納棺夫日記/青木新門のあらすじと読書感想文


 「納棺夫日記」という本をご紹介します。表紙をひらくと最初にあるのは、「美しい姿」という短い文章です。著者ではない、ある作家の方が書いています。詩人でもあり小説家でもある著者との二十年以上にわたる縁が記載されていました。十年ほど会う機会がなかった著者が、葬儀社の社員として作家の前に現れたエピソードが書かれていました。本書は、納棺を職業とする人物が書いた作品ですが、作家によって書かれた文章を読むと、死に携わる人物に生まれた詩心や哲学が書かれていると思いました。あとがきを読むと、「納棺夫日記」は、著者が、冠婚葬祭の会社に入社した日から書き綴った日記を編纂したものであることが書かれていました。


納棺夫日記/青木新門のあらすじ


 日記の冒頭のあたりで、富山では、遺体をきれいにして棺に入れることは、死者の近親者が行うことが風習となっていたと書かれていました。誰が納棺を行うのかは、長老や葬儀社の指示で決まっていたようです。著者が見たある風景が紹介されていました。納棺の役割を負わされた者は、やけ酒をあおりながら、いっこうにやろうとはしません。周りの人間たちは、自分では死体には指一本もふれないくせに、ああだこうだと口ばかりを挟むようです。しかたなしに作業に取り掛かると、口や鼻や耳から血がしたたり落ちてきたりするようです。酒が入った者が嫌々ながら遺体を全裸にしたりするわけで、壮絶な場面が繰り広げられるようです。遺族や関係者たちが極度の興奮状態に陥っていくことが書かれていました。そんな場面を垣間見た著者は、「あれはまずいですね」と社長に言いました。「そうは言っても、誰もやりたがらないからなあ」という返事を聞いて、「私がやってみましょうか」と言ってしまったことが書かれていました。「納棺夫日記」は、著者が納棺夫になったいきさつや、たまたま訪れたかつての初恋の女性の家で納棺をした出来事などが紹介されていました。小気味良い文章で、淡々と書かれていました。現実世界からは距離を置いた、雪に閉ざされた山の向こうの噂だけで聞く村での出来事のようでした。そんなエピソードを積み重ねるうちに、著者は、「死」や、「社会通念」や、「仏教」を考えるようになったようです。


納棺夫日記/青木新門の読書感想文


 「納棺夫日記」の著者は、納棺夫の仕事をとおして、死をタブー視する社会通念の存在を強く感じたようです。生だけに執着するようになり、経済成長や医学の発展がますます死を忌み嫌う存在としていることを痛感します。死に携わる者たちは忌み嫌われて、葬儀や納棺や、火葬や、ときに僧侶までが、自虐的になって金だけに執着する様子を見ます。そして、著者は、死に携わる者たちを白い目で見る社会に疑問を抱きながらも、自分自身がそんな社会通念の中で生きていることに気がつきました。

「そう気づいてから、服装もきちんとし、礼儀礼節にも心がけ、自信を持って堂々と真摯な態度で湯濯・納棺をするように努めた。納棺夫に徹したのである。
 するととたんに周囲の見方が変わってきた」

 「納棺夫日記」を読み進めると、現実は甘いことばかりではないことも書かれていましたが、澄んだ心で死と向き合うようになる著者のうしろ姿を感じました。

 「納棺夫日記」には、美しい富山の自然も描かれていました。みぞれが降りはじめたら、北陸の人々は、冬が来たことを実感するようです。北陸では、年によっては、十一月の下旬から十二月の下旬までの一カ月の間、「みぞれの季節」が続くことが書かれていました。「納棺夫日記」には、「みぞれ」という現象を示す単語が、英語には存在しないことが書かれていました。雨でもなくて、雪でもないという、あいまいな事象をとらえることは、英語圏の人々は苦手としていると書かれていました。西洋人の物事に白か黒かをはっきりとつける態度は、宗教観や、生死に対しても同じであると、著者は感じているようです。西洋思想が、「生」か「死」かをきっちり別けるのに対して、東洋思想が「生死」というとらえ方をするとありました。著者は、ガンの末期患者に関するシンポジウムで、一人の教授が話した言葉を引用していました。教授は、「ある末期患者が、『がんばって』と言われる度に嫌な顔をしているのに気づき、痛み止めの注射をした後、『私も後から行きますから』と言ったら、その末期患者は、初めてにっこり笑って、その後顔相まで変わった」というエピソードを紹介したようです。「生」を絶対的は価値観とする医学への疑問や、宗教や哲学を置き去りにして先を走りすぎた科学の在り方などに思いをはせたりしています。

 「納棺夫日記」の著者の科学への学識は、とても深いと感じました。著者は、人間の回帰本能や複製本能が、太陽系の誕生や、宇宙の誕生にまで遡るのかもしれないと書いています。また、「DNAの遺伝情報は不滅であることが分ってきており、仏教の輪廻の思想も分子生物学の分子理論で立証されてゆくかもしれない」と書いていました。「納棺夫日記」は、一九九三年に初版が発行された本ですが、著者は、さきごろに発見されたニュートリノに強く興味を持っていました。ニュートリノの解析が進めば、「ビックバンそれ自体を探求してはならない。なぜならそれは創造の瞬間であり、したがって神の御業なのだから」と釘をさして急場をしのぐローマ法王庁は、さらに、困難な立場に陥るのではないかという内容が書かれていました。ニュートリノは、「創造の瞬間」がなかったことを証明する可能性を秘めていると、著者は、考えているようでした。また、現代では、哲学は言語の解析に狭められて、宗教は古い経典の解釈だけを問題にするようになってしまっているのではないかという内容も記されていました。

