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小説『ノルウェイの森』の読書感想文

2011年8月31日 竹内みちまろ

感想/ノルウェイの森・感想ノート(2)


 小説『ノルウェイの森』の感想をメモしておきたいと思います。ネタバレになりますのでご注意ください。

 小説『ノルウェイの森』は、構造が印象的です。語られるメインの内容は、20歳前後のワタナベ(僕)が直子や緑らと同じ時間を過ごした思い出なのですが、その思い出を回想する、物語の語り手である「僕」は37歳です。そのことは、1行目に書かれています。

 『ノルウェイの森』は、ドイツの空港に着陸するジャンボジェット機に乗っている37歳の「僕」が、機内にかかった、どこかのオーケストラが甘く演奏するビートルズの『ノルウェイの森』を耳にして、ひどく混乱する場面から始まります。「僕」は、「失われた時間」「死にあるいは去っていった人々」「もう戻ることのない想い」など、「これまでの人生の過程で失ってきた多くのもののことを考え」ます。

 「失われた時間」「死にあるいは去っていった人々」「もう戻ることのない想い」はどれもあいまいで、回想による第2章目以降で語られる内容であるとも考えられますし、本編では語られていないとも考えられると思います。いずれにせよ、「僕」が、失ったものや、無くした(亡くした)ものに、強くこだわっている様子がうかがえます。

 「僕」は、もうすぐ20歳になろうとする1969年の10月の風景をはっきりと思い出すことができます。しかし、いっぽうで、その風景の中に人の姿はなく、直子の顔さえすぐに思い出すことができません。「僕が手にしているのは人影のない背景だけなのだ」といいます。その風景だけが「くりかえしくりかえし」頭の中に浮かび、その風景が頭の中のある部分を執拗に蹴り続け、「おい、起きろ、俺はまだここにいるんだぞ、起きろ、起きて理解しろ、どうして俺がまだここにいるのかというその理由を」と訴えかけます。「僕」はいつかは自分を蹴り飛ばすたびに起こるこのうつろな音も消えてるだろうとは思っていましたが、ドイツの空港に着陸する飛行機の中では、いつもよりも長く、そして強く、「僕」の頭を蹴り続けてきました。「だからこそ僕はこの文章を書いている」ことが語られます。

 文庫本で18ページの「第1章」では、飛行機の場面ののち、風景の回想からわき上がった直子の思い出が短く語られます。「正確な言葉を探し求めながら」苦しんでいた直子の頭の中には「いろいろな思いが」「ぐるぐるとまわっていた」ことや、19歳の「僕」が直子に「何か間違ったことを口にしたらしいなと思った」ことなどが明かされます。

 そして、37歳の「僕」が、直子との約束を果たすにはそうするほかないので、「骨でもしゃぶるような気持ちで」「この文章を書きつづけている」ことが語られます。

 『ノルウェイの森』は、恋愛の物語ではなく(第1章では直子が僕を愛していなかったことも語られます)、37歳の「僕」が「これまでの人生の過程で失ってきた多くのもののことを考え」る物語であり、「どうして俺がまだここにいるのかというその理由を」探す物語だと思いました。


→ (1)ノルウェイの森|あらすじ


→ (3)ノルウェイの森|直子と僕


→ (4)ノルウェイの森|四ツ谷から駒込までの散歩道


→ (5)ノルウェイの森|直子の物語と僕の物語


→ (6)ノルウェイの森|突撃隊について


→ (7)ノルウェイの森|永沢とハツミ


→ (8)ノルウェイの森|レイコについて


→ (9)ノルウェイの森|新緑の季節に、散歩道を散策


→ (10)「ノルウェイの森」と「グレート・ギャツビー」の類似点


→ (11)映画『ノルウェイの森』のあらすじと感想


→ 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/村上春樹のあらすじと読書感想文


→ 書評『騎士団長殺し』/複数の謎と春樹ワールドの繋がりについての考察



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