ルネ・マグリット、1898年〜1967年


 「マグリット」(リチャード・カルボコレッシ解説/南雄介訳)という画集をご紹介します。ルネ・マグリットというベルギーの画家の作品と解説が載っています。西村書店のアート・ライブラリーに収録されています。アート・ライブラリーは外国で出版された画集の翻訳シリーズみたいです。大判の本で、入門者向けの画集と比べると解説文が長いです。アート・ライブラリーは、作品世界や画家の内面世界を掘り下げたい人向けの画集だと思いました。解説はけっこう難しいです。専門用語は当たり前のように出てきます。画集「マグリット」では、ユングやフロイトの学説が解説なしで引用されていました。

 ルネ・マグリットは、ベルギー西部のレシーヌに生まれました。子どものころは住む場所が何回か変わったようです。10代後半の時にブリュッセルの美術学校に入学します。画家や詩人や音楽家たちとの交流を深めて、キュビズムやダダ、未来派などの運動に関心を持つようになります。生活費を稼ぐためにポスターや広告の仕事を手がけるようになりました。一時期、フランスに住み、やがてブリュッセルのつつましいアパートに落ち着きました。1930年代に共産党に入党したこともあったようですが、政治や理想はマグリットの心を捉えなかったようです。マグリットは、自分では、芸術には興味がなくて恐怖小説を読みふけり通俗画に関心を持っていると言っていたようです。


『秘密の競技者』


 「秘密の競技者」という作品が収録されていました。不思議な空間が描かれていました。最初に目に付くのは2人の男性です。片方は、野球のバットを持ったまま球の行方を目視しています。しかし、無表情な横顔は、とてもスポーツをしている人には見えません。もう片方は、キャッチャーの位置に腰をかがめて立っています。打球の行方とは違うあさっての方向を視ています。どこか放心しているような雰囲気があります。2人の上には、首がない海ガメみたいな黒い物体が浮いています。キャッチャーの男性のうしろに箱庭が広がっていました。箱庭のなかにタンスがあります。タンスの中にはマスクをした女性が描かれていました。女性は茶色のスカートをはいています。しかし、足がありませんでした。見ているうちに、茶色のスカートは、スカートではなくて、台座のようにも見えました。それが台座だとすると、女性は胴体の部分で切断されていることになります。女性は白い肌着だけをつけています。きりっとした顔だちをしていますが目は閉じています。マスクは、切断された女性を固定するための吊りひものようにも見えます。2人の男性も首のない海ガメも絵の左を見ています。タンスのなかの女性だけが顔を右に傾けています。マグリットは、生涯にわたって、子どものころの話をしようとしなかったそうです。マグリットの母親は、マグリットが少年のころに自殺しているようです。


『聴取室』


 マグリットはシュルレアリスムの画家と言われるそうです。シュルレアリスムとは、日本語に訳すと超現実主義あたりになります。解説文に書かれていた内容を要約すると、シュルレアリストたちは、意識の流れにこわだったようです。(ユング的な集団的無意識とも言うべき)ある種の根源的な経験から作品を生み出しているので、自分たちの芸術は、文化や美意識を残り越えて広範な観客の心の根っこの部分に訴えかけることができると考えていたようです。しかし、マグリットは、同時代のシュルレアリストたちの思想からは超然としていました。マグリットは「事物の客観的な描写」にこだわり、生活においても芸術家というアウトサイダー的な生き方よりは、一人の小市民として大衆に埋もれることを好みました。しかし、解説者は、マグリットが集団的無意識という思念から超越していたことにより、かえって、普遍的絵画という理念を実現する方向に向かって、仲間の芸術家たちよりも先に行くことができたと解説していました。

