(12)鳥羽法皇の遺言
登場人物:藤原公教(きんのり)、藤原光頼、美福門院・得子、源義朝、足利義康、平清盛
内裏から、太政大臣・藤原実行の子の藤原公教(きんのり)と、民部卿・藤原顕頼の子の宰相・藤原光頼の2人が、使者として、故鳥羽法皇の后の美福門院・得子(なりこ)のもとを尋ねました。そして、鳥羽法皇の遺言の閲覧を申し出ました。
2人が鳥羽法皇の遺言を見ると、鳥羽法皇は、崇徳上皇と後白河天皇の間に不仲があることをかねてから知っていて、内裏へ参上するべき武士の名簿を直筆で記しおいていました。名簿に記されたのは、源義朝、足利義康、源頼政、平信兼、平実俊の5人。
源義朝と、足利義康は、別途、鳥羽院から命令を受けており、去る6月から内裏を警護していました。近日はさらに諸門を固めています。安芸の守・平清盛は、多勢の軍を持っており、当然のごとく命を受けるべき者ですが、清盛の父・平忠盛が、崇徳上皇の第1皇子・重仁親王の乳父だった関係で、名簿から漏れていました。
清盛のともへ、美福門院・得子から使者が出ました。得子は「故鳥羽院の遺言なり。内裏へ参上しなさい」と告げました。どう思ったのでしょうか、清盛もまた内裏へ参上しました。その他の人々は、官職に応じてみな、内裏へ向かいました。諸国の国司は兵を出し、官人たちは武器を帯び、四部六府の検非違使たちは甲冑をまとい、弓を持ち、陣頭に立ちました。
