壇蜜−映画「私の奴隷になりなさい」のあらすじと感想(ネタバレ)


 日本一美しい31歳と話題の壇蜜さん主演映画「私の奴隷になりなさい」(2012年=日本/亀井亨監督)を見て来ました。壇蜜さんは、“葬儀関係の仕事”を経て29歳でグラビアデビューした異色の経歴の持ち主。本作で一気にブレイクしました。まずは、あらすじから。*ネタバレがあります。


私の奴隷になりなさいのあらすじ(ネタバレ)


 広告・編集会社に中途採用されたプレイボーイの「僕」(真山明大)は、配属された部署の歓迎会で先輩社員の香奈(壇蜜)に声を掛けます。社内結婚した夫が大阪に転勤している香奈は、興味なさそうな返事。「僕」は、会社で2人だけになったときにも声を掛けますが、香奈は「君、そうやって女の人をくどいてきたんだ。いいかげん不愉快だから。今度そういうそぶりを見せたらそれなりの対応するから」とつれなく突き放します。しかし、香奈は突然、「僕」へ、直接的な行為を「しましょう」とメールを送ってきました。「僕」はポカンとしてしまいます。が、香奈は「僕」を連れてホテルに入ると、動画カメラを取り出して、「使い方わかるわよね」「私の顔を撮って」と渡します。香奈は、「(コンドームを)つけて」「カメラ(をしっかりと向けて)」などと最低限のことしか口にしませんが、「僕」が体に触れると、カメラを見つめたまま、吐息を漏らし始めます。出勤した「僕」は、「また会ってくれませんか」と香奈に尋ねますが、香奈は「僕」の顔も見ずに、「そのときは、私から言うから」と告げ、その場を立ち去りました。

 香奈は「先生」と呼ぶ人物(板尾創路)に、飼われていました。「僕」は、バーのカウンターで「先生」と話をしますが、「先生」から、「どこにいても自分はここにいるべきじゃないと思っている。自分には絵を描くという夢があるから」と、夢を実現するために必死になることをせずに、惰性で毎日を生きている「僕」の本質を言い当てられます。「先生」は「僕」に宿題を出し、「僕」は「先生」に、「香奈さんに会わせてください」と頼みます。「先生」は、「馴れ合った関係は醜さしか生まない。美しいものは、醜いものに嫉妬しない」と「僕」を突き放します。しかし、香奈に呪縛をかけた「先生」は、「このままだと香奈はどこへも行けない」と告げ、「私も」と付け加えました。香奈を「卒業」させるための「先生」の儀式が始まりました。


私の奴隷になりなさいの感想


 「私の奴隷になりなさい」は、哀しい場面が多い映画でした。香奈が週末を利用して大阪の夫へ会いに行く前に、「僕」を家に呼ぶ場面がありました。文字通り、家に呼んだだけで、香奈は、家にいたければいていいと言い残し、家のカギを渡して、大阪へ向かいました。「僕」はパソコンデスクの上に、赤いリボンの小箱を見つけます。「僕」への誕生日プレゼントなのですが、箱の中には、プレイを受ける香奈の様子が撮影されたDVDが入っていました。身体を拘束され手錠を架けられた状態で後ろから責められる香奈は、鏡に映った自分の顔を見るように命令されます。香奈から「先生」への、吐息交じりの声で語りかけるラブレターのような動画もありました。「僕」は、大阪へ行こうとする香奈を玄関で背中から「香奈さん、好きだよ」と抱き締めていましたが、DVDに記録された香奈を見て、香奈の家を飛び出しました。大阪から帰って来た香奈は、玄関のドアを開ける前に、一瞬おびえ、そして、とまどいます。「僕」は家にいるだろうか、あるいは、いてくれるだろうかという疑問や期待があったのかもしれません。香奈の悲しさのようなものが伝わってきました。

 また、バスの中のシーンもせつなかった。呼び出された「僕」が都営バスに乗ると、一番後ろの長い座席の中央部に香奈が座っており、先生はその前の2人掛けのシートに座っています。香奈に背を向けたまま「先生」が遠隔スイッチを押すと、局部にバイブを仕込まれている香奈はみけんにしわを寄せて悶え始めます。「先生」は、バイブを止め、「僕」にスイッチを渡してバスを降りて行きました。「僕」は香奈の隣に座りますが、どうすることもできません。すると、香奈が、スイッチをにぎった「僕」の手のひらごとつかんで、自分でスイッチを入れました。そのまま香奈は「僕」の股間にすがりつこうとします。「僕」は、反射的にのけぞります。「僕」の拒絶に触れた香奈は、声を忍ばせて泣きました。心だけでなく、身体もすっかりとみだらに変えられてしまった香奈の悲しさのようなものを感じました。

 一つだけ、疑問がわきました。それは、「先生」はなぜ、香奈を「卒業」させたのだろうという疑問です。誰かにバレて社会的に厳しい立場に立たされたり、お金や時間がなくなったという物理的な事情があったようには見えません。また、体力や精力の衰えを感じたということでもなさそうです。「先生」にとっては、直接的な行為よりは、女を仕込み、女を仕上げるという「過程」が快感なのでしょうか。だとしたら、完成してしまった香奈には、もう用はないということかもしれません。ただ、先生は、「幸せになりなさい」という言葉を掛け、香奈と「僕」を残して儀式の場を去ります。「僕」は、「先生」にとってはつまらない人間でしかなく、社会的にも何もなしとげていません。しかし、遊びで寝た女の子も、つき合っている女の子も、「僕」の何かに引かれていました。その何かは、「夢を追っている感」のような単なる雰囲気ではなく、「僕」の内面に固有に存在する何かであるような気がします。「僕」を見つめる香奈の「まなざし」にも、そして、そんな「僕」を見つめる香奈の「まなざし」に気づいた「先生」にも、言葉では説明できないものを感じました。

 寂しさに耐えることは辛く、それゆえに、人は、関係というものを求めるのかもしれません。でも、人間はそもそも孤独な存在であり、それはどうすることもできない。ラストシーンで香奈は「僕」へ、「私の奴隷になりなさい」と告げるのですが、「僕」との人間関係を作り上げる香奈の声には、どこか、さみしさが流れていると思いました。

(2012年12月01日)

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