ジョアン・ミロ、1893年〜1983年


 画集「ミロ」(ジョルジュ・ライヤール/村上博哉訳)をご紹介します。絵画の世界でダダと言われた一切を否定して破壊したいという運動が起きました。行き着いたのは自己否定という袋小路だったようです。そして、幻想や無意識の領域を目指す超現実主義(シュルレアリスム)が誕生したようです。

 ジョアン・ミロはスペインの画家です。シュルレアリスムの画家と言われるようです。ダリよりも11年早く生まれて、1年早く死にました。とりあげる画集は「岩波 世界の巨匠 ミロ」です。フランスで出版された画集の翻訳です。解説はミロへのインタビューが実現したいきさつからはじまり、ミロの生涯や思想を彫り上げる文章となっていました。外国で出版される画集の解説文は読むほうにもそれなりの知性と教養が要求されるように感じます。「岩波 世界の巨匠 ミロ」の解説文もなかなかに難しい内容でした。

 解説者は「シュルレアリスムの芸術家たちは、ふたつの異なる製作過程によって大きく分けられる」と書いていました。一方にはダリがいて、もう一方にはミロがいるようです。ダリは「三次元的な場面設定のなかで夢のあらすじの再現を行う」ようです。ミロにとっては衝撃やエネルギーを感じたときのイメージを放出することが作品の制作だったようです。ダリの作品に描かれた風景はダリの心の背後にあるような気がします。ミロが作品によって提示したイメージは「作品からその前面に突出する」そうです。

 ダリの画集を見たときに感じたことがありました。ダリが表現した世界はダリが無意識の領域から呼び起こした風景だと思いますが、同時に、それは鑑賞者の心の背後にある記憶や風景を呼び起こす絵画でもあると思いました。ダリはDNAの構造にも強い興味を示したそうです。心や脳みそも含めて人間の本質がDNAに記憶された情報の組み合わせであるならば、ダリの絵は鑑賞者の心を映す鏡となって「どこかで見たような風景」という既視感やその現象から発生する酩酊感を呼び起こすのかもしれないと思いました。人類の歴史は、革命を起こした者がいつのまにか革命を起こされる側になり次の革命を誘発することの繰り返しです。人間は、エジプトの時代も今も、今どきの若者はけしからんと文句をたれて、2000年前も今の、自分の不幸をなげきながら新たな不幸を作りだしています。そんなことを繰り返しているだけの人間の本質(習性? 運命? スパイラル?)はDNAレベルでインプットされた情報に制御されているのかもしれません。ダリは、そんな人間たちをさめた目で見つめていたような気がしました。

 解説者は「絵は見る者によって作られる」というデュシャンという人の言葉を引用して、「絵画とは見る者がただ受け身の姿勢をとるような見せ物ではない」というミロの信念を紹介していました。解説者は「芸術における成功とは、メッセージをうまく伝えることではない」という概念を提示します。「ミロは表明しない。ミロは指し示す」というミロを評した言葉を「もっとも鋭い文章のひとつである」と書いていました。ミロの作品で提示されるものは「未知の形態よる、見る者の想像を越えた風景である」そうです。ミロの作品を提示された鑑賞者にとっては、「目は孤立した器官ではなく、見る者の全身を揺さぶるための仲立ちをする」ものになるようです。

 ミロは手紙に「芸術家を評価する基準は、神々しい火花を発しているかいないか、それだけだ」と書きました。そして「人生を変え、世界を変革する資格が与えられているのは芸術家だけである」という信念を持っていました。「現実主義的な小市民であった両親」に育てられたミロは、無口で、ひとりぼっちで、学校が嫌いだったそうです。ミロは、「私と両親との間には、乗り越えられない壁があった」と回想する日々を過ごしました。ミロは、「芸術家を装う絵描き」の仲間に加わることなく、孤独に描きつづけたようです。ミロの作品は凶暴性や幼稚さを指摘されることもあるようです。それはマイナスのイメージではなくて、うまく言えませんが、理性やモラルのフィルターを打ち破ってしまう本能ではないかと思いました。解説者は、「幼稚さ」に触れた個所では、ルイス・キャロルとその作品世界を引用していました。ミロの評伝には「ミロの作品は十分に発達した精神によるものではないが、造形上の価値においては一級のものである。完全に自然発生的な表現の前に今日もなお立ちはだかっている最後の壁を、彼はやすやすと飛び越えることができるのだ。それによって、彼の作品には誰にもしのぐことのできない無垢と自由が与えられている」という文章もあるようです。少年だったミロは日曜日ごとに「精神の宇宙」と自分で名づけたカタルニア美術館に通いました。そこには先史時代の洞窟壁画が展示されていました。ミロの中には「絵画は洞窟壁画の時代から衰えつづけている」という叫びがこだましたようです。


