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紙の月/角田光代のあらすじと読書感想文

2014年2月17日 竹内みちまろ

紙の月のあらすじ(ネタバレ)


 横浜の田園都市線沿線にある中高一貫で国内外のボランティアに熱心なミッションスクールを卒業し、都内の短大へ進んだ垣本梨花はクレジットカード会社に就職し、営業部に配属されます。梨花の良心は家具店を経営しており、1950年代から60年代の成長期に事業を拡大させ、ピアノとバレエを習う梨花は家具店の社員が車で送迎するという生活を送っていました。短大に通い始めるころ、好景気とは反して、家具店は勢いを失いますが、梨花は、短大時代の友人の紹介で、食品会社に務める梅澤正文と一年弱の交際を経て、1986年に結婚。25歳の梨花は、梅澤姓となり、カード会社を退職します。もともと明確な意思を持たずに入社した会社で、将来の展望も持っていませんでしたが、正義感が強く、ボランティア活動にも熱心だった梨花は、贅沢だが多忙過ぎてめったに夫と顔を合わせられない暮らしよりも、安くておいしいものを見つけて笑うような、つましい家庭を作ろうと思います。

 しかし、カード会社に勤める「私」は、自分の一部でしかないと思っていた梨花ですが、料理教室の仲間たちと一泊のバーベキュー旅行の話を正文に持ち掛けた際、正文の言葉から、「お金をつかわせてもらうには正文の許可が必要なのだとわざわざ指摘されたような気が、一瞬した」と感じます。急につまらなくなり、結局、旅行には行きませんでした。梨花は、カード会社にいるときに感じたように、「主婦である私は、私の一部でしかない」と考え始めます。

 料理教室で知り合った中條亜紀から「仕事でもはじめてみたら」と言われ、梨花は、わかば銀行がパートタイマーを募集していることを知ります。亜紀に電話で相談すると、カード会社での経験があるのでいいのではと勧められ、面接を受けました。

 銀行で働き始めて1年ほどが過ぎたころには、正文との会話がかみ合わなくなっているような感覚を覚え始めます。正文は、折に触れ、パートである梨花の稼ぎがいかに少ないかを遠回しに伝え、正社員である自分が大きな責任を負っていることを自慢します。梨花の中で、釈然としないものが肥大化していきました。

 銀行で2年半ほどが過ぎた頃、フルタイムで働かないかと誘われます。望むなら、銀行と直接契約する契約社員も可能だと告げられます。梨花が担当している顧客の8割は、定年退職後の老人たちで、この10年ほどで進んだ宅地開発に乗り、山や田畑を売った資産家たちも多くいました。梨花は、愚痴や、噂話や、自慢話を口を挟まずに黙って聞き、行員がいないときは、電球を取り替えるなどのちょっとした用事もいやな顔ひとつせずに引き受けていました。

 梨花は、顧客の1人である平林孝三の家で、孝三の孫の平林光太に会います。大学生の光太は、映画を作っており、梨花は、ひとまわり以上年下の光太が、「自分に対して何か魅力を感じているらしい」と思い至りました。

 5年以上の歳月が流れ、郊外にある「わかば銀行」の支店から41歳の契約社員・梅澤梨花が約1億円を横領し、行方不明となっているとのニュースが流れます。使命手配中の梅澤梨花について、女性週刊誌などは、若い愛人に貢いだなどと、書きはやしました。

紙の月の読書感想文(ネタバレ)


 「紙の月」は、読み終えて、人間はなぜ生きるのだろう、という問題を改めて考えました。

 梨花が「私の本当の居場所はどこなんだろう」とぼんやりと考える場面が印象に残っています。夏休みを利用して上海から帰省した正文と天ぷら屋で食事をする場面でした。梨花は、「ホテルのスイートルーム。銀行のカウンターの内側。香水と揚げもののにおいが混じり合う女子更衣室。あの、長津田のちいさな家。光太の隣。夫の隣。どこなんだろう」と思いを巡らします。

 梨花は、そのどこも、“自分の居るべき場所”ではないと感じているのではと思いました。同時に、どの自分も、“本当の私”ではないとも。

 梨花自身は、自分から何かをやりたいと感じたり、何かをやろうと決意したことはなく、いわゆるレールの上を歩いてきた人間でした。もちろん、人生を掛けて取り組むべき目標を見つけた人間は幸せだと思います。が、独自性や個性ばかりが求められる一方で、自分がやりたいことを実現するために独自性や個性を発揮しようとするとたちまち壁にぶち当たるのが現代社会なのかもしれません。そんな中で、現代人は、梨花と同じように心に漠然としないものを抱えながら生きていることも多いのではと思います。

 梨花と正文が30分以内に配達できなかったら半額になるデリバリーピザを注文し、ピザが22分で届いた際に正文と交わした会話が原因で、人生で初めてデリバリーピザを注文したことに高揚していた梨花が、いきなりふさぎ込み、気がついたら梨花が泣きだしていた場面もありましたが、梨花は、精神を病んでいた部分もあると感じました。

 そんな梨花が、「だれか、私のしていることを見つけて」と心の中で叫んでいた場面も印象に残っています。孤独な梨花の叫びは切実ですが、同時に、梨花が、定期預金の証書をろくに見もしない一方で、さんざんもったいぶったあげくに、封筒に入れた500万円を差し出して、先日話していたドル建て預金とかいうのにしておいてと梨花に告げるような、息子や孫たちとは疎遠な一人暮らしの老人たちばかりを集中的に狙っていたことも、梨花の孤独がねじれた形で表れたようで、言葉では説明できない説得力をストーリーに与えていました。

 病的な浪費が原因で離婚された中條亜紀が、夫に親権がある娘の沙織が自分に電話をしてくるのは欲しい物がある時だけと気がついたり、お金に振り回されないような子育てと生活をしているつもりの岡崎木綿子(ゆうこ)が結局はお金のために何もかもを見失っていたり、裕福な家で育ちながらもお金の怖さを知っているはずの山田牧子が浪費が原因で離婚されたりと、梨花を取り巻く人間たちの人生の歯車がかみ合わなくなっていく様子も心に刺さりました。

 「紙の月」では、ブティックの女性販売員とて苦しい生活をしているにもかかわらず、「お似合いですよ」とおだてたり、「どうせ買えやしないんでしょ」と笑みを浮かべたりしながら、カードで1円でも多く浪費させようとする姿も印象的でした。梨花をはじめとする女性たちは、この販売員たちはいったいいくらの時給で働いているのだろうと思いながらも、つい、口車に乗せられたり、無気になったりしながら買い物をしていることもありました。

 すべての人間は、自分の意志とは無関係に勝手にこの世に生み落とされてしまった存在です。カード破産や横領事件を起こすのは人間ですが、心の渇きを買い物でしか満たせない人間の金銭感覚を麻痺させるような仕組みを作り上げてしまい、それを、当たり前のように運営しているのも人間だと思いました。

 繰り返しになりますが、人生の目標を見つけた人間は幸せだと思います。しかし、すべての人間が目標を持って生きているわけではありません。梨花の心が病んでいるとしたら、現代社会にも病んでいる面はあると思いました。




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