容をすべて盛り込んでしまうとやたらに長い文章になりますので、解説文と作品のなかから印象に残った個所をかいつまんで画集「ポール・デルヴォー」をご紹介してみようと思います。


ポール・デルヴォー「カルチェ・レオポール駅の眺め」(1922年)


 ポール・デルヴォー(1897年〜1994年)は裕福で教養のある家庭に生まれました。父親はブリュッセルで弁護士をしていました。ポール・デルヴォーは1920年にブリュッセル美術アカデミーに入学します。ポール・デルヴォーはデ・キリコよりも10歳年下です。デ・キリコの作品から大きな影響を受けたようです。ポール・デルヴォーは1898年生まれのルネ・マグリットとは同世代でした。メーテルリンクの論評が認められて、フロイトが「夢判断」を刊行して、シュルレアリスム運動が沸き起こる時代でした。

 「カルチェ・レオポール駅の眺め」という作品が掲載されていました。ポール・デルヴォーが美術アカデミーに通っていたときの作品です。ポール・デルヴォーはまずは写実的な技術を身につけて印象派のスタイルに移りました。「カルチェ・レオポール駅の眺め」は汽車が止まっている夕暮れの駅を高い場所から見下ろした作品でした。汽車がはきだす煙が駅の風景をぼかしています。レールの上で労働者たちが前かがみになって作業をしています。遠くに見える建物は夕暮れの空のなかにぼやけていました。「カルチェ・レオポール駅の眺め」は絵画の奥からこちらに向かって静かな風景が広がってくるような作品だと思いました。でも、一瞬の風景を、写実的に、あるいは、印象的に切り取った作品とは違うような気がしました。見ていて、どこか懐かしさを感じました。見たこともない外国の風景なのに、子どものころの思い出にあるような気がしてきました。解説には、ポール・デルヴォーの「性格無比な写実性が、かえって現実性というものを排除している」、「世界は外に広がっている。合理的かつ論理的な描写の外に向けて漂い出している」と書かれていました。


ポール・デルヴォー「眠れるビーナス」(1944年11月:テート・ギャラリー)


 ポール・デルヴォーはさまざまな試みをしながら絵画世界を作りあげていったようです。解説には「風景を写生することは、たしかにすばらしい。しかし、私はもっと遠くに行けないものかと感じていた」というポール・デルヴォー自身の言葉が引用されていました。ポール・デルヴォーはいろいろな展示会に足を運びました。そのなかで、骸骨や人体の標本を並べた博物館の巡回展示に出会いました。恐怖とも言える強烈な印象を受けたそうです。ポール・デルヴォーの作風に大きな影響を及ぼしたのは、骸骨の博物館展示と、30代の半ばで母親を失ったことの2つだと解説には書かれていました。ポール・デルヴォーは、母親を愛し、そして、恐れていたそうです。ポール・デルヴォーの作品にたびたび「骸骨」と「女」というモチーフが登場するようになりました。

 「眠れるビーナス」という作品がありました。同じタイトルの作品はたくさんあるようです。画集に、1944年11月製作でテート・ギャラリー所蔵の作品が掲載されていました。ギリシャの神殿のような場所がメインになっています。まわりはみんな岩山です。三日月が夜空に浮んでいます。中央の広場にはベッドに寝そべっている裸の女性がいます。目を閉じています。ベッドの女性以外にも裸婦は何人か描かれています。ひざまずいて空に手を伸ばしていたり、うなだれていたりします。何かを渇望しているように見えました。ベッドの女性の足元に、服を着た女性が立っています。その女性と向かい合うようにして骸骨が立っています。足をかしげて腕をまげている骸骨のさまはあたかも服を来た女性とおしゃべりでもしているかのようでした。ポール・デルヴォーの骸骨には、死のイメージがなくて、みんな生きているように描かれているそうです。ポール・デルヴォーの作品は、どれを見ても時間が止まっているように感じます。それでいて、作品と対峙したあとは、見る前とは(自分の中で)何かが変わっているような気がしました。


ポール・デルヴォー「森の駅」(1960年)


 ポール・デルヴォーは駅をモチーフにした作品をいくつも残していました。どれも月が出いている夜の風景でした。うしろ向きの少女が手前に描かれています。解説には、うしろ向きの少女たちは、鑑賞者に視点を与えていると書かれていました。鑑賞者はうしろ向きの少女の目をとおして絵を見ることになります。

 「森の駅」という作品がありました。夜の駅を描いた一連の作品とは印象が違いました。違っていたところは多くの作品は都市や広い平原に駅や電車が描かれていました。「森の駅」だけは、周りが木々で覆われた森の中の風景でした。プラットフォームがあって、汽車が止まっていて、手前には2人の少女が背中をむけて立っています。プラットフォームの先には森の向こうに広がる空が見えています。空は黄色く染まっています。夕暮れでしょうか、それとも、朝焼けかもしれません。「森の駅」の中に描かれたすべての風景が遠くに見える空に向かって吸い込まれていくようでした。解説には「時を越えたどこか魔法のようなこれらの情景がたいていは少女たちによって見つめられて、眺められているのはたんなる偶然ではない」と書かれていました。少女たちが観客に与えているのは、現実の見えない世界を見させてその声を聞かせてくれる「子供の眼差し」であるようです。解説には「森の駅とは内部への旅の誘い」ではなかろうかとあり、古代風景に身を委ねる女たちや、人間の原型とも言える骸骨や、始原にまで連れて行ってくれそうな駅の風景などを繰り返し描いたポール・デルヴォーの作品は、見る者の心にこだまとなって響き、「この時間の追及は、まさしくあのマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』と無縁なわけがなかろう」と書かれていました。「森の駅」を見て、ここではないどこかへの旅立ちの風景を感じました。絵画世界の先にあるのは、解説に書かれていたように、自身の心のなかにあるツールへの回帰かもしれないと思いました。

→ サルバドール・ダリ、1904年〜1989年

→ ルネ・マグリット、1898年〜1967年

(2007年5月28日)

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西洋絵画史