ジョアン・ミロの絵画作品


 「ロバのいる菜園」(1918年)という作品がありました。風景画です。空は青くて、砂色の家が建ち、黄土色の大地に畑が作られています。デフォルメされているわけではありませんが、太い輪郭で描かれた複数の対象が写実さを無視して幾何学的に並べられています。畑の緑色が空や大地の色と組み合わさって心地よい調和を生んでいます。大胆な筆使いで描かれた構造の中に細部をていねいに書き足していったような作品だと思いました。土や土とともに暮らすことへの賛美をなんとなく感じました。

 画集「ミロ」では作品ごとに解説文がつけられていました。「ロバのいる菜園」の解説文は「≪リカルトの肖像≫のように日本の浮世絵が貼り付けられているわけではないが、この風景には日本的な精神がある。それはミロの繊細な筆先に流れる精神である」という文からはじまっています。対象から重さと不確実性を取りのぞいた繊細な自然の幾何学は「象形文字を生みだしている」と書かれていました。「三角形の囲いを並べた畑の間で、トウモロコシの葉が風に舞う。のちの作品に現れる口ひげ、文字、乳房などの記号が、今ここから飛び立とうとしているかのようだ」と書かれていました。解説者は「彼がうわべだけの日本趣味に染まることなく、極東の芸術の本質に到達したことは注目に値する。その本質とは、世界を記述する象形文字である」と言います。「ロバのいる菜園」の解説文は「ロラン・バルトは、日本への旅行について書いた『表徴の帝国』のなかで、次のように述べている。『芸術の始源が表現にあるのではなく、記述にあるということは重要だ』」という文で終わっていました。

 「アルルカンのカーニヴァル」(1924年−1925年)という作品がありました。まか不思議な絵でした。場面は室内のようです。窓の外には紫色の空やタロットカードの月のような物体が描かれています。室内では、口ひげをはやしたおたまじゃくしのような物体や、金太郎の顔の代わりに目玉が描かれた金太郎飴のような形をした物体や、音符とバイオリンや、ぎょろ目の魚や、ブリキのおもちゃみたいな動物たちがてんでばらばらに描かれています。題名から推測するとお祭りにうかれるものたちのようです。それぞれの対象は曲がりくねっていたり、あさっての方向を向いていたり、交錯して重なっていたりしますが、一歩はなれて遠くから作品を見渡すと、調和のとれたストレスのない構造になっていると感じました。解説を読むと、ミロは空腹のために幻覚を見るようになっていたそうです。10年以上経ったあとにも「煙のアルルカンの衣装をつけた猫たちのほどく毛玉が、私の内臓に巻きついてひどく苦しめる……」という文章を書きました。解説者は「このミロのカーニヴァルには、多くの細部にいたるまで、ブリューゲルの≪謝肉祭と四旬節の戦い≫(1559年)の影響が認められるように思われる」という文でコメントを終えていました。

 「焼かれた絵T」(1973年)という作品がありました。カンヴァスの真ん中が焼け落ちています。カンヴァスの裏に十字架に通された添え木が黒く焦げて見えます。焼け残ったカンヴァスの輪郭には記号や模様のなごりがかろうじて確認できます。火がかけられた周縁のカンヴァスにはこげたしみが残されています。

 解説文には興味深いエピソードが紹介されていました。1969年にバルセロナで大きな展覧会が開かれました。ミロは夜中にこっそりと会場に忍び込みました。窓ガラスに大きな絵を描きました。そして、三日後には、スポンジでそれを消してしまいました。(フランコ体制の)権力者たちは、世界に認められていたミロを取り込もうとしていました。デザイナーやポスター画家たちはミロの作品をさかんに盗用してミロを通俗化していました。スポンジで絵を消したミロは「私は人が食えるような肉ではない」とよく言っていたそうです。

 ミロは、その4年後に自分が書いた絵を焼きました。それは、「ミロが嫌悪していた『競売や価格表』に『くそったれと言う』ことだけが目的ではなかった」ようです。「ミロは火の原始的な力に魅せられ、子どものころに『聖ヨハネの火』から受けた喜びを再び見いだしたのだ。カタルニアでは、この聖人の日にいらなくなったものを全部燃やす習慣がある」と書かれていました。解説者は「この枠の内側からは、どんなものでも現れることができる」、「画面は炸裂した」と書いていました。

 画集「ミロ」を読んだ素直な感想としては、ミロの作品は抽象的であり、解説者の助けを借りて、ようやく描かれている対象と意図を、なんとなくわかったような気がするということでした。題名も含めた作品そのもの単独では、みちまろには、ミロの作品を解釈して、そこから新しい世界を生みだすことはできないと思いました。ミロの作品を鑑賞するには、ミロが生きた時代の絵画の潮流やスペインやヨーロッパの歴史、美術史や思想史に対する知識が必要なのかもしれないと思いました。それがいいのか悪いのかはわかりませんが、「絵画とは見る者がただ受け身の姿勢をとるような見せ物ではない」という信念を持った人の作品だと思いました。

→ サルバドール・ダリ、1904年〜1989年

→ ルネ・マグリット、1898年〜1967年

→ ポール・デルヴォー

(2006年9月17日)

ジョアン・ミロ

岩波 世界の巨匠 ミロ Amazon

西洋絵画&日本画&美術館めぐりのページ