 マグリットは、芸術と人生のどちらにおいても派手で極端なものを避けて目立たないスタイルをとったそうです。そして、「表面上は冷静な観察者」であり続けながら、人々の心のなかの急所をつくような作品をふいに提示したそうです。「聴取室」という作品がありました。わきに窓がついているだけの殺風景な部屋の絵です。絵のなかには、大きなりんごが描かれています。りんごは、部屋の壁や天井を押し上げてしまいそうなくらいの大きさです。りんごは、皮膚に透けて見える静脈の色をしています。とても窮屈な絵だと思いました。解説には、「聴取室」は「マグリットの最も不安を呼び起こすイメージのうちの1つである」とコメントされていました。精神科医師が患者の夢を解釈するように、マグリットの作品をある種の集団的無意識への旅という視点から分析すると、無限に大きくなり続けるというモティーフは、たとえば「不思議の国のアリス」にも登場する意識の流れで、「聴取室」ではそれが鮮やかに呼び起こされると書かれていました。


『人間の条件』


 「人間の条件」という作品がありました。解説には「おそらくマグリットの絵画のなかで最も有名なものである」とありました。部屋の中から、カーテンが両脇にかかる窓と、そこから見える外の風景が描かれていました。最初に見たときに、なにか変だなと思いました。よく見ると、窓の手前に三脚が立てられています。しかし、三脚は途中でぷつりと途切れています。もっとよく見ると、三脚の上にはキャンパスが固定されています。布地を枠組みに固定する画びょうがさりげなく描かれています。どうやら、窓の前には、窓の外の風景を描いた絵が、画中絵として描かれているようです。描かれた風景と窓の外の風景が同じものなので、よく見ないと、カラクリがわかりませんでした。「人間の条件」はイリュージョンと現実との間の区別に疑問を付しているとコメントされていました。

 解説者は、解説文の最初の章でクールベを引用していました。クールベは「自分は天使をみたことがないから天使を描くことができない」と述べたそうです。マグリットは「街の上空に浮遊している女性の肉体は、私の目の前には決して現れてくれたことのない天使の、好都合な代用品であった」と認めたことがあるそうです。マグリットは、ほかのシュルレアリストたちが天使や悪魔をねつ造していたあいだに、あくまでも自分の目に見えるものにこだわりました。マグリットが見ていたものは、(我々が自分では見えていると思っていますがマグリットの見解ではまったく何も見えていない)現実世界そのものだったそうです。


ルネ・マグリットの感想


 今回は解説文の要約のような文章になりました。どういうスタイルの文章でマグリットを紹介しようかなと思ったのですが、解説文を読んでマグリットの作品世界は奥が深いと思いました。自分の言葉で作品の感想を書いても「だからなんなんだ」という文章になると思ったので、このようなスタイルで無難にまとめてみました。マグリットの作品の感想を一つだけ書くと、幻想と現実との区別ではなくて、幻想と現実との区別のつけ方に注目していたところが印象に残りました。マグリットがいくつかの作品で提示したものは、(我々が自分では見えていると思っていますが実はまったく何も見えていない)現実世界というものへの視点の向け方ではないかと思いました。


メルマガのあとがきより


 みちまろです。今回はいかがでしたか? マグリットの画集を読んで、芥川龍之介が「芸術の永遠」にこだわっていたのを思い出しました。芥川龍之介は、芸術とは、特定の時代や文化や美意識の中でのみ理解されるものだと随想に書いていました。ただ、そうは言っても、行間からは、そうではなくて「永遠」はどこかにあるはずだ、あるいは、あってほしいという思いは伝わってきました。集団的無意識とか共同幻想とか幽玄とかはよくわかりませんが、錯覚や既視観や幻想は、希望を生むこともあれば、恐怖を生むこともあります。そして、ときには奇妙な酩酊観を伴います。そのような感覚は、言葉では説明できませんが、人間の心の根っこの部分をぎゅっとつかんでしまいます。うまく言えませんが、作品とは、そういうものだと思います。

→ サルバドール・ダリ、1904年〜1989年

→ ポール・デルヴォーの作品

(2007年5月21日)

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