サルバドール・ダリ回顧展/上野の森美術館の感想
上野の森美術館で「生誕100年記念 ダリ回顧展」を見て来ました。午前中にいったのですが入館までに30分待ちで館内も人でごったがえしていました。それでも、ときおり前に人がいない作品があって、じっくりと見ることができました。代表的な作品がいくつも来ていて充実した内容の特別展だと思いました。
サルバドール・ダリ(1904年〜1989)は、スペインの画家です。ダリはシュルレアリスム(超現実主義)の画家と言われることがあるようです。夢や幻のなかにあるようなイメージ世界を描いて、人間の心の根っこの部分に訴えかけるような作品を残しました。ダリの画集を見たときに、ダリの作品はこれはこうであれはああだと鑑賞者に指図をすることがないと思いました。「ダリ回顧展」のプレートでは、作品が何を提示しているかなんて自分にもわからないというダリ自身のコメントが紹介されていました。ダリは、正解や理論をもとめた画家ではないと思いました。ダリは、心の中にある追憶をイメージに置き換えて作品として残した画家だと思いました。
「バレエ『狂えるトリスタン』第二幕の背景幕のためのデザイン」
「バレエ『狂えるトリスタン』第二幕の背景幕のためのデザイン」という作品がありました。全体が闇に包まれた夜空のような濃い青で包まれた絵でした。「バレエ『狂えるトリスタン』第二幕の背景幕のためのデザイン」が何か具体的な場面を提示しているのかはわかりません。バレエの曲が題名に引用されていますが、みちまろは、曲の内容を知りません。また、とてもバレエの曲とは関係のあるような作品には思えませんでした。「バレエ『狂えるトリスタン』第二幕の背景幕のためのデザイン」は、イメージの中の世界を提示したような作品でした。真ん中には岩場が描かれています。階段が彫られて建物も立っているようです。その岩場を象が苦しそうな顔をして背負っていました。美術館の暗い照明の中で見たのですが、「バレエ『狂えるトリスタン』第二幕の背景幕のためのデザイン」は、その色使いが印象に残った作品でした。濃い色を使って描かれた幻の世界は、冷たい風景のように感じました。
「ポルト・リガドの風景」
「ポルト・リガドの風景」という作品がありました。せつない絵でした。「ポルト・リガドの風景」は海辺の風景です。だいぶ日が傾いているようで、ふとうの1歩さがった場所に描かれている崩れた塀からは影が長くのびています。海には波ひとつありません。雲の間にはときおり青空も見えます。そんな空をかもめが飛んでいます。ふとうは、ひび割れて石が沈んでいました。絵の両はじから海の上に出ている岩場が顔をのぞかせていました。まぢかで見ると、そこだけ絵の具が盛り上がっていました。海と岩場の境目ははっきりとした線になっているので、海の静けさがいっそうに伝わってきます。遠くには水平線が一本の線になって描かれていました。ふとうには、人間たちも小さく描かれています。一番手前には背に羽をつけた天使も描かれています。男が天使に頭をたれています。そのかたわらには、ふとうに座って海を見つめる2人の人物がいます。一人は父親でしょうか、幼い少年を見守るような格好をして海の先を指差しています。少年がその方向を見つめています。ふとうのはなれた場所には、一人の人物が立っています。人物は、輪郭が見分けられないほどに細く描かれています。影も線でしかありません。そのまま消えてしまいそうなたよりなさを感じました。夕暮れ色に染まりはじめた波ひとつない海と、雲の合い間からみえる青空と、自由に飛び回るかもめが、ぼんやりとした色使いで描かれた作品でした。そんな風景の中に消え入りそうなくらいに小さく描きこまれた人間や天使たちは、「ポルト・リガドの風景」の風景をせつないものにしていると感じました。荒廃したふとうに夕日が差す場面は、それだけをとれば美しい風景かもしれませんが、人間たちが描きこまれることにより、沈む夕日をなす術もなく見つめるような人間のはかなさを感じました。
「ラ・ピエタ」
「ラ・ピエタ」という作品がありました。ダリ晩年の作品です。ミケランジェロの彫刻「ラ・ピエタ」の構図で描かれた作品でした。瞳を閉じた女性がやすらかな顔をして力尽きた男性を抱いています。女性は岩場に座っています。2人の背後には澄んだ海が見えます。水平線も描かれていますが、海と空の境目はぼんやりとしていました。近くで見ると女性と男性の輪郭からは淡い光が湧き出ているようでした。2人の服の模様にあわせて濃い青が何箇所か使われています。散りばめられた鮮やかな青が「ラ・ピエタ」のぼんやりとした光に満ちた世界をいっそう強調しているように感じました。
「バレエ『狂えるトリスタン』第二幕の背景幕のためのデザイン」を見たときには、原色に近い濃い色を駆使して幻の世界を鮮やかに提示しようとするダリの野心のようなものを感じました。「ポルト・リガドの風景」を見たときには、そんな野心からいっとき解き放たれて、どこか遠くにある風景を見つめるようなダリの寂寥感を感じました。「ラ・ピエタ」を見たときには、いっさいの野心や寂寥感から解放された画家のやすらかな心を感じました。ダリがたどりついたのは、光に包まれた救済の世界かもしれないと思いました。画集を開いて「ラ・ピエタ」の解説を読んでみると、自らの死を意識しはじめたダリは主題としてミケランジェロを選びはじめたことが書かれていました。「ラ・ピエタ」には母親といっしょに過ごしたクレウス岬の思い出が込められているそうです。
(2006年12月23日)