 「納棺夫日記」の後半は、仏教をとおして死を考える著者の思索が書かれていました。親鸞や、宮沢賢治の言葉は、特に多く、引用されていました。みちまろが要約して皆さんに紹介できるレベルの内容ではありませんでした。

 一つだけ、印象に残ったことを書きます。著者は、「ひかり現象」への思いを、多くのページを使って書いていました。著者は、親鸞の言葉を編纂した書物や、宮沢賢治の詩や、末期がん患者の手記などを読み進めるうちに、死を受け入れた人間には、全てのものが美しく見えて、あらゆるものに感謝の気持ちが沸いてくるのではないかと思うようになったようです。安らかな死に顔は、「ひかり」を見たからではないかという内容が書いてありました。「雨ニモマケズ」に書かれているような、全てのものに対するいたわりの気持ちは、「ひかり」を見た人間に固有の現象ではないかという内容が書かれていました。釈迦や親鸞の思想を掘り下げると、「ひかり」に行き着くのではないかと著者は推測します。著者は、人間は、ときに、生や死などという枠組みを越えた絶対的な瞬間に、めぐりあうことがあると考えているようでした。

 仏教や生死については、奥が深い内容で、一読しただけでは消化することができませんでした。先に、「一つだけ、印象に残ったこと」と書いたのは、実は、「ひかり現象」のことではありません。著者は、「納棺夫日記」の中で、「詩人」についても、多くの誌面を割いていました。仏教や命への思いを書いた著者の文章からは、「思想」を感じました。いっぽう、「詩人」への思いを書いた文章には、「思想」よりも、むしろ、「こだわり」を感じました。印象に残ったこととは、著者の「詩人」へ向けたまなざしでした。

 「納棺夫日記」の著者は、世の中には、「詩人」がいると書いていました。詩人は、人生の初期段階で、中途半端に、「ひかり」を見てしまった人間たちではないかという内容を書いていました。「ひかり」を、「絶対的な瞬間」と置き替えることができるかもしれないと思います。著者は、詩人を、不幸な人間たちと考えているようでした。詩人とは、生への執着をなくして、あらゆるものに対して、いたわりと思いやりを持つ人たちのようです。「一葉に、物への執着が強くなく、そのくせ力もないくせに人への思いやりや優しさばかりが目立ち、生存競争の中では何をやっても敗者となり、純粋で美しいものに憧れながら、時々異常に生に執着し愛欲や酒に溺れ、言っていることのわりにやっていることは醜く、世に疎まれながら生きていくパターンが多い」と書いていました。世の詩人たちを見ると、「幸せと言えるような人生も見当たらない」とも書いています。そういった不幸な詩人たちを生む背景は、両親の離婚、倒産、破産、一家離散などが複雑に絡み合っており、斜陽家系の末裔などの場合も多いとありました。その他には、昔で言えば結核、いまならエイズなどの絶えず死に直面する病気や、特攻くずれやむごい戦場からの帰還者、命がけの恋での失恋や、思想闘争での挫折など、詩人を生み出す背景は、いろいろとあると書いていました。そんな詩人たちは、「後に詩や音楽や絵画や小説などの芸術を身につけ」るようになるそうです。しかし、世の中には、それができない詩人もいると書いていました。著者は、「世の中には、詩も書けない詩人が、何をやってもうまくいかない心優しい詩人たちが、たくさんいる。中途半端な『ひかり現象』の後遺症に人生を狂わされ、のたうちまわって何が何だか分からぬうちに人生を終えた人も多くいることを知らねばならない」と書いていました。

「詩人とは、悲しい存在なのである。雨でもなく雪でもない『みぞれ』というものがあるように、覚者でもなく普通人でもない『詩人』というものがある」

 「納棺夫日記」の著者は、教育者や警察などの社会的な地位を持つ人物を多く排出した三十代も続いた家柄の本家の長男として生まれた人物のようでした。六十年安保で挫折して、郷里に帰ってパブ喫茶をはじめますが、酒と恋とに何年も溺れたことが、控え目に紹介されていました。納棺夫になったキッカケは、子どもを産んだばかりの妻からドライミルクが買えないと言われて、小説が売れたらいくらでも買ってやると返すと、一缶でいいから今すぐに必要なのだと言われたからのようでした。

 「納棺夫日記」は、さほどには、長くはない文章です。図書館で借りたバードカヴァーでは、百ページとちょっとありました。ただ、空白が充分にとってあるレイアウトに、すらすらと読める文章が記載されているので、一日で読み終えることができる長さだと思います。でも、内容は深いと思いました。著者は、美しい富山の自然に託して、人間というものを、書いたのではないかと思いました。日頃から鍛えておいた集中力を使って頭をフル回転させても、必ずしも、著者の思索を感じ取ることはできないのかもしれないと思いました。雨の降りしきる日曜日の静かな午後や、生活の疲れをおとす目的の秘境への旅の時間などを利用して、読むにふさわしい本だと思いました。


映画「おくりびと」のあらすじと感想


(2005年12月12日)